目覚めたら、男が激減し貞操逆転した崩壊世界だった   作:解毒草

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10 嫌なことは重なる

 スギシタ・ケンシンと別れたソフィアは昨日訪れた食堂『天国の猫』に向かった。昨日騒ぎを起こした女たちは席を外しており、店主とは速やかに情報を得ることができた。

 

「大した情報じゃなかったわね。昨日言いなさいよ」

 

 食堂からやや離れた廃れた酒場。

 そこで亡命協力者と合流する手筈だったがソフィアを待っていたのは知り合いだった。

 

「──でね、今の旦那が浮気するのよ。

 あーあ、やっぱ男ってろくでもないわね。女同士の方がやっぱりいいわよね。

 またソフィアちゃんとあんなことやこんなことをしたいな」

 

「……誤解を招く発言はやめてもらえるかしら、先輩」

 

「冷たい! 氷魔法よりも冷たい視線! でも学園の時の若さが蘇るわ!」

 

 ソフィアの一瞥も舌打ちも悪態も皮肉も通じない。

 それが教導院の一つ上の先輩、エリナ・フォックスアンだった。被害妄想の激しい軟弱な男か、王様気取りの小心者しかいないとはいえ、男の少ない教導院では自然と女同士の付き合いも増える。

 伯爵令嬢エリナとは社交界と教導院共に付き合いがあった。

 学園を卒業しても、エリナから来る手紙に最低限の返信をする程度の付き合いが。

 

「……で、その話はまだ続くの?」

 

「うん。今の旦那が憲兵局の人でね? 色々と情報が入ってくるのよ」

 

 それは知っている。

 憲兵局の高官だ。昔は社交パーティーで顔が嫌だとか言っていたのに一年も見ないうちに随分と熱のある様子だとソフィアはため息を漏らした。

 これが本当に亡命先のエージェントの代理だとは信じられなかった。

 

「そう。それでエリナ」

 

「やっぱり教導院でも我が国に対する不満の声って耳にするじゃない? それはいいのよ。定期的にガス抜きとして教導祭とかあるのだし。でも、ソフィアちゃんみたいに本当に国を捨てて亡命しようって人は意外と多いんですって」

 

 その癖、話が長い。本来なら最低限の積もる話も消化したのだから本題に入るつもりだったが、今の状況もあって少しだけソフィアの興味を引いた。

 

「……お前もそうだったじゃない」

 

「ね! あの頃の私ってどうしてあんなことを考えたんだろうなって。本当、我らがロギス帝国に申し訳ないなって気持ちがいっぱいになるのよ」

 

「……エリナ?」

 

「あ、ご、ごめんなさいね。その、子供ができちゃったみたいで。色々と不安なのよ」

 

「ああ、そう」

 

 目を伏せて腹を摩られると、毒を吐く口も閉じざるを得なかった。

 もとからふくよかな体型だからか、ソフィアにはあまり違いが分からなかったが。

 

「不安なこと続きでね。ね、ちょっと抱かせて貰えない?」

 

「……仕方ないわね。十秒だけよ」

 

「ありがとう」

 

 そうしてソフィアはエリナに抱き着かれた。

 不安を呑み込むようにぶるぶると震えるふくよかな身体を抱き留める。教導院時代も、魔力の練り方を教えた時のように、抱きしめられたことが頭を過った。

 

「──ごめんなさいね」

 

 そこに油断や驕り、情が無かったとはいえない。

 カチリ、と首の後ろからする硬質な音が聞こえた時には身体から力が失われた。

 

「くび、わ」

 

 咄嗟に突き放そうとして抱きしめられる。

 首の違和感。焦り。魔力を練り上げようとして体中に広がる激痛に視界が歪む。

 

「お、まえ。魔力封じを……!」

 

「ごめんなさいね、ソフィアちゃん。私も命は惜しいし、地位の方が大事だもの」

 

「は、なせ」

 

「大丈夫、帝都で暴れて『災厄の魔女』なんてカッコいい二つ名を貰ったソフィアちゃんを保護するだけだから」

 

「保護? わたくしを売るの間違いではなくて?」

 

「うん。そうだった。言い間違えちゃった。帝都の広場。知ってるでしょ? あそこにソフィアちゃんの特等席が作られてるんですって。そこまで運ぶだけだから」

 

 スッと首筋を指が這う。

 特等席、すなわち処刑のことだとソフィアはすぐに察した。

 古びた酒場に憲兵局の魔人たちが入ってくる。

 険しい顔でソフィアを掴み、地面に引きずり下ろす。魔人の一人から憲兵局の制服を貰い、背中に羽織い、帽子を被ったエリナは「転職したんだ」と笑みを見せる。

 

「ああ、そうそう。男嫌いだったあなたが結婚なんて何の冗談かと思ったけど。

 ご飯を作ってくれるなんて良い男じゃない。……でも、きっと指を一本ずつ切れば、あなたへの罵詈雑言をたくさん吐いてくれると思わない?」

 

「────」

 

「良い顔ね。連れて行きなさい。旅行は終わり。一名、帝都にお帰りよ!」

 

 後悔と憎悪が頭の中を回る。

 吐き気がした。

 憲兵局の詰め所に引きずられ、翌日の朝方前に帝都行きが決まった。

 

 急な事情やトラブルの為、貨物用列車が貸し切られたらしい。

 もっとも、服を剥ぎとられ、魔力封じの手錠まで嵌められ、更には天井からの鎖に吊るされたソフィアには知ったことではなかったが。

 よほど帝都で脱獄されたのが堪えたらしい。見張りも常にいる。

 それに振動から列車が動きだしたのが分かった。助けは期待できそうにない。

 

「ああ、お前の旦那。逃げてはいたけど捕まったらしいわね」

 

「……どうでもいいわね」

 

「あ、そう」

 

 嫌なことは重なるものだ。

 憲兵となったエリナの言葉の真偽は不明だが、反応だけはしなかった。

 けど。

 

「先に旦那の方から処刑するように報告書は上げて置いたわ」

 

「……ッ、お前、たちは」

 

「こうなったのはソフィアちゃんの所為だから。痛いでしょうね。あんなに傷だらけになって。男なのに誰も容赦しないの」

 

 ズタボロのボロ雑巾のように痛めつけられたケンシンを傍に転がされると、呪わずにはいられなかった。

 帝国を、かつての情を、敵を、自分を。

 己の罪を見下ろして心に刻む。そうしてソフィアはエリナを睨む。

 

「絶対に許さない。必ず殺してやるわ」

 

「バカね、ソフィアちゃん。殺される人間がどうやって殺すの? 私に媚びる?」

 

「呪ってでも殺すわ」

 

 咄嗟にエリナが手を振りかぶり、ソフィアを叩いた。

 

「……あら、ごめんなさいね。女の子を傷つける趣味はなかったのに」

 

 社交界で見せていたエリナの嘲笑を受ける度に、憎悪が身を焼き焦がす。

 握った拳から血が滴り落ちる。身体中を巡る魔力に対する首枷と手錠がもたらす痛みがソフィアの正気を保っていた。

 

「やっぱり傷をつけるなら男よね! それも下等な人間の男!」

 

「……待ちなさい。そんな男を蹴っても意味はないでしょ?」

 

 鈍い音が響く。エリナがケンシンを蹴った。

 

「意味ならあるわ。ソフィアちゃんの所為で! 旦那の! 傷が! 増えまーす!」

 

 それでも笑いながらケンシンを蹴り飛ばすエリナを見ていると、身体の奥底から何かが湧き出てきそうだった。

 あの笑う女を殺してやりたい。

 同じように薄い笑みを浮かべ周りで見ているだけの憲兵も許さない。

 

「見て! ソフィアちゃん。ナイフ! 刺されたら痛いよね? えい!」

 

「ぐあっ!」

 

 ナイフがケンシンに振り下ろされる。血しぶきが散った。

 

「やめなさい──!!」

 

「やめて下さい、でしょうが!」

 

「……ッ」

 

「やめろッ!!」

 

 ケンシンが、男が傷つけられる。こんな獣によって。いともたやすく。

 手枷を引っ張り、叫ぶ。

 頭の中が白く染まり、鼓動が高鳴り、魔力が体内を暴れて傷をつける。どうしてこんなに無力なのだ。父を亡くし、姉を亡くし、唯一復讐を肯定してくれた男も失うのか。

 

 そんなことはさせない。

 その意思が、膨れ上がる殺意と憎悪が、魔力を暴れさせ体内を傷つけ続ける。

 

「やめろと言ってるでしょ! この、下郎が!」

 

 身体の奥から沸き立つ感情に身を任せ叫ぶと、白い光がソフィアを中心に広がった。

 光がケンシンを、魔人を、憲兵たちを照らし濃い影を生み出す。

 

「ぎゃああああ!!?」

 

 突然、身体中が焼け爛れたように苦しむ魔人に、しかしソフィアは止まらない。

 手枷が外れない。首輪も邪魔だ。

 暴れ、叫び、しかし外れない。いや、手を引きちぎってでも──。

 

「もういいよ。十分だ」

 

 誰かに抱きしめられた。ボロボロの恰好にくすんだオレンジの髪色。

 温かい。血と──彼の匂いがする。

 柔らかさよりも独特の硬さがある男の身体には身に覚えがあった。

 

「……ケンシン」

 

「すまない。待たせた」

 

 普段の気弱さを感じさせない態度。

 ソフィアを見る眼差しは水面のように澄んでいる。

 それでいて、抱かれた身体に強い鼓動と、彼の熱が伝わってくる。

 

「ソフィア」

 

 名前を呼ばれた。身体の奥底に響きそうな優し気な声音で。

 咄嗟に喋れず、それでも口を開こうとして汽笛音が聞こえた。数回。

 運転席。その扉を開けて入ってきた憲兵にケンシンは目を向けた。

 

「そう怒らないでよ。列車を切り離して進路を変えるのに手間取ったんだから。ギリギリだったんだよ? それよりさっきのって君がやったのかい?」

 

「……先に薬を」

 

 言葉数が少ないケンシンに憲兵は肩を竦めて何かの薬品を渡した。

 まさかケンシンも裏切ったのか。

 その可能性が一瞬でも頭を過る。冷静な自分がソフィアに話しかける。きっと、この男も裏切るのだと。復讐など夢の夢。ここでソフィアは負け犬として死ぬのだと。

 

「大丈夫」

 

 硬質な音が砕ける。

 手錠を、その手が壊したのだと気づいた時には、ソフィアは彼に、ケンシンに強く抱かれていた。唇に薬を押し付けられ、呑み込む。頬に触れた手のひらは温かい。

 

「これ以上、キミを傷つけさせないから」

 

 傷が癒えていく。それを感じると同時にソフィアは意識を失った。

 

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