目覚めたら、男が激減し貞操逆転した崩壊世界だった 作:解毒草
「うそ、ウソウソウソ! 待ってよ──!」
燃える後続列車が闇夜に消えていく。
それに向けて手を伸ばすふくよかな体型の憲兵にオレは目を向けた。
……こいつ、オレを刺した奴だな。蹴ったのに頑丈だな。
ゆっくりと拳を握るオレの視線に気づいた魔人はひゅっと息を呑んだ。
「ご、ごきげんよう」
ヘラリ、と媚びを売るように笑う憲兵をどうしようかと思っていると、「ケンシン」と呼ぶ声がした。視界の端でランヴィよりも幽霊のように揺らめくソフィアだった。
もう起きたらしい。
というか、直視するのを躊躇うレベルの恰好だった。殆ど全裸だった。
服を脱いで渡すが首を振って拒否された。むしろ男が肌を出すなと言われた。
「服よりも、その女をわたくしに下さる?」
「こんなのが欲しいの?」
「ええ。絶対に情報を搾り取るから」
小首を傾げて、彼女は艶めかしくも冷たい声音がオレを頷かせた。
「任せる。オレは先頭車両にいるから」
その間に最低限、服を身に着けて欲しいという意味だったが彼女は別の意味で捉えたらしい。小さく頷くと憲兵の髪を掴んで引っ張り、床に叩きつける。
え、怖い。思わずオレの身体がビクッとなった。
「なら、ここで淑女的に会話をさせて貰うわね。ああ、でも、わたくし、今とっても気分が悪いのよ。思わず手が滑るくらいにね。だから発言には気を付けなさい」
喚いていた憲兵は静かになった。オレも静かな空間が好きなので異論はない。というか機嫌を損ねたソフィアは普通に怖いから物を申すとかムリだった。
無言で去る直前に、緑色の光が──つまり回復魔法の光がオレの肩を覆った。
「ケンシン」
振り返ると思ったよりもソフィアが近かった。というよりも抱きしめられた。
柔らかく、温かく、彼女の良い匂いに思わず身体が固まる。
「ありがとう」
そんな風に耳元で囁かれると、少しだけ胸がドキッとした。
魔人の一人を引き渡したくらいで、そんなに喜ばれるとこちらも嬉しいものだ。
『あなたって昔から女に弱いよね』
……そんなことないから! 今のは不可抗力だって!
なんだよ、ランヴィ。その目は。ねえ。
『別に。それに今の感謝って…………いや、もういいよ。ハニートラップ訓練も再開しないとね』
なんか不穏なことを言っているランヴィの後をオレは追いかけた。
◇
ターフェから渡された薬を飲んで横になる。
「これ、高い奴じゃない?」
回復薬は貴重だ。それも旧人族が残した物は回復魔法を使えない人には重要だ。
その分、レアなアイテムなのだが惜しむつもりはないらしい。
「君に傷なんて残したらソフィアに刺されそうだからね。なに、冗談だ。あまり気にしないで横にでもなっているといい。ほら、毛布だ」
「ありがとう」
今のオレは先頭車両の隅で横になり、ターフェの運転を見守る。
ちなみにランヴィもオレと同じように横になっていた。ただ傷を負っていない彼女は先頭車両の内装が気になるらしく、碧眼をくりくりと動かしている。
その視線はやがて燃料を入れているらしき機関に向けられていた。
……まあ、一応の危機は去ったのだし、休憩ついでに雑談をしても許されるだろう。1号車から時々聞こえてくる悲鳴も忘れられるだろうし。
「そういえば、この列車って石炭を燃料にしないのか」
「カリグラードにあったのはともかく、この貨物列車はそんな旧式じゃないよ」
「じゃあ、今は何を? 石油? まさか電気まで発展した?」
「電気? いや、魔力コアだよ」
「それは……魔石ってことか?」
「いや魔物由来の物じゃなくて自然現象由来の奴さ。これとか」
そう言ってターフェは棚に保管されていた小石をいくつか投げてくる。
青色の石と黄色の石だ。拳程度の大きさで宝石みたいにカットされている。覗き込むランヴィはキラキラと目を輝かせた。
『綺麗だけど魔石以上に魔力を感じる。けど魔物から採取した物特有の邪な感じがない。浄化された感じでもない。自然現象って言っていたけど、どういうことなの?
……質問して、ケンシン。私の通訳でしょ?』
「違うけど!? いや、いいけどさ」
気にはなっていたのでランヴィの代わりに聞いてみる。
「自然現象って、雨とか?」
「ああ。特殊な雨や雷の時に生まれる。
その原石に宝石みたいなカットをすると、より効率よくエネルギー源として活用でることが発見されたんだ。まさしく新時代を象徴するエネルギーだ」
そう語ったターフェはオレを見て心配そうな顔を見せた。
「ところで少し頭にダメージが残ってないか? 回復薬はいるかい?」
「いや、大丈夫」
新時代のエネルギー。そう聞くとなんだかワクワクする。
地平線の向こうから薄っすらと見える陽光にかざすと本物の宝石に見えた。
「美しい」
今だけはこのサードライフを体験できて良かったと、そう思えた。
「他にもコアはあるが……そろそろ話は終わりにしようか」
先頭車両にソフィアが入って来た。
服を着用していた彼女は手を布で拭いながら頷いた。
「やあ。望む情報は貰えたのかな?」
「ええ、もちろんよ。淑女好みの情報を頂いてきたわ。後で共有するわ」
淑女ってなんだろうか。
少なくとも血塗れの手を拭うような物ではなかった気がする。そんな彼女を見ていると振動が和らいでいる気がした。窓を見ると流れる景色がゆっくりになっている。
「ん? 減速してない?」
「ああ、もうすぐランボス橋があるからね。その辺りで停車する」
「なんで?」
ターフェは肩を竦め、ソフィアが言葉を引き継いだ。
「列車を爆破するから」
◇
ドゴォォオオオン!!
そんな音と共にずしりとした物が腹に伝わってくる。肌に感じる暴風と熱。
柔らかい朝日に破片が空に散っていく。
大きな川を挟むランボス橋でオレたちが乗っていた列車は爆破された。そんな火薬があったのかと思ったが、先ほどの魔力コアが関係してくる。
ソフィアとターフェが列車の動力部分と魔力コアに細工をして、爆破できる状態にしたらしい。女性陣が賢くてすごい。
「魔導工学師がいると楽でいいね」
「お前こそ、コソ泥なのに回路まで弄れるのはどういうことなのよ」
「コソ泥だからこそ、あらゆる技能と知識があって損はないのさ」
爆破された列車が橋を巻き込んで崩れていく。
これで追手は簡単には来られない。ソフィアに譲渡した魔人は列車に置いてきた。細かいことは聞かなかったが……まあ、そういうことだ。
ただ、魔族に屈した元人間なんてこんな末路でも仕方ない。ソフィアの機嫌を向上させた分、爆死した甲斐はあるだろう。
「でも、移動の足がなくなったけど」
「ここから一時間くらい歩けば目的地に着く。なんと走ればすぐだ」
ニヤリと笑うターフェ。
どうやら本気で言っているらしい。朝食として乾パンを渡されて渋い顔をするソフィアが印象的だったが、何も言わずに回収できたトンガリ帽子を被りなおした。
「ようやくヴァルナ移住区ね」
「気を抜かない方がいい。ここは霧も出やすいし魔物も多い」
「わたくしを誰だと思ってるの」
「それは頼もしい。なら、その言葉が嘘ではないか証明してもらえるかな?」
ターフェの言葉に頭を上げる。指を差した方に目を向けると大きな山脈が見えた。あれがコクレイ山脈らしい。
どこかで見たような覚えがある。いや、山なんてどこも似たようなものか。
その山の方から人が数人ほど走って逃げてくるのが見えた。
背後には大きな蜘蛛のような魔物が数匹ほど迫っていて危機的状況だ。
「……『ハイ・サンダー・フロー・トレース』」
ソフィアの行動は素早かった。
雷撃の槍。
それが一条の光となって軌道を描くと複数の蜘蛛の腹を貫いた。
「お見事」
「それで? アレの解体はお前がするの? わたくしは嫌なのだけど」
「いや、交渉材料にする」
ソフィアの攻撃でこちらに気づいた女たちの集団が近づいて来る。
彼女たちの警戒を解くように、ターフェは陽気な笑みを見せて手を振った。
「やあやあ、危ないところだったね。横取りはするつもりはなかったのだが、わざわざ背中を見せて尻を振っている様子から逃げていると判断し、退治させて貰った」
「あ、ああ、助かったよ」
「まさかダークスパイダーを撃退できるとは。すごいんだな」
「そう? あの程度の魔物も倒せないなんてピクニックにでも行くつもり──」
「おおっと! そんなことよりもだ」
ソフィアの言葉をターフェが笑って遮った。
「これからヴァルナ移住区に行くつもりなのだが君たちもどうかな? 固まった方が魔物も寄って来ないだろうしね」
「……いいんですか?」
「なあに、旅は道連れって言うだろ? お互いに気分よく安全な場所に戻りたいじゃないか。僕はピラフ。彼女たちは親戚の夫妻でね。少し実家と問題があってこっちに来たんだ。僕という護衛付きの逃避行ってやつだ。おっと、これは秘密だったな。内緒にしてくれるなら、あの魔物は譲ろう」
「本当にか!?」
「金よりも縁を大事にする生き方でね。魔物を狩っていた勇猛果敢な君たちのことも教えてくれると嬉しい」
「勇猛果敢なんて。我々は建国祭までの仕事で──」
気が付けばターフェが会話の主導権を握っていた。
相手方の反応は悪くない。剣や槍で武装した女性たちは会話をしながら蜘蛛の解体を始めた。オレも手伝うと物珍し気な視線を浴びた。
しかし既婚者アピールと物理的にソフィアが間に立つので視線的にはマシだった。
「というかピラフって?」
「偽名よ。ちなみにわたくしたちは今日からチャハン夫婦だから」
「まあ、いいけど。前のは止めたのか?」
「既に身元がバレたもの。意味はないわ」
夫婦らしく腕を組み、小声でソフィアと会話する。いつの間にか設定が決まっていたらしい。
結局オレは陽キャたちの会話には参加できなかったが色々と聞くことはできた。
どうやらヴァルナ移住区は人が流出しているらしい。
話を聞くと鉱山から得られる資源が少なくなったのをきっかけに衰退しているとか。それが十数年前から始まり、ついに帝都が支援を打ち切ると発表したらしい。
今年の建国祭を最後にヴァルナ移住区は解体する。そんな情報をターフェが相槌と共に引き出してオレに聞かせてくれているようだった。
『ケンシン聞いた? 温泉があるんだって。楽しみだねー』
「ん」
まあ、オレたちには関係ないことだ。
廃れた温泉のある街で、少しは身体を休めていこうじゃないか。