目覚めたら、男が激減し貞操逆転した崩壊世界だった   作:解毒草

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13 ヴァルナ移住区

 ヴァルナ移住区にも検問は行われていたがザルだった。

 助けた女性たちと混ざる形で入るとチラリと見るくらいで呼び止められることはない。むしろ欠伸をする魔人という貴重な物が見れた。見たくはなかったけど。

 

「不真面目ね」

 

「そのおかげで助かるけど」

 

「もう国境は近いし、廃れた従属都市で奪われて困るものはない。憲兵は仕事をサボって治安はどんどん悪くなってるらしいね」

 

 オレとソフィアの会話にターフェが加わる。

 先ほどの女性たちと別れ、教えて貰った宿屋に向かう。途中すれ違うのは人間ばかりで今のところ魔人は憲兵くらいしかいない。

 ただ、そもそも大通りを歩く者自体が少ない。廃れた田舎街みたいだ。

 

「今の時間帯、街の住人は鉱山での掘削か、街周辺の魔物狩りをしているらしい」

 

「ああ、だから人がいないのね」

 

 こうして街の景色を見ると少し哀愁の念を感じる。

 一度も来たことが無かった場所なのに、なんとなくもの悲しさを──

 

「あと、残りの金のある人間は酒場でギャンブルをしているとか」

 

「最低かよ」

 

 いや金の使い道は自由だけども。

 そうだ。金と言えば……。

 ソフィアに目を向けると、彼女はトンガリ帽子のつばを弄り始めた。

 

「……なによ」

 

「お金ってないよね」

 

「あぁ。それなら、少額だけど憲兵から巻き上げたのがあるわ」

 

 以前に山賊のアジトから回収した金銭はカリグラードの宿屋だ。

 たぶん燃えてしまったので、オレたちの財産はほとんど空と言っていい。

 

「仕方ないわね。ギャンブルで宿代を稼いでくるわ。何倍にもしてくるわよ」

 

「それはダメだろ! 全裸になって帰ってくる奴じゃん!」

 

「大丈夫よ。わたくしって運は強いし。ケンシンは必ず買い戻すから」

 

「オレが売られるのかよ!」

 

 ソフィアを羽交い絞めするオレに、ターフェが微笑む。

 

「宿泊は僕の方で出すから気にしないでくれ」

 

「そうはいかないわ。ケンシンの分はわたくしが出すもの」

 

「自力で金銭を得ようという考えは尊いが、今は僕に出させて欲しい。なに、君の素晴らしい頭脳なら、すぐに稼ぐことは可能だろう」

 

「……まあ、それでいいわ」

 

 オレの支払いについて何故か揉めていた。

 自分の分は自分でと言いたいが、悲しいことに金は何もない。魔物狩りをして然るべき場所に素材や魔石を売れば稼げるが…………。

 

『うーん。今のケンシンだと何匹もってのは厳しいんじゃないかな?』

 

 ランヴィの言葉に胸に……心臓付近に手を宛がう。

 少し前の戦いで判明したことがある。

 今のオレはあまり長くは戦えないということだ。昔は……どうだっけ?

 

『戦闘可能時間は訓練次第で伸ばせると思うよ? まあ、今はその時間もなさそうだけど』

 

 強めの魔物を狩れたら最高だが、現実には雑魚が囲っていたりする。中々一対一という状況に持ち込むのは難しいだろう。

 でも、大事なのは自分で稼ぐ意思だと思う。

 女性陣に甘えるっていうのは、なんというかヒモみたいだし。最終手段でありたい。

 

「ターフェ。明日、ソフィアと一緒に魔物を狩るよ。

 冒険者組合とか教えてくれたら……」

 

「いや、戦う男は存在が目立つから止めた方がいい」

 

「そうね。従属都市の中では田舎だけどバレるリスクは避けたいわ」

 

「……いや、仮面とか兜とかあるでしょ。オレだけ稼がずにソフィアに食べさせて貰うとかダメでしょ!」

 

 と言った途端、ターフェは無言でソフィアと顔を合わせた。

 陽キャがよく使うアイコンタクトだ。きっと陰口を言っているだろうと陰キャに自意識過剰と被害妄想を誘発させる精神攻撃だ。

 無駄に心臓がドキドキする。早く何か言ってくれ……。

 

「お前一人くらい余裕で養えてこそ、女の甲斐性よ」

 

「そもそも男を複数人の女で養う方が普通じゃない?」

 

「……えー」

 

 これがジェネレーションギャップという奴だろうか。

 今はそういう時代で常識で価値観らしい。

 なんとか彼女たちにオレも金を得ることに協力したいと話す間に宿屋に到着した。

 

「ここは一人一泊で5万ロギスだ。朝食付き」

 

「亡命中にしてはまあまあね」

 

「疲労は目に見えないからね。こういう時こそ休む為の金は惜しんではならないんだ」

 

 ターフェが選んだのは普通くらいの価格帯の宿だった。

 それなりに治安が良いという理由らしい。

 部屋は大部屋とはいえ一部屋のみ借りることになった。予算の都合らしい。ただ、小規模だが温泉が部屋の風呂にまで引かれているとのこと。素晴らしいね。

 

「男性である君には申し訳ないと思う」

 

 二部屋でないことに頭を下げられたのだが、下げたいのはこちらだった。

 ソフィアと寝るのには慣れてきたのだがターフェは大丈夫だろうか。

 

「僕は別に問題ない」

 

「ならオッケーです!」

 

「そ、そうか」

 

 そんなことよりも風呂だ。

 目覚めてから風呂に入浴したことはない。

 ソフィアから浄化の魔法を掛けて貰ったり、木桶に温水を入れて貰って布で身体を拭ったり頭を洗う程度だったのだ。

 魔力が無いと本当に不便で困る。

 ワクワクする気持ちを胸に秘め、我慢して女性たちに譲るつもりだったが、もしかしたら秘めた心のうちを悟られてしまったのかもしれない。

 

「先に入ってくるといい」

 

「ええ、そうするといいわ」

 

 イケメンなターフェと余裕のある笑みを見せるソフィアに譲られてしまった。

 

「少しエージェントと話をしておきたいもの。ゆっくり入ってきなさい」

 

 これは話を聞かせたくないということだろうか。

 うーん。まあ、ここまで言うなら仕方がない。おもむろに脱ぎだすとソフィアに怒られて風呂場に送り出される。

 さっさと脱いでから、身体や髪を洗う。それから湯の溜まった広めの浴槽に入る。

 

「おお……!」

 

 感動だった。じんわりと熱が身体の末端にまで広がる。

 生きてるって素晴らしいね。そう実感した。

 

『久しぶりのお風呂だね~』

 

 身体から力を抜いて目を閉じていると声を掛けられた。

 目を開く。同じく浴槽に浸かっているランヴィは一糸まとわぬ姿だった。

 ほんのりと白い肌を赤らめて、豊満な胸元や尻に湯水が垂れている。もはや乳房どころではない。全てが露わになっていた。

 

「そう、だな」

 

 艶めかしい肢体には自然と目が吸い寄せられるのは仕方がないことであった。

 ふむ。……深い、深い谷間だ。それに腰は細く、むっちりとした太腿だ。

 スケベの化身だろうか。

 もしもランヴィが女神なら入信していたかもしれない。

 

『顔、赤いじゃん。どうしたの、ケンちゃん』

 

「お風呂に浸かってるからだって」

 

『私への信心が足りないんじゃないの~……?』

 

「こいつ、心を読んでやがる……!」

 

 この女神か幽霊か幻覚か、とにかく判断に困る存在に風呂場でも心を乱されるとは。

 ……というか脱げるんだ。新発見である。

 

『一応、なんでも着れるし脱げるよ?』

 

「いや、いいよ」

 

『できるけどいいの? 人のおっぱいガン見してクールぶろうなんて面白いね』

 

「……あの、ランヴィ? ランヴィ様?」

 

『あれ~心臓すごくドキドキしてるじゃん。興奮してるんだー? もっと見る?』

 

「うぜえ……。分かったよ。分かったから、許して下さい……」

 

 他人に自分の心臓の状態を把握されるというのは変な気分だった。

 文字通りに心臓を握られて隠し事が通用しない。ある意味で全裸を見られるよりも嫌かもしれない。まったく、なんてサードライフだ。

 

『他人じゃないよ。私とケンシンの仲じゃない』

 

 蠱惑的に笑って体勢を変えるランヴィにオレは言葉を詰まらせた。

 

「……こんな仲だっけ?」

 

『そうだよ』

 

「そっか」

 

 自信満々に言われると苦笑するしかなかった。

 オレの視線を気にせず、気持ちよさそうに風呂に浸かる彼女を見る。

 あの時代のことを覚えているのも、話せるのも、知っているのも、彼女しかいない。浴室の向こうにはこの時代の人たちがいる。

 そこには壁以上の何かをオレは薄っすらと感じていた。

 

「なあ、ランヴィ。浦島太郎って知ってる?」

 

『私が竜宮城のお姫様って言いたいの?』

 

「違うけど、知ってるのね。……地上に戻った浦島太郎って元の時間よりかなり時間が経過したらしいけど、実際に経験すると変な気分だなって」

 

 正直に言って分からないことだらけだ。

 仲間の消息は掴めず、目の前の美女は色々と不明。聞く勇気はない。平穏な生活を掴むと決めたけど、それが正しいのかも分からない。

 それどころか明日のことだって不安なことしかない。

 なら、どうするか。

 

「ランヴィ。オレは……」

 

『お風呂から上がったら寝よっか。大丈夫。あなたの考えることは分かるから』

 

 幻想の手がオレの頬を撫でる。密着されて、感触は無くても感じるものはあった。

 

『深呼吸して』

 

 ランヴィは慈しむような目でオレを見た。

 温泉の硫黄のような匂いが、ゆっくりと肺の中を満たしていく。

 

『時代も常識も変わったけど、関係ないよ。また二人で強くなれば良いんだから』

 

 

 ◇

 

 

 ターフェとソフィアの関係は数年以上前に遡る。

 まだソフィアが社交界デビューを果たす前、怪我をしていたターフェを介抱したことがきっかけだった。

 それから色々あって別れる時にソフィアは言った。「いつか恩を返しに来なさい」と。

 

「わたくしが亡命するなんてよく分かったわね」

 

「帝国には網を張っているからね。君みたいな亡命希望者はそれなりにいる。最近は亡命の阻止に魔聖騎士団まで動き出してからは難しいけど。恩は返したいからね」

 

「随分と殊勝じゃない」

 

「それに君の魔導工学における技術理論は素晴らしい。君の評判を気にしない国の技術者たちから天才の亡命を受け入れるようにと声が上がってる」

 

「まあ、当然よね。わたくしって昔から天才って言われてたから」

 

「魔法使いと魔導工学師。二つの天職持ちなんて中途半端な才能だって声もあったよ」

 

「嫉妬は見苦しいわ」

 

 小さくぶつけたワイングラスが音を立てる。

 中身は飲まず、小さく鼻を鳴らしたソフィアがターフェを一瞥する。

 

「お前、生意気になったわね。前はもっとオドオドしていたはずよ」

 

「……それよりも彼のことだ」

 

 既にソフィアから一通りの話は聞いていた。

 ソフィアの生家グレイベリー侯爵家の祠から復活した男との逃亡劇。

 『リターンヘイヴン』の構成員を自称したスギシタ・ケンシン。彼が振るう謎の魔法と戦闘における技量。作って貰った料理。偽装結婚。夜を共にしたこと。

 後半の自慢話はさておき、話は理解した。

 

「スギシタ・ケンシンか」

 

「知ってるの?」

 

「名前はともかく、当時の構成員の詳細は本国でも国家機密になってる。仮に何らかの方法で本人の肉体が保存されて生き残っていたとしても今すぐの確認は難しい。

 だが、もしも本物だとしたらぜひとも連れて帰りたい。英雄の凱旋だ」

 

「そこは本人の意思を確認しなさい。……なによ?」

 

「いや、君にしては優しいんだな。従者として連れて行くと言うのかと」

 

「わたくしを何だと思っているのよ」

 

 数年前は治療費の請求として侍女にされて無理やり連れ回された身としてはおかしくないと思うが。

 まさか偽装結婚を通じて、本当に惚れたのだろうか。

 いずれにしても、ターフェとしては今のところどちらでも良かった。重要なのは二人の身柄を抑えて、ターフェが所属する国に連れて帰ることだ。

 

「『裏切りの聖女』。我々の国では君の祖母をこう呼ぶ。ああ、この国でもかな?」

 

「…………」

 

「まさか、リターンヘイヴンから当時の魔王軍に寝返った聖女の孫娘の亡命先が、彼らの残した国だとは。これも運命って奴なのだろうか」

 

 両腕を上げて舞台の役者のように振る舞うターフェ。

 唯一観客としてそれを見上げるソフィアはそれを一瞥して鼻で笑う。

 

「その手の文句はね、わたくしのお祖母様サリフィアに言いなさい」

 

「いや、僕は文句ないけどね。亡命してくるのが聖女の血筋で、実質的に三つの天職持ちなんて嫉妬と妬みがすごいことになりそうだなって」

 

 ランヴィの視線にターフェは口を噤む。

 一口。ワインを口に含んだランヴィは無言の末に目を細める。

 

「上等よ。返り討ちにしてやるわ。

 それに聖女を名乗るつもりはないもの。お前たちの上層部もそのつもりよね」

 

「ああ、うん……。あくまで魔法使いか魔導工学師として迎え入れるはず」

 

 そこでターフェは口を閉じる。

 チラリと浴室の方に目を向けると声量を下げる。

 

「……ちなみに君の夫は何か障害や疾患があるようには見えたかい?」

 

「どういうこと?」

 

「いや、以前の大戦の際の副作用や何かの呪いとかで、虚空を見つめたり、独り言を言うとかしていないかい? もちろん、それで何かする訳じゃない。

 亡命希望者の体調面もエージェントとして把握しておきたいんだ」

 

 一瞬、ソフィアはターフェと目を合わせる。

 そうして口を開こうとして、浴室に向けた目を見開く。

 

「ちょ……」

 

 ガチャリと、上がってきたケンシンは無防備そのものだった。

 シャツとパンツ。脇も太腿も露わで、シャツの隙間からは歩く度に腹筋や胸板が見える。無駄の少ない脂肪に筋肉。乱暴にタオルで拭いた髪は艶を帯びている。

 

「……」

「……」

 

 思わず喋るのを止めて、二人で目を向けた。

 卑猥な男がそこにいた。その男は視線を気にすることなく、ベッドに寝転がる。

 

「……ソフィア」

 

「な、なによ」

 

「悪いけど先に寝るから。おやすみ」

 

「あ、うん。……おやすみ」

 

 チラリとソフィアを見て毛布に包まる。

 背中を向けて小さな寝息を立てる姿は無防備そのもの。そこから視線を剥がしたソフィアはターフェを睨みつける。

 

「いつまでわたくしの夫を見てんのよ」

 

「……ああ、うん。偽装とはいえ、彼はなんというか……刺激的だね」

 

「ああいう男よ。独り言くらい、どうでもいいと思わない?」

 

「ノーコメントで」

 

 それから、明日以降の予定を話し合ったソフィアとターフェも入浴した(順番でひと悶着した)後は、それぞれのベッドで眠ることとなった。

 




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