目覚めたら、男が激減し貞操逆転した崩壊世界だった 作:解毒草
ぐっすりと眠れた。
清々しいと感じる朝に身体を起こして水瓶を手にする。ドロリとした水が口内を濡らし胃袋に入る。やはり寝起きの一杯は最高だ。
ふと、すぐ近くに人の気配を感じて目を向ける。
『おはよう』
「……ああ、おはよう」
ランヴィに返事。挨拶は大事だ。
宿の一室は襲撃の様子もなく無事に一夜を過ごせたようだ。室内には薄っすらと陽光が入り始めている。
「……結構、長めに眠ったな」
『スヤスヤだったよ』
隣のベッドではソフィアが寝ていた。
きっと疲れているのだろう。死人のように穏やかな寝顔に少しだけ焦りが浮かんだが胸元がゆっくりと上下していて安堵する。
昨日は大変だったのだ。起こさないようにしたい。
静かに着替えて部屋を出た直後、廊下で一人の女性が挨拶をしてきた。
「あ、おはようございます、よく眠れましたか?」
「……ああ、はい。おはよう……ございます」
誰だ? 挨拶をしながら思った。
いや、他人でも挨拶くらいはするのだが…………宿の人か?
「それは良かったです。亡命する時に重要なのは体力ですから。いざという時に寝不足で動けなくて失敗する場合もあるので」
「はぁ……」
知らない女性だった。いや、顔の造形はターフェに似ている。
緩いウェーブの掛かったミルクティーブロンドの髪を下ろしていると、か弱いお嬢様に見える。口調も敬語と距離感がある。
だがそれ以上に雰囲気もキャラも別人だ。あの怪盗キャラはどうした?
「その、ターフェ……さんですよね?」
「え、あ、はい。そうです、すみません」
「あ、いえ……」
どうしよう。なんかきまずい。
こんな清純派令嬢みたいなタイプを相手にするのは久しぶりだ。
そして、こういうタイプはすぐに涙をこぼすのだ。油断するとこちらが悪役にされかねない。警戒必須だ。周囲に人はいないが……ランヴィも周囲の警戒を頼む。
『なんか気弱そうな雰囲気とかオドオドしている感じとか普段のあなたみたいだね』
「そんな訳ないだろ!」
「ヒッ!」
「あ、ごめんね。泣かないで」
「い、いえ……」
そんな風にオドオドされるとオレが悪いみたいで嫌だな。
とりあえず適当に話題を変えよう。
「あ、朝ごはんってもうできてるのかな?」
「そうですね。もうできあがってますよ。ちょうど呼ぼうと思って……起きましたね」
ガチャリ。扉を開けてソフィアが来る。
身支度を整えた白銀の少女はオレと推定ターフェを見ると小さく頷く。
「まったく……朝からうるさいわよ。せめて朝食を食べてから騒ぎなさい」
「ご、ごめんなさい」
流石はソフィアと言うべきだった。
当然のような顔でオレの手を引き、ターフェの尻を叩いて従わせる。この集団のリーダーです、というような表情で宿の一階にある食堂に脚を進めた。
食堂には既に何組かの客がいた。やはり男が珍しいのかオレに視線が集うが、自然とソフィアやターフェが前や横に立ち視線を遮ってくれた。
なんて気遣いなのだろう。オレの乙女回路はキュンとした。
「ここの料理はシチューが美味しいと評判なんです」
「じゃあ、それで」
ターフェの言葉に耳を傾ける。出されたシチューは具がたっぷり入っていた。キノコやジャガイモなどの野菜を中心に魚の身がサクサクとしている。
そこにやや硬めのパンとサラダがついてくる。
「これは……フライタラね。フラムサーモンも入ってるわ」
「食堂の人に聞いたら今日、仕入れた物らしいです。なんでも事故か何かで橋ごと列車が落ちたらしく、地元の人たちが取ってきたんだとか」
事故、という言葉に一瞬だけスプーンを動かす手を止めた。
何気なく周囲を見るが気にした様子はない。
大物なソフィアは動じる様子など欠片もなく鼻を鳴らしてパンを千切った。
「いないと思ったらそんなことをしていたのね」
「この食材と一緒ですよ。情報は鮮度が大事なので」
量も多く、おかわりのパンを浸して食べる。
サラダもついていて満足感があった。ふと周囲のテーブルを見ると健啖家な女性たちが多いのか大盛りを注文している客が多い。
ソフィアやターフェも似たようなものだった。……もう少し食べるか。
「ところでお前、性格戻った? それとも昨日までのは演技だったわけ?」
ある程度食べた後、今更ながらソフィアがそんなことを言いだした。
オレも気になるので目を向ける。ターフェは淑やかに笑う。
「えっと……あれは仕事をする用の物でして。
さっきお風呂に入りなおした時に、髪を解いちゃったから……」
「髪を結べばどうなるんだ?」
「何と言いますか……気合いが入る? 少なくとも仕事に適した自分でいられるんです。その分、疲れますけどね」
髪を結べば性格を変えることができるのか。
自己暗示の一種かもしれない。
少なくとも共感を抱きやすい陰の気をまとったターフェでは昨日までのような言動はムリだろう。……それともこの話も嘘や演技か?
「ターフェさん。ちょっと怪盗らしくカッコいい台詞をお願いしますよ」
「いや、そういうのはちょっと……困ります」
「ほら、昨日まで被ってた帽子を出してなんかやって下さいよ~」
「こ、困ります」
整った美貌を赤くする彼女を見ていると、なんだかいけない気持ちになってくる。
庇護欲をそそるような見た目と雰囲気だからだろうか。
たとえ演技だとしても……心が小学生男子のような何かに変貌しそうだ。
「ケンシン」
急にソフィアに呼ばれた。なんだろうか。
うわ、怖。スープで温まった身体が冷えるような一瞥だ。
「お前はわたくしの夫なんだから、あまり他の女とベタベタしないで」
「え、……はい」
一応、この従属都市でも既婚者として入ったのだ。
不倫に見えるような言動は止めた方がいいのだろう。……いやしてないけど。
「どうしてソフィアはターフェのこれに驚かないの?」
「昔から見ている物に今更驚くことではないからよ」
どういう意味だ? 首を傾げる。そこにターフェが遠慮がちに手を上げる。
「あ、えと……私とソフィア様は昔からの……その……」
「子供の頃に専属侍女として雇っていたのよ。その時からこんな地味でどんくさい感じだったわ。だからわたくしとしてはこっちの方が見慣れているのよ」
「え、元メイドさんってコト!?」
驚きであるが納得だった。
亡命先の協力者とはどういう関係なのかと思ったがそんな繋がりがあったとは。
「あれ? でも、今は専属侍女じゃ……」
「クビにしたのよ」
「されました」
人に歴史あり。ふんと鼻を鳴らす元令嬢に、穏やかに微笑む元侍女。
まあ、あまり深くは問わないが見えない絆のような物を感じた。
だから……。
『ケンちゃんってメイド萌えだっけ?』
そういう話じゃないから!
頬杖をついて分かってますアピールをするランヴィにオレは自己弁護を──
「いや、別にメイドは」
『ちなみにね、前から言おうと思ったけど虚空に独り言を言ってる怪しい人に見えるから注意してね☆』
「ごほっ、ごほっ……! むせたから。むせただけだから!」
緊急回避である。
ランヴィの助言によるオレの行動は彼女たちに怪しまれずに済んだ。
……あっぶねー。いや、もっと前に言って欲しいのだけど。
まあ、オレの言動なんて誰も気にしないか。人は他人に興味ないって言うし。
「……ああ、そう。それよりも今日の予定なのだけど」
華麗にスルーしてくれたソフィアによって予定が決まる。
前から思っていたけど口や態度が悪い時はあるけど良い人だよね。顔は良いし、乳房は大きいし、頭も良い。優良物件という奴だ。
「魔物狩りね」
「魔物狩りか」
金が無い状態は良くない。魔物狩りをする時がきたようだ。……自慢ではないが、オレの記憶には数多の魔物や魔族と戦った記憶がある。多少は役に立てるだろう。
「ターフェさんは?」
「ちょっと待って下さい」
ネクタイを締め、髪をまとめる。
それだけでターフェから漂う雰囲気が変わったように感じた。
「……僕はこれから情報収集だ。橋は落ちたけど憲兵が来るのが遅れる程度だ。それまでに必要な準備を整える。悪いけど君とのデートはソフィアに任せるよ」
「おっと」
「きゃ!」
当たり屋ソフィアによって髪紐が奪われ、ミルクティーブロンドの長髪が舞う。
そこには数秒前までのオドオドしていた少女が目を回していた。
「あら、失礼」
「ふわあ!? ……あ、あの返して貰えますか」
「いやよ。そもそも生意気なのよターフェの癖に男の真似なんかして」
「はああああ!!? いつまで昔のことを引っ張るつもりですか!」
なんだろう、イジメかな?
いや、取っ組み合う程度には健全な関係のようだ。
「ちょっと! わたくしの帽子に何する気よ! 調子に乗ってんじゃないわよ!」
「昔の私と思って甘く見ないで下さい! ソフィア様こそ男の前だからって急に女ぶって! なんですか色目なんか使っちゃって! ムッツリ令嬢!」
「なんですって!! ……あら、嫌だわ。
演技しないと仕事もできない女がわたくしの何を知っているのかしら?」
「ふーん。へぇ……。
ケンシン君。聞いて下さい。この人は昔、自分の父親に──きゃっ!?」
女二人がくんずほぐれつ絡み合う光景を眺めた後、オレとソフィアは一度ヴァルナ移住区の外に出た。
……ターフェとはもう喧嘩別れで会わないかもしれない。
そんな一抹の不安を抱くオレと違ってソフィアは普通の態度だった。
「ケンシン。昔はどうやって稼いでいたの?」
「冒険組合から出される魔物狩りの依頼対応とか旧人族の遺物集めだな。あとは……なんだっけな。忘れちゃった」
「何をとぼけてんのよ」
転移者は戸籍が無い生き物だ。自分たちで国家を作るとかしない限りは根無し草で魔物狩りや世界中にある遺物集めで金を稼ぐことが多かった。
そういう仕事をまとめる組合、冒険組合に所属するのは定番とも言える。
「そもそも帝国にも冒険組合とかギルドって呼ばれる組織はあるのか?」
「無いわね。そういうのは魔聖騎士団の仕事よ。人間に許されるのは冒険ではなくて労働か魔人になることだけ。下手に国外に出ようとすれば吊るされるわ」
白い首を指さすソフィア。
その手には紙が一枚。
「だから、腹立たしいけどターフェが持ってきた依頼を受けるしかないわ」
そんな訳でオレとソフィアは魔物狩りだ。
人と遭遇しても問題ないように、最低限の変装とチャハン夫婦という設定で魔物を狩る。
「『ハイ・ウォーター・ストライク』──!!」
ズドン! 物を貫くような重い音。
圧縮した水の刃に表面の岩が砕け散り牛の魔物マグナブルが倒れた。
「おお!」
「……感心してる場合じゃないわよ。さっきの話、忘れたとは言わせないわ」
指を一本突き立ててソフィアはオレに不遜な笑みを見せる。
危険な魔物狩りで多く倒した方がなんでも言うことを一つ聞く。そんなことを言ってきたソフィアに了承の意を示したのが十分ほど前のことだ。
さて。オレも戦おう。
魔物を倒して、金を得て、明日の平穏を掴む為に。そっと胸に手を当てる。
「『リターン・セカンド』」
──ドクン!
呪文を口にすると心臓を起点にエネルギーが巻き起こる。
爆発するような熱い血潮が体内を巡り、頭の中が冴え渡っていく。
内から生まれる暴力性に拳を握る。あふれ出る魔力に大地を踏みしめ、集中する。
「いくぞ。敵は……」
敵は。魔物は。
なんか……大量にこっちに近づいてきてるんだけど。
轟音がする。全ては大地を蹴る魔物の音だ。
抗う他の人間を踏みつけ、敵意を剥き出し、目のある魔物は何故かオレを睨む。それはソフィアも感じたらしい。睨む視線に彼女の物も混ざる。
「ケンシン! 何かしたの!?」
「いや……」
珍しく慌てるソフィアの声にオレは対応できない。
既に目の前に一匹、ヴォルテック・カウが角に集約した電撃を放ってきたからだ。
「『デストロイ・パンチ』! ……『パンチ』!」
振るった拳で電撃を相殺。そのまま空いた手で殴りつける。まずは一匹。
この一帯は牛系の魔物と花の魔物が非常に多い。
痺れさせ、幻覚を見せ、媚薬で脳を壊す花の足止めに、四足歩行も二足歩行も可能な牛による暴力のコンボはシンプルながら強力だ。
「『ハイ・ファイア・バースト』! ……数が多いッ!」
ヴェノムローズを燃やしたソフィアは険しい顔をしていた。
赤い花弁と蔓が火炎によって灰となるが、続く別の植物が押し寄せてくる。
「……ッ」
ゲームの時も、記憶にある戦いでも、こんなことは起きなかった。
何が起きてるんだ?
それなりの数の魔物を消し飛ばし、吹き飛ばす間に頭を回すも答えは出ない。
『ケンシン。このままだと数の暴力で潰されるよ』
『分かってる。……ランヴィ、なんでこんなに魔物が集まるんだ?』
『分からないけど、どうもあなたが狙われてるっぽいね。うーん……戦うの止めよっか。私が指示するからジャンプで撤退して。できるよね?』
咄嗟の脳内での会話はスムーズだった。
こういう時、ランヴィは合理的かつ感情的にならずに判断する。
その眼差しに頷く。時間が惜しい。
「ソフィア! 撤退! 撤退する!」
「ダメよ! これを連れて行くと魔物ごとわたくしたちも攻撃される! この魔物群とわたくしたちが無関係だと主張できるほどに距離を取るか数を減らさないと!」
進路上の邪魔になる魔物を蹴り飛ばす。
そのまま彼女を抱きしめる。
「最大の火炎魔法を頼む」
「何を──」
「距離を取る。キミは数を削って」
──ドクン
胎動する。体内で蠢く魔力と血潮が脚に流れる感覚。
世界がスローモーションに感じられるほどの集中で、地面を踏みつける。
「『デストロイ・ジャンプ』──!!」
全力の跳躍。眼下には蠢くような魔物たちがオレたちを見上げる。
いや、オレか? オレが何をしたというんだ……。
「これでも食らいなさい。『ヴァイラ・ファイア・エクスプロード』──!!」
ゴウ、と紅の炎が舞い散る。
竜巻のような火炎旋風が爆発するように広がり、魔物たちを燃やす。
跳躍によって燃える光景が離れていく。
「ちょっと待って。どこまで飛ぶのよ。これ着地はどうするのよ」
「静かに。舌を噛むぞ」
「……急に威張らないで」
トンガリ帽子を押さえ睥睨するソフィアを抱いて跳躍。かなりの距離を稼いだ。
地面に落ちて──着地。
数秒程度の出来事だったが、それをもう一度繰り返す。
『ここまでだね』
二回の跳躍でヴァルナ移住区が見えた。背後に敵影はいないが……。
同時に鼓動が弱まると急激に身体から力が抜けて熱だけが残った。
「……しっかりしなさいケンシン。逃げるわよ」
「あ、お手数をお掛けします」
「バカね」
何故か罵倒するソフィアに肩を貸して貰い敗走する。
その間も、頭を回す。今回の魔物たちが集った理由について。
「恐らくだけど、あの一帯の魔物はお前の魔力に反応していたわね」
「たぶん……」
オレたちは移住区の目立たない場所に逃げる。ようやく座って息を整えた。
「教導院で男が教官と訓練すると言っても護身程度。実際に魔物と戦うなんてこと見たこと無かったもの。まさか迷信が本物だとは思わなかったわ」
「迷信?」
「……男の魔力は魔物を引き寄せる。だから戦場に男を出すのは不吉と言われる」
思い出すようにソフィアが呟く。
迷信。不吉。男が、オレが戦うと魔物が寄ってくる。同意するようにランヴィが頷く。
『合ってると思う。魔物の動きが心臓を動かしてから明らかに違ったもの』
今までも魔物と遭遇する時はあったが襲ってくることはなかった。
普段の状態なら問題ないのか。心臓が高鳴ると大量の魔力が体内を巡るが、それが魔物たちを呼び寄せる餌のようなことになっているのかもしれない。
「女の魔力では魔物は寄って来ないのか?」
「少なくとも今日みたいなことは無いわ」
「……時代は変わったな」
こうなると少し話が変わる。二人で魔物狩りをするのはリスクが生まれる。
「ごめん。脚、引っ張ったね」
魔物狩りは一人でやって貰おう。うん、その方がいい。
オレは適当に店の皿洗いでもして稼ごう。
だから、オレの手を離して欲しい。何故かオレの手を握るソフィアを見下ろす。
「お前、何を言ってるの? わたくしの足を引っ張った自覚があるなら、労力を使わせた負い目があるなら、ちゃんと返して貰うわよ」
「なに、を」
思ったよりも力が強い。
ニヤリと、悪いことを考えているような笑みをソフィアは見せた。
「わたくしに迷惑を掛けたと思っているなら、その身体で返しなさい」