目覚めたら、男が激減し貞操逆転した崩壊世界だった 作:解毒草
廃坑帯を抜ける。
光に目を細め、一気に広がる景色にオレは目を見開いた。
ターフェが言っていた砦は分かりやすかった。
魔物が集っていて、それに抗う人たちが見える。結界を展開している砦には大きな人型の魔物が脚を振り下ろしていた。
まるでオモチャが手に入らなくて駄々をこねる子供のようだ。
「あんなの絶対まずいやつじゃん」
結界が既にひび割れている。
あと数回で砕け、砦を踏み潰すか巨体で転げ回ったら壊されるだろう。
外から見ているだけでも絶体絶命の状況なのは伝わってくる。
「情報では聞いていたがデカいね」
「ムカつく顔。デカいってだけで調子に乗ってるわよ。アレは」
「流石に言いがかりだよ。分からなくもないけどね」
人型の魔物は存在する。
だが、あそこまで巨大な魔物はあまり見たことがない。……と思ったが。
『ジェルタス・タイタンね。確か対結界用に魔王軍が出して来た奴。覚えてない?』
ランヴィの言葉に首を振る。
記憶は肝心なところで頼りにならない。
ただ前にも相対したことがあるのなら、あの巨体を見て身体が震えないのは納得だ。
「ソフィア」
「待ちなさい。戦えばお前の方に魔物が行くわよ!」
「囮作戦だ。効率よく行こう。オレが巨人を倒す。そのオレに群がる魔物をソフィアが消し飛ばして、ターフェは……事情を話して砦から戦力を連れて来てくれると嬉しい」
ジッとターフェがオレを見る。早く決断してくれ。
「君は……なんというか……」
「うん?」
「いや。分かった。それで行こう。巨人に近づいた時に僕を砦の方に投げ飛ばして欲しい。それで無駄を減らせる。最速で強い女を迎えに行かせよう」
瞬きと同時にターフェがいた場所には一匹の猫がいた。
……これを投げるって虐待にならない? 死んでも責任は取らないよ?
そうしている内にトロッコの終点が見えてきた。
だというのに減速の気配がない。それどころか加速しているように見える。
「ソフィア。ブレーキは?」
「壊れたわ」
「壊したんじゃないか?」
「失礼ね。オンボロなのが悪いのよ。それに跳躍するならこの方が効率良いわ」
レバーを捨てたソフィアは覚悟を決めたような表情でオレの胸を叩く。
「あと、前から思ってたけど男の癖にカッコつけすぎ。そういうのは女の仕事よ」
「……いや、昔の人間なんで」
「時代錯誤も甚だしいわね。まあ、いいわ。わたくしも亡命先を潰されたくないもの。それに、ここで恩を売っておけば良い土産になるわね」
こんな状況下だが、不思議と不安は感じなかった。
この時代で出会えた新たな友人たちに、オレの胸元がじわりと熱を帯びていく。
『私を忘れてない?』
ああ……忘れる訳がないさ。
高鳴る鼓動が、巡る血潮と爆発的な魔力が心地よいと思えた。
オレの胸元に触れるランヴィがまるで勝利の女神のように愛おし気に微笑む。
「……『リターン・セカンド』」
ドグン、ドグン、とエンジンでも掛かるように心臓が暴れる。
魔物を倒せと。魔族を滅ぼせと叫ぶかのようだ。
「その呪文って何なの?」
「人生で一番強かったオレになる魔法だ」
言っている意味が分からなかったのか冗談と思ったのか猫が首を傾げた。
いいさ。分かって欲しい訳じゃない。
肩にターフェが乗る。にゃん、と一鳴きする。ソフィアを背負う。準備完了だ。
「『デストロイ・ジャンプ』──!!」
トロッコの終着点でオレは跳躍する。……さらば、トロッコ。
すぐ背後で爆発音を聞きながら空気を斬り裂くように空に飛び出した。
「こっちを見たわね」
「男の魔力か。……魔物の誘引効果は分かるがここまでの物だったか?」
「関係ない。やることは変わらない」
上空から見ると、気持ちの悪いことに魔物たちが一斉にこちらにやって来た。結界や砦の人間への攻撃よりもオレが優先らしい。
あの巨人ですら攻撃を止めてオレを見てくる。
その異様な光景にターフェは静かに柔らかい毛並みを押し付けてくる。
「ケンシン君」
「いくぞ、ターフェ」
むんず、と猫を掴む。
魔物を相手に戦っていた砦の人間たちのところに向かって猫を投げる。
レザービームのように一直線だ。
そのまま落ちれば潰れたトマトみたいになるだろうが、ターフェはモモンガのような姿に若干形を変えて威力と着地点を微調整していた。器用だな。
あれなら問題はないだろう。
あとは、オレとソフィアだ。
「つかまってろ」
「命令しないで」
ぎゅっと首に回る腕、腰に回る脚。押し付けられる豊満な乳房。
それに何かを感じる暇もなく。
巨人がオレたちを睨みつけると振りかぶって殴りかかって来た。
迫力がある。……だが、遅い。
「見せてやりなさいケンシン。お前の力を」
大きな岩のような拳にオレは拳を振るう。
衝撃が生まれる。デカい魔物の腕が痺れたように弾かれる。
咄嗟に伸ばしてくる腕に着地して顔に向かって跳躍する。狙うなら顔面だ。
「ケンシン。あっちに巨人を倒して。魔物を多く巻き込める」
途中でソフィアが魔物の密集地帯を指さした。一斉に潰せたらスッキリしそうだ。
「分かった」
巨人が咆哮する。
挑発か雄たけびか鼓舞か。なんであれやることは変わらない。
再び拳を握ろうとした時だった。
「……手を出して」
「え?」
「早くして」
差し出した手を握られる。
彼女が呟く小さな呪文。拳を包み込む温かい物はチクリと記憶を刺激した。
「これは……」
「いいこと。特別によ。ケンシンにだけだからね。言いふらしたら後悔させてやるわよ」
振り向きたかったが、首に回した彼女の腕が許してくれなかった。
さっさとあのデカいのを殴り殺せと。そう無言で言っている気がした。
だから。
「ああ。ありがとう。ソフィア」
握りしめた拳に白い光が生じる。
温かい光は普段よりも力強く、空間を引き裂くような黒い亀裂が雷のように走った。
「『デストロイ・パンチ』────!!!!」
巨人が次の攻撃をしてくる前に。
オレは全力で巨人を殴り飛ばした。
頭部を失った巨体はソフィアの指示通りの方向に倒れる。
下には大量の魔物たちが逃げ惑い、しかし大半が押しつぶされる。ぶちぶち、と嫌な音が響く中、オレは着地に備える。
『ケンシン。あとは砦に突撃して。大抵の物を蹴り飛ばして攻撃はソフィアに任せるの』
その方が一番だろう。
多少の戦闘可能時間が伸びたところで全てを相手にはしていられない。
ソフィアが静かに魔法を詠唱する。
眼下に炎が広がる。魔物を焼き焦がし降り立つ。
そのままオレは走り出す。
目指すは砦だ。一歩一歩、地面を蹴り飛ばす勢いで低空跳躍を繰り返す。
「『ハイ・ファイア・ランス』! 『ハイ・ファイア・ランス』!」
ソフィアの魔法が次々と魔物たちに着弾する。
前方の道を開ける。
そうした彼女の攻撃を嘲笑うかのように魔物たちは死体となった魔物を乗り越えて突撃してくる。肉塊と化した同胞を遠慮なく踏みつけ、血でぬかるんだ地面を蹴る。
炎の槍を回避して、あるいは傷を負ってもオレたちに迫ってくる。
「……『デストロイ・キック』!!」
半月を描くように足を伸ばして周囲の魔物を蹴り飛ばす。
魔法を突破して、死体を乗り越えた魔物たちに無謀のツケを叩きこむ。
『あと三回で限界だから。なんとかして』
数が多過ぎる。
ここが物語の最終決戦の舞台なのかと思うくらいに多い。
多種多様な動物系の魔物たちだ。本当に鬱陶しい。
魔物は発情した獣のようにオレたちを襲い掛かる。十数の目を持つ犬や巨大な口から足を生やした蜘蛛もいる。
幸い、近接戦闘を得意とする魔物しかいない。
遠距離攻撃や爆撃を行うようなタイプは既に砦の戦力に潰されたのだろう。
囲まれる度にキックで斬り裂いて、ソフィアの魔法で前に進む。
『あと二回。
……ソフィアが疲弊してる。さっきの魔法で元々少なそうな体力を消耗したっぽいね』
ソフィアの状態は肌から伝わってくる。荒い鼓動だ。魔法の威力も下がってきている。
再び蹴りで道を切り開く。
無我夢中の殺気を全方位から浴びながら、奥歯を噛みしめる。
『下の奴! まだ死んでない!』
「……づ」
魔物に踏みにじられて重症を負いながらも生きていた魔物に脚を掴まれる。
ぐらりと姿勢を崩す。
「足を……ッ」
動きを止めるのは最悪だ。ソフィアが魔法を放とうとするが少し遅い。
「『デストロイ・キック』──!!」
足を地面に叩きつける。宙返り。
ギリギリ魔物に埋め尽くされる前にその場を離れることに成功した。
けど……足が痛む。噛まれた。
次に着地しても上手く走れる気がしない。なら……。
「言っておくけど、離れるつもりはないわよ」
「……ッ」
「投げたりしたら絶対に許さない」
ぎゅっと全身で抱き着いてくる魔法使いを砦に投げる。
咄嗟に浮かんだ案を否定するように、ソフィアがオレの耳元にささやく。
「そもそも、諦めるにはまだ早いと思わなくて?」
『そうだよ。しっかりしてよ! ラスト一発。前方にパンチして!!』
オレよりもメンタルに優れた女たちの叱咤が身体に響く。
ソフィアの手がオレの足元に伸びて、じわりと回復魔法を送ってくれる。
その数秒間で魔物が近接戦闘をするくらいの距離まで来ていた。
「『デストロイ・パンチ』──!!」
そうだ。わずかでも諦める場面じゃない。最後の一発で道を切り開いた。
すぐ隣でランヴィが微笑んでくれた。
『お疲れ』
「……ああ」
鼓動は弱まっていた。それでも魔物の接近が止まる訳ではない。
ソフィアがオレから降りる。
トンガリ帽子のつばを持ち上げると見惚れるような笑みを浮かべた。
「わたくしたちの勝ちよ」
「……え?」
切り開いた道から凄まじい勢いで黒い盾が接近してきた。
……いや、人だ。
それは周囲にいた魔物を弾き飛ばし、踏み潰し、更には振るった刀身が一閃と共に魔物を斬り裂いていく。オレの周りだけ円ができたかのようだ。
上空からは色とりどりの魔法が無数の爆発音と共に魔物を吹き飛ばしていく。
砲撃音。更に円が広がっていく。
ランヴィが指を差す。砦に設置された砲台から砲弾が飛来していた。
『ここまで砦に近づけたら支援も届くよね』
魔物を一掃する一方的な攻撃。
雨のような魔法と砲撃によって魔物の群れが殲滅されていく。
気が付くとオレの左右を武装した黒い制服の女たちが通り抜け、魔物を狩る。
そして魔物から周囲を遠ざけるようにオレとソフィアの前で佇む盾の女。
見たことがあった。
女たちにではない。彼女たちが着用している制服にだ。
「すまない。立て直しに時間がかかってしまった」
漆黒のタクティカルベスト。身体のラインを強調するインナー。
ミニスカートから伸びるタイツに包まれた脚には多様なポーチやベルト。いずれも魔法文明に喧嘩を売るような旧人族と転移者の好みが混ざったような制服。
こちらを振り向いた黒髪の女が凛々しい表情で話しかけてきた。
「亡命希望者だな。協力に感謝する」
「……」
「どうかしたか?」
問いかけられたが、オレは答えるどころではなかった。
代わりにソフィアが鼻を鳴らして胸を張る。貴族の令嬢らしく堂々とした振る舞いだ。
「どうかしたか? 名前も名乗らない女は淑女足り得ると思って?」
幸いソフィアの言動に軍人は冷静な面持ちと敬礼で応じてくれた。
「……ああ、失礼した。
私はアークヘイヴン国境守備軍・アストリア砦所属、グレイナ少佐だ」
「アーク、ヘイヴン」
黒髪の女──グレイナが身に着けているタクティカルジャケットの肩口。そこには所属する国旗の刺繍パッチが縫い付けられていた。
青い生地に白銀の糸で八角形の紋章。その周囲を囲む歯車。そして左右に幾筋も伸びる光の回路。仲間が話し合って作った──オレたちの国旗。
「……ぁ」
ふと砦を見ると……あった。黒煙の中に、青い国旗が。
風に吹かれてはためく堂々とした姿に、どうしてだろうか。何も言えなくなった。
胸の奥から込み上げる何かにきゅっと手を握る。
「リターンヘイヴンではなくて?」
「誤解されがちだが、それは組織の名称であって、その本拠地──国土と正式な国名はアークヘイヴンと呼ばれてる」
「つまり殆ど一緒じゃない。
わたくしはソフィア・グレイベリー。それと……ケンシン」
「ん、あ……」
姿勢を正し、上品なカーテシーを見せる彼女にせっつかれて挨拶する。
自分でもなんて言ったのか分からないほどに動揺していた。
幸い、不快な顔はされなかったので最低限の自己紹介はできたと思いたい。
「ソフィア・グレイベリー。スギシタ・ケンシン。ようこそ、アークヘイヴンへ」
こうしてオレたちはソフィアが求めた亡命先に一応だが辿り着いた。
国の名前はアークヘイヴン。
その西側の防衛を担っているアストリア砦。
リターンヘイヴンの本拠地はいつの間にか随分と国土を広げたらしい。