目覚めたら、男が激減し貞操逆転した崩壊世界だった 作:解毒草
旧魔王軍幹部、現七魔聖の一人デューク公。
まさかオレを追いかけて来たのか? どうやって?
いや、今は考えている場合ではない。
砦の門を破壊した彼がこれ以上侵入してこないように、オレは壊れた壁から飛び出す。
「私は狙った男は逃がさないんだ。あらゆる手段で女にすると決めてる」
「迷惑だ。帰ってくれ」
オレの言葉に賛同するように砦内の砲台が旋回する。
だが、攻撃を始める前に飛行する人型の魔物が特攻と同時に自爆する。
数秒で砲台が存在するあらゆる場所が破壊された。
これで対空防御の機能が大幅に低下した。結界が無いとこうも無防備とは。
「誰にも私の邪魔はさせない」
……リュシーは何をしてるんだ? 仕事をサボったのか?
幸い、地上にいる魔物たちはデューク公の指示を待つように動きを止めてる。なら、もう少し時間を稼ごう。そう思ってオレはコミュ障なりに重い口を動かした。
「……それ以外にも目的があるんじゃないか」
「よく分かったな。
七魔聖としての仕事もある。なにせ、この砦は既に崩壊しているはずなのに、ジェルタス・タイタンが倒されたらしいじゃないか。その調査に来たら……」
気持ちの悪い笑みでデューク公はオレに笑い掛けた。
「運命が言ってる。ここで私たちは出会うのだと。貴様は私の女になるのだと」
「──待って下さい!」
砦内から飛び出す一人の影。
女……いや、女に見える風貌の男がデューク公に走り寄った。あちこちから黒煙と爆発音がする砦から逃げるように、あるいは……。
「ふむ。リュシアルか。ご苦労だった」
まるで部下をねぎらうかのようにデューク公は語り、リュシーに手を伸ばす。
「貴様の女に対する熱意、渇望、そして覚悟を見させて貰った。見よ。我が帝国の攻撃を防いだ砦が随分と脆いものだ」
「そ、それで私を……!」
「その前に、貴様を飼っていた者たちに宣言すると良い」
「は、はい」
リュシー……いやリュシアルがこちらに振り返って笑みを浮かべる。
せいせいした。そんな言葉が顔に書いているように見えた。
「私は人類を裏切り、長年の夢であった女になります! 皆さん、ごめんなさい! 私の夢の為に死んで下さい! アークヘイヴンに死を! ロギス帝国に祝福を!」
腕を掲げ、恍惚とした表情。大声なんて初めて聞いた。
近くで準備を進めていたグレイナを始め、砦内の女たちの纏う空気が変わった。
……男とか関係ない。アレは敵となった。人間を裏切ったのだ。
リュシアルは。
オレたちの居場所を奪おうとする魔族に魂を売った売国奴だ。
「フハハハハハ!! よくぞ言った。良いだろう、褒美をやろう」
赤い閃光がリュシアルに突き刺さる。
転がり、ボコボコと体内から女に変貌する元男に更に手を向ける。
「ついでだ。昇級してやろう。『ゲノム・ジェネシス・ブレイク』──!」
「ああああああ!!?」
続いて赤黒い光線がのたうち回る女に着弾する。
知らない呪文だ。何が起きるのかと見守ると女の肌に黒い紋様が浮かんだ。更には角が、尻尾が生える。それが何なのかオレは既に知っていた。
「魔人……?」
「そうだ。魔胎石を使わずに私に相応しい魔人にした。男から女に変貌した者限定だがな。
さあ、起きるが良い。その新たな力で貴様の力を示すのだ!」
デューク公の命令にリュシアルは立ち上がる。
力に呑み込まれたような恍惚とした表情、砦やオレをおぞましい物を見るように睨みつけると、爪を伸ばして勇ましい雄たけびと共に走り寄ってくる。
……フリとかではない。寸止めをするとも感じられない気配に拳を握る。
「力だ! 力があふれて仕方がない。ハハ! まずはケンシン、お前からだ!!」
腕を掲げる。それで彼女の一撃を防ぐ。
思ったよりも弱い。対して防がれるとは思わなかったのは驚愕に満ちた表情をリュシアルは浮かべた。それを隠すようにオレに対して蹴りを入れるが。
「なっ!?」
蹴りには蹴りを。逆に弾くと姿勢を崩した彼女は大きな隙を晒した。
拳を握り──その顔に向けて振るう。
「……ふむ。まあ、元が弱ければ魔人になったところでな」
グシャリ。地面に叩き潰された元男の魔人にデューク公は鼻を鳴らす。
分かっていたと言わんばかりの態度だ。
「貴様。心は痛まないのか。かつての同胞を平然と殴りつけ黙らせるなど」
「同胞? 彼とは少し話をしただけでもう縁は切れた」
「なんて冷たい男だ。それがいい」
悪く思うなよリュシアル。
ただの拳で気絶させただけ。一瞬でも楽しいと思った分の温情はこれで果たした。
「茶番は終わりか? お前の力は大したことないんだな」
「大したことがない、だと」
「見た目が派手なだけ。男を女に変える? 下らない。昔の魔王軍の方がすごかった」
「……言うじゃないか」
デューク公の背後には多数の人型の魔物たちが統制の取れた動きで待機している。
魔人も何人かいるように見える。当然のように女性だ。
「デューク公。もしかして、その従えた魔物も……オスから変質させたメスか?」
「当然だ! そこの成り立てとは違い私が鍛えた元男の中の女たちだ」
彼の何がそこまで強いこだわりを徹底させているのか。
分からないし、分かりたいとも思えなかった。
「ここからは戦場だ! 男の出番など無いと知れ!!」
ザッ、と魔物たちが、魔人たちが一歩踏み出す。
統率された足音が威圧するように地面をわずかに揺らした。
「『ゲノム・レギオン・コマンド』──!! ランシン以外の全てを皆殺しにせよ!!」
戦いが始まった。
デューク公の指示で魔物や魔人たちが動き出す。
オレも胸元に手をやるが、その目の前に黒い大盾が置かれた。
「他の者は作戦通りに対応せよ!!」
黒い制服に黒い髪。グレイナだ。
それに応じるように背後の砦からは女たちの雄たけびが聞こえて来た。砦の側面から出て来た軍人たちは魔物を挟撃するつもりらしい。
「スギシタさんは私が守る」
グレイナと少数の軍人たちは正面から応じるつもりらしい。
乙女回路にグッとくる言葉を発してグレイナの鋭い眼差しがデューク公を射抜いた。
妙に言動がカッコいい。顔も凛々しくて巨乳だし。
……オレ、この人のことちょっと好きになってきたかもしれない。
『ケンシン? 顔なの? それともおっぱい? 足? どっちも私の方が上だと思うけど女なら誰でもいいの?』
やだ、冗談だって。
そんな冷たい目で見ないで。こんな状況で見捨てないで下さい!
「ほう。正面から来る気か。潔い。だが……」
デューク公はニヤリと笑う。
「貴様たちが守るべきは男か? それとも砦の方か?」
空が暗くなる。雲が太陽を遮ったかのようだったが、違う。
飛行型の魔物が大きな岩を持ち抱えて飛翔している。……あ、落とした。
アレは爆弾だ。
砦の砲台は魔物の特攻で爆散したが、アレも似たような物だろう。
「空爆で滅びるが良い」
「──対空防御!」
頭上から大量の岩が降ってくる。
それらは、直後に色とりどりの閃光と共に魔法によって破壊された。炎、氷、水。最大魔法と思われる威力が岩を穿ち、砕き、上空で爆発させる。
「砦の防衛は結界が全てじゃない。私たち軍人が何の為にいると思ってる」
爆風と熱はグレイナが掲げた大盾がオレを守る。
振るった剣の尖端がデューク公に向けられ、彼女は冷たく告げる。
「どちらも守る。男も砦も」
「グレイナ……」
チラッとオレを見るグレイナが小さく微笑む。
「『ゲノム・アダー』──!!」
突然、横薙ぎに赤い閃光が振るわれた。
グレイナは大盾で弾く。他の軍人も魔法で生じた盾で防ぐも、何人かが被弾した。
更に前方から多数の魔物たちが迫り、軍人たちが応酬する。
「舐められたものだな。だが、私が来た以上、今日が砦の終焉となる」
頭上からは変わらずに飛行型魔物が攻撃を続ける。
軍人たちが魔法で迎撃するがじり貧だ。同時に地上の部隊も魔物や魔人との戦いで消耗していく。
時間が経過するほどに人間の方が劣勢になる状況だ。
「ぐっ……!」
ついに砦に岩が直撃、爆発した。対空防御の穴ができた箇所に次々と岩が落ちる。
爆発。爆発。爆発。
デューク公が高笑いを上げて砦を指さした。
「どうした? 守るんだろう?」
砦の一部が崩れる。壁が砕け、人や家具が落ちていく。代わりに魔物が入り込む。
彼女たちの職場が壊されていく。
「男は女に、女は塵に。私の勝利は揺るがないのだ」
状況は良くない。オレも加勢しなくては。
ただ、鼓動による魔物の誘引についてどうするかだが……。
『待ってケンシン』
ここでランヴィから待ったが掛かった。
彼女を見ると、真剣な顔でグレイナと他の軍人たちに目を向ける。
そこには……。
「舐める? それはこちらの台詞だ。不意打ちでしか砦に損害を与えられず、未だに我々は健在だ。アークヘイヴンを舐めないで貰おうか」
魔物の数は着実にその数を減らしていた。
剣を振るい、杖から魔法を撃ち出し、連携を取り合って魔物を討伐していく。同胞の死体を乗り越えて、地面を蹴り、殴り掛かってくる魔物を容赦なく燃やしていく。
「男が見てんだよ!」
「負ける訳にはいかないのよ!」
「そして、あわよくば……!」
彼女たちは弱くなかった。
むしろ国境の砦を任されるだけあって強い。
普段からオレのことを舐めるような目つきで見る彼女たちは、有事において軍人を名乗るに相応しいだけの結果を見せつけてくれた。
……オレに対してアピールするようにチラッと見てくるのは気のせいだろう。
「……ふむ」
しかし肝心のデューク公は魔物や魔人に囲まれている。
グレイナが斬り裂いているがきりがない。
「……ッ、光線がくるぞ!」
七魔聖はただふんぞり返る訳ではない。的確に援護もするらしい。
両手に赤い光を収束させる。
何度目かの赤い光線に対して軍人たちが魔法で防ぐが、そこを魔物や魔人たちが的確に攻め込み、数を減らしていく。
「口は達者だが所詮は人間。守れるならやってみろ、『ゲノム──』」
──ドクン
『ここだね』
突然、オレの鼓動の高鳴りが耳の奥で鳴り響く。
ランヴィがやったのか。
デューク公を守るように周囲にいた魔物たちが突然暴れ出し、オレ目掛けて走る。
「ん!? 待て、急に……」
隙はできた。
けど、オレが向かうには少し遠い。いや、行くしか──
「ナイスタイミングだ。ケンシン君」
ほんの一瞬の出来事だった。
スルリ、とデューク公の右腕が肩から地面に落ちた。
「……『ヴァニティ・エッジ』」
「な、に」
「失礼、頂戴するよ」
「貴様──!!」
やや遅れてデューク公の左腕から出した閃光がターフェを貫く。
いや、幻覚だ。
本物はもうオレの背後にいた。
「はい、プレゼント。一発頼むよ」
腕を渡され、意味を理解した。
「『デストロイ・パンチ』──!」
殴る。ぐしゃりとデューク公の腕を跡形もなく破壊する。
たった数秒の出来事だったが確実な一撃だ。これが怪盗……!
「本当は首を狙ったんだけど。防がれたよ」
ターフェは残念そうに言うが見て欲しい。
デューク公が滅茶苦茶に怒っている。間違いなく効果はあった。
「小娘が……この私の身体に傷をつけたな……!」
「コワ~……じゃあ、後は任せるね。僕は戦闘ムリなんで」
なら今やった攻撃はなんだよ、と言いたかったが振り向いた時にはいなかった。
掴みどころのない雲みたいな女だ。
だが、これで光線が来る量は単純に半分になる。戦闘がグッと楽になった。
「ここまでやられたのは初めてだ。いいだろう。私の真の姿を貴様たちに見せてやる」
「見せなくていい」
「うるさい!」
そんなことを言ってデューク公は青筋を浮かべながら肉体を変貌させる。
上半身はそのままだが、下半身が獅子のような四足になる。尻尾は蛇だ。首の傷は治ったが右腕は消失した状態なのは変わらないようだ。
「……終焉と言ったな。それは我々ではなくデューク公、貴様のことだ」
そう言ってグレイナが斬り掛かる。
女を塵にする恐ろしい光線の援護が無ければ魔物は敵にならないらしい。
ターフェの援護とオレの魔物の引き寄せ効果によって魔物の統率は弱まり、そこを統率の取れた軍人たちが最短の動きで命を奪う。
そのまま他の味方に加勢して、勝利した軍人たちもグレイナのフォローに回る。
「私の女たちを殺したからなんだと言うのだ。私がいる限り、女たちは生き続けるのだ」
そう口にするデューク公の尻尾、蛇の口が咆哮を上げた。
「オオオオ──!!」
「そして、まだ生きる女たちの為に私は戦うのだ!!」
蛇の咆哮に空気が震えた。
ん? 少し身体が重くなった気がした。
なんだ? 何が起きた? 直後に悲鳴がオレの耳に届いた。
「ま、魔法が……!」
「なんだ、急に……」
「わ、ああッ!!?」
異常が何かすぐに分かった。
先ほどまで魔法を振るっていた軍人の杖からは何も生まれない。魔力が霧散しているのだ。明確な隙を見せて魔物に襲われる軍人たちに動揺が広がる。
まずい。これ以上戦力が減ると全滅する。
「隊長! 西方より魔物の増援を確認!」
「くっ、応援か。……危ないッ!!」
咄嗟にオレはグレイナに押し倒される。
「『ヴォイド・ゲノム・アダー』──!!!」
デューク公の左腕から収束した赤い光線が放たれる。
それは先ほどの比ではない。
極太サイズの閃光が一瞬で主要な塔を吹き飛ばし、中の軍人たちを塵にした。
「外したか。やはりこのサイズは調整が難しい」
時間は無くなっていく。オレたちの敗北という形で進んでいく。
いや、まだひっくり返すのは簡単だ。
「あの蛇の叫びが魔力を無効化してるんだ。消さなくては」
「ああ。行くぞ」
魔物は少ない。いても対処は簡単だ。
ここまで温存した力を使い果たす勢いでオレは走る。先頭は盾を構えたグレイナだ。
「無駄だ。その程度の盾で二度と防げると思うな。『ヴォイド・ゲノム・アダー』──!!」
「グレイナ。盾を!!」
「こうか!」
咄嗟にオレが発した言葉を彼女は盾を掲げることで応じた。
まあ、大体合ってる。捨てたりしなくて良かった。
地面を踏みつけ、跳躍する。
「『デストロイ・キック』──!!」
盾に着地。同時に全力で蹴り飛ばす。
漆黒の盾は勢いを伴って吹き飛び、赤い閃光を蹴散らしてデューク公に迫る。
「やるな! だが蹴りごときで……ッ!」
「──ここで僕がもう一度」
盾を回避する絶妙なタイミングでターフェが姿を見せた。しかし。
「くどい! 二度目は無い!」
攻撃も回避も通じない。ただ斬られた。その姿に一瞬だけ息を止める。
ターフェが霧散する。
そこにいたのはトンガリ帽子を被った白銀の少女だ。
「貴様は……!」
「知らないの? ヒーローというものは遅れてくるものよ」
その手に輝く白銀の光があふれんばかりに周囲を照らす。
「『サンクトゥス』──!」
一節のみの呪文。
それは聖女のみに許された聖魔法だ。
手をかざした光は周囲に広がり、劇的な変化をもたらした。
「ぎ、アアァァ────ッ!!!?」
絶叫。
デューク公の身体が火傷したかのように赤黒く染まる。それは以前、列車で見た魔人に対して起きた現象に似ている。
「ぐ……貴様……聖女か! だが、この程度の威力では……!」
「隙だらけだ」
次の瞬間にはターフェの剣に尻尾の蛇が斬り飛ばされる。咆哮が止んだ。
そこにオレも一撃加える。
「『デストロイ・パンチ』──!」
決まった。いつもよりも威力が上がったのか上半身と下半身を穿つ。
上空を舞うデューク公に向かって、ソフィアは見惚れるような微笑を見せる。
「この世から消えなさい。『サンクトゥス』──!」
「ふざけるな! こんなことがあって……ぎゃああああああ!!!!」
まごうことなき聖女の一撃は今度こそ効いたらしい。
最初よりも強烈な白い光にデューク公の身体は透き通り、そして消えていった。
その余波で他の魔物も消し飛ばされる。
決着はついた。
オレたちの勝利だ。
「……あの光は間違いなく聖魔法だ」
膝をつくオレとは対照的に軽く肩を上下する程度のグレイナ。
その視線はソフィアに向けられていた。
「本当に……聖女なのか」
いや、気持ちは分かる。
もっと穏やかで修道服を着て炊き出しとかしていそうな子を想像していたのだろう。
何かフォローでもしようか。
そう思っていたが、グレイナは切り替えるように声を張る。
「まだ終わってないぞ! 次は魔物の迎撃だ! それと並行して結界の再起動準備を急げ! リュシー……リュシアルと地下に隠れた司令官を捕まえろ! 国家反逆罪だ!」
そうだ。まだ戦わないといけないのだ。
デューク公め。余計なお土産を残してくれたものだ。
明らかにボロボロの砦。減った軍人。
残った彼女たちに任せれば破綻する状況なのは間違いない。平穏を求めるなら仕事をしなくてはならない時がある。
……ただ、もう三十秒だけ休ませて欲しい。そうオレは思うのだった。