目覚めたら、男が激減し貞操逆転した崩壊世界だった 作:解毒草
ソフィア・グレイベリーにとって父は太陽のごとき存在だった。
たぶん、初恋だったと思う。
物心ついた時には傍にいて、亡くなった母に代わって仕事をしていた。周囲からの陰口や心の無い言葉もあっただろうにソフィアたち姉妹の為に料理も作ってくれた。
そういう父の姿を見ていたから。
だから。
二番目の姉に続いてソフィアが入学した教導院で他の男を知った時、驚いた。
女子生徒に対して男子生徒の数が少ないのだ。
災害や疫病の多かった昔よりも数が増えているらしいのだが、問題はそこではない。
「近づかないでくれるかな。発情している匂いがぷんぷんするよ。なに、そのだらしない身体は。俺と結婚したいならもっと慎ましくなってくれたまえ」
「ひっ、ち、近づかないで! 嫌だ、乱暴される! 誰か! 助けて! 犯される!」
質の低い男しかいなかった。
その事実にソフィアはガッカリさせられた。
学園の男は二種類に分けることができた。
傲慢で王様気取りの小心者が大半で、残りは女を恐れる被害妄想の男。
どちらも背や胸が小さく庇護欲をそそる小動物のような女を好んだ。バカな連中である。その手の女は大抵が腹黒で財産と身体目当てでしかないのに。
負け惜しみではない。
この立派な肢体も高い身長も父から貰ったものだから。
寧ろ、男を抱きたいからと言って、自分から媚びを売るなんてどうかしてる。
そんな訳でソフィアは堂々と学園生活を送ることにした。
勉学に励み、腕を磨き、知識を蓄えて、自らの技能を高め続けた。
「男に対してあんな態度をとるなんて、いったいどういう育てられ方をしてるのかしら?」
「よしなさいよ。ほら、あそこって確か祖国を裏切って成り上がった家系でしょ? 男よりも先に国に媚びを売る崇高な教えを受けてるのよ。それこそ神様と政府にしか頭を下げないのよ」
「あらまあ、その割にお父様の手弁当を持ってくるなんて可愛いですわ」
教導院の女は大半が貴族の女だ。つまり陰湿なカスの集まりだ。
ただ争えば父や姉妹に迷惑が掛かる。
せめて独り立ちして、この国を出てから暴れるべきだ。
沈黙を貫くソフィアには毎日のように罵倒や嘲笑が襲い掛かった。
「それに、ほら、あそこの家って他所から嫁いできたのでしょ? 確か、蛮族の国とか」
「国? 我らが偉大なる帝国以外はもう国と呼べるところはなかったはずよね」
「そんなところから? あらやだ、読み書きくらいはできるわよね」
なんてみっともない国なんだろう。何が貴族だ。
父を、母を、家を侮辱する腐った連中め。
これから先、ソフィアは決して陰口だけは叩かない。気に入らなければ面と向かって直接言ってやる。いずれ必ず実力と実績で叩き潰してやる。
「言わせておけばいいんだ」
陰口を言われた時のソフィアの顔は分かりやすいのか、父はそんなことを言ってくれた。
「でもっ!」
「ソフィアの方が何百倍も優秀だから、嫉妬してるんだよ。それにソフィアが一番努力しているのは分かってるからね」
抱擁して、背中や頭を撫でてくれる手が好きだった。
屋敷の一番奥の小さな祠が祀られている部屋で、姉たちには内緒だよって、こっそり手製の菓子を食べさせてくれた。
大半の仕事を姉に託した後も、父はこの部屋を毎日掃除していた。
この家を貴族たらしめた重要な物が祠にあるらしい。
そんな場所にソフィアを連れてきてくれる。それがうれしかった。
「この祠って何があるの? 神様?」
「うーん……分からないな」
「え?」
父は悪戯っぽく笑った。絶対分かってる笑みだとソフィアは思った。
「教えて下さらないの?」
「今は駄目。そうだな……。ソフィアは大きくなったらこの国を出るんだよね?」
「うん」
そのつもりだった。父や姉たちは好きだが、それ以外の全てが嫌いだったから。
外は魔物がいる危険な場所だけど、何かが変わるかもしれないから。
「おばあさまのいたところに行ってみるつもり」
そう言うと父は静かにソフィアの頭を撫でた。
「そうか。もしも、その時になっても帝国が嫌いだったら、出て行く前にこの祠を壊しなさい」
「ええ!?」
「おばあちゃんの遺言なんだ。ソフィアは可愛いから、きっと助けてくれる」
◇
山の中腹辺り、廃坑の入口を再利用した所が盗賊のアジトだった。
パッと見た感じ放棄された小屋と岩場しかないのに、洞窟の奥は思っていた以上に整っていた。
乱雑な寝床や悪臭はない。
灯りは均等に配置されており、恐らく魔法で拡張した小穴の部屋。
どことなく生活感のあるアジトだったが、人気はない。
ソフィア曰く、盗賊から聞き出した内容ではここには誰もいないのだとか。
それでも念のためにと警戒しながら見回って、一安心。
盗賊との戦闘や逃亡での疲労もある以上、ひとまず交代で仮眠を取ることにした。
最初はソフィアがずっと起きていると言い張っていたが、流石にそれは駄目だろう。男らしくてカッコいい女だが、相対的にオレが女々しいお荷物になってしまう。
色々と言ってソフィアから眠って貰うことにした。
「さて……」
盗賊のアジトには大抵宝や人から奪った金がある。
それが今後の軍資金になるだろう。ゲームなら結構な確率で奴隷になっている女を拾うこともあるが、幸いなことにこのアジトには誰もいない。骨もない。
軽く見た限りでも食料などもあったので一時的な生活も可能そうだ。
ソフィアを起こさないように見回りをする。
そろそろ昼になる。
豊富な食材を使って昼食を作ろうではないか。いくつかある小穴の一つがキッチンとなっていた。恐らく人から奪ったのだろうソーセージとかベーコンとかある。
「ここが飼育部屋だったな」
盗賊の分際で普通の鳥を飼っていたので卵を拝借。
あとはキノコ類が豊富に置かれていたので、それも回収。
フライパンをセット。あとは火が必要なのだが……。
「魔道具は使えない。『ファイア』……魔法も使えない。そもそも魔力を感じない」
魔力とはこの世界の人間なら誰でも持つエネルギーのことだ。
オレも転移してきた際には使えていた記憶があるのだが、今は感じられない。
これが不便だ。
魔導器具を使用する為の最低限の魔力も無いのは良くない。
仕方ないので、火打ち石を使って点火。
こんなことでソフィアを起こしたくはないからね。頑張った。
「よし、できた」
軽く塩で味付け。ソーセージ、ベーコン、目玉焼き、キノコにパンを焼いた物だ。
胡椒とか調味料が欲しいが流石になかった。
その代わり、たっぷりの量だけはある。飲み物はコーヒー……もないので白湯だ。
「よし、できた」
「…………いいわね」
「うわあ!?」
いつの間にか背後にソフィアが立っていた。
壁に背中を預けてぼーっとした顔でオレを見てくる。
え? なに? 声も掛けずにそこにずっといたの? 怖いんだけど。もしかして寝ている振りをしていたのか? オレが逃げて裏切ったりしないように……。
「……それって、昼食よね?」
疑心暗鬼に囚われ始める中、ソフィアは軽い口調で話し始めてきた。
うん。どうやら気のせいだったようだ。
「え? うん、そうだけど。朝食は食べ損ねたし一緒に食べよう?」
「……そうね」
熱はなさそうだが少し寝起きが弱いのかもしれない。
黙々と食べていた彼女は健啖家らしく、しっかりと食べながら……。
何故か涙を頬に伝わせる。
え、泣いてるの? オレ、なんかしたか?
「あ、あの」
「……っ、悪いわね。これは、その……少し待ってもらえる?」
食事がまずかったとかではないのならいいのだが。
まあ、あれか。
国に復讐を誓う人だ。情緒が不安定になる時もあるのだろう。もしかして家族の団らんの一時をうっかり思い出しちゃったとか。だとしたら、オレのご飯すごくないか?
いや、そんな場合じゃないんだが!
ソフィアが泣いてる。どうしようか。オレ、どうしようか。誰か助けて!
『抱けばいいじゃん☆』
どこからか、からかい混じりの声が聞こえた。
いやいや、それは最低な人の手口だって!
けど……背中をぽんぽんとするくらいなら大丈夫か? よし、やろう。
「……ッ」
「辛い時は我慢する方が辛いから。涙は出せる時に出した方がいいよ」
隣に立って椅子に座るソフィアの背中を撫で、ポンポンと軽く叩く。
なんだか子供をあやしているみたいだ。
「……泣いてる場合じゃないのよ。わたくしは」
「いや泣いたっていいじゃん。変に我慢したり意固地になっても疲れるだけだよ。……いいじゃん、泣いたって。誰も文句は言わないよ。オレが言わせないから」
「…………」
ビクッと小刻みにソフィアが震えた。
ただ何も言わずに背中を摩らせて貰えたので継続すると徐々に強張りが解れていく。
そろそろいいだろうか。
止めるタイミングが分からない。仕方ないので白湯を飲む。美味しい。
「……。ありがとう。もういいわよ」
しばらくして彼女は泣き止んだ。良かった。
『この子、愛情に飢えてるタイプだよ。初恋は父親と見た』
……引き続き声が聞こえるが無視することにした。
オレも疲れているのだろう。あとで仮眠を取らせて貰おう。
顔を洗ってきたソフィアとの食事、そして仮眠後、状況を整理することにした。
アジトの最奥にある頭目の部屋と思われる大きな部屋。そこには金庫(ソフィアが破壊した)や地図、武器などが置かれていた。
その中央のテーブルに、ソフィアは地図を置く。
テーブルの脇には、盗賊たちがどこからか強奪してきたのであろう、趣味の悪い男物のフリル服が積み上げられていた。……あの頭目、なんて趣味なんだ。
「今、わたくしたちはカンサル山脈付近にいるわ」
ふむ。ソフィアの白い指が地図をなぞる。恐らくそれが最短ルートなのだろう。
「村を経由しながら従属都市に向かうわ。ここで協力者と合流したら、東側に向かってコクレイ山脈に向かう。ここを抜けたら帝国圏からは抜けられる。亡命先は……。いえ、その前にここまで質問は?」
「ええっと……ないです、けど」
「けど?」
知らない地名……いや、うっすらと聞き覚えがある。
ただ思い出せないということはその程度のことだ。今オレがするべきなのは覚悟を決めて、話を進めようとする彼女から情報を聞き出すことだ。
……けど、何から聞く?
オレは必死に頭を動かして、聞くことを整理した。
「その、ソフィアさん」
挙手すると無言で視線を向けてくる。怖い教師みたいだ。
「その、ですね……オレは実は記憶が色々と抜けていまして、色々と聞きたいことがあるんですよ。でも、一度にがあっと聞いたら頭おかしくなると思うから。
だ、だから、まずは二つだけ教えて下さい!」
「いいわよ。許してあげる」
「最初に目覚めた時、オレはあの燃えてる屋敷にいた。……なんであそこにいたんだ?」
「それは……わたくしの家に祠があって、祖母の遺言通りに壊したらお前が出てきたのよ。
仮死状態で封印されていたようだったけど、急に動いて驚いたわ」
「……なるほど?」
祠ってなんだ。なんでオレがそんなところにいたんだ。
疑問は尽きないが、とりあえずオレは何故かソフィアの家にいたらしい。
「ソフィアさんの家って……いや、いいです」
「聞きなさいよ」
「いや二つどころか十個くらいになると思うので」
質問し過ぎて現地住民であるソフィアの機嫌を損ねるのも怖いので。
これがゲーム主人公なら堂々と聞けたのだろうけど、ちょっとオレにはハードルが高いのだ。挙動不審なオレに何を思ったのか彼女は小さく吐息を漏らした。
「お互い名前くらいしか話してないものね。改めて自己紹介をする前に、二つ目は?」
自己紹介の場を設けるつもりらしい。
その優しさを嬉しく思いながらも重たい口を開く。
「今は何年ですか?」
ああ、言ってしまった。取返しがつかない、けど必要な第一歩だ。
ドキドキするオレをソフィアの赤い瞳が見つめてくる。宝石みたいで綺麗だ。
何を考えているか分からない少女と見つめ合うと、薄い唇が開いた。
「今はロギス暦615年。ロギス帝国が誕生して40年になるわ」
「……615年」
……オレの記憶にあるのは一番近くてロギス暦575年だ。
その時にオレは死んだはずだ。
つまり、なんだ。死んで40年後の世界にオレはいるらしい。
「ちょっと、ケンシン!?」
目の前が急にぐらっと揺れて、そのまま意識が遠のいた。