目覚めたら、男が激減し貞操逆転した崩壊世界だった 作:解毒草
目が覚めた。
目の前に乳房があった。
「起きたわね」
いや、白銀の魔女がオレの頭近くに座って見下ろしていた。上が下着のみの無防備な恰好だ。そもそも、なんで上着を脱いで……あ、オレに掛けてくれてる。
優しい。
見上げる。乳房に顔の一部が隠れているソフィアは静かに小首を傾げる。
「安心しなさい。変なところとか触ってないから」
「……? え、あ、はい。いや、別にそれくらいはいいですけど、寒くないですか?」
「男とは鍛え方が違うのよ」
言動まで紳士的……淑女的なソフィアはオレと目を合わせる。
赤い瞳を見ていると、思い出してきた。
そうだ。気絶したんだ。
ショックで倒れた男とか情けないよな。メンタル弱くて申し訳ない。
「……お手数をお掛けしました」
「まあ、そうだけど。あ、急に起きない方が良いわ」
彼女の言葉に上げた頭を戻す。
「どれくらい寝てましたか?」
「そうね。5分くらいね」
会話をしながらも頭の中では40年という単語が渦巻いていた。
そんなに時間が経過したのか。なら戦争とかで滅びる国があるよな。人も死ぬ。当時の仲間が生きていてもたぶん死んでるだろうな。子孫とかいるのかな。
…………みんな、死んだのか。
あっ、これはまずい。深く考えたら鬱になりそう。
「……わたくしの名前はソフィア。ソフィア・グレイベリーよ」
頭の中が暗くなっていると頭上から声を掛けられる。
「うん?」
「ロギス帝国中央教導院で、主席で卒業……する寸前で家を国に潰された女よ。魔法使いで魔導工学師でもあるわ。二つの天職持ちなんて教導院どころか帝国始まって以来よ。器用貧乏なんて馬鹿にもされたけど、実力で叩き返してあげたわ」
偉そうに胸を張ってオレを見下ろす。
どうやら賞賛待ちらしい。
「魔法も使える技術屋か。すごいな」
「どちらかというと技術の為に魔法を習得した感じね。まあ、一通りはできるけど」
天職とは個人の最も適した能力に応じて神が与えた職業のことだ。魔法の適正がある者は魔法使いになれるし、剣の才がある者は剣士の道をいく。
でも大抵は一つだから二つ以上ある人間は珍しい。
満足した彼女は口を閉じると落ち着いた口調で「ケンシン」と呼び掛けてきた。
「次はお前のことを教えなさい」
「いやあ、オレよりもソフィアさんのことを……」
「喋りなさい。わたくしがお前のことを聞きたいと言っているのよ」
「は、はい」
怖い。喋らないと。オレは誰だ。自問自答する。
「オレは杉下謙信。転移者だ。……たぶん滅んだろうけど、リターンヘイヴンって組織に所属していた。転移者の集う組織なんだけど魔族やその属国と戦ったりして……」
口は動く。白銀の美貌は急かすこともなく腕を組んで耳を傾けてくれる。
急かさない無言の優しさがありがたかった。
「色んな国や組織とも争って、仲間を増やして、発展して、……最後には負けたんだ」
「ロギス帝国に?」
「当時はまだ帝国は無かった。その時に戦ったのは魔王軍。相打ちくらいには持ち込んだけど、死んじゃったし被害も甚大だから実質の負け~みたいな」
言い訳みたいに聞こえるから細かい話は止めよう。
何を言ったって、もう終わった話だ。40年も前の話だ。
「たぶん死んだはずなんだけど、何故か生きてます。でも記憶はボロボロで、魔力とかも何故か使えません。戦った時は使えた気がしたけど。すみません」
「……なんで謝るの? お前に悪いところなんてないじゃない」
「え?」
「わたくしはお前に助けられた。二度よ。か弱い男に助けられるなんてって思ったけど」
か弱くてすみません。
縮こまるオレを見ながら「でも」とソフィアは目を瞬かせる。
「でも、話をしてみて分かるわ。卑屈で臆病っぽいけど」
グサリ。言葉のナイフが刺さる。
ふん、とソフィアは鼻を鳴らしながら言葉を続けた。
「威張ったりする訳でも、女に過剰に怯えたりする訳でもない。顔と身体も悪くないし、お父様みたいな他者への気遣いも感じられる。
……世の中の男がお前みたいなのなら悪くないって思えたわ」
あれ? 褒められたんだよね、これは。
うん、まあ、好感触なのはなんとなく分かった。顔の良い美女から素直に言われて、あまつさえ微笑まれると、じんわりと顔に熱が感じられた。
言った本人も微妙に気恥ずかしいのか、そっと顔を背けられた。
なんだこれ、ハニートラップ? 引っ掛かっていいかな?
「あ、ありがとうございます」
「よくってよ。わたくしも昔の男は自己肯定感が低い生物だって知見を得られたもの」
「いや、肯定感なら高い人も、変な人もいっぱいいましたよ」
「ならお前が低いだけなのね。いいこと、ケンシン? 魔人と戦える男なんて希少なんだから、もっと肯定感を高めなさい。わたくしがイラつかない程度にね」
「いや、……オレなんてちょっと戦えるだけだから」
なんか生温い空気が生まれたが、とりあえず落ち着いた。
そうだよな。割り切るとは違うけど、慌てても時間の経過が変わる訳ではない。
一旦、置いておこう。
……と思ったところにソフィアが手を出してきた。なんだろう。
「改めて犯罪者同士よろしくね」
「……犯罪者?」
握手だった。柔らかく温かい手のひらに騙されそうになったが聞き返す。
ソフィアは笑みを深めて頷いた。
「リターンヘイヴンはこの世界で一番悪名高い存在よ。
疫病を起こし、国を潰し、貴族も王族も皆殺しにし、魔族を血祭りに上げた。最終的には世界を崩壊に導き、多くの男たちを死に至らしめた伝説的なテロリスト集団だって。……今でも残党狩りは続いてるらしいわ。
わたくしよりもよっぽど大悪党じゃない。すごいわね、ケンシンは」
「い、いや冤罪だって」
「バカね。大悪党の言葉に耳を傾ける訳がないでしょう? あ、わたくしは聞くけど」
見つけた運命共同体を絶対に逃がさないというような獰猛な笑みと力強い握手だ。
……今までの中で一番いい笑顔をソフィアは浮かべていた。
それにしてもテロリスト集団か。
勝者である魔族の言葉だ。それが帝国内では絶対の正義になる。
色々と言いたいが、ここで喚いても名誉が回復する訳でもないので話を進める。
「それでさっきのルートで進むんだよね。なんというか……大丈夫?」
「問題ないわ。元々教導院卒業と同時に亡命するつもりだったもの。それが早まっただけで準備はしていたのよ。だから従属都市で協力者と合流予定よ」
「協力者?」
「ええ、希望する亡命先の協力者ね。ただ、一度わたくしが投獄されたことで計画が狂ってしまったもの。合流できたら幸運ね。まあ、わたくしは運があるから会えると思うけど」
自信過剰なのは結構だけど、運のある人は国家反逆罪にならないと思う。
いや、言わないけどね。
ひとまず出発は明日にすることにして準備を進める。
山賊の頭目に殴られた傷の治療はソフィアが行ってくれた。回復魔法は本当に優秀な人間しか習得できない高等魔法だ。
呪文や杖も重要だが、魔力操作や感覚が物を言う世界だから自分よりも他人に干渉するタイプの魔法は難しいのだ。ソフィアはすごい! と褒めておいた。
あとは食料を集めて、服を取り換える。
女物の服が多い中でフリルが無い普通の衣装をそろえる。そんな衣装を探していると隠すように置かれた本を見つけた。
エロ本だった。ページを開く。全裸の男が目につく。
我慢してページを捲るが、殆ど男同士が絡み合っている絵しかなかった。
まあ、盗賊の個人的な趣味にはどうこう言うまい。
こういう狭くてニッチな世界にもオレは理解のある方だ。他にも娯楽がこういう物しかないのか、色々とモザイクが掛かりそうな玩具類があったがスルーした。
「ソフィア。これいる?」
ちなみに本を渡すと彼女はしばらく読み込んでいた。
「……わたくしはいらないけど、こういうのは需要があるから持って行くわ」
少しだけ気まずそうに荷物にエロ本を含めたソフィアと共にアジトを出る。
もう戻ることはない。さらばだ。
山賊たちが悲鳴を上げていた大量の魔物たちは既に散っていた。魔物が集団となって襲ってくるのは珍しくはないが、運とタイミングが良かったと思う。
馬に乗って移動すると、しばらくして開拓村が見えてきた。
「……あの村は徒歩で行きましょうか。ケンシンはフードを被って脱がないように」
「え?」
「いいから」
本来この村は素通りして行く予定だったが、ソフィアには何か考えがあるらしい。言われた通りにフードを被って顔を隠す。
何があるのかを聞いても、彼女は答えようとはしなかった。
「お前がそんなに昔の人間なら……たぶん早めに知った方がいいわ」
「何を?」
「現実を。きっと驚くわよ」
魔法使いと見習い魔法使いという設定でオレたちは村の中を進む。
多少は注目されているが、村人は自分の仕事で忙しいようだ。
その光景を──彼女たちの勤勉な仕事を見ているとオレは違和感を抱き始めた。
気のせいだろうか、女が多い。……いや、男がいないのか?
「ソフィア。近々戦争でもあるのか?」
「少し前はあったけど、今はそういう話を聞かないわね」
トンガリ帽子の大きなつばから少女の瞳が瞬く。
嘘ではないのはなんとなく分かった。なら男が徴兵された訳ではないのか。
「……じゃあ、疫病か何かあった?」
「そうね。過去に何度か起きたわね。それで男女問わず亡くなったわ。
でも、それは根本的な原因ではないわ。あくまで二次災害と言われてるもの」
「二次災害?」
村の中に面白い物はない。
ただ、女たちが田畑を耕し、家を建て、柵を作り、井戸端会議をしている。
既に村の半分を通り過ぎて終わりが見えている。
でも男がいない。特有の低く太い声が聞こえる様子もなかった。
ふと頭の中にある可能性が過った。まさか、と思った。
「ソフィア。女だけの村って実在すると思う?」
「村どころか、人口の少ない街でも実在すると思うわ」
「それは。……どうして男がいないんだ?」
村の端から端まで歩いた。でも、やっぱり男はいなかった。
単純に家の中にいる可能性はある。
だけど、一人も外にいないってどういうことなんだ? ありえるのか?
「40年前。悪の組織リターンヘイヴンは世界中に呪いを広めた」
ソフィアは歌うように語りだす。
「それは世界中にいる多くの男たちを一斉に死に至らしめ、あるいは魔物に変えた」
朗々と、鈴のような声色で。
「その組織が滅んだ後も呪いは続く。
人が死に、疫病が蔓延し、秩序も生活基盤も保てなくなった国は次々と崩壊した。文明が後退したとも言われてる。
……そんな中、ロギス帝国だけが唯一、国として今まで続いているわ」
ぶわりと風が舞う。草木が不気味に揺れ、沈黙が広がる。
「少なくとも帝国ではそう語られてるのよ」
昼頃に到着した次の村も同じだった。男なんていなかった。一度だけフードが風で捲れた時は視線が殺到して怖かった。
とはいえ、正直に言ってあまり実感が無かった。
男がいないのか。ふーん。というのがオレの感想だった。
だって、オレたちのせいで男が減って国が滅んだとか言われても、どうしようもないしね。冤罪だし。真面目に深く考えたら頭がおかしくなる。
うん。切り替えていこう。
そして日が落ちそうになる頃に小さな街リムナスに到着できた。
開拓村ではない。
小さいが酒場や宿があるちゃんとした街だ。労働を終えた女たちがワイワイと騒いでいる。その中をオレはソフィアと共に進む。
「ソフィア。ここも男がいないの?」
「この規模になると少しはいるわよ」
「お」
「娼館とかに老人に近いのが。あとはこの街を治める女やその家臣といった知識層には優先的に宛がわれているでしょうね。
だからお前は注意しなさいケンシン。わたくしから離れたらその辺の路地裏に連れて行かれて大変なことになるわよ。
女なんて男をそういう目でしか見ていないもの、ケダモノだと思いなさい」
まるで放置すれば犯されると言わんばかりの口調でソフィアはオレの手を引く。
時代は変わったものだ。
昔は女性陣が気を付けるべき路地裏が、今では男に牙を剥くとは。
「じゃあ、ソフィアさんもオレのことエッチな目で見てるんですか~……?」
「わたくしは男だからって容赦しないわ。舐めたことを言ったらビンタね」
「すみません。調子に乗りました」
手を振りかざしてジロリと睨まれた。怖い。
少しは仲良くなったと思って調子に乗ってしまった。
反省するオレの前にやや廃れた感じの教会が見えてくる。
「じゃあ、ケンシン」
「うん」
「結婚しましょう」
「う、うん」
この教会でオレたちは結婚する。それがソフィアの計画だった。
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