目覚めたら、男が激減し貞操逆転した崩壊世界だった   作:解毒草

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06 偽装結婚

 なぜ結婚に至ったか。それは街に到着した時に遡る。

 

 リムナスに到着してからソフィアが露店でいくつかの買い物をしていた。

 その間、オレは待っていた。

 ずっと被っていたフードが暑苦しかった。

 理由なんてその程度で、少しだけバサバサと捲った。チラッと視線を感じたがそれくらい。

 

「お待たせ、行きましょうか」

 

 それで、そのままソフィアの後ろをついて行く。

 大通りから一本だけ外れた道。

 つまりは路地裏に入った途端、誰かが駆け寄る足音がした。

 

 ああ、急いでいるんだな。

 そう思って、なんとなく道を譲ろうとしたら。

 

「オトコオトコオトコッ──!」

 

「──!?」

 

 背後からいきなり押し倒された。

 上着を引っ張られて、視界が広がる。

 

 浮浪者みたいな恰好の女だった。それも二人。興奮したのか目を血走らせて、オレの手首を掴んで息を荒げる。

 思考が止まる。

 え? なに? そんな子供みたいな単語だけが残った。

 

 胸板を弄られ、髪を触られ、顔が近づいてくる。

 頭が混乱する。手が震える。

 手が四つ。オレを見る目も四つ。薄暗闇の中で蠢く。

 

「へへ、動くな」

 

 ギラリ、と女が取り出した小さなナイフが首元に突きつけられる。

 その寸前だった。

 突然、女の身体が発火した。脚を押さえていた女の方もだ。

 

「アヅイアヅイッ! イギッ!?」

 

 ソフィアだ。彼女の魔法だ。

 路地裏を照らすような赤い火が人を焼く。そのまま殴りつけるような水の塊が女たちに叩きつけられ、その身体を吹き飛ばした。

 

「ケンシン。無事?」

 

「──あ、うん」

 

 呆然としながらも彼女の手を取る。

 ふと、自分の手を見ると驚いたことに震えていた。

 

 震え? オレが怯えていたのか?

 え? いや、あんな枯れ木みたいな浮浪者みたいな奴、どんな最弱な魔物でも負ける訳がない。必然的にそいつらに勝てるオレが負ける訳がないだろうに……。

 

「……こっちよ」

 

 手を引かれて路地裏を出る。

 目の前には廃れたような教会があったが──

 

「少し休憩しましょうか」

 

「え、いや、大丈夫」

 

「いいから」

 

「ん……」

 

 近くにある壊れかけのベンチに腰掛ける。

 座る直前に、オレの尻部分にハンカチを置く謎の対応に口を開く気にもならず、ただされるがままで座っていた。

 その間、ソフィアはずっとオレの手を握っていた。

 

「悪かったわね」

 

 何故か謝られた。何も悪いことなんてしていないだろうに。

 

「たぶん、お前なら襲われるだろうと思って少し放置していたわ」

 

 続いた言葉にオレは何も言えなかった。

 何故? いや、分かった。

 ソフィアは教えてくれたんだ。男がいないという事実を。

 40年も前に生きていた化石のような人間に。

 オレみたいなコミュ障陰キャですら、女にとっては性の対象なのだと。

 

「こういうのは言葉じゃ分からないもの。

 わたくしはそう思ったけど……恨んでくれてもかまわないわ」

 

「……いや、全然。本来自分で対処しないといけなかったのに。助けてくれてありがとう」

 

 単純に押し倒されただけだから良かった。

 ナイフでグサリとされたら。

 いつの間にか油断していたのだ。授業料としては破格と言って良い。

 

 感謝を口にするとソフィアは黙り込んだ。

 チラリとオレを見て、

 

「……。ケンシンは知らないでしょうけど男が一人で出歩くことは殆ど無いわ。護衛が必須。たまに世間知らずの貴族の男が家出して酷い目に遭うなんて聞くわね」

 

「ああ、さっきみたいな」

 

「ええ。酷い場合には攫われた男の子供が家に送りつけられるらしいわ。それも魔道具の鑑定付きで。定期的に」

 

「やり逃げ……産み捨てってこと?」

 

「裏には敵対貴族が……なんてこともあるらしいけど」

 

 大変な世の中になってしまった。

 今聞いたホラー話で心の中を落ち着かせながら、ソフィアの言葉に耳を傾ける。

 

「でも、既婚者の場合は襲われにくいと統計が出てる。

 女神ロギスの名の下に結婚したのだから。男性を襲うことは神への冒涜ということで国が全力で捜索して、乱暴をした女とその家族を処刑する法律だもの。場合によっては怪しいスラムや地区を燃やすこともあるのよ。

 そうならないように憲兵だけじゃなくて地区のマフィアが目を光らせるから、未婚男性よりも既婚男性の方がさっきのような目に遭いにくいわ」

 

「な、なるほど」

 

 そういうものなのか。

 ソフィアの言葉が信じられない訳ではないが……。

 まるで別世界に来た気分になる。転移前をファーストライフとすれば、今はセカンドライフを経てサードライフという感じだ。ちょっと時代が変わればこんなに違うらしい。

 

 ぎゅっと手が握られる。

 

「だからわたくしと偽装結婚しましょう。

 お前が一人でいても襲われる可能性を減らし、わたくしは変装だけではなく身分を変えて逃避行ができる。これからの対応次第で書類も手に入る。

 まあ、感情面で嫌だって言うなら仕方ないけど別の策を……」

 

 スラスラと用意していたように語るソフィアに頷く。

 

「……よし、分かった。結婚しよう」

 

 それが一番合理的なのだと言うのだ。

 折角、考えてくれたソフィアの案を無碍にはできない。少しおどけた口調で続ける。

 

「結婚指輪とか買う?」

 

「……また今度ね。代わりに教会からお香を貰うわ。その匂いが女を退ける」

 

 

 ◇

 

 

 そうしてオレたちは教会に入った。

 

「ネメア、いるわね」

 

「こんばんは。王都脱獄事件の主犯ソフィア様。こんな夜に女神への懺悔でしょうか?」

 

 卑屈な笑みを見せているのは修道服を着た女だ。

 

「世間話をする気はないわ。二人分、書類を用意しなさい」

 

 ソフィアが取り出した本はいつの間にかシスターの手の中にあった。

 恐ろしく素早い動きだ。前職は暗殺者でもやっていそうだ。

 

「対価は確かに。では女性二人分の保護証を」

 

「待ちなさい。女性一人、男性一人の教会保護証に結婚証明証を出しなさい」

 

「は? ……男? アンタが?」

 

「なによ」

 

 ギギギ、と軋んだ音でも立てそうな首の動きでシスターがオレを見た。

 フードを外して小さく会釈する。

 

「お願いします。どうしても結婚したくて」

 

 シスターは慌てたように髪を整える。

 マジかよ、みたいな顔でソフィアを見ると、オレには慈悲深い笑みを見せた。

 背筋を伸ばし、胸の前で十字を切り、両手を合わせて祈るようなポーズを取る。

 

「女神は愛の逃避行には絶対なる慈悲を授けるでしょう。

 悪魔のような我が友に祝福あれ。

 これを逃せば永遠に婚期など来ない女に、こんな極上な男など──」

 

「黙って仕事をしなさい」

 

 仕事は迅速だった。できるシスターだった。

 ソフィアの友達らしい。

 あまり時間を掛けずに、オレたちは教会の保護証と結婚証明、あとお香を手に入れた。

 

 

 ◇

 

 

 ついでに教会の空き部屋を貸して貰ったオレたちは仮眠を取って早朝に旅立ち、従属都市カリグラードに到着した。

 そして検問所で長めの質問と視線を浴びせられた。

 

「夫婦で国内旅行ですか」

 

「ええ、そうなんです。ほら、あんまり大声では言えないけど帝都って何かと物騒でしょ? どこかの犯罪者が暴れてるとかなんとか。それでちょうどいい機会だからって」

 

「……護衛を連れていないのは?」

 

「わたくしの夫って奥ゆかしいのよ。護衛はいやらしいことをしてくるからって断っちゃって。わたくしだけがいればいいんですって。困ったわね」

 

「……そうですか」

 

 検問所では、夫婦とはいえ男がいるだけで憲兵たちの目を惹いた。

 地味目に変装したソフィアとオレ。現在、指名手配犯となったソフィアと違って、オレは顔がバレている訳でもない。眼鏡程度の変装で憲兵たちに挑む。

 

 ……大丈夫かな? めちゃくちゃ見てくるんだけど。

 

「ふむ」

 

 憲兵の目はオレの顔や胸元と書類をいくども舐めるように見比べる。

 その視線よりも気になることがある。

 検問所にいる憲兵たち──文字上なら人の憲兵だと思うだろうが、違う。

 角が生え、黒い肌に赤い瞳。爪や尻尾がある者たちが制服を着こんでいる。人間らしき憲兵もいるようだが、よく見ると顔が微妙に人間とは違う造形だ。

 

 魔族だ。ゲーム『ラメラメ・デストロイ』でも絶対的な敵として描かれていた存在。オレがセカンド時代に仲間たちと共に戦った敵だ。

 滅ぼさないといけない敵。

 ここは魔族が支配する帝国なのだから、いてもおかしくはないけど……。

 

「あの、聞いてますか?」

 

「え?」

 

 しまった。バカかオレは。状況を考えろ。

 考えるのは後だ。恐らくソフィアに聞けば分かることだろう。

 今は目の前のことに集中しなくては。

 オレは弱々しい表情を見せ「すみません」と謝るとソフィアの腕を抱く手を強める。彼女の語っていた夫の動きを模倣する。この国の夫はこんな感じらしい。

 対してソフィアは妻らしくキリッとした表情で周囲から守るようにオレを抱く。

 

「……ああ。わたくしの夫は視線に敏感なのよ。護衛にも変な目で見られてからすっかり怯えちゃって。可愛そうにね。悪いんだけど質問するなら手短に済ませて貰える?」

 

 ぎゅっとオレはソフィアに抱き寄せられる。

 良い匂い。流石に恥ずかしくてじわりと頬が熱くなる。

 

「あー……失礼ながらソードハート様でしたね。新婚旅行で邪魔されたくないという考えは非常に貴いものです。羨ましい……失礼。本当に護衛をつけられなくて大丈夫ですか?」

 

「……はい、大丈夫です。昔から妻が守ってくれるので」

 

 変装ソフィアと結婚したオレの設定は無口で奥ゆかしい男だと言う。

 昔からの許嫁であり、教導院卒業と同時に結婚したらしい。

 

「ちょっと、わたくしの男に色目を使わないでちょうだい。とっとと仕事をしなさいよ。この愚図が」

 

「ちょ、ちょっと」

 

 無駄に喧嘩を売らないで欲しい。

 魔族の目の色がわずかに変わったのを見て、オレは慌てて声を張る。

 

「憲兵さんは仕事をしているだけだよ! も、もう少しで終わるんですよね?」

 

「え、ええ。……いいな」

 

「はい?」

 

 まずい。何かミスったかと焦るオレに憲兵は頭を振った。

 

「い、いえ、すぐに終わらせますので! 次はレイス様にいくつか確認を」

 

 ソフィアが変装しているレイスという人物は実在している。

 教導院では腹黒な女だったらしい。

 なんでも学生時代は嫌がらせを散々してきて、学生婚をした女なのだとか。その女の真似なのか、検問に時間が取られることに苛立つように眉間にしわを寄せていく。

 それでもスラスラと淀みなく質問には答えていく。

 

「あなたもこんな魔人に色気を振りまいたらダメよ。わたくしだけを見なさい」

 

「は、はい」

 

「頭の先からつま先まで、お前の全てはわたくしだけの物なのだから。いいわね」

 

 レイス……いや、ソフィアはノリノリだった。

 彼女の演技力は高く本当に結婚していると勘違いしてしまいそうになる。腰に回した腕の力を強め、人の目など気にしない陽キャオーラ全開で周囲を牽制する。

 

「今夜は寝かせないわよ」

 

 本当に演技と分かっていても心臓に悪い艶やかな笑みだった。

 

「……お待たせしました。レイス・ワルランド様。観光をお楽しみください」

 

「ええ、そうするわ」

 

 こうしてオレたちは正面から検問所を突破した。

 それなりの時間が掛かったが注目を浴びたのはオレで、ソフィアはいくつかの質問でおざなりな印象だった。

 ひとまず、近くの宿に宿泊する。それなりのお値段だが、資金は盗賊から得た分で対応可能だ。ただし、夫婦という設定により一部屋のみを取ることになった。

 

「……ごめん」

 

「いいわよ。別にわたくしは床で寝るから」

 

「いや、オレが寝るよ」

 

「男にそんなことをさせたら末代の恥よ。いいこと、ソードハートもといケンシン。郷に入っては郷に従えという言葉があるわ。それともわたくしの理性に懸けて一緒に寝る?

 いいの、そんなに無防備で? 本当に今夜は眠れない夜になると思うのだけど?」

 

「まあ、それなら」

 

 妥協案としてアリである。床に寝かせるのも寝るのも嫌だよ。

 エッチな展開は……まあ個人的にはオッケーです。

 何故か黙り込むソフィアにオレは彼女の勘違いを指摘する。

 

「そうじゃなくて、さっきの検問所で。ちょっと失敗しちゃった」

 

「……あれは別に良いわ。お前に完璧なんて求めてないし。何かしらのミスが生じる前提で動いてたもの。謝るんじゃなくてわたくしの対応力を褒めなさい」

 

「ソフィアさんはすごいな」

 

「当然ね」

 

 大きなベッドに座って脚を組むソフィアは、「で?」と言葉を続ける。

 

「何か気になることがあった? また顔に書いてるわよ」

 

 そんなに分かりやすいのだろうか。嫌だな。

 むにむにと顔を弄りながら、オレは彼女に確認することにした。

 

「ソフィア。さっきの魔族たちなんだけど……」

 

「違うわよ。あれは魔人よ。特殊な力で魔族に近づいた元人間。わたくしも本来ならああいう存在になっていたわ」

 

 そんなことをソフィアはなんでもないように告げて、荷物の整理を始めた。

 ……いや、もう少し詳しく教えてもらいたいんだけど!?

 

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