目覚めたら、男が激減し貞操逆転した崩壊世界だった 作:解毒草
「ソフィア。魔人ってなに?」
「帝国が新たに導入した兵士よ」
荷物の整理をしているソフィアに話しかける。
山賊から手に入れた衣服や金銭に触れる手を止めた彼女が振り返る。
「簡単に言えば、人間が魔族に近づいた姿ね。胸元に特殊な石を仕込めば、角や牙が生えるだけではなく、力が強くなったり魔法が使えるようになるわ」
「劣化魔族ってことか。その魔人はいっぱいいるのか?」
「ちょっと見てみましょうか」
オレはソフィアと共に宿の窓を開けて外を見る。
どこか淀んだ空気と曇った空。
暗い石畳の地面を人間と……黒い肌と角を生やした魔人が闊歩している。色々と個人差があるのか角や肌の色、背丈の大きさも人間と同じくらいの物から二倍以上まである。
「開拓村や小規模の街にはいないでしょうけど、こういう従属都市や帝都くらいになると普通に街を歩いているのも多いわ。見なさい」
おぞましい光景だった。
かつての記憶が蘇る。穴の多い記憶の中でも魔族は敵だった。
その力を得た魔人の見た目は魔族に似ていて、平然とした顔で路上を歩き、あるいは露店で買い物をしている。
人間の見た目をした住人も恐れをなしたかのように距離を取って歩いているが魔人に対しての驚きはない。それが彼女たちにとっては当たり前の景色なのだろう。
「時代は変わったんだな」
「……というか、さっき見なかった?」
「いや。さっきまで下を向いていたし。ソフィアについていくので忙しかったから」
ふん、と鼻で笑われた。
態度悪いな。でも知らない街なのだ。地理を知る人間についていくのは仕方がない。それに男ってだけでジロジロと見られるのは嫌だったし! 視線が下がるんだよ!
「特殊な石って言ってたけど、魔石とか?」
「わたくしみたいに教導院に行って成績に応じた良質な石……魔胎石を手に入れることね。一応市場にも出回っている低品質な物でも魔人になれるらしいけど」
その話を聞いてオレは思った。
「ソフィアは……」
人間なのだろうか。魔人なのだろうか。その胸元を凝視しても分からない。ただ、オレの視線の意味を理解したのか静かに首を振った。
「結局は適正次第よ。天職と同じ。魔人になる適正が無ければ魔胎石を身に着けても意味はない。わたくしの家は、祖母の血を引く者は誰も魔人にはなれなかったわ。
……魔人になれない貴族家系なんて、遅かれ早かれ没落するだけよね」
どこか寂しそうに告げるソフィアにオレは何も声を掛けられなかった。
だって、強くなると言われても魔人になりたいとは欠片も思わなかったから。むしろ、ソフィアが人間だと分かってホッとしたくらいだった。
「つまり魔人は劣化魔族。敵ってことだ」
世界は色々と変わったようだけど、シンプルなところは変わらないらしい。
オレの言葉に、ソフィアは呆れたように天井を見上げる。
「……で、本当に一緒に寝るつもり?」
「え、うん。嫌じゃなかったら」
「あ、そう。舐められたものね。……言っておくけど、泣いて後悔しても知らないわよ」
そうソフィアは言っていたが。
ベッドで一緒に寝たけど、事故は起きなかった。多少ソフィアの寝相が悪く起きた時に抱き着かれていたくらいでぐっすり眠れた。
翌日、オレたちは宿で食事をしていた。
従属都市カリグラードは帝国の中でも工業系に特化した街らしい。どこか埃っぽい空気と煙突から伸びる黒煙が窓から見えた。
窓から街の中心に目を向ける。
工場と思わしき大きな建物は周辺の建造物よりも明らかに頑丈そうに見える。
「ああ。なるほど」
オレの呟きにソフィアが目を向けてくる。
「ここって旧人族が残した遺物を再活用しているのか」
「よく知ってるわね」
「ああいう建物って珍しいから」
元々天職なんてない人類が科学一本で魔族と戦っていた時代が存在するらしい。
その証拠となる再現不可能な技術や遺物が世界中に存在するが、たまに今の技術力でも動かせる工場や建造物が存在すると、そこを中心に街が生まれるのだ。
たぶんカリグラードもその一つなのだろうけど……。
「カリグラードなんて都市は知らないんだよな。……ところであれは何を作ってんだろ」
「その手の情報は秘匿されるから分からないけど、ろくでもない物なのは確かでしょうね」
やや遠くにある線路を汽車が黒煙を撒き散らして走っていく。
炭鉱にでも行くのだろうか、煤に汚れた女たちが何かを喋っているのが見えた。黒い煙がむわりと立ち上ると、ソフィアは手で口を覆った。
「ごほっ、ごほっ……!」
「大丈夫か!?」
「……ええ」
窓を閉めるように言って、口元を押さえるソフィアは呻くように呟く。
「……有害物質垂れ流しのクソみたいな街を合流場所にしたのは間違いだったわ」
そもそもカリグラードにいるのはソフィアの亡命を手助けする協力者との合流をする為であった。観光ではなく犯罪者二人の亡命旅だ。
数日ほど滞在して合流が難しいなら別の手段を考えるとソフィアは言っていた。
「ただでさえ不味い料理から煙の味がするのだけど」
「す、スモークかな?」
野菜の入ったスープと、チーズや薄い燻製肉を挟んだサンドイッチ。
それなりに豪華な食事だが……スープが冷めているのとサンドイッチのパンが乾いているのが問題だろうか。
そして、それ以上にじゃりっとする砂のような味わいが全てを台無しにしていた。
「ぼったくりも良いところね」
「アハハ……」
「本当に美味しくないわ」
吐き捨てるように言いながら彼女は渋面を作った。
機嫌も具合も悪そうで、白い肌は青ざめていて病人にも見える。……だから料理人らしき女性がこっちを睨んできているのも許して欲しい。ひい。怖い。
気づいているのか無視しているのか、ソフィアは平然としている。いらない敵を増やすそのハートが羨ましいよ。
「ソフィアさんってどんな料理が好きなの?」
「そうね。和食とかをよく食べていたわ。祖母が残したレシピを父が引き継いで、何度も一緒に食べたわ。懐かしいわね」
見た目は魔女だが、元貴族だけあって繊細な舌のようだ。
「あとは、最近お前が作ってくれたご飯も美味しかったわよ」
「あ、ありがとう」
「わたくしの為に毎日作ってもよくってよ?」
プロポーズみたいな文言だ。
不遜な物言いはそろそろ慣れてきたが、しかし和食か……。
「考えとくよ。ところで今日からどうするんだっけ?」
「情報収集ね。協力員がこの街にまだいるかどうか。いないなら伝言はあるかどうか。無いならさっさと街を出るわ」
そんな訳で情報収集の為にソフィア先導でオレは付き添う。
目立つのを避ける為にフードを被るが、オレが男だと気づく人は気づくようで、チラチラと視線を集める……気がする。元々視線には敏感だから気のせいではないと思うけど。
「情報収集と言ってもどこに?」
「元々、待ち合わせ場所があるのよ」
口元をスカーフで覆いながらソフィアに連れられる。
向かう先はやや治安が悪いらしい。表通りだというのに猥雑な店が多い。昼を過ぎて夕方が近づいてきたからか開店しているようだ。
煙草や酒、何かを腐らせたような匂いが鼻を突く。そんな表通りから路地に一本外れたところの食堂『天国の猫』が目的地だった。
「なんて名前だ」
「さ、入るわよ」
わたくしに任せなさい、と胸を張って堂々としているが大丈夫だろうか。
正直に言って、こんな場所に彼女の性質が合うとは思えない。どう見ても火に油な態度と言動で爆発するのではないのだろうか。
店内は食堂というよりも薄暗い酒場の雰囲気に近かった。
酒と煙草の匂いにあふれ、見るからに柄の悪い女たちがワイワイガヤガヤとジョッキを片手に騒いでいる。
だが、ソフィアが入った途端に視線が殺到した。
やだやだ。こっち見ないでくれ。必死に気配を押し殺そうとするがソフィアはまっすぐにカウンター席でグラスを磨いている店主らしき大男に声を掛ける。
……繰り返すが男だった。化粧をしていたが男だった。
「注文は?」
タトゥーの入った如何にもヤバそうな店主の低い声にソフィアは応じる。
「ブランデー」
「何で割る?」
「猫が飲めるくらいに温めたミルクで割って。ハチミツは多めで」
「ああ。そっちの客か」
なんかの符丁らしきやりとりだった。
少しワクワクしてくる。店主の大男がチラリとオレを見る。なんだろうか。
「ヤツはいない。明日から三日間の間に来るはずだ」
「なら、伝言は預かってないかしら」
「そうだな。あったような無いような……」
コトン、とソフィアが数枚の金銭を置いた。
やや苛立ったような表情の彼女を前に、店主は静かにグラスを拭く。
寡黙な男だ。
それでもゆっくりと口を開こうとしていた時だった。
「アンタ、亡命希望だろ?」
近くで酒を飲んでいた女たちが声を掛けてきた。
「たまに来るんだ。そして全員が失敗したのを見てきた」
沈黙するソフィアに目力の強い女は笑う。
鉱夫だろうか、黒く汚れたガタイの良い身体にタンクトップの女たちが近づいて──背後から抱き着いてきた。
「な、ちょっと」
同時に手を握られて指を撫でまわされる。ひい。
「なあ、この女よりも私を抱いた方がいいぜ。帝国に逆らうなんて馬鹿な真似しないでさ」
「失敗してアタシらの仲間入りするだけなんだから楽しくやろうぜ」
「アンタもだ。せっかくこんな男を連れて来たんだ。みんなで遊ぼうぜ」
こいつらは濁った眼をしていた。
ソフィアとは違う。酒臭いし、身なりは悪く、胸も背も小さく、気持ち悪い。
「そもそも帝国に逆らうとか馬鹿だろ。魔人様に叶う訳ないんだから」
「そうそう。魔人様には従順にして私たちはおこぼれで生きていけば十分でしょ」
「だから諦めろ。私たちは私たちらしく男を抱いて生きていこうぜ」
何よりもだ。
人の幸福が妬ましい、脚を引っ張りたい。邪魔をしたい。幸せを壊したい。
そういう魔族と同じ顔をしていた。
人を嘲笑い、踏みつけることをなんとも思わない顔だ。
彼女たちはオレを人質にするかのようにまとわりついて、ソフィアと何かを話していた。
「大きなお世話よ。負け犬の──」
ソフィアはクールな表情を保ちつつも何かを怒っていたと思う。
ただ、その会話はよく聞こえなかった。
──ドクン、ドクン!
身体の奥から鼓動が高鳴る。
心臓が爆ぜたかと思った。ほんの数秒程度の脈動が全身に沸騰したような魔力と血を巡らせる。対して頭は冷却水を掛けられたように冷え、静寂が広がる。
『やっちゃえ☆』
視界が広がり、他の音よりも自分の呼吸と、背中を押す声が聞こえる。
「……離せ」
「今は女同士の話なんだ。男は黙って──」
その腕を掴み、脚を引っ掛けて投げ飛ばす。テーブルを巻き込んで女は倒れた。
構えもせず唖然とした女たちを前に、オレはソフィアの前に立つ。
「お前たちのつまらない理屈でオレの女を馬鹿にするな。……オレたちの邪魔をするな」
拳を握る。
エンジンが掛かるように心臓が高鳴る。感覚が研ぎ澄まされる。
鼓動と共に神秘的な美貌の女性が薄く笑って見えた。
「油断したとはいえ男の癖に……。ちょっと甘い顔したらつけあがりやがって……! これだから男は! どっちが上か、反抗的な身体に教えてやるよ!」
女たちは立ち上がった。目をギラギラと光らせ、自前の道具を手に握る。
ソフィアも構え、オレもまた一歩踏み出した時だった。
「お客さん。申し訳ないが帰ってくれないか」
その空気を破るようにカウンターで佇む店主が口を挟んだ。
オレたちと女たちの視線を集めながらも、彼が目を合わせたのはオレだ。
「……うちの客が悪かった。男が来ると発情するんだ。見境が無くなる。
だから店にはもう来ないでくれ。やかましいのは好きじゃない」
そう言って店主はブランデーボトルを投げてきた。詫びのつもりなのか。
受け取ったオレがソフィアと目を合わせる。
彼女は……怒っているのか喜んでいるのか変な顔をしていたが、ふんと鼻を鳴らした。
「明日、また来るから。次はキチンと思い出しておくことね」