目覚めたら、男が激減し貞操逆転した崩壊世界だった   作:解毒草

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08 再会

 食堂『天国の猫』から帰ってきて一晩が経過した。

 

「今日は別行動にしましょうか」

 

 昨日からソフィアの態度が変だった。

 微妙に避けられているような、苛立ちを募らせているような感じ。魔法であの女たちを吹き飛ばせなかったのが心残りだったのかもしれない。

 まあ、亡命しようとしているのだから派手なことは止めてほしいのだけど。

 

「食堂に?」

 

「ええ。男を連れて行くと未婚の女たちが騒ぐもの。ピーチクパーチクと発情したカナリアみたいに鳴き出している様は、二回もお前には聞かせられないわ」

 

「……その、昨日はオレもちょっと変に反応しすぎたかも」

 

「構わないわ。お前が怒らなかったらわたくしが燃やしていたもの」

 

 どうやら気遣ってくれているらしい。

 表立って男がいると話が進まない、と邪魔者扱いしないだけマシだろう。

 

「分かった。じゃあ、必要な物とか……」

 

「必要ないわ。帰りに買うから。お前は宿で大人しくしていなさい」

 

「でも」

 

「スギシタ・ケンシン。お前、外を見てみなさい」

 

 髪を結いながら彼女は気だるげに告げる。

 あまり眠れなかったらしい。無防備な恰好でエッチである。

 そんな寝不足気味のソフィアから目を逸らし窓から外を見る。お世辞にも良い景色とはいえない。前時代的な黒い煙が漂う街並みと魔人たちが闊歩している。

 他にはやはり女が大半の光景は、まだ慣れそうにない。

 

「男が一人で出歩くってことはね。襲ってくれと言っているようなものよ」

 

 正直に言って、なかなか呑み込めない言葉だった。

 女が一人で出歩くな、男の変質者が多いから。なら分かるのだけど…………。

 

「そんなに治安が悪いのか?」

 

「お前みたいな男がウロチョロしていたら普通にさらわれるわね。それに、昨日の女たちがわたくしやお前に報復してくる可能性だってある」

 

「そんなことを?」

 

「ああいう連中はプライドや面子を気にするのよ。貴族もそうだけど。

 分かったら宿にいなさい。いいわね?」

 

 過保護な物言いのソフィアに宿から出るなと言われると反発心を覚える。

 よーし、あとで外出タイムだ!

 ……いや、あとでバレたら怖そうだからやっぱり止めておこう。

 

「そう。分かった。いってらっしゃい」

 

「……いってきます」

 

 貞淑な妻ならぬ夫らしき態度で手を振って見送ると、彼女は複雑な表情を見せた。

 きっと、役立たずなオレに何か言いたいことでもあったに違いない。

 

「無力で悪いね」

 

 さて。これからどうしようか。

 部屋の掃除はすぐに終わった。十分くらいで済んだ。

 もうすることが無かった。ソフィアはいつ帰ってくるのだろう。そんな風に彼女のことを思いつつベッドに座ってため息を吐いた時だった。

 

『やっと一人になれたね』

 

 ──ドクン

 

 鼓動が高鳴る。思わず胸元を押さえて目を伏せると──白い脚が目の前にあった。

 慌てて顔を上げると女性が立っていた。

 女性には神秘的で非現実的な美しさがあった。腰まで伸びた髪が艶を放ち、露出過多な服装に美麗な肢体が覗く。なによりも端麗な容貌にオレは魅入られていた。

 

「あ」

 

 目が合った。

 金髪碧眼の美女。穏やかに、優し気に、魅惑的に微笑む彼女を。

 

『私を覚えてる?』

 

 昨日、一瞬だけだが見えた女性だ。

 違う。それだけじゃない。オレは覚えていた。

 欠けた記憶。色んなことが穴だらけで、それから目を逸らすように今この瞬間まで流されるままに行動してきた。

 ここがいつで、明日がどこに繋がるかも曖昧な中で。

 オレの中の何かがストンと地に脚をつけた感覚があった。

 

「……ランヴィ」

 

『あれれ? 私を覚えてるの?』

 

 耳元をくすぐるような親し気な声はセカンド時代から変わらない。

 初めて聞いた時から疑問は抱いても不信感は無かった彼女の声に、ようやく思い至る。

 

「ランヴィ・ローヒー。ラメラメ・デストロイの主人公」

 

『正解☆』

 

 彼女はとても嬉しそうに身体を揺らす。

 たはー、と愛想の良い笑顔とピースサインは既視感を覚える。

 

『けど、現実にゲームは存在しないし、あなた達が勝手に主人公扱いしてたんだけどね』

 

「でもゲームをプレイしたことがある奴なら絶対、あ、主人公だ! ってなるから」

 

 ランヴィとの付き合いは長い。それこそ、前の世界でファーストライフが終わって、この世界でセカンドライフが始まってすぐに出会ったのが彼女だった。

 懐かしい。また大切な人に出会えてよかった。

 でも、こうも思った。

 ……本当に?

 オレの頭がおかしくなっただけじゃないのか。魔力が使えない状態と同じく頭にも異常があって、幻覚を見ているだけなのでは? そんな不安があった。

 

『そこで自分に問題ないかって考えるところは相変わらずだよね。ケンシン。仮にそうだとしてもあなたにとって不都合なことってある?』

 

「え?」

 

 いつの間にか垂れ下がっていた頭、下がる視線の前に彼女はいた。

 オレの前に屈みこみ、見上げるランヴィは笑う。

 

『だって、また大好きな私に会えた訳じゃん。

 小難しい理屈よりも真実なんてそれでいいでしょ?』

 

「……自信家め」

 

 そういえば。ソフィアみたいに自信家なところがランヴィにもあった。

 オレはそれを思い出して笑った。

 

『まあ、恐らくだけど私の心臓がケンシンの身体に馴染んできたんだよ。だから私が見えるようになってきた。そんなところじゃない?』

 

 どういう意味だ? 私の……?

 それを言葉にする前にグローブに包まれたソフィアの手が慈しむようにオレの胸に触れる。何の感触もないけど、でも心の鼓動が高鳴る。

 

『そんな昔のことよりも今でしょ。これからどうするつもりなの?』

 

 軽い口調のランヴィは両手でヨイショと荷物を退かす仕草を見せる。

 じゅ、重要な話じゃないかな? そんな扱いでいいのか?

 

「ど、どうするって?」

 

『フラフラとソフィアのお尻を追うつもりなの? それはいつまで? 魔族の根絶やしの為にまた戦わないの? 元の世界に帰るんだって動かないの?』

 

「え、ええと」

 

『答えて』

 

 急に真顔で尋ねられても困る。

 こっちはランヴィと再会して心臓が落ち着かないのに。いつの間にかオレの心臓がランヴィの物になっていることに驚いているというのに。

 

 深呼吸する。

 

 いや、まあ、落ち着いた今の状況だから改めて考えるべきことかもしれない。

 思えば、オレは起きてから状況に流されてばかりだった。

 ソフィアと共に屋敷を脱出してからは共に亡命することにした。だって、魔族の国なんて嫌だったし。彼女が道半ばで死ぬのも見たくはなかったし。

 

 だからオレ個人の目的なんて無いも同然だった。

 ランヴィの美貌を目で味わいながら、腕を組んで唸る。

 

「うーん。あんまり復讐って感じでもないな。それこそ昔のことだし。オレとしては魔族とのあれこれに関しては意外とスッキリしてる。滅ぼせるなら滅ぼすけど」

 

「良かったじゃない」

 

「うん。ランヴィ、知ってるか? オレが封印されて40年だって。知らないことが多くてさ、今ってまた異世界に来た気分なんだ。……生まれ変わったような感じだ」

 

『じゃあ、今日が新しいケンシンの誕生日だね。ハッピーバースデー』

 

「さ、サンクス」

 

 蝋燭の火を消すようにランヴィが耳元に息を吹きかけてくる。

 ……もし、これがオレの妄想なら、オレってヤバい人かもしれない。

 

『それで?』

 

 それで。そうだ。せっかくだ。

 サードライフはセカンドライフとは別物として気楽な感じで生きてみよう。

 具体的には…………。

 

「平穏、とか」

 

 そう、平穏だ。穏やかな感じがいい。老兵は戦場を去り、静かに暮らす。

 転移者の仲間が言っていた。

 いつか魔族を皆殺しにしたらリタイアして田舎でスローライフするんだって。当時は言っている意味が分からなかったが今なら分かる。

 

「とりあえずソフィアを亡命先まで送ったら、どっかに暮らす。

 中庭とかある大きな家に住んで、ペットを一匹くらい飼って、美味しい料理を作って食べて、カワイイ子と結婚して、死ぬまで幸せに暮らす。そんな平穏なサードライフを送ろう」

 

『普通だね』

 

「当時はムリだったろ。こんなフラグを口にした奴から死ぬ時代だったし」

 

『確かに。でも話を聞く限り、当時の王国は滅んでるらしいし、胡散臭い帝国外にそんな物件があるかは分からないよ?』

 

 ランヴィの言葉はその通りだと思う。だけど。

 

「今後の目標はあった方がいいし、そもそも振ってきたのはランヴィじゃん。……ランヴィ的にはやっぱり戦った方がいいか? 全力で魔族を皆殺しにする方がいいか?」

 

『ううん。いいと思うよ、平穏。ケンシンらしいし。……それでこの後は?』

 

 この後ってなんだろうか?

 とりあえずソフィアが帰ってくるのを──。

 

『まさかと思うけど、本当にずっとソフィアの帰りを待ってるつもりだったの?

 もう主夫気取りなの? 新しい時代と新しい女に適応し過ぎじゃない?』

 

 呆れたような表情にオレは咄嗟に「いやいやいや!」と声を上げる。

 

「違うって。ソフィアとはなりゆきだけど、でもちゃんと望んだ国にまでは送ってあげたい。それだけだって。そういうのじゃないから」

 

 胸の中にあったものを言葉という形にしたからだろうか。

 少し落ち着いた。

 さて。あとは幽霊なのか幻覚なのか、でも答えは出したくない相手に呼びかける。

 

「ランヴィ。また会えて嬉しかった。

 けど、いつまでこの幻覚は続くんだ? 夢にしたってそろそろ消えたら?」

 

『……ふーん? へえ、そういうこと言うんだ?

 ちょっとすっきりしたら昔の女は幻覚扱いで追い出すんだ。最低。よし。今すぐ心臓を止めてあげるからこっちに来なさい』

 

「嘘だろ。死神だったのか!? 急に寒くなってきた!」

 

 直感的に心臓を止められる。そんな予感がして壁際に後退する。

 確かな悪寒にガクブルと震えているとランヴィの視線が窓に向いた。

 

『ケンシン。窓になんかいるけど、どうする?』

 

「……?」

 

 窓を開ける。

 ミルクティーブロンドのふわふわの毛並み。どこかの富豪に飼われていそうな品のある猫が「なう」と鳴きながら入ってきた。

 人間に慣れているのか、自然と足元にすり寄ってくる。

 

『うわ、あざとい雌猫じゃん』

 

「猫だ。うわ、すごい人懐っこい」

 

 入ってきて早々に仰向けになって甘えた声を聞かせてくる。

 自分が一番カワイイ存在だと分かってるのだ。ほら撫でろと言わんばかりに腹をさらけ出す猫をオレはわしゃわしゃとする。

 うわ、ふわふわの尻尾! なんだこれ、最高じゃないか!

 しばらく可愛がっていると満足したのか猫は何かを催促するように見つめてくる。

 

「……悪いけど、今は飼えないんだ。庭付きの一軒家を手に入れたらおいで」

 

『普通にお腹が空いてるんじゃない?』

 

「あー」

 

 せっかくだから猫の餌のついでに、帰ってくるソフィアの料理も作ろう。

 そう思って、宿のキッチンを貸して貰えないかと交渉する。ブランデーボトルを渡し、妻の為に作ると話すと健気な夫とみなされたのか食材ごと貸して貰えた。

 じゃあ、和食でも作ってみようかと調理をしていた時だった。

 

『ケンシン』

 

 ランヴィに呼ばれる。目を向けると真剣な顔をしていた。

 同時に廊下を軋ませる乱暴で重い足音が聞こえてきた。

 皿に入れた水を舐めていた猫がシャー! と警戒するような鳴き声を発した。

 

「邪魔するぜ」

 

「へえ、ここがアンタらの宿か。それなりだな」

 

 宿屋のキッチンに入ってくる女には見覚えがあった。

 昨日の食堂で絡んできた連中の一人。確かオレが投げ飛ばした奴だ。タンクトップの彼女は妙な威圧感と余裕の笑みを見せている。

 まさかと思うが、本当に報復にきたのだろうか。

 

「……なんでここが」

 

「既婚者用の宿は数が限られてる。今の時期は特に絞りやすい。いや、そんなことはどうでもいい。すげえ。新夫じゃん。エプロンまでつけてエロすぎんだろ」

 

 たかがエプロン一枚で何を言ってるんだろう。

 見せたところで損は無いが嫌な気分になってくるのでエプロンを即座に脱いだ。

 

「それで何か用ですか」

 

「あの女を裏切るつもりはねえか?」

 

「……なんだって?」

 

「昨日、憲兵局に帝都から連絡が届いたらしくてな。あの女、帝都で暴れたヤバい奴だろ? 『災厄の魔女』なんて二つ名で賞金が跳ね上がってよ」

 

 数日前に去った帝都ではそんなことになっていたのか。

 ソフィアが聞いたらどう思うのだろうか。きっと嗤うに違いない。

 

「アイツは今、憲兵が捕まえた。今は憲兵局の詰め所で移送準備中だ」

 

 一瞬、何を言われているのか分からなかった。

 なんで捕まったんだ? ……こいつが情報を憲兵に売ったのか?

 

「そして、アイツが連れていたアンタもテロリストの一人として捕まえる手筈だ。明日の予定だったのに武装した憲兵どもがもうここに向かってる。時間がない」

 

 頭の中が混乱する。

 

「だから昨日の礼も込めてよ。抱かせろよ」

 

 一瞬、理解が遅れた。

 オレに向かって伸ばされる女の手。欲望に塗れた女の目に対応が遅れた。

 

「にゃう!」

 

「……ちっ、猫風情がアタシに噛みつくな──!!」

 

「猫!」

 

 オレを守るように女の手に猫が嚙みついた。

 その小さな抵抗に女は怒号を上げ、胸元が赤く光った。

 それは変身とでも言えばよいのだろうか。あるいは元の姿に戻っただけなのか。

 黒い模様が肌に浮かび、角が生え、尾が腰から伸びる。

 

 そうやって魔人になるのか。いや、そうではない。

 猫を潰そうと剛腕で殴ろうとしたところを、オレは割り込んで、庇って。

 

「ガッ──」

 

 吹き飛ばされた。

 食材や料理器具は吹き飛び、それどころか部屋がぐちゃぐちゃだ。

 崩れた壁の瓦礫に埋まったオレに魔人の声が聞こえる。

 

「やっぱ、粗悪品じゃダメだな。あーあ、うっかり殺しちまったか」

 

 その言葉をランヴィの声が否定した。

 

『そんな訳ないでしょ』

 

 ──ドクン!

 

 高らかな鼓動がオレの意識を呼び覚ます。

 

「……『リターン・セカンド』」

 

 口にすると、あの頃の戦闘感覚が意識を切り替えさせる。

 

『ケンシン。少なくともその女の言葉は本当っぽいよ。憲兵たちがこの宿を囲み始めてる。ソフィアが捕まったかは分からないけど……』

 

 立ち上がり、掴んだ猫を後ろに置く。

 

「……ああ、分かってる。一撃で仕留める」

 

 身体に血と魔力が巡る。目の前には生きていた男に笑みを見せる魔人。

 

「ハハ! 威勢の良い男だ! お前みたいな奴の心を砕くのがアタシの──」

 

 そう。魔人だ。オレの敵。

 オレが求む平穏を壊す存在に昨日のような手加減も遠慮も必要ない。

 

『胸の魔胎石を狙って』

 

 オレを捕まえようと迫ってくる魔人を前に拳を握る。

 踏み込み、押し倒そうとする奴の胸元目掛けて全力で拳を振りぬいた。

 

「『デストロイ・パンチ』──!!」

 

 白い光が部屋に広がり、空間に奔る黒い亀裂が雷光のような轟音を立てた。

 




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