目覚めたら、男が激減し貞操逆転した崩壊世界だった 作:解毒草
振るった拳が眼前の魔人、その胸元を打ち抜く。
同時にそのまま吹き飛ばし、宿の壁に穴を開けて──外の様子が見えた。
「いたぞテロリストだ! 民間人を殺害した模様!」
「男だ! 可能なら生け捕りにしろ!」
「了解。『ヴォイド・インフェル・ランス・シフト・ファイア』──!!」
「『アビス・インフェル・ファイア』──!」
制服を着た黒い魔人たちはオレを見つけると一斉に魔法を放ってくる。
黒い炎が槍となって宿の壁を撃ち抜く。
爆炎に吹き飛ばされる。咄嗟に後頭部を守るも壁に背中から当たって呻かされた。
「民間の宿じゃなかったか? こんなことしていいのか?」
『魔族だよ? そこまで考えてないって』
横に回避すると同時に、黒い火が設備を燃やし始める。オレは慌てて上階に逃げるが、魔人たちは冷静に外から魔法で攻撃をしてくる。
ええい! どうする!
『屋上かな』
「わかってる」
室内は凄まじい勢いで煙と火が広がる。
外に出るしかない。窓を蹴り飛ばし、猫を抱えて外に出る。
いつの間にか夕方だ。夕暮れの血のような光が宿近辺の建物の屋上で待機していた憲兵たちを照らし出す。
宿の屋上に移動して、隣の建物の屋上に跳躍する──
『まずは二人』
ランヴィの言葉通りだった。
剣で武装した魔人が迫る。同時に一歩遅れて短刀使い。
生け捕りにする気を感じられない。完全にオレを殺すつもりだ。
──ドクン
心臓が熱い。爆発するような昂りと共に息を大きく吸って吐く。
姿勢は低く正面から突撃──跳躍する。
「な!?」
「にぃ!?」
低空跳躍。脚力に物を言わせて、迫る二人よりも早く衝突、吹き飛ばす。
その勢いで剣使いの魔人の顔を掴んで屋上に叩きつける。
肉が瓦礫と共に砕ける感触があった。まずは一人。
背後から視線を感じる。
強い殺気と共に斬りつけてくるつもりなのが、なんとなく分かった。
そうはさせない。片手で猫を抱き、魔人を掴んだ腕を軸に回転。
空中で身体を動かし、弓なりとなる脚先から白い光が灯る。
「『デストロイ・キック』──!!」
カウンターに成功。
魔人二人目の胴体に足先が突き刺さる。悲鳴を上げる間もなく二人目の胴体を斬り裂く。
『やるじゃん』
撃破。けど喜んでいる場合じゃない。
相手は組織だ。既にここから離れた場所にいる複数人の魔人たちが魔力を練り上げて強大な魔法で殺そうという意思を感じる。
同時に、絶対に魔法を撃たせるつもりなのか、次々と剣や短刀を構えた魔人が走ってくる。この感じは巻き添え上等でこちらを潰すつもりだ。
「……『デストロイ』」
──ドグン
「……づ、ぁ!?」
心臓が爆発するような痛みが奔った。
思わずたたらを踏み、その隙を突くように腕や胴体を斬られる。その斬撃以上に、危機感を感じるような心臓の痛みに全身から脂汗が伝う。
な、なんだ? 今にも心臓が止まりそうな痛みだ。
連携に徹する魔人たちの攻撃を転ぶように躱し、屋上の建材を蹴り飛ばす。
『あー、普通にピンチだね』
そうだよ。こんなところで終わっている場合じゃない。
だけど。
いつの間にか尋常ではないくらいに息が上がってる。
『流石に今の状態で連続戦闘はムリムリ☆』
絶妙に腹立つ言葉使いでオレに状態を知らせてくれる推定幻想幽霊。
オレの身体って今そんな感じなの?
……え、じゃあ、負ける? それこそムリなんだが。
『うーん。あと一回行動か残り30秒くらい?
それ以上やると心臓がもたないからセカンド状態を停止するよ』
…………逃げるか?
このまま時間を稼がれ、そこから数でごり押しされたら負ける。対抗するには一騎当千の戦力か相応の組織が必要だ。今はどちらもない。
『うーん。残念だけど全力で走ればなんとか』
「でも……ッ」
白銀の少女が脳裏をよぎる。
彼女の手がかりは恐らく憲兵が握っている。ここで逃げると二度と会えないかもしれない。復讐者の末路なんてこんなものだ。失敗がほとんど。
でも、下手に関わってしまったのだ。
あの不遜な魔法使いと接して思ったのだ。こんな国で命を散らさないで欲しいと。
「ソフィアは見捨てられない」
『……でもあなたに何ができるの? さっさと逃げるべきだよ。今のケンシンでは助けるなんてムリだから。無駄死にするよ』
オレはランヴィの言葉に答えられなかった。
弱者の言葉には誰も耳を傾けない。だからこそ、自分の言葉を貫き通す為にも強くなくてはならないのだ。
でも、今のオレは強者とは程遠い存在だ。
『……だから』
ランヴィが何か言葉を続けようとしていた時だった。
「にゃう」
それは魔人たちが示し合わせたように肉薄してくる直前だった。
猫が一鳴きした。こんな状況で随分とのんきなことだと、そう思って。
「ピンチのようだね。先ほどは助けて貰ったし、猫の恩返しといこうか」
「……!」
猫が喋った! と驚いている場合ではない。
そういえば獣人のような亜人がいる世界だ。喋っても驚きではないが。
「先ほどの必殺パンチを足元に頼めるかな? あとは僕がなんとかしよう」
真っ先に反応したのはランヴィだった。
猫を一瞥すると真面目な顔で目を細め、指を屋上の一点に指す。
『……ケンシン。そこを全力で打ち抜いて』
「分かった」
白光の一撃を拳に込めて、足元の屋上に向けて叩きつける。
「『デストロイ・パンチ』」
「……『ダーク・バースト』『イリュージョン』……『ステルス』」
ランヴィの指示したポイントを打ち抜くと屋上が崩れる。
同時に猫の呪文詠唱で黒い煙幕が噴出した。
暗い視界の中で、瓦礫と粉塵が舞い、魔人たちは足場を失って姿勢を崩す。
「……っ」
それ以上にオレは身体中から力を失って地面に向かって落下していた。
頭から落ちれば潰れたトマトやザクロの実のようになる。
そんな死の予感があったが、誰かが抱き留めてくれたおかげで羽が地面に落ちるようにゆっくりと着地した。
「むぐっ!?」
「静かに頼む」
暗い視界の中で口元を手で覆われる。
建材や魔人が落下してくる。その合間を縫うようにオレを抱えた誰かが高速で駆ける中、上空の煙幕が風で吹き飛ばされた。憲兵たちの攻撃だろう。
露わになる上空。
そこにはどこかに逃げていく『オレ』がいた。
跳躍を繰り返しピョンピョンと逃げる姿を憲兵たちが建物の屋上から屋上に飛び移って追いかける。それは地上も同様らしく騒がしい気配が移動していくのが分かった。
『へぇ……偽装が上手。
タイミングも良かったし、アレなら……囮にはなるかもね』
……どうやら憲兵は『オレ』に釣られてこの場を去ったらしい。
そして、薄暗い瓦礫だらけの空間でオレは知らない女に抱かれていた。
「君の答え、聞かせて貰ったよ」
いつの間にか猫はいなくなっていた。
心臓の鼓動が弱まって深呼吸に徹するオレに、その女性は朗々と語る。
「一人の女性の為に拳を振るえる。こんな帝国に君のような男がいたのは驚きだったが、いいだろう。共にソフィアを救出し、亡命を成功させようじゃないか!」
まるで演劇の舞台にでもいるような大げさな言動を見せるのはシルクハットの女性だ。ミルクティーブロンドの髪をまとめ、ネクタイとシャツに包まれた胸を張る。
すらりと伸びた脚を包むタイツとホットパンツといった装いは彼女の自信の表れなのだろうか。不敵に笑う美貌は月明りのようにオレの目を惹いた。
「なに、人を盗むのは得意なんだ」
彼女は仰々しい恰好でオレの前に膝をつく。
宝石に触れるように、ゆっくりと手を取った彼女が顔を上げる。
「……キミは?」
「僕の名は怪盗ターフェ。彼女の亡命を手助けに来たエージェントさ」
まるで少女漫画に登場するような王子様みたいだった。
ならばオレは彼女に惚れる乙女だろうか。
そんなことを考えるオレの手に、その不思議な女性は恭しく口づけをした。