火遊びはよくない 作:竹藪焼けた
前回の続きは三話から~。
恋を自覚したのは、いつだったからだろうか。
今思えば。一目ぼれだったのかもしれない。
幼いころ特有の、恋や愛を理解していないながらにする、一過性の熱病のようなもの。
本来なら、それは風化して消えていくのが当然の、一瞬の熱。
けれど、私のこれは。そんな風に消えていく事はなかったのだ。
それもこれも、あの人が悪い。
きっと果たすつもりなんてなかったであろう、無責任な約束と。
あの人は覚えていないであろう、何気ない全てが悪いのだ。
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あの人と初めて会ったのは、まだ小さいころだった。確か三年生くらいだったかな…。
私の母親は教育に関して、それなりに熱心で。
そこまで拘束してくるようなことも、理想を押し付けることもなかったけれど、小さいころから将来のためにと勉強ばかりさせられてきたせいで。私は友達と遊ぶような経験は殆ど積めなかった。
まぁ、その事については正直文句はない。
元々一人で過ごす方が好きだったし、きっと母が何もしなくても、そこまで友人は多くなかったと今は思っている。
当時は少し、恨めしくも感じていたけれど。
そうして、勉強ばかりしてきた私は当然のように中学を受験しようって話になって。
母は、私にある家庭教師をつけた。それが、あの人だった。
…ある意味で言えば、あの人は私にとって…劇薬のようなものだった。
悪い人ではないんだけど、今まででは絶対に触れあってこなかったような人種。
雑で…フランクで…一緒に居ると、呆れと楽しさが同じくらい来るような人。
頭は良かったみたいだけど…なんというか、知性はあんまり感じられなかった。私よりも子供みたいな人だった。
はっきり言って、誰かに何かを教えるのには到底向いていないんじゃないかと当初は思っていた…。いや、なんなら今の方がそう感じている。
実際、彼は家庭教師としてはかなり適当だった。この適当は適しているという意味じゃない。いい加減、という意味だ。
毎日教える区間を定めて。それ以上は決して教えようとせず、すぐに自由時間にする。
彼曰く私が優秀だからすぐ終わるのだと、言っていたけれど。
本当にそう思っていたのかは分からない。ただお金をもらって遊びたいだけだったのかも。
予習・復習は適度にやって、過度に詰めすぎない方がいい。
そんなことを言って理由付けをしていたけれど、本気だったのかは少し怪しい。
だって彼は、勉強だけだと疲れるからと私に色々な娯楽を教え込んだのだから。
携帯ゲーム機をもちこんできたり、一緒に公園でキャッチボールをしたり、わざわざラケットを持ち込んだ挙句、二人乗りのバイクで体育館まで行って、一緒にバドミントンをしたり。
私の親が共働きで、誰の目も届かないのをいい事に、本当に好き勝手やっていたと思う。
これで親にはちゃんと仕事をしていますよ、みたいな顔をしていたのだから、子供ながらに悪い人だと感じていた。
でも…そんな悪い人に、どこか心を許していたのも事実だった。
皆が盛り上がっているゲーム機だって、私は手元になかったし、興味もなかったけど。
わざわざ二つ持ってきて、二人で協力したり、対戦した。
彼は大人気なくて、いつも私が負けてたけれど、遊んだ事自体は、今でも記憶に残ってる。
スポーツは最低限しかやってなくて、そこまで得意ではなかったけれど、あの人が手取り足取り教えてくれたおかげで、体育の授業で皆から注目をされることもあった。
なんというか、どこかむず痒かったけど。それでも、誰かから注目されるのは悪い気持ちじゃなかったし、そのおかげでどこか距離のあったクラスメイトなんかとも。ほんのちょっぴりだけど仲良くなれたから。
本来の家庭教師としては彼は下の下だ。それは間違いない。そもそも、お金をもらってやってただろうに、あんなのは絶対ダメダメだ。
いまならきっと、契約違反で罰金とかそこらへんになってしまうのかもしれない。
でも…少なくともあの時の私にとっては。あの人がいたから、息苦しさが抜けるような気持ちがあったのも、間違いではないのだ。
それで、あの人にやめて欲しくなくて。母や父にあの人は職務を全うしているとアピールするために頑張って結果を出し続けたし、実際成績はそれなりに伸びた。
だから、結果的にみれば。彼は私の成績を伸ばした…有能な家庭教師…になるのかもしれない。
…実際にやっていたことは、置いておくとしても。
けれど、直ぐに別れは訪れる。3年なんてあっという間だ。
彼は大学を卒業すれば、教師として働き始めるし、私は中学校に入学すれば、間違いなく家庭教師はおしまいだろう。
それがとても、悲しくて、寂しくて。ある意味で言えば、依存していたのかもしれない。
友人も多くないし、家族との関係も…悪くはないけど、どこか冷やかな感じだったから。
自分に対してフランクに接していた、兄のような彼に。
依存のようなものを抱えていたのだろう。そしてそれは…未だに私を蝕んでいる。
現に私は、高校生になる今でも、執着を捨てきれていない。
あの人は私をほとんど忘れ、顔を見ても気づきもしなかったというのに。
私は、あの時の約束を。今でも大事に抱え込んでいる。
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私が中学受験を受ける前の最後の授業。
彼は、珍しく真面目に時間の全てを使って授業してくれた。
普段なら帰る時間になっても帰らず、最後までテスト対策に付き合ってくれた。
ただ、あの時の私は。この受験に成功しても、失敗しても。
自分の心の拠り所が消えてしまうことを悟っていたから。
どこまで行っても、やる気が出なくて。彼を心配させてしまったことは覚えている。
それで、彼が頭を掻きながら。受験が終わったら、好きな場所に連れて行ってくれると言って。
一緒に遊園地に行く約束を取り付けた。全てが終わったら、一緒に遊びに行こうと。
子供というのは現金なもので、目の前に報酬をぶら下げられると、割と簡単にやる気を出してしまう。
まぁ、6年生にもなればそんな子供はほぼいないのかもしれないけど…私はそんな子供だった。
そして結局、私はその中学校に受かった。
長い勉強の成果は、無駄ではなかったんだと思う。なんだかんだ言って、あの人の授業はためになっていたのかも。
そして、約束通りに遊園地に2人で遊びに行って。
本当に楽しい時間だった。けど、やっぱり。
そんな楽しい時間はすぐに終わってしまう。私とあの人の二人の時間があっという間に過ぎ去って行ったのと同じように。
そうして日が暮れて、最後に2人で観覧車に乗った。
そこで、私は…今まで溜め込んできたものが決壊するように、色々な事を彼に吐き出してしまった。
友達があまりできなかった寂しさや、勉強漬けの毎日で何処となく家族との距離感があったことから、貴方という家庭教師が来たおかげで、それらが少し解消された事…。
それで、それで。
これでお別れになるのが、本当に寂しくて、悲しい事を。
子供ながらに、拙い言葉遣いだったけど、一所懸命に伝えた。
そしたら、彼は優しく笑って。
なら、寂しくなったらいつでも連絡をして欲しいと。
私に連絡先を教えてくれて。また近いうちに会いにくると約束してくれた。
でも、それだけじゃ足りなかった強欲な私は。観覧車の中で、彼の膝の上に乗りながら。
「なら…もっと、もっと…大きくなったら…先生の大事な人にしてくれる?」
みたいな事を言ったのも、私はちゃんと覚えている。
一言一句、ちゃんと覚えてるよ。私は、覚えているの。
彼は笑って、君がもっと大きくなって、気が変わらなかったらいいよ。
と、約束してくれた。確かに、約束してくれたのだ。
それで、観覧車が終わるまで。
2人で、指切りげんまんを歌っていた。
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なのに…約束をしたのに。
約束を…したというのに!
あの人は、いつまで経っても約束を果たしに来なかった。
中学1年生になっても、2年生になっても…何にも。
何にも連絡をしてこないなんて!!
私はずっと待っていたというのに、連絡もなしで。
全部忘れて、逃げてしまうなんて!
…本当に…ほんっとうにあり得ない…。
…百歩譲って、大事な人に関する約束を…忘れたふりをするのは構わないよ。別にいいよ。
あの人からしてみれば、娘に『大きくなったらお父さんと結婚する!』って言われたら父親の気持ちだったのかもしれないし…私がそのうちあの約束を撤回するかもしれないと思っていたのかもしれないから。
…だけど…だけども…。
私が携帯を手に入れたら、連絡できるようにって渡してきた連絡先とか…住所とか…それらを全部変えた挙句!
また会いに来るって言う約束まで破るのは流石に酷くない!?
SNSのIDは新生活と同時に削除されてたし、あの人が住んでる家は引っ越しで空き部屋になってたし…電話番号も変わってた!
中学生になったばかりの私が、浮き足立ちながら買ってもらった携帯で電話をかけたり、メールした時には全て繋がらなくなっていた。…あの時の気持ちは、本当に言い表せない。
…はぁ‥思い出すだけで苛立ってくる…。
新生活が始まるから周辺機器を一新したのかもしれないけど…それなら新しくする方を教えて欲しかった…。
あの人ほんとそういうところがいい加減なの!なんで変える予定の連絡先を教えてくるわけ!?
前々から適当なところがあるなと思ってたけど!思ってたけども!
ホントに信じらんない!
せっかく、せっかく中学でできた友達の話とか、貴方に教えてもらったバドミントンが結果的に部活動に繋がって、県大会まで出場した事とか、色々喋りたいことがあったのに…。
貴方のおかげで、私は変われたと…感謝したかったのに…。
結局、あの人は顔を見せることはなくて…。電話の受話器からは空虚なシステムメッセージだけが響いていた。
それで…。待って。待って。待ち続けたけれど。やっぱり彼は来なかった。1年待ち、苛立ちが募り。二年待ち、怒りが募った。
三年になる少し前くらいに。私は、我慢の限界を迎えた。
相手が来ないのなら、こっちから迎えに行くしかないと思った。
幸い、彼が就職する学園のことは覚えてたし。例え、確率的に見つかる訳がないと思っていても。
それでも、その少ない可能性に掛けたくなってしまうくらいには。あの人に焦がれていた。
それで…丸一日使うつもりで、春休みに彼の勤める学園の最寄り駅に繋がるターミナルまで行ったら。
本当に偶然、あの人を見かけてそのまま追いかけた。
知らない若い女性と、ホテルに入って行くのを見てしまった。
ショックだった。
信じられなくて、信じたく無くて。
私はこっそり、悪い事だと分かっていたけれど。盗み聞きをしてしまった。
…あの時の衝撃は、本当に計り知れなかった。
自分の人生を変えた貴方が。私を置き去りにして、そんな事をしていたなんて。
私がいるのに、私との約束があるはずなのに。
あの人は。私を放っておいて、そんな不埒な事をしていたなんて。
信じたくなかった。嘘だと思いたかった。
けれど、聞けば聞くほど。猫なで声と醜いお金の話が聞こえてきて。
何かが崩れていくような気がした。
けど、それでも。今まで貴方に抱いていた執着は、私の心の奥深くまで蝕んで。
崩れていく事はなくて。この感情は。未だに私の心に根付いてる。
…ねぇ、先生。貴方は、とっても酷い人だね。
私との約束を忘れて、教師なのにそんな行為に耽って。
私の人生をめちゃくちゃにしたのに、貴方は笑顔で知らない人と笑ってる。
その人とも、どうせ直ぐに分かれるんでしょう?
適当に誤魔化して、バイバイするんでしょ?
他の人はそれでもいいのかもしれないけれど。
…私は、貴方を離さないよ。
一度捨てられたけど、また貴方を見つけ出したよ。
ねぇ、先生…、もう一度。私の先生になってよ。
そして、今度こそ。
あの約束を果たしてもらう。
遊園地で交わした、あの約束を。
少女は決意を固めながら、男と知らない女性がホテルに入っていくのをじっと見つめる。
彼女の整えられた爪は手のひらに食い込み、血が流れていく。
けれど、彼女は気にすることもなく。そのままじっと眺めていた。
そして、彼女は内部進学の権利を捨て、この都市にまで引っ越して。
もう一度、執着する人物の生徒になる事を決めた。
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そして、数か月たって。
引っ越しを終えて、彼が良く通る場所で待ち伏せ。貴方が高い頻度でここを通る事はリサーチ済み。
彼の背を追いかけ、話しかける機会を伺えば。
あっという間に、捕まえられる。
…けれど、先生は。私を見ても、私が【色裂 蔡】だと気が付くことはなかった。
…確かに、先生が私を最後に見たのは三年前で。身長とか色々と大きくなったし。
気づかないのは無理ないかもね。
貴方の記憶、本当に頼りにならないし、フィーリングで生きてるもんね?三年間も一緒に居た生徒の顔なんて覚えてないよね。もしここで私に気づけるような頭だったら、きっと約束だって忘れることはないだろうしさ、大体あなたはいつも――。
――…コホン…まぁいい。
少なくとも、今は。私が貴方の元教え子だって、気が付かれない方が都合がいいから。文句は後で取っておこっと。
…三年生だと偽って、持ってもいないクレジットカードの話を適当にでっち上げれば、ほら。食いついてきた。
本当に、どうしようもない大人。
後ろをちょこちょことついて回りながら、私は思考をする。
あぁ、待ち遠しい。貴方が私を喰らって。
それがルアーだと気付いたとき、貴方はどんな顔をするのかな?
そんな期待と、久しぶりに一緒に歩くことが出来ている感動で。私の胸はいっぱいだった。
あんな風に笑顔になったのは、とっても久しぶりな気がして。
そうして。抱き合って。口づけをして、あの人の腕で眠って。
愛していると、耳元で囁き続けて。
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私は…ひとりぼっちの部屋で目覚める。
もぬけの殻、誰もいない部屋。あるのは紙と金一封。
あぁ、やっぱり。そういうことしちゃうんだ。
私は残された手紙を破り捨てる。最初の部分さえ読めば、後ろの内容は察せたから。
…ふ、ふふ。二度目。二度目だよ!
私を置き去りにして、逃げ出したのは二度目だよねぇ!先生!
…私との約束を全部忘れたくせに、知らない女を抱いて寝る事をよしとした癖に…。
私だと分かった途端、逃げ出すんだ。…あるいは、本当に予定があったのかな?
でも、駅まで送迎してくれるって、ベッドの上で言ってたよねぇ…。そんなにすぐに、予定が出来るのかなぁ。
…嘘吐き、ろくでなし…裏切り者。
面と向かって言ってやりたい罵倒が、湯水のように溢れてくる。
けれど、言いたい相手は既におらず。机には少し盛られたらしき金一封が1つだけ。
本当にどうしようもない人だね。…でも、分かってたよ。見て見ぬ振りしてただけ。一年経っても来なかった時から、連絡先が機能しなかった時から。
貴方がどうしようもない人なのは、分かってたんだ。
…でも、それでもやっぱり。
私は初恋を捨てられない。…あの時貴方が私にくれたものが、私の軸になってしまったみたいだから。
貴方に会うためにここまでしたんだよ。内部進学の権利を捨てて、両親の反対を一所懸命に説き伏せて。
わざわざ独り暮らしをすることまで選んだよ?貴方の為だけに。
…今さら諦められるわけがないよね?
こんなお金で、すっぱり縁が切れる訳、ないよね?
ねぇ、先生。聞こえてないだろうけど。
指切りげんまん、覚えてる?
私は今でも覚えてるよ。ずっと。
貴方が会いにくる約束を破ったことも、私に意味のない連絡先を渡したことも、今日のことも。ちゃんと全部覚えてるよ。
…でも。私は優しいから。許してあげるよ、復讐なんてことはしないであげる。
だから。だからね?
貴方にも責任をとってもらう。観覧車の約束、あの約束だけは。絶対に反故にはさせない。
貴方は約束自体を忘れてしまったようだけど、約束は有効だから。
ねぇ、先生。また逃げられるなんて、思っちゃだめだよ?
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そして迎えた入学式当日。
イロは一足先に家に戻り、着替えて学園の最寄り駅で待つ。
併設された小さなカフェで、待ち人が通るのを待ち続ける。彼女が積み上げ続けた執念は、待ち時間を苦とも感じさせない。
そして、暫く待って。
日が暮れたころ、彼女の待ち人がやってくる。
彼女はスマホ片手に会計を済ませ。
軽やかな足取りで男に近寄る。
前回も、その前も。逃げられ、置き去りにされてしまったけれど。
今回は逃げられることも、置き去りにされることもないだろう。
男の頭に手を伸ばし、しなやかな手で目を覆い隠す。
相手の微かな震えが心地いい。
「せーんせ?ふふ…だーれだ?」
自分を狂わせた元凶に、少女は勝ち誇るような気持ちで囁いた。
男の名誉のために伝えておくと、彼は別に悪意を持って変える予定の連絡先を教えたわけではありません。ただ、寂しそうにする彼女に、特に何も考えずに今使っている連絡先と住んでいる住所を教えただけです。その数日後に新生活だからとウキウキで連絡先を変えて引っ越したけど。
中学入学後に会いに行かなかったのも、忘れてたわけではありません。(相手から連絡来てないし、いかないほうがいいかもな…)みたいな理由で億劫になっていたのです。尚、一年目行かなかったので二年目には普通に忘れています。何なら観覧車の約束もその時期に内容を忘れました。