火遊びはよくない   作:竹藪焼けた

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今回のお話は、1話の続き。
もう一人の脅迫者との出会いのお話です。


三話

 

【いつもの場所。仕事が終わり次第来て】

 

そんな無骨なメッセージ。

男は思わずため息をついてしまう。

 

男は気乗りしないながらも、電車に乗ってこの人物に会うために足を進める。

あんまり会いたくないが、会わないわけにはいかない理由があった。

 

【遅れるなら連絡して。…前みたいに理由なくバックレたりしたら】

【分かるでしょ?】

 

強烈な脅し文句が男のスマホに表示される。

胃をキリキリとさせながら、男は適当な返信を考える。

 

クソッ、今年は厄年だ…。

男は内心毒づきながら、先月追加されたばかりの連絡先にメッセージを送り返した。

送信先は、大体1ヶ月くらい前に再会した少女。

 

名を皐という。

ギターと料理が趣味の…少し異質な高校生。

男は全く理由が思い当たらないながらも、何故か彼女に執着されてとても困っていた。

 

彼女との出会いは、イロを抱いてから数日たったころ。

…問題解決を願いながら、軽くなった残高を見ながら唸って歩いていた時の話。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

休日、いつもの癖で街娼だらけの路地裏を歩く。

今日は財布が軽かった、故に誰かと事をするつもりはない。

ただ、気分転換というか、日課で歩いていただけなのだが。

 

『あの、そこのお兄さん…』

『ちょっといいですか?』

 

急に、誰かから話しかけられた。

基本的に街娼の子たちが自分から話しかけてくることはない。だって、それで興味ない人を引いたら空気地獄だし。

という事は、街娼じゃないか…自分が以前抱いた子…あるいは勇気ある迷子だな。

 

男のポリシーの一つに、同じ人は二回以上抱かないという物がある。

それは面倒ごとを避けるための、男の個人的な決まりだった。

 

それ故、少しだけ相手をしてそのまま行こうと振り向いて。

数瞬、目を奪われる。

 

かなり顔の整った子だった。少しメイクが濃かったが素材の味がいいからか、様にはなっている。

ただ、近い顔つきの子を抱いた記憶が確かにあった。

あの時は、髪の色を染めてもなかったし…こんな派手なメイクをしていなかった…。

もう少しクールな子だった気がするんだけど。

 

『あ、やっぱり。…あの、お兄さん』

『少し、話を聞いてもらってもいいでしょうか?』

 

声をかけられて、男は正気に戻る。

そう言えば、話しかけられていたんでした。

 

彼は少し訝しみながらも、相手に促すようにして話を続ける。該当する少女を抱いたのは、確か数か月前…1年前だっけ?

あの時とは口調も違うし…もしかして別人なのかな。

 

そんな疑問を抱きながら、どうかしたのかと返答する。

 

『あの…その。…昔、私の姉と…ええっと…そういうことをしませんでしたか?』

『えと…口に出すのも、憚られるようなことなんですけど…』

『お姉ちゃんから、貴方の話を色々と話を聞いていて…』

 

[そういうこと]…。まぁここで言うそういうことというのは、まぁここで頻発している違法行為の事だろうけど。

…男は少し合点がいった。なるほど、本人じゃなくて血縁か。それなら雰囲気が全然変わってることにも説明がつく。

ただまぁ…姉妹でそういう話を共有するのはどうなんだよと、思わない事もなかったが。

 

まぁしかし、ここでその事実を認めた所で…何になる訳でもない。

人違いじゃないですかと、否認してその場を立ち去ろうとする。

 

『あぁ、待って。待ってください…』

 

服の裾を掴まれ、男は思わず足を止める。…どうやらかなり訳アリらしい。

男はその人物に向き直った。

 

『…えと、その。実は…お金に困ってて。すぐに必要なんです』

『ただ…その。よく知らない人に抱かれるのも…少し嫌で。それで…お姉ちゃんがいい人を知ってるって』

『それで、言われたのが貴方の事だったんです…』

 

『あの人…結構毒舌だけど、貴方の事は割と褒めてたので…』

『それなら、大丈夫かなと思って』

『それで、その…これから、お時間ってありますか?』

 

はぁ…。別に名前くらいしか教えてないのに、よくもまぁ…。

姉が高評価だからという理由があれば知らない人でもいいのかよとか、連絡先も教えてないのにここをふらついてよく出会えたなとか、いろいろ言いたい事はあったが。

…どっちにしろ、今はあまり金がない。

 

普段なら、この子くらいの美人さんなら5万は出していた。しかし、つい先日酷い事故に巻き込まれて余分な出費をしてしまったが故。

そこまで手持ちの金がなかった。

なので、金銭の不足を理由に断ろうとするが。

 

『一万円で、いいんですけど…』

 

それを聞いて、男の食指がソワソワと動き始める。

ほーん…?

一万円でいいのか…?

一万なら、一応手持ちにはある。

ハッキリ言って、痛い出費には違いない。しかし、少し雑費を切捨てればギリギリ捻出できそうな額だ。

姉には5万くらい払った気がするから、かなり優良案件なのでは?

 

男はそんな事を考える。

体つきも顔も、申し分なし。…いわゆる、鴨葱なのでは…。

男は思う。

 

…しかし、ここで男の警戒心がガンガンと警鐘を鳴らし始める。

そんな都合がいい事がある訳がないと、それにこの子が言っていることも怪しいと。

身バレのリスクがあるんだからやめた方がいいんじゃないかと。

そんな事を男の心が訴えている。

 

つい最近似たようなことがあったばかりで、その時に寿命が縮む思いをしたばかりだろうと。

そう、警戒心は言うけれど。

 

『…あの、だめ…ですか?』

 

男は愚かだった。好みの子がいれば、平気で首を縦に振ってしまう。そんな奴だった。

欲望にとっても正直で、そのまま了承してしまった。

目の前の少女から感じていた違和感を、全て無視したのが失敗だった。

 

『ほんとですか!?…ありがとうございます!』

 

そんな風にお礼を言う少女を見て、男はなんだか複雑な気持ちになってくる。

なんだろう、デジャブを感じる。あと露骨に感謝されるのも…寒気がする。それもこれも、イロのせいだ。

トラウマを植え付けられてしまったらしい。

 

しかしまぁ、あんな大事故が何度もある訳がないだろうと。

軽い足取りで、いつも通りホテルに向かう。

普段だったらもっと手厚くしていたが。今日はそこまでの余裕はなかった。

 

だから…適当に身体を洗って。少しの軽食を奢ったのちに。

そのまますぐに楽しんだ。

彼女の方は、メイクを崩したくないと言って、彼女は顔から上を洗わなかったのだが。

まぁ、割とある事なので。特に気にすることはなかった。

 

楽しんで。お互いの体を交わしながら最高の気分に浸って。

両手を合わせ、唇を合わせ。ベッドの上で踊る。

やけにこなれた少女をリードして。少なくとも、男の方が満足するまでそれは続いた。

 

…一万円でこれなら、やってよかった。最高だぜ。

そんな事を思いながら、日が暮れるまでやることやった後。

男は浴室から出て、シーツを変えたベッドの上で寝転がりながら。SNSを眺める。

 

ピロートークは何を話そうかな…なんて考えながら。

数十分前まで一緒に踊っていた、彼女が浴室から出て来るのを待っていたのだが…。

 

浴室から出てきたのは、思いもよらない人物だった。

 

『…はー、スッキリした。このウィッグ、邪魔だったんだよね』

『まぁ、バレない様にするにはこれくらい精巧じゃなきゃダメなんだけどさ…重いのがちょっとな…』

 

そんな事を呟きながら、浴室から誰かが出て来る。

それは、さっきまで一緒に寝ていた人とは…雰囲気が違っていて。

濡れた髪の毛はショートでクールに。先ほどまでの染められた髪はウィッグだったらしく、手に収まっている。

濃く感じたメイクは殆ど洗い落とされて、さっぱりとナチュラルに。

 

男は直ぐに気付く。

この子…昔、明確に抱いた記憶のある少女だ。

抱く前まで少女が語っていた、件の【姉】。その人だった。

 

 

『…あはっ…やっぱり。気づいてなかったんだ』

『ごめんね、【せんせい】。騙しちゃった』

 

彼女はニヒルな笑みを浮かべ、男にそう言う。

何のつもりかは知らないが、一度似たようなものに引っかかった男にはわかる。

この感じはまずい。

 

男の背に、以前と同じように冷や汗が吹き出る。

彼はまた、大外れを引いてしまったようだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

心臓が高鳴り、足がすくむ。

目の前には、見覚えのある美少女一人。

けれど、その心臓の鼓動は性欲によるものではない。そもそも、そんなものはさっき粗方吐き出した。

 

恐怖であり、焦りであり、警戒によるものである。

彼女は男の事を【せんせい】と言った。

 

記憶にある限り、男は彼女が偽装していたらしい妹と、彼女自身を含めて。

自分が教師であるなど、一言も言っていない。

何も言わずにいれば、彼女が踏み込んでくる。

 

『…先生、って言われるのは好みじゃないみたいだね』

『なら、さっきみたいにお兄さんって呼んであげようか』

 

彼女は挑発的に言ってくる。

男はなるべく体面を取り繕い、親が子を諭すように。

教師として、生徒を叱る時の様な様子で、問いただそうとする。

 

何のつもりだ、妹はどこに行ったんだと。

 

けれど、目の前の少女には全く効かない。

 

『妹…あはっ、あぁ。さっきまでの変装の事?』

『言ったじゃんか、騙してごめんねって。アタシに妹はいないよ、さっきまでの全部、演技だから』

 

『んで、なんだっけ?…理由?…わざわざこんな事をした理由ねぇ…』

『だって、こうでもしないと、貴方はアタシを抱かなかったし、会話もしようとしなかった…そうでしょ?』

『お兄さん、一度抱いた相手抱かないって言ってたじゃん』

 

『仕事があるって言って、立ち去って』

『もう二度と、会うつもりはなかったんでしょ?』

 

…そっすね。

確かに、彼女がもしそのままの姿で話しかけてきたら、無視するか人違いを貫き通しただろう。

犯罪行為をする上で、出来るだけ相手に弱みを見せたくはないし、面倒な人間関係を持ちたくなかったから、同じ相手を抱かなかったのだが。

結局はこんな風に追い詰められてしまった。

 

『で。お兄さん、私の名前覚えてる?』

 

名前?名前なんて覚えてないが。

だいたい、毎月抱く相手が変わってたのに、一回限りの相手の事なんて覚えてない。

貌と体はやんわりと覚えてるんだけど…。

 

男が沈黙していれば、彼女は少し落胆した様子でため息をついた。

 

『…皐。破鐘 皐だよ』

『まぁ、わかってたけど。実際覚えられてないと、割とショックだね』

 

あぁ、思い出した。確かにそんな名前だったかも。

しかし、今思い出した所で意味はなく。大体名前が分かったところで現状が良くなったとは思えない。

今の現状を整理して男に分かる事は一つだけ。

 

わざわざ変装をしてまで、自分に抱かれに来るような奴は。

きっと何か面倒ごとを持ってくるのだということだけだ。

そして、その予感は当然のように当たった。

 

『ねぇ、お兄さん。…アタシを抱いてみて、どうだった?』

『二回目になるだろうけど、気分は良かった?』

 

皐はそんな事を聞いてくる。その質問にどんな意味があるのかは分からなかったが。

正直に答えることにした。

 

かなり良かったと。

 

彼女は嬉しそうに微笑む。

『そっか、それはよかった』

『アタシも貴方と一緒に寝ている時間は嫌いじゃない。そう言ってもらえて、安心したよ』

 

何が言いたいんだこいつ…。

男は訝しみながら、皐の様子を伺う。彼の手札はほぼなかったが、思考をやめるほど楽観的でもなかったし、警戒心を解く理由もなかった。ただ、嫌な予感だけが。男の頭の中を渦巻いている。

 

『アタシ、貴方みたいに愚かで二面性のある人。好きだよ』

『誰しも持ってる二面性。貴方って、困っている人を見ると助けたくなるでしょ?』

『それと同時に。こんな風に悪い事をしていて、理性よりも衝動に身を任せたくなっちゃう』

『…お兄さんって、悪い人だよねぇ…』

 

彼女がパーソナルスペースまで近づいてきて。

男にもたれ掛かってくる。

 

彼女が何が言いたいのかさっぱり分からず、男は困惑してしまう。

ただ、目の前の少女が何か変な事を考えている事だけしか分からない。

好きだなんだと言われようと、この状況では普通に当惑する。

 

困惑した様子で眉をひそめていれば、彼女は笑いながら男に言う。

 

『…ふふ、まぁ…この言い方じゃ何が言いたいか分からないか』

『ねぇ、お兄さん。質問。私の事、綺麗だと思う?』

『私の事、素敵だと思う?…外見だけじゃなくて、肉体を含めて、さ』

 

え、何?口裂け女みたいな質問がきた。

 

思わず口から出そうになるが、口を噤む。

そんな冗談が通じるような相手ではなさそうだし、空気が冷えそうに感じた。

素敵な…素敵かどうか?…まぁ、男だって彼女を素敵な人間であるとは感じている。

現時点では嫌な予感がしてるだけで、まだ何もされてない。…個人情報を勝手に漁られただけ…うーん…。

 

…一旦そこは考慮しないで、±の贔屓目ナシで見るのなら。

彼女は綺麗だ。整ったプロポーションも、凛々しさを引き立たせる髪型も。

申し分ない美しさを感じさせるだろう。モデルに居てもおかしくはない。

肉体的に言うのなら、まぁ…抱き合うことに関しては今までの経験でも5位以内には入るような気がする。

当たり外れが大きいし、男の好みもあるから一概には言えないが。

 

…未成年でこんな行為に手を染めているという点を除けば、まぁ…とても素晴らしい女性じゃないですかね。

少なくとも、あそこで女性を買いあさるような輩からすれば、見逃すはずがないであろう女性であることも付け加えておいた。

 

男はそう言うものの。

あんまりお気に召さなかったのか、少女は少し不満そうに流し目で男を見つめる。

 

『そんな理由でケチつけられるのは心外だね。貴方が言えるようなことじゃ無くない?』

『…貴方だって、あんなところで私みたいなのを買い漁ってるじゃん。お互い様でしょ』

 

スゥー…そうっすねぇ。

男は何も言えない。少なくとも、男は自身が行っている行為について弁明する気はない。無理だし。

だが…それでも、一応彼女の質問には答えた。次はこちらの質問に答えてもらおう。

 

結局、君は何を望んでいるのか?

男は核心に切り込む。このままここで問答をしていてもいいが、そこまでする余裕も理由もない。

出来ることなら、さっさとこの会話を引き上げ、その場を立ち去りたかった。

 

『…もう少し、お話してくれてもいいのに。せっかちだね』

 

皐はつまらなさそうに、男をじっとりとした目で見つめる。

その後、息を吐いて男に望みを提示した。

 

『アタシの望みは。貴方が、これ以上人を買い漁る事をやめること』

『アタシだけを見てくれること…かな』

『…恋人になってよ。ただ、それだけでいい』

 

…?

 

 

何を言ってるんだこの子。

男は頭が疑問符でいっぱいになった。2回抱いただけの男に何を言ってるんだこいつ。

 

思わず男は口に出してしまう。

なんで?と。

それは純粋な疑問だった。

 

少女は口元を抑えて笑う。それはどこか上品に見える。

 

『ふふっ、なんで…?なんでって、好きだからだけど』

『お兄さんさ、アタシと初めて会った時の事。覚えてる?』

 

初めてあった時…初めてあった時?

男は必死に思い返そうとするが、全く思い出せない。数か月前から一年前くらいの事だし、覚えていてもいいはずなのだが。

 

彼女の顔がめちゃくちゃ好みで、体の相性がすごくよかったこと以外、ほんっとうに何も思い出せない。そもそも名前も覚えてないのに覚えてるわけないと思いませんか?

なんかあったっけ?特に何もなかったような気がするんだけど…。

 

かなり必死に思い出そうとして、ある事を思い出す。

そういやこいつ、初めてあった時に遅刻してきたうえに、なんかSNSでの格好と実際の格好がかなり違ったんだよな。

まぁ、盛られすぎてて実際あった時とSNSでの印象が違うのはよくある事なんだけども…。

 

この子の場合はむしろ逆で。実際にあった時の方が美しかったのだ。

まぁ、35分の遅刻はどうかと思うけど、来るだけマシ。

 

…いやでも、別にそれ何も関係ないよなぁ。

後何かあったっけ…翌日の仕事の関係でいつものピロートークをしなかったけど…別に一回しか会ってないし、やらなかったから何?って感じで…。

いつも通り、二度目の関係は持たない旨のメッセージを残して家に帰っただけなんだけど…。

 

 

『…はぁ~…そりゃま…そうだよねぇ。名前も覚えてないし、メイクとウィッグ程度で見分けがつかなくなるし、覚えてるわけないよね…』

『気にしないで、もしかしたら思い出してくれるかもって、淡い期待を抱いただけ。昔の事だし』

 

『ほんと…なんで、アタシこんな人に恋してんだろ』

 

虚空を見つめ、光ない目で目で皐はぼやく。

そう思うんだったらなんで近づいてきたんだよ。

男は内心、そう叫び出したかった。

しかし、皐は失望するようなそぶりを見せながらも、発言を撤回する気はなさそうだった。

 

ていうか、昔の事って何?数か月前って昔なのか?

若干そんな事も思ったが、結局口には出さなかった。

 

『…貴方に再会した時から。貴方がそういう大人になったって事は、知ってたから。別に今さら、気にしないよ…うん』

『ただ、息苦しいだけなんだ』

 

少女はそうやって、少し傷ついた様子で一人ごちる。

言いたい事があるならはっきり言えばいいのに。思わせぶりな態度は嫌われちゃうぞ!

男は内心そう思ったがこれ以上話を拗らせたくないので黙っておくことにした。

というか、多分この感じはこっちの方が悪い。

 

『まぁ、別に覚えてなくてもいいの。ただ、アタシは貴方に好意があるってだけ。今はそれだけ分かってれば十分』

『理由は…そっちが思い出してくれるまで言うつもりはないよ、ムカつくし』

 

不満を一切隠そうともせず、少女は明け透けに言う。

こういう時に変に相手を刺激しない方がいいのは経験則から知っているので、男は沈黙を貫いた。

 

そうして、黙っていれば。

皐は意を決したように男に質問を投げかけてくる。

 

『で、お兄さん。アタシの提案、吞んでくれる?』

『首を振ってくれれば、アタシが貴方の傍で、貴方の望む事をしてあげる。別に、何かを要求する事はしないよ。ただ、一緒に色々な事をしてくれればいい…思い出すのは、それからでいいよ』

『そこまで悪い提案じゃないと思わない?』

 

『だって、ほら。貴方も言っていたけれど、アタシ素敵に見えるんでしょ?』

『だったら一緒に居てよ、ね?』

 

確かに…一見すれば、魅力的な提案に見えなくもない。

目の前の彼女は顔も、身体も。とても整っている。誰もが羨む美人だろう。

少しダウナーな感じがするが、それもまた味があっていい。

 

これから先、金を払って行為に及ぶ必要もなくなるし、美人で若い恋人も手に入る。

いいことずくめかもしれない。

 

しかし。

 

彼はその提案を拒絶した。

理由付けするのであれば、男は面倒な責任を拒絶したいと感じて。

ここで彼女と付き合ったところで長続きするとは思えなかったから。

それに、何よりも。目の前の少女に底知れない恐怖と寒気を覚えたから。

 

わざわざこんなことをしてくる人物に、好意を持てと言う方が無理じゃないか?

 

 

そして、そんな馬鹿げた、あまりに無責任な理由と個人的な感情を元に、男は彼女の提案を拒絶した。

だがまぁ、男がそう言ったから。それでおしまい、とはならなかった。

 

『へぇ、断るんだ。…ふーん』

『…あはっ…ふふ』

 

まったく面白くなさそうに、少女は男の回答を聞いて、柔らかく笑いだす。

 

その笑い声はどことなく不気味に感じられた。

皐は仄かに笑いながら、寒気のするような視線を男に向けて、口を開く。

そうして、目の前の少女はとんでもないことを言いだした。

 

『ねぇ、面白いお兄さん。一個だけ、確認しよっか』

『アタシさ、貴方の身分証とか。全部見ちゃったんだよね。それで…貴方は先生な訳な事とか。勤め先の学園も…分かっちゃった』

『アタシ…まだ未成年で、学校も一応通ってる。でさ…【せんせい】?…今、私が考えてること。分かるかな』

 

…?

男は思案する。彼女の言葉の意図を。

そして、ある事に気づいた。

こいつもしかして…脅迫してるのか!?

 

しょ…正気か?

そ、そんな事をすれば君の人生も…。

 

男は声を震わせながら、そう言い張る。

けれど、相手の方が一枚も二枚も上手だった。

いや、これを上手とは言わないのかもしれない。ただ、彼女が刺し違える覚悟を持っていた、というだけの話だ。

 

『…嫌だなぁ、まだ何をするかなんて一言も言ってないじゃん』

『でも…そうだね。確かにアタシの人生もめちゃくちゃになるけど…一緒にめちゃくちゃになるのなら。とっても楽しそうだと思わない?…ねぇ?』

『アタシは別に、それでも構わないよ』

 

こいつイカれてる…。

男は目の前の少女の正気を疑った。なんでそこまでするのか全く理解できなかった。

 

一瞬、ハッタリかとも疑ったが。

目の前の少女からは、それをハッタリと感じさせない覚悟のようなものがある。

軽視すれば。此方を本気で刺し殺しそうとしているような。

そんな嫌な気配が、ある気がして。

 

ただ。息を飲み込むことしか出来なかった。

 

『…で、どうするの?おにーさん』

『ここで二人そろって…破滅する?』

『それとも、大人しく首を縦に振っておく?』

 

『アタシは…どっちでもいいよ?』

 

楽しそうにスマホを軽く振りながら。

皐は綺麗な眼で男を見つめる。

 

その問いで、答えられる答えは一つだけ。

最初から、選択肢などありはしない。

けれど、第三の道を探そうとする。

 

このまま、彼女の提案の全てを飲み込むのは。彼のちっぽけなプライドも。醜い欲望も。全てが許さない。

だからこそ、彼は少しでも自分の生き延びる道を思案する。

皐と名乗った少女の顔なんかを思い浮かべ、過去の記憶から必死に突破口を探そうともしたけれど。

特に何も思い出せず、何の成果も得られなかった。

 

いや、厳密に言うと。一つ、ある事を思い出す。

だいぶ昔、とある小学生に週2くらいのペースでギターを教えてあげていた時期があった。川で溺れているところを助けて、交友が始まり、結構長い付き合いがあった。

多分名前が…皐だった…ような気がする。いや違ったかもしれんけど。

 

だが…あの子供、確か男じゃなかったっけ?とも同時に思う。なんか短髪だったような気がするし、普段から男の子っぽい格好をしていたし…そんなとても朧気な記憶が男には有った。

 

うーん…やっぱり関係ないか。

彼はその記憶を直ぐに頭の隅に追いやることにした。そんな意味の無い記憶を思い出すよりも、対処するべき事案が目の前に展開されているのだ。こんなどうでもいい記憶、さして重要な事もないだろう?

 

そんな風に、短い間で考えて。

結局たどり着いたのはちっぽけな延命処置。

ほんの僅かな猶予を得ること、それだけだった。

 

…分かった、だけど。今付き合うのは無理だ。

せめて、もう少しだけ待って欲しい。

君が卒業するまで。または、成人するまで。

そこまでは、猶予をくれないか

 

男はそう、言葉を絞り出す。

少女は少し思案するように指を頬に当てた後。

小さく息を吐いた。

 

『…んー…まぁ、いっか…』

『分かった、別にそれでもいい。ただし、連絡をこれからも取る事、あと…逃げたり、浮気はダメだよ』

『あくまでも、付き合ってないってだけだからね』

 

浮気が…ダメ…?

付き合ってないのに浮気とは…?

男はそう思う。

 

だが、そんなこと言い出せる雰囲気ではなかった。

そもそも、相手に自爆スイッチが渡ってて。押しても相手の方が損壊が少ない上に、相手に躊躇はない。

そんな状態で抗議が出来るほど男の精神は図太くはなかった。

 

…大きなため息をつきながら、了承する。

そうすれば、皐はすかさず刺してきた。

 

『ん?…ねぇ、お兄さん。もう少し笑うべきなんじゃない?』

『せっかく、お兄さんの提案通りになったんだからさ。ね?』

 

…そうですね!笑わないとな!

男は必死に作り笑顔を見せる。それはきっと、引き攣っていただろう。

 

男が笑えば、少女も指を唇に当て、くすりと笑う。その笑みは男にとって悪魔の微笑みに映る。

その笑みには。少なからず意地の悪いものが含まれているように感じた。

 

このガキ…顔とスタイルの代わりに性格の良さを失ったんじゃないか?

 

内心そんな事を思いながらも、必死に誤魔化す。ここで藪蛇を踏みたくはなかった。

そして、当然の如く連絡先を渡して、一旦は解散となる。

これが、男ともう一人の脅迫者との出会いである。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

さて、男の手元には忌々しいSNSの連絡先が二つ。

どちらからも似たような理由で脅迫を受けている。ある意味奇跡的かもしれない。

 

電車に乗りながら、とても大きなため息をつく。

 

どちらかを選べば破滅に待ったなし。

しかし、選ばなくても破滅する。

二者択一の選択肢。待つのは滅びのみ。

さて、彼はどうすればいいのだろうか?

 

どれだけ悩めど、答えは出そうになかった。

けれど、呼び出しを受けた以上。行かないわけにもいかないので。

仕方なく男は電車を降りて。そのままゆっくりと進みだす。

 

苛立ちと不安を抱えて。

男は皐に会いに行くことにした。

 

 

 





手癖で話を展開すると冗長になってしまうのを本当にどうにかしたいですね。
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