火遊びはよくない   作:竹藪焼けた

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今回は皐の視点のお話。
彼女の過去と、男との出会い。そこから今に至るまで。
ようやくプロローグが終わる…


四話

 

‥アタシにとって家は、とても息苦しい場所だった。

別にネグレクトとか、虐待とか。そういうのを受けてたわけじゃない。

ただ…両親が不仲で、いつも喧嘩してたってだけ。

偶に流血沙汰になることもあって、その度にアタシが仲裁を試みてた。

 

….まぁ、子供にそんなことが上手く出来るわけもない。まだ小学生だったし。…アタシ自身、そんなに口が上手い方でもなかったから。

 

パターンはいつも一緒。

父さんか母さんが喧嘩してるとこにアタシが割り込んで、2人の代わりに擦り傷、切り傷を負う羽目になる。その度に2人は正気に戻って。その時だけはアタシを心配して協力する。

 

…深傷を負う事も、酷い痣が残る事もあったけど。その傷が深ければ深いほど。二人が次に喧嘩するまでの周期は長くなった。

それが良い事だとはその時も思っていなかったけれど。

家の中での平穏が保たれるならなんでもよかった。

 

 

両親のことはそんなに好きじゃなかったけど、それでも家族だったから。出来ることなら、みんなで仲良く一緒に過ごしたかった。

まぁ。2人が離婚した今となっては、儚い願いだったみたいだけども。

 

 

アタシはいつも。どことなく抑圧されてる感覚があって。

お金がない家ではなかったけど、不仲のせいでいつも両親の機嫌が悪くて。家では刺激しないようになるべく静かに過ごすのが常だった。

本当にエスカレートしそうになったら止めるけど、基本的には静かにして、自分が原因にならないように努めてた。

我儘が通らなかったわけじゃない、ただ…我儘を言うことすら憚られるような空気がいつも、あそこには満ちていた。

 

携帯やゲームを渡されても、音量を上げれば両親から嫌そうな目で見られる。…2人とも、直接的な文句を言うことはなかったけど、子供ながらに2人が苛立っているのは読み取れた。

…そしていつも、配慮する為にゲーム機や携帯を無音にする。小さいころにはイヤホンを買う発想はなくて。

アタシの行動の中は常にあの2人が機嫌取りが最優先だった。

 

自分が原因で、両親の仲をこれ以上悪化させたくなかったから。

ただ、現状がこれ以上悪くなるのだけは耐え難かったから。

アタシは自分を閉じ込めることを選択し続けた。

 

 

一度、誰かに相談しようとも思ったこともあったけど。

…でも、誰に相談すれば良かったのだろうか?

ガッコーの先生?友達?警察?

まだ小さかったアタシには、誰に相談すればいいかなんてわからなかったし、相談したらしたで、更に悪化しそうで嫌だった。

 

 

ただ、アタシがどれだけ配慮しても、仲を取り持っても。

両親の関係は良くなって行くことはなくて。

アタシは抑圧された感情だけが募っていった。

友達にも相談できず、1人で抱え込んで。

結局、その鬱憤は、最後に良くない形で爆発した。

 

 

…夏のある日のこと。

アタシは暗い気分で帰り道を歩いてて。

帰りたくないな。

とか思っていた。家に帰っても誰もいないし、あの二人が帰ってきたら、気まずい空気になるだけだったから。

 

…そんな気分で、少しでも気晴らしがしたくて。回り道をして帰ってると。道から少し外れたとこに。ちょうど足がつかないくらいの深さの川があってさ。綺麗な水が流れてた。

 

…今考えれば、だいぶ頭がおかしくなってたんだと思う。

ストレスと抑圧感情、あと熱中症かな。暑かったし。

きっと、狂ってしまっていたんだろう。

 

ランドセルをそこらに放っておいて。

アタシは服を着たまま川に入ってった。

 

けど、足もつかないし。服着たまんまだし。

案の定溺れた。水泳の授業をやってたけど、実際に溺れると視界が狭まって、藻掻くことすら出来なくなる。

落ち着いて体を浮かせるなんて選択肢、出てこなかった。

 

服が重くて、息が吸えなくて。肺に水が流れてって。

今でこそ俯瞰的に語れるけど。あの感覚は忘れ難い。

ただ、苦しさだけが募っていって。死にたくないなと思った。

 

自分の突拍子もない行いを、後悔しながら。

そのまま視界が薄れていって。

 

それで、誰かの叫び声と。

体が急に引き上げられるような感覚で目が覚めた。

 

びしょびしょのまま、抱き抱えられながら。

口に入ってきた水を吐き出して、自分を助けた人を見る。

 

それが…あの人との。

最初の出会いだった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

初めての出会いの時は…少なくともアタシはあの人に友好的じゃなかった。

助けられておいて、引き揚げられたアタシの最初の言葉は…『放っといて』だったかなぁ…。

我ながら嫌な子供だ。

 

数秒前まで死を恐れていたのに、誰かに助けられて搾り出した言葉が、つっけんどんな拒絶だなんて。いくらなんでも無礼だったよね。

 

でも、あの人はその言葉を聞いて、笑いながら言い返してきた。

いやだね、って。

 

助けてもらっておいて悪態をつくアタシも大概だけど、面と向かって拒否するあの人も変な人。

ただ、あの時は。そんな風に言われても不思議と嫌ではなかった。

 

 

溺れていたアタシを助けたあの人は、救急車を呼ぼうとしたけれど。

アタシはそれを拒否した。

お父さんやお母さんに、迷惑をかけるわけにはいかなかったから。

これ以上、あの2人を面倒ごとに巻き込みたくなかったから。

 

その言葉を聞いた彼は、意外なことにすんなりと受け入れてくれた。

ただ、彼はおせっかい焼きだったみたいで。

アタシの事情を根掘り葉掘り聞こうとしてきたのだ。

デリカシーと配慮にかけてるのはあの時から変わらずだったみたい。

 

アタシはその時、話すのを躊躇ったけど。

彼は辛抱強く…というか、あれは半分くらい好奇心だったのかな。

アタシが話すまで、ずっと待っててくれた。びしょびしょの服のまま、川岸で二人座りながら。

 

彼は納得したように、どこかに連絡をしようとしていたみたいだったけど。

アタシが両親に迷惑をかけたくない事を考慮してくれた。ただ…虐待の有無に関してだけ、真剣な様子で聞いてきた。

アタシは、別に虐待を受けてたわけじゃない。ただ、家庭環境に少し問題があっただけだから。

子供ながらに、頑張って説明したっけな。自分は困ってない事とか、親は悪くない事を。

 

確か…『お巡りさんにも、誰にも言わないで』とかも言ったような気がする。

彼は何というか、少し複雑そうな顔をしながら。了承してくれた。

実際、その日の出来事が親にバレることも、大事になる事もなかった。

 

…はぁ、ただ。

あの人は、本当におせっかい焼きで。

両親同士の不和に苦しんでることとか、家でも一人で居る時間が長くて退屈な事とかを、洗いざらい話してしまったせいで。

 

あの人は決まった曜日に、学校帰りのアタシに絡んでくるようになった。

もしかしたら会えるかもしれないと思って、いつもと違う道で帰ってたアタシもだけど。

 

あれって今なら事案だよね。

大学生にもなる大人が、ギター片手に公園に行こうって小学生を誘ってくるのは、今なら絶対通報されてると思うな。

 

…まぁ、アタシにとっては。あれが救いになったのは。

間違いのない事実なんだけれどさ。

 

 

なんだかんだ言って、アタシは孤独だったから。

両親は帰ってくるのが遅いし、友達は少ないし、趣味もない。

冷凍食品をレンジに入れて、お風呂を沸かして。親が喧嘩を始める前に、一人で眠る。

 

…あの人は、そんなアタシに。ほんの少しの楽しみをくれたから。

あんな怪しい大人に心を許してしまうのは、どうしようもない事だったと思うのだ。

 

そして…あの人に心を許したせいで。アタシの人生もおかしくなったんだ。

 

何度か一緒に遊ぶうちに。色々と彼のことを知れた。

彼はアタシの自宅の直ぐ傍に住んでた大学生で。

確か…家庭教師のバイトなんかもしてて、ギターが趣味だったらしい。

ただ…彼曰く、高校生まで軽音楽部に入ってただけで、今はもうほとんど演奏をしてないと言っていた。

 

アタシを川から引っ張り出して、助けたあの日。

彼はギターを売りに行くつもりだったらしい。

 

…ただ、あの時のアタシの事を見て。

何かに熱中できる物があった方がいいと思ったのか、ギターを教えようとしてきたのだ。

当時はハッキリ言って、有難迷惑だったけど。

 

…今では、ギターを弾く趣味は自分の支柱になっている。

アタシの、自分を守る最も大切な核で、押し込めてた自分を解放できる数少ない手段だったから。

 

二人で人気の少ない公園で演奏をしたり、バイクに二人乗りをしながらデュエットをしてみたり。

知らないおっさんに下手な演奏をやめろ!って理不尽に怒られたりもしたな。

嫌な事もあったけど、それをひっくるめて。とっても、幸せな思い出だった。

 

2年とちょっと。四年生のアタシにとっては。あっという間の時間だったけど。

貴方と過ごした日々は、貴方から教えてもらったギターの弾き方は。

とっても幸せで、とっても…救いになる物だった。

 

たとえ貴方の腕前が、趣味の延長線上に過ぎなくて。

インターネットで適当にかじっただけのものだとしても。

貴方の弾いたギターが、アタシにとっては一番で。

貴方と過ごして、二人で練習したあの日々は、何よりも尊いものだったんだよ。

 

独りぼっちで、家庭の不和に悩まされていた一人の子を、貴方は確かに救って。

孤独と息苦しさに溺れていた子供を、引き上げた。その事実は、変わりはしないんだ。

 

 

…けど、けれど。その思い出は。救い上げられたアタシは。

貴方にとって、ちょっとした物語の一ページにすら、成れてなかったみたいだね。

 

アタシに、ギターを教えて。

アタシに、自分を救う術を教えて。

アタシに、初めての恋を教えたのに。

 

 

貴方は、最後に。アタシに形見のギターを渡したのに。

 

 

それは、貴方にとってはちょっとした人助けの延長線に過ぎなくて。

貴方にとっては、只の学生生活の一ページに過ぎなかったみたい。

本当に、滑稽だよ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

貴方と出会って、別れた後のアタシは特に面白みもない生活を送ってた。

楽しくなかったわけじゃない。少なくとも、出会ってからのアタシは自分を守る術も、自分を表現する手段も手に入れたから。

 

貴方に引き揚げられた時みたいな自暴自棄にはなってなかった。

中学時代は軽音部に所属して、とても楽しく活動をしてたしさ。

 

ギターをするようになった影響や、練習したり、新しい友達が出来る過程で。口調とか髪型とかは、小学生から大きく変わってた、髪色を弄ったりはしてなかったけど。

子供のころからは見た目も、話し方も大きく変わったと自分でも思う。

…だから貴方は。今でもアタシに気づいてくれないのかな。

 

 

…まぁ、アタシなりに幸せに過ごそうとして、色々とやってはみたけれど。

結局。貴方が消えたことによってできた穴は。埋まる事はなかった。

それでも、小学生の時に感じていた息苦しさはかなり軽減されてた。

 

その後は、そのまま高校生になって、フツーにバイトして、ある程度勉強して奨学金もらって。

ギターを練習出来る、防音の一学生マンションから高校に通う。

偶に、バンド仲間と一緒にライブハウスに行って、歌ったり、人の演奏聞いたり、そんな感じだった。

 

親は、アタシが一人暮らしをすることに対して何も反対をしなかった。

結局あの二人はアタシの中学入学時に別れて、アタシは母についていった。

でも、母との関係は微妙なまま。

 

正直、あの人もアタシも。どうすればいいのか分からなかったんだろうね。

そのまま、少しぎこちない関係を続けて。そうしてアタシは、中学卒業後に遠くの高校に通う事を選択した。

別に、その高校を選んだ理由に大した意味はない。

ただ、高校生の独り暮らしを支援してくれる、大都市の高校だったってだけ。ただ、どこか遠くに行きたかった。

 

 

そこで…高校生になって、暫く暮らしているうちに。

本当に偶然…貴方を見かけたんだ。

アタシは嬉々として、貴方に再会できた喜びで。急いで貴方に近づいた。

 

話す内容は思いつかなかったし、何を言えばいいのかもわからなかったけれど。それでも、再開できた嬉しさで。近寄ろうとしたんだ。

 

 

けど、そしたら。貴方は、あな…たは。

久しぶりや、懐かしいね、なんて言ってはくれなくて。

 

 

アタシを…売春相手と勘違いしたね。

 

覚えてるよ、アタシを認識した時の貴方の視線は、アタシを値踏みするような視線だったこと。

貴方はアタシを…【破鐘 皐】とは認識してくれなかったこと。

アタシ今でも思い出せるよ。

 

アタシの見た目が、少し遊んでるように見えたのも、影響したのかな?

…アタシは、一度だって誰かに媚を売ったことはなかったのに。

 

ただあなたは一言だけ、アタシを見て。

遅かったねって、言ったんだ。

 

貴方は…アタシを。SNS経由で知り合った、遅刻した売春相手だって。

認識したんだ。

 

…は、はは。

アタシは…貴方を一途に思ってたのに。一度も、そんな行為に手を染めたりなんてしなかったのに。

貴方はアタシの見た目でレッテルを貼ってしまうくらい、何度も繰り返していたんだって分かって。

本当に、馬鹿みたいで。何だか、溺れた時みたいな気持ちになった。

 

気遣うように、アタシを心配するような言動を取ってたけど。

貴方の裏に見える、性欲が明け透けだった。

そのこなれた感じが、どうしようもなく嫌で。

 

アタシの憧れの人が、神格化された何かが。

崩れていくような気がしたんだ。

 

貴方はそんなアタシを見ても、何も感じなかったみたいで。

あぁいや、動揺したりしてる姿から、慣れてないって判断したのかな?

 

初めてで緊張してる?

 

とか言ってきたよね。

 

でも、でもさ。

その優しさは、性欲ゆえの物でしかなくて。どれだけ貴方がアタシを心配するポーズを取ったところで。それはアタシを見てはいなくて。

筆舌に尽くしがたい、嫌な感情に襲われた。

 

本当だったら、出会った時に閉口するんじゃなくて。

アタシは昔の話をするべきだったんだ。

分かってた、分かってたんだよ。そのくらい、理解してた。

 

それは勘違いだって、アタシは…貴方に救われた昔の小学生だって。

貴方にもらったギターを、今でも丁寧に手入れして。

ずっと大切に使ってるって。

言わなきゃいけなかったんだ。

言わなきゃ、いけなかったんだけど。

 

…ただ、無愛想に。黙っていることしか出来なかったんだ。

 

もしあそこで本当のことを言えば、貴方は二度とアタシを見てくれなくなるような気がして。

 

久しぶりだな。

 

その一言で、貴方との再会が終わってしまうような予感があって。

貴方がアタシを勘違いした時点でもう、感動の再会にはなり得ない確信があったから。

このまま貴方を取り逃して、会えなくなるのが嫌だったから。

無口な売春相手になる事を、選択してしまったんだ。

 

そこからは、あっという間だった。

知らないSNSの名前でアタシを呼んで。

一緒に食事を取って。

 

貴方の笑顔や立ち振る舞い、気遣いの癖。

そこは何一つとして変わってなくて。

それが逆に、アタシに息苦しさを与えてきた。

 

そうして、食事を一緒に食事をしたり、貴方と会話をしたりしながら。

そのまま、ホテルに行って。

アタシは戯れるがままに。貴方の腕の中で、体を重ねた。

 

一緒に踊ったあの時間だけは。とても幸せなものだったけれど。

初恋の人との初体験は、グロテスクな背徳の味だった。

 

ただ、されるがままになるのは嫌で。

どうかあの瞬間だけは、アタシを。『破鐘 皐』をみて欲しくて。

アタシは、貴方の腕の中で、貴方に名前を伝えたけれど。

 

貴方は名を聞いても…アタシを『昔の救った子供』とは認識してくれなかったね。ただ、そう言う名前の子なんだ、としか。見てくれなかった。

あぁ…本当に。思い出すだけで吐いてしまいそう。

 

…酷い悪夢に魘されている気分になる。

抱かれている間、何にも言えなくなったけど。

 

 

ただ….それでも。

たとえ貴方に価値はなくとも、アタシにとっては何よりも大事な思い出を。貴方に思い出して欲しくて。

貴方の腕の中で、目が覚めたら。アタシの本当の事情を明かそうと決めたんだ。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

そう、決めたんだけど。

 

アタシが起きた時。

すでに貴方はいなくて。どこかへ消えてしまっていた。

お金と、もう二度と会わない旨のメッセージだけを残して。

アタシはSNSで知り合った一夜の女性ってことにされてしまったんだ。

 

…それが、どうしても嫌だった。

アタシは本当に好きだったのに、救われたのに、愛していたのに!

貴方に取って、どこにでもいる、一夜の相手になってしまうのは。

どうしようもなく、苦しかった。

 

アタシの初恋は、最悪な形で打ち砕かれて。

貴方はまたアタシの前から姿を消した。

貴方がアタシの前から去って行った、小学生のあの時よりも。

何倍も苦痛だった。

 

本来であれば、それでこの話はおしまい。

きっと、多くの人は彼を見限り、新しい道を進むのかもしれない。

 

…ただ、砕かれたアタシの初恋のカケラは。

歪な形で繋ぎ直されてしまった。

アタシだって、これが歪な恋であることくらい。わかっているつもりだ。

 

ただ、このまま今日起きたことを全てを忘れて。

お金を以てお別れです、バイバイ。

なんてのは…どうしても耐えられなかった。

 

許せなかった、悲しかった、寂しかった。

アタシにとっては、貴方が特別だったのに。

貴方には、なんら価値のない人だった事も、貴方が思い出してくれなかった事も、貴方が他の女性と楽しそうに談笑する事も!

 

何もかもが…許し難くて。

 

あの人が。二度とアタシを忘れたり、勘違いできないように。

もう二度と、アタシの傍から去って行かないように。

全部、思い出して。アタシ以外に手を出さないように。

 

全部…全部を。

貴方の全てを。アタシだけのものにしたいと思ったんだ。

 

これが歪で。醜い欲望なのは分かってる。

アタシが、おかしくなってることも。何もかも…分かってるんだ…。

 

でも、そうでもしないと耐えられないから。

貴方が与えた傷が…ひどく痛むから。

そうでもしないと。自分を保っていられないから。

 

だから、許して?

貴方がアタシに与え、そして奪っていった尊厳と同じように。

アタシは貴方から自由を奪うよ。

 

だって。そうでもしないと。

貴方はどこかへいってしまうでしょうし。

貴方はアタシを…直視してはくれないだろうから。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜

 

少女は歪な決意をして、そのまま一人でホテルを出る。

そして、自分を取り繕い、趣味を続け、ボロボロの自己を保ちながら。

じっとその日を求め続けた。

 

そうして、その日はついにやってくる。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

路地裏で少し息を潜めて。

 

台本オッケー。取り繕うのに問題はなし。

ウイッグも万全、少し濃いめのメイクをすれば、きっと彼は気づかない。

喉を整え、あんまり好きじゃない猫撫で声に切り替える。

大きく深呼吸をして。なるべく自然を装って。

 

そして、見慣れた背中に話しかける。

 

『あの…そこのお兄さん』

『ちょっといいですか?』

 

 

ねぇ、お兄さん。

貴方につけられた心の傷が、まだ痛むんだ。

貴方に救われた心に、腐って膿んだ傷があるんだ。

 

だから、だからさ。

貴方が与えた傷を、貴方自身が癒してよ。

どんな方法でもいいから。

ただアタシを思い出して。一緒にやり直してよ。

 

アタシの全てを、縛っていいから。

貴方の全てを、アタシに縛らせて。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

そして、目的通り。彼女は男の懐に潜り込み。

予定通りに事を進める。

 

少女は取り繕いながら、強気に男を脅迫する。

その下に。弱くて苦しげな本音を隠しながら。

 

 

 

 

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