火遊びはよくない 作:竹藪焼けた
彼女の過去と、男との出会い。そこから今に至るまで。
ようやくプロローグが終わる…
‥アタシにとって家は、とても息苦しい場所だった。
別にネグレクトとか、虐待とか。そういうのを受けてたわけじゃない。
ただ…両親が不仲で、いつも喧嘩してたってだけ。
偶に流血沙汰になることもあって、その度にアタシが仲裁を試みてた。
….まぁ、子供にそんなことが上手く出来るわけもない。まだ小学生だったし。…アタシ自身、そんなに口が上手い方でもなかったから。
パターンはいつも一緒。
父さんか母さんが喧嘩してるとこにアタシが割り込んで、2人の代わりに擦り傷、切り傷を負う羽目になる。その度に2人は正気に戻って。その時だけはアタシを心配して協力する。
…深傷を負う事も、酷い痣が残る事もあったけど。その傷が深ければ深いほど。二人が次に喧嘩するまでの周期は長くなった。
それが良い事だとはその時も思っていなかったけれど。
家の中での平穏が保たれるならなんでもよかった。
両親のことはそんなに好きじゃなかったけど、それでも家族だったから。出来ることなら、みんなで仲良く一緒に過ごしたかった。
まぁ。2人が離婚した今となっては、儚い願いだったみたいだけども。
アタシはいつも。どことなく抑圧されてる感覚があって。
お金がない家ではなかったけど、不仲のせいでいつも両親の機嫌が悪くて。家では刺激しないようになるべく静かに過ごすのが常だった。
本当にエスカレートしそうになったら止めるけど、基本的には静かにして、自分が原因にならないように努めてた。
我儘が通らなかったわけじゃない、ただ…我儘を言うことすら憚られるような空気がいつも、あそこには満ちていた。
携帯やゲームを渡されても、音量を上げれば両親から嫌そうな目で見られる。…2人とも、直接的な文句を言うことはなかったけど、子供ながらに2人が苛立っているのは読み取れた。
…そしていつも、配慮する為にゲーム機や携帯を無音にする。小さいころにはイヤホンを買う発想はなくて。
アタシの行動の中は常にあの2人が機嫌取りが最優先だった。
自分が原因で、両親の仲をこれ以上悪化させたくなかったから。
ただ、現状がこれ以上悪くなるのだけは耐え難かったから。
アタシは自分を閉じ込めることを選択し続けた。
一度、誰かに相談しようとも思ったこともあったけど。
…でも、誰に相談すれば良かったのだろうか?
ガッコーの先生?友達?警察?
まだ小さかったアタシには、誰に相談すればいいかなんてわからなかったし、相談したらしたで、更に悪化しそうで嫌だった。
ただ、アタシがどれだけ配慮しても、仲を取り持っても。
両親の関係は良くなって行くことはなくて。
アタシは抑圧された感情だけが募っていった。
友達にも相談できず、1人で抱え込んで。
結局、その鬱憤は、最後に良くない形で爆発した。
…夏のある日のこと。
アタシは暗い気分で帰り道を歩いてて。
帰りたくないな。
とか思っていた。家に帰っても誰もいないし、あの二人が帰ってきたら、気まずい空気になるだけだったから。
…そんな気分で、少しでも気晴らしがしたくて。回り道をして帰ってると。道から少し外れたとこに。ちょうど足がつかないくらいの深さの川があってさ。綺麗な水が流れてた。
…今考えれば、だいぶ頭がおかしくなってたんだと思う。
ストレスと抑圧感情、あと熱中症かな。暑かったし。
きっと、狂ってしまっていたんだろう。
ランドセルをそこらに放っておいて。
アタシは服を着たまま川に入ってった。
けど、足もつかないし。服着たまんまだし。
案の定溺れた。水泳の授業をやってたけど、実際に溺れると視界が狭まって、藻掻くことすら出来なくなる。
落ち着いて体を浮かせるなんて選択肢、出てこなかった。
服が重くて、息が吸えなくて。肺に水が流れてって。
今でこそ俯瞰的に語れるけど。あの感覚は忘れ難い。
ただ、苦しさだけが募っていって。死にたくないなと思った。
自分の突拍子もない行いを、後悔しながら。
そのまま視界が薄れていって。
それで、誰かの叫び声と。
体が急に引き上げられるような感覚で目が覚めた。
びしょびしょのまま、抱き抱えられながら。
口に入ってきた水を吐き出して、自分を助けた人を見る。
それが…あの人との。
最初の出会いだった。
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初めての出会いの時は…少なくともアタシはあの人に友好的じゃなかった。
助けられておいて、引き揚げられたアタシの最初の言葉は…『放っといて』だったかなぁ…。
我ながら嫌な子供だ。
数秒前まで死を恐れていたのに、誰かに助けられて搾り出した言葉が、つっけんどんな拒絶だなんて。いくらなんでも無礼だったよね。
でも、あの人はその言葉を聞いて、笑いながら言い返してきた。
いやだね、って。
助けてもらっておいて悪態をつくアタシも大概だけど、面と向かって拒否するあの人も変な人。
ただ、あの時は。そんな風に言われても不思議と嫌ではなかった。
溺れていたアタシを助けたあの人は、救急車を呼ぼうとしたけれど。
アタシはそれを拒否した。
お父さんやお母さんに、迷惑をかけるわけにはいかなかったから。
これ以上、あの2人を面倒ごとに巻き込みたくなかったから。
その言葉を聞いた彼は、意外なことにすんなりと受け入れてくれた。
ただ、彼はおせっかい焼きだったみたいで。
アタシの事情を根掘り葉掘り聞こうとしてきたのだ。
デリカシーと配慮にかけてるのはあの時から変わらずだったみたい。
アタシはその時、話すのを躊躇ったけど。
彼は辛抱強く…というか、あれは半分くらい好奇心だったのかな。
アタシが話すまで、ずっと待っててくれた。びしょびしょの服のまま、川岸で二人座りながら。
彼は納得したように、どこかに連絡をしようとしていたみたいだったけど。
アタシが両親に迷惑をかけたくない事を考慮してくれた。ただ…虐待の有無に関してだけ、真剣な様子で聞いてきた。
アタシは、別に虐待を受けてたわけじゃない。ただ、家庭環境に少し問題があっただけだから。
子供ながらに、頑張って説明したっけな。自分は困ってない事とか、親は悪くない事を。
確か…『お巡りさんにも、誰にも言わないで』とかも言ったような気がする。
彼は何というか、少し複雑そうな顔をしながら。了承してくれた。
実際、その日の出来事が親にバレることも、大事になる事もなかった。
…はぁ、ただ。
あの人は、本当におせっかい焼きで。
両親同士の不和に苦しんでることとか、家でも一人で居る時間が長くて退屈な事とかを、洗いざらい話してしまったせいで。
あの人は決まった曜日に、学校帰りのアタシに絡んでくるようになった。
もしかしたら会えるかもしれないと思って、いつもと違う道で帰ってたアタシもだけど。
あれって今なら事案だよね。
大学生にもなる大人が、ギター片手に公園に行こうって小学生を誘ってくるのは、今なら絶対通報されてると思うな。
…まぁ、アタシにとっては。あれが救いになったのは。
間違いのない事実なんだけれどさ。
なんだかんだ言って、アタシは孤独だったから。
両親は帰ってくるのが遅いし、友達は少ないし、趣味もない。
冷凍食品をレンジに入れて、お風呂を沸かして。親が喧嘩を始める前に、一人で眠る。
…あの人は、そんなアタシに。ほんの少しの楽しみをくれたから。
あんな怪しい大人に心を許してしまうのは、どうしようもない事だったと思うのだ。
そして…あの人に心を許したせいで。アタシの人生もおかしくなったんだ。
何度か一緒に遊ぶうちに。色々と彼のことを知れた。
彼はアタシの自宅の直ぐ傍に住んでた大学生で。
確か…家庭教師のバイトなんかもしてて、ギターが趣味だったらしい。
ただ…彼曰く、高校生まで軽音楽部に入ってただけで、今はもうほとんど演奏をしてないと言っていた。
アタシを川から引っ張り出して、助けたあの日。
彼はギターを売りに行くつもりだったらしい。
…ただ、あの時のアタシの事を見て。
何かに熱中できる物があった方がいいと思ったのか、ギターを教えようとしてきたのだ。
当時はハッキリ言って、有難迷惑だったけど。
…今では、ギターを弾く趣味は自分の支柱になっている。
アタシの、自分を守る最も大切な核で、押し込めてた自分を解放できる数少ない手段だったから。
二人で人気の少ない公園で演奏をしたり、バイクに二人乗りをしながらデュエットをしてみたり。
知らないおっさんに下手な演奏をやめろ!って理不尽に怒られたりもしたな。
嫌な事もあったけど、それをひっくるめて。とっても、幸せな思い出だった。
2年とちょっと。四年生のアタシにとっては。あっという間の時間だったけど。
貴方と過ごした日々は、貴方から教えてもらったギターの弾き方は。
とっても幸せで、とっても…救いになる物だった。
たとえ貴方の腕前が、趣味の延長線上に過ぎなくて。
インターネットで適当にかじっただけのものだとしても。
貴方の弾いたギターが、アタシにとっては一番で。
貴方と過ごして、二人で練習したあの日々は、何よりも尊いものだったんだよ。
独りぼっちで、家庭の不和に悩まされていた一人の子を、貴方は確かに救って。
孤独と息苦しさに溺れていた子供を、引き上げた。その事実は、変わりはしないんだ。
…けど、けれど。その思い出は。救い上げられたアタシは。
貴方にとって、ちょっとした物語の一ページにすら、成れてなかったみたいだね。
アタシに、ギターを教えて。
アタシに、自分を救う術を教えて。
アタシに、初めての恋を教えたのに。
貴方は、最後に。アタシに形見のギターを渡したのに。
それは、貴方にとってはちょっとした人助けの延長線に過ぎなくて。
貴方にとっては、只の学生生活の一ページに過ぎなかったみたい。
本当に、滑稽だよ。
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貴方と出会って、別れた後のアタシは特に面白みもない生活を送ってた。
楽しくなかったわけじゃない。少なくとも、出会ってからのアタシは自分を守る術も、自分を表現する手段も手に入れたから。
貴方に引き揚げられた時みたいな自暴自棄にはなってなかった。
中学時代は軽音部に所属して、とても楽しく活動をしてたしさ。
ギターをするようになった影響や、練習したり、新しい友達が出来る過程で。口調とか髪型とかは、小学生から大きく変わってた、髪色を弄ったりはしてなかったけど。
子供のころからは見た目も、話し方も大きく変わったと自分でも思う。
…だから貴方は。今でもアタシに気づいてくれないのかな。
…まぁ、アタシなりに幸せに過ごそうとして、色々とやってはみたけれど。
結局。貴方が消えたことによってできた穴は。埋まる事はなかった。
それでも、小学生の時に感じていた息苦しさはかなり軽減されてた。
その後は、そのまま高校生になって、フツーにバイトして、ある程度勉強して奨学金もらって。
ギターを練習出来る、防音の一学生マンションから高校に通う。
偶に、バンド仲間と一緒にライブハウスに行って、歌ったり、人の演奏聞いたり、そんな感じだった。
親は、アタシが一人暮らしをすることに対して何も反対をしなかった。
結局あの二人はアタシの中学入学時に別れて、アタシは母についていった。
でも、母との関係は微妙なまま。
正直、あの人もアタシも。どうすればいいのか分からなかったんだろうね。
そのまま、少しぎこちない関係を続けて。そうしてアタシは、中学卒業後に遠くの高校に通う事を選択した。
別に、その高校を選んだ理由に大した意味はない。
ただ、高校生の独り暮らしを支援してくれる、大都市の高校だったってだけ。ただ、どこか遠くに行きたかった。
そこで…高校生になって、暫く暮らしているうちに。
本当に偶然…貴方を見かけたんだ。
アタシは嬉々として、貴方に再会できた喜びで。急いで貴方に近づいた。
話す内容は思いつかなかったし、何を言えばいいのかもわからなかったけれど。それでも、再開できた嬉しさで。近寄ろうとしたんだ。
けど、そしたら。貴方は、あな…たは。
久しぶりや、懐かしいね、なんて言ってはくれなくて。
アタシを…売春相手と勘違いしたね。
覚えてるよ、アタシを認識した時の貴方の視線は、アタシを値踏みするような視線だったこと。
貴方はアタシを…【破鐘 皐】とは認識してくれなかったこと。
アタシ今でも思い出せるよ。
アタシの見た目が、少し遊んでるように見えたのも、影響したのかな?
…アタシは、一度だって誰かに媚を売ったことはなかったのに。
ただあなたは一言だけ、アタシを見て。
遅かったねって、言ったんだ。
貴方は…アタシを。SNS経由で知り合った、遅刻した売春相手だって。
認識したんだ。
…は、はは。
アタシは…貴方を一途に思ってたのに。一度も、そんな行為に手を染めたりなんてしなかったのに。
貴方はアタシの見た目でレッテルを貼ってしまうくらい、何度も繰り返していたんだって分かって。
本当に、馬鹿みたいで。何だか、溺れた時みたいな気持ちになった。
気遣うように、アタシを心配するような言動を取ってたけど。
貴方の裏に見える、性欲が明け透けだった。
そのこなれた感じが、どうしようもなく嫌で。
アタシの憧れの人が、神格化された何かが。
崩れていくような気がしたんだ。
貴方はそんなアタシを見ても、何も感じなかったみたいで。
あぁいや、動揺したりしてる姿から、慣れてないって判断したのかな?
初めてで緊張してる?
とか言ってきたよね。
でも、でもさ。
その優しさは、性欲ゆえの物でしかなくて。どれだけ貴方がアタシを心配するポーズを取ったところで。それはアタシを見てはいなくて。
筆舌に尽くしがたい、嫌な感情に襲われた。
本当だったら、出会った時に閉口するんじゃなくて。
アタシは昔の話をするべきだったんだ。
分かってた、分かってたんだよ。そのくらい、理解してた。
それは勘違いだって、アタシは…貴方に救われた昔の小学生だって。
貴方にもらったギターを、今でも丁寧に手入れして。
ずっと大切に使ってるって。
言わなきゃいけなかったんだ。
言わなきゃ、いけなかったんだけど。
…ただ、無愛想に。黙っていることしか出来なかったんだ。
もしあそこで本当のことを言えば、貴方は二度とアタシを見てくれなくなるような気がして。
久しぶりだな。
その一言で、貴方との再会が終わってしまうような予感があって。
貴方がアタシを勘違いした時点でもう、感動の再会にはなり得ない確信があったから。
このまま貴方を取り逃して、会えなくなるのが嫌だったから。
無口な売春相手になる事を、選択してしまったんだ。
そこからは、あっという間だった。
知らないSNSの名前でアタシを呼んで。
一緒に食事を取って。
貴方の笑顔や立ち振る舞い、気遣いの癖。
そこは何一つとして変わってなくて。
それが逆に、アタシに息苦しさを与えてきた。
そうして、食事を一緒に食事をしたり、貴方と会話をしたりしながら。
そのまま、ホテルに行って。
アタシは戯れるがままに。貴方の腕の中で、体を重ねた。
一緒に踊ったあの時間だけは。とても幸せなものだったけれど。
初恋の人との初体験は、グロテスクな背徳の味だった。
ただ、されるがままになるのは嫌で。
どうかあの瞬間だけは、アタシを。『破鐘 皐』をみて欲しくて。
アタシは、貴方の腕の中で、貴方に名前を伝えたけれど。
貴方は名を聞いても…アタシを『昔の救った子供』とは認識してくれなかったね。ただ、そう言う名前の子なんだ、としか。見てくれなかった。
あぁ…本当に。思い出すだけで吐いてしまいそう。
…酷い悪夢に魘されている気分になる。
抱かれている間、何にも言えなくなったけど。
ただ….それでも。
たとえ貴方に価値はなくとも、アタシにとっては何よりも大事な思い出を。貴方に思い出して欲しくて。
貴方の腕の中で、目が覚めたら。アタシの本当の事情を明かそうと決めたんだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そう、決めたんだけど。
アタシが起きた時。
すでに貴方はいなくて。どこかへ消えてしまっていた。
お金と、もう二度と会わない旨のメッセージだけを残して。
アタシはSNSで知り合った一夜の女性ってことにされてしまったんだ。
…それが、どうしても嫌だった。
アタシは本当に好きだったのに、救われたのに、愛していたのに!
貴方に取って、どこにでもいる、一夜の相手になってしまうのは。
どうしようもなく、苦しかった。
アタシの初恋は、最悪な形で打ち砕かれて。
貴方はまたアタシの前から姿を消した。
貴方がアタシの前から去って行った、小学生のあの時よりも。
何倍も苦痛だった。
本来であれば、それでこの話はおしまい。
きっと、多くの人は彼を見限り、新しい道を進むのかもしれない。
…ただ、砕かれたアタシの初恋のカケラは。
歪な形で繋ぎ直されてしまった。
アタシだって、これが歪な恋であることくらい。わかっているつもりだ。
ただ、このまま今日起きたことを全てを忘れて。
お金を以てお別れです、バイバイ。
なんてのは…どうしても耐えられなかった。
許せなかった、悲しかった、寂しかった。
アタシにとっては、貴方が特別だったのに。
貴方には、なんら価値のない人だった事も、貴方が思い出してくれなかった事も、貴方が他の女性と楽しそうに談笑する事も!
何もかもが…許し難くて。
あの人が。二度とアタシを忘れたり、勘違いできないように。
もう二度と、アタシの傍から去って行かないように。
全部、思い出して。アタシ以外に手を出さないように。
全部…全部を。
貴方の全てを。アタシだけのものにしたいと思ったんだ。
これが歪で。醜い欲望なのは分かってる。
アタシが、おかしくなってることも。何もかも…分かってるんだ…。
でも、そうでもしないと耐えられないから。
貴方が与えた傷が…ひどく痛むから。
そうでもしないと。自分を保っていられないから。
だから、許して?
貴方がアタシに与え、そして奪っていった尊厳と同じように。
アタシは貴方から自由を奪うよ。
だって。そうでもしないと。
貴方はどこかへいってしまうでしょうし。
貴方はアタシを…直視してはくれないだろうから。
〜〜〜〜〜〜〜〜
少女は歪な決意をして、そのまま一人でホテルを出る。
そして、自分を取り繕い、趣味を続け、ボロボロの自己を保ちながら。
じっとその日を求め続けた。
そうして、その日はついにやってくる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
路地裏で少し息を潜めて。
台本オッケー。取り繕うのに問題はなし。
ウイッグも万全、少し濃いめのメイクをすれば、きっと彼は気づかない。
喉を整え、あんまり好きじゃない猫撫で声に切り替える。
大きく深呼吸をして。なるべく自然を装って。
そして、見慣れた背中に話しかける。
『あの…そこのお兄さん』
『ちょっといいですか?』
ねぇ、お兄さん。
貴方につけられた心の傷が、まだ痛むんだ。
貴方に救われた心に、腐って膿んだ傷があるんだ。
だから、だからさ。
貴方が与えた傷を、貴方自身が癒してよ。
どんな方法でもいいから。
ただアタシを思い出して。一緒にやり直してよ。
アタシの全てを、縛っていいから。
貴方の全てを、アタシに縛らせて。
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そして、目的通り。彼女は男の懐に潜り込み。
予定通りに事を進める。
少女は取り繕いながら、強気に男を脅迫する。
その下に。弱くて苦しげな本音を隠しながら。