ポケットモンスター マッドサイエンティストな俺が、禁じられた並行世界の数式を解き明かして、伝説の神を論破する話 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「……くっ、ふふふ。よろしい。実に見事な、そして完璧な『保護色』だ」
私は今、ミアレの喧騒を離れた北の広場、街路樹の影でアクロママシーン17号の感度を微調整している。
ターゲットは、目の前を軽やかに跳ねる黒いスーツの少女――「怪盗エスプリ」ことマチエールだ。彼女が纏うエキスパンションスーツは、かつてクセロシキが技術の粋を集めて作り上げた歪な傑作だが、今の私にとっては単なる記録媒体に過ぎない。
「アクロマ様……。また彼女をストーキングしてるんですか? 国際警察のハンサムさんにバレたら、今度こそこのプロジェクト、即刻中止に追い込まれますよ」
端末のスピーカーから、助手君の呆れ果てた声が漏れる。
「心外ですね。私は彼女を『観測』しているのであって、尾行しているわけではありません。……いいですか、助手君。彼女のスーツの出力、この数分間で0.003%ほど不自然に揺らいだ。これは内部の回路の問題ではない。外部の、それもこの世界の生態系そのものが、彼女のスーツと『共鳴』を始めた証拠です」
私は端末の実行キーを叩き、特殊な赤外線フィルターをマチエールのスーツに重ね合わせた。
すると、どうだろう。
彼女の足元や街灯の陰、植え込みの葉の裏。ミアレの至る所に、緑色の小さな、細胞のような発光体が無数にうごめいているのが可視化された。
「……見なさい。これがカロス地方の秩序の守護者、ジガルデを構成する『セル』の群れだ。普段は現実世界の光の波長を透過して不可視の状態にあるが、彼女のスーツが発する特殊な電子負荷が、まるで触媒のように連中の存在を暴き出している」
「えっ……。その緑色の、なんですか? 虫みたいでちょっと気持ち悪いんですけど……」
「失敬な。これはこの世界の『抗体』ですよ。……ジガルデ・セルは、世界の均衡が崩れそうになると一箇所に集束し、巨神へと姿を変える。……だが、見てください。連中はマチエールを警戒しているのではない。むしろ、彼女を介して『裏側』から漏れ出す何かを監視している」
その時、マチエールがピタリと足を止めた。
彼女のヘルメット越しに、電子的なノイズが私の端末に飛び込んできた。
スーツのセンサーが、次元の深淵に潜む「何か」を捉えたのだ。
「……誰か、そこにいるの?」
マチエールが虚空に向かって問いかける。彼女の視線の先には、第3話で観測したあの幽霊の少女が……いや、その残響が、空間の襞にへばりついていた。
「……残念ながら、彼女はここにはいませんよ、マチエール君。そこにいるのは、この世界が『なかったこと』にしようとしている、情報のデブリ(ゴミ)だ」
私は物陰から姿を現し、彼女の前に進み出た。
彼女の足元のジガルデ・セルたちが、一斉に私を拒絶するように赤く明滅する。
「アクロマ……! また変な機械を持って。ハンサムおじさんに言いつけるよ!」
「おっと、それは困ります。私はただ、君のスーツを少しだけアップデートしてあげたいだけですよ。……いいですか、君のスーツがジガルデ・セルと同期しているのは、クセロシキの設計ミスではなく、このスーツが『異物の受容体』として優秀すぎるからだ」
私はアクロママシーンを操作し、スーツの通信プロトコルを強制的に書き換えた。
瞬間、ミアレの街並みが歪んだ。
セルの光が線となって繋がり、街全体を網羅する巨大な神経系が浮き彫りになる。
「……よろしい。これで『裏側』に潜む生態系が完全にマッピングされました。……助手君、記録しなさい。ジガルデとは単なる伝説のポケモンではない。この現実世界の薄皮を、裏側から支え、修復し続ける……巨大なシステムの一部だ。そしてマチエール、君のスーツはそのシステムへの『裏口』になっている」
「……よくわからないけど、なんだか身体が重い。アクロマ、これ何をしたの?」
「おまじないですよ。……ワクワクしませんか? 君が歩くたびに、世界の秩序が再定義されていく。……ええ、科学ですから!」
私は笑い、不機嫌そうな彼女を尻目に再びデータの波に潜った。
ジガルデが監視しているのは、侵略者ではない。
秩序の向こう側で糸を引く、一人の哀れな科学者の執念だ。
次は、かつてこのスーツを自慢げに掲げていた男に、真の「絶望」を教えに行くとしましょうか。フレア団の残党、クセロシキ君。君の最高傑作は、すでに私の観測対象に過ぎないのですよ。