ポケットモンスター マッドサイエンティストな俺が、禁じられた並行世界の数式を解き明かして、伝説の神を論破する話 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「……ふむ。よろしい。実に見事な、そして身の毛もよだつほどに美しい『毒』だ」
私は今、夕暮れに染まるミアレの目抜き通りを歩いている。隣には、相変わらず草臥(くたび)れたコートの襟を立てたハンサム君が、何やら落ち着かない様子で周囲を警戒していた。
「おい、アクロマ。あまり公道でその怪しげな端末を振り回すなと言っているだろう。国際警察の立場というものがあるんだ」
「怪しげ? 心外ですね、ハンサム君。私はただ、この街の空気に混じった『不純物』を定量分析しているだけですよ。……おや?」
私の持つアクロママシーン17号のモニターが、突如として赤黒いノイズを吐き出した。
熱源反応なし。質量反応なし。だが、そこには既存のポケモンのエネルギー体系を根底から否定するような、暴力的なまでの指向性が記録されていた。
その時だ。
人混みの中を、周囲の人間とは明らかに異なる歩幅で進む影があった。
身長は3メートルを優に超えているだろう。襤褸(ぼろ)のような布を纏い、長い年月を孤独の中に埋没させてきたような、巨大な男。
彼は私たちとすれ違う際、一瞬だけ立ち止まり、その大きな手から一輪の花を零し落とした。
「……あ」
ハンサム君が声を上げるより早く、その大男……AZ(エーゼット)と呼ばれたカロスの古き王は、雑踏の中へと消えていった。
「……待て! あんたは……!」
ハンサム君が追いかけようとするのを、私はその肩を掴んで制止した。
「追っても無駄ですよ。今の彼は、この次元に半分も足をつけていない。それよりも……見てください。彼が落としたこの『永遠の花』を」
アスファルトの上に落ちた、禍々しくも美しい青と赤の花。私はピンセットでそれを採取し、即座にスキャナーの分析にかけた。
「……信じられませんね。ハンサム君、この花の細胞組織から検出された残留エネルギー……。これはカロス地方の生命エネルギーなどではない。……アローラ地方の深淵に存在する異次元領域、ウルトラスペース。そこに充満している『ウルトラオーラ』、そしてUB(ウルトラビースト)が放つ神経毒の波形と、完全に同一(リンク)しています」
「……何だと? あの男が持っていた花が、異次元の毒だというのか?」
ハンサム君の顔から血の気が引く。私は眼鏡のブリッジを押し上げ、歓喜に震える声を抑えきれなかった。
「3000年前、彼が最終兵器を起動した際、放たれた光は時空を貫通した。第2話で観測したあの『光の傷跡』ですよ。……AZは兵器の代償として永遠の命を得たのではない。兵器が裏側世界を貫通した際に漏れ出した、ウルトラスペースの『停滞するエネルギー』を浴び続け、細胞が崩壊することも死ぬことも許されない状態に固定(フリーズ)されてしまったのですよ」
「……あなぬけのヒモと同じ高次元炭素、そして宇宙のデブリ……。すべてはあの3000年前の悲劇から始まっていたというのか」
「その通り。彼が抱き続けている孤独の正体は、物理学的には『異次元による侵食』です。……ワクワクしませんか? カロスの神話の頂点に立つ男が、実はアローラの深淵に潜む毒の苗床であった。……ええ、科学ですから!」
私は笑った。
花の残響を吸い込んだアクロママシーンが、狂ったように新たな座標を計算し始める。
この「毒」が世界の裏側を侵食し、やがてすべてを反転させる……その終末の序曲が聞こえてくるようだ。
「アクロマ……あんた、本当にいつか報いを受けるぞ」
「報い? 結構なことだ。もし私が『あちら側』へ落ちることがあれば、その時はぜひ君の手錠で連れ戻してくれたまえ、刑事(デカ)さん」
私は軽やかな足取りで、夕闇に消えた王の影を追うのをやめ、マチエールの待つ路地裏へと向き直った。
次は、この「毒」から彼女を守るための、科学者なりの『まじない』を施さねばなりません。
さらば、ミアレの英雄。
次に会うときは、世界の皮が剥がれたその時かもしれませんね。