ポケットモンスター マッドサイエンティストな俺が、禁じられた並行世界の数式を解き明かして、伝説の神を論破する話 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「……くっ、ふふ。よろしい。実に見事な、そして完璧にありふれた『日常への帰還』だ」
私は今、カロス地方・ミアレシティの北側、目立たない路地裏に立っている。
第23話で経験した、全宇宙が情報の奔流と化し、私自身が理そのものと溶け合ったあの神々しい時間は、すでに観測可能な過去のログへと整理された。
私の目の前には、白銀の光などない。あるのは、湿り気を帯びたレンガの壁と、どこかのカフェから漂ってくるガレットの香ばしい匂い。そして、呆れたように私を見つめる二人の人物だ。
「……アクロマ、あんた。いきなり虚空から降ってきて、開口一番に何が『よろしい』だ。心臓に悪いったらありゃしない」
コートの襟を立て、安物のコーヒーを片手に持った国際警察の刑事、ハンサム君が深く溜息を吐く。
「アクロマ様! お帰りなさい! 心配したんですよ。通信が完全に途切れて、ゲノセクトの反応もロストして……。またどこかの次元のゴミ溜めで笑ってるんじゃないかって」
少し大きめのスーツを纏った少女、マチエールが、駆け寄りながらも私の白衣の汚れを見て眉をひそめる。
「ハハハ! ゴミ溜めとは失礼な。私はほんの少し、この世界の『元栓』を締めに行っていただけですよ。……いいですか、マチエール。君のスーツがジガルデ・セルと共鳴することも、リラ君の記憶が混線することも、もうありません。境界線は私が……いえ、私の科学が、最適化しておきましたから」
私は懐から、第22話で見つけたウォロの帽子の破片……を模して私が演算・出力した結晶体を取り出し、マチエールに手渡した。
「これは……? 凄く、静かな光……」
「お守りですよ。裏側からの侵食を防ぐための、極めて論理的な『まじない』です。……それを持ち歩く限り、君は二度と『腰を振る幽霊』の少女の声を聞くことはない。彼女もまた、しかるべき観測点へと帰っていきました」
ハンサム君が、私の手元にある、ボロボロになったアクロママシーン17号を指差した。
「……それで、あんたが見た『真理』とやらは、結局どうだったんだ。この不完全な世界は、あんたの眼鏡に叶うものだったのか?」
私は眼鏡の位置を直し、端末に届いたばかりの通知をタップした。
差出人はカントー地方のオーキド博士。
イッシュ、カロス、アローラ、そしてヒスイという膨大な時空の調査結果を共有したことに対する、短い返信だ。
『……科学の力って、すげー。……そうでしょう?』
私はその一文を声に出さず、ただ口端を吊り上げて、かつてイッシュでそうしたように、ほくそ笑んだ。
「……ハンサム君。私は以前、ポケモンの力を最大限に引き出す方法は何かと問われ、『信頼関係』だの『慈しみ』だのという答えを否定しました。ですが、全次元を観測した結果、一つだけ確かなことが分かりました。……この不完全な世界が、なぜ崩壊せずに回っているのか。それは、非論理的で、確率論を無視した『想い』という名のノイズが、理の隙間を埋めているからです」
私はマチエールとハンサムを交互に見る。
一人は、かつての罪を背負いながら、名もなき子供たちの未来を守る刑事。
一人は、異次元の裂け目に取り残されながらも、今日を懸命に生きる少女。
私の科学が暴いたのは、神の全能などではなく、彼らのような「不完全な歯車」が織りなす、奇跡的なまでの安定(バランス)だった。
「……科学の力は、すげー。……そうでしょう? 博士」
私は空を見上げ、独り言を呟いた。
ミアレの空は、ウルトラスペースゼロの白とも、はじまりの間の銀とも違う、濁った、けれど温かい青色をしていた。
「さあ、ハンサム君。事件はすべて解決しました。私の観測データもパンク寸前です。……これから、あの不完全で美しい路地裏のカフェで、ガレットでも食べに行きませんか? もちろん、支払いは国際警察の経費でお願いしたいところですが」
「……全くだ、あんたっていう男は。……おい、マチエール。行くぞ。冷めないうちに美味いもんでも食わないとな」
「はい! アクロマ様も、変な実験の話は禁止ですよ!」
私は二人の背中を追い、ゆっくりと歩き出す。
ポケットの中には、まだ整理しきれていない「創世の真理」が詰まっている。だが、それを紐解くのは、明日という名の不確実な未来で構わない。
「くっ、ふふ……。よろしい。実に、よろしいですよ」
科学者は、不完全な明日を肯定し、軽やかな足取りでミアレの雑踏へと消えていった。
……ええ、科学ですから。