ポケットモンスター マッドサイエンティストな俺が、禁じられた並行世界の数式を解き明かして、伝説の神を論破する話 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「……くっ、ふふふ。よろしい。実に見事な、そして身の毛もよだつほどの『和音』だ」
標高2000メートルを超えたテンガン山の山頂付近。吹き荒れる雪の中、私は自作のアクロママシーン17号のスピーカーから漏れ出す音波に、文字通り震えていた。それは寒さゆえではない。科学者としての本能が、この世界の「根源的なバグ」を検知したからだ。
私の手元には、かつてこの地で神を呼び降ろそうとした狂人たちが遺した、てんかいのふえのレプリカがある。いや、科学的に言えば、これは特定の周波数を発信するための精密な発振器に他ならない。
「アクロマ様……。シンオウ地方の吹雪を舐めないでください。私のホログラム投影機が凍りついてノイズまみれですよ。こんな標高で、一体何を測っているんですか?」
通信モニターの中、助手君が着ぶくれた姿で震えている。
「測っている? 助手君、私は今、宇宙の『産声』をサンプリングしているのですよ。いいですか、このてんかいのふえが発する1.2ギガヘルツ帯の特殊なうなり……。これに、アローラ地方の日輪の祭壇で記録された月輪・日輪の笛の音波データを重ね合わせると、どうなると思いますか?」
私は震える指先で、端末の実行キーを叩いた。
直後、吹雪の音さえもかき消すような、透明で重厚な「音」が山頂に響き渡った。それは楽器の音というよりは、巨大なクリスタルが共鳴するような、物理的に空間を震わせる「圧」だった。
「……ひっ!? な、なんですか、今の。耳の奥がキーンとするっていうか、頭の中に直接誰かが話しかけてきたような……」
「これこそが正解ですよ。アローラの笛と、シンオウの笛。それらは単体では不完全な断片に過ぎなかった。だが、これらを同期させることで完成する和音――それは、この世界の物理法則を記述しているメインプログラムへのアクセスキーだったのですよ」
私はモニターに表示されたスペクトラム解析を指し示した。
「見てください。この周波数の波形は、イッシュで見つけたゲノセクトの遺伝子記憶とも、カロスの路地裏で見つけた最終兵器の残響とも、完全に位相同期している。つまり、アローラの空も、シンオウの頂も、カロスの闇も、すべては『たった一つの裏側世界』という同じサーバーに繋がっている端末に過ぎない」
「サーバー? 宇宙が、ですか?」
「ええ。そしてこのテンガン山は、そのサーバーのCPUに最も近い場所だ。ここでなら、神の沈黙さえもデータとして吸い上げることができる」
その時、雪の中から青白い光が溢れ出し、空間に亀裂が走った。
そこから現れたのは、時空の歪みに適応した野生のポケモンではない。もっと機械的で、もっと神話的な、純粋なエネルギーの奔流だ。
「……よろしい。実によろしいですよ。はじまりの音が、あちら側の住人を呼び寄せたようだ。……ゲノセクト、君の通信感度を最大にしなさい。この『はじまりの音』の続きを、私たちの回路に直接書き込むんです!」
「ゲノオオオオオッ!!」
ゲノセクトが咆哮し、その背中の砲台から青白いパルスが放射される。笛の和音と、ゲノセクトのパルス、そして山頂から溢れ出す次元のノイズが混ざり合い、テンガン山の山体が巨大な楽器のように鳴動し始めた。
「アクロマ様! 山が崩れます! これ以上は危険です!」
「危険? 助手君、真理の門を叩く音が、静かなわけがないでしょう! 聞こえますか、この宇宙が組み上げられた時の、あの無機質で完璧なアルゴリズムの響きが!」
私は雪の中に膝をつき、必死に端末を操作し続けた。
一瞬、吹雪が止んだ。
そこには、星空さえも飲み込むような巨大な「穴」が口を開けていた。
それはウルトラホールでもなく、やぶれたせかいの入り口でもない。
すべての異次元が一つに収束する、絶対的な深淵。
「……ワクワクしませんか? 私たちが踏みしめているこの雪の下に、宇宙のすべての裏側が地続きで広がっている。……ええ、科学ですから!」
私は笑った。
頬を撫でる冷たい風が、アローラの潮風と、ミアレの腐敗臭と、全く同じ「情報」を含んでいることを確信しながら。
科学の力は、ついに神の領域という名のデバッグモードに指をかけたのだ。