ポケットモンスター マッドサイエンティストな俺が、禁じられた並行世界の数式を解き明かして、伝説の神を論破する話 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「……くっ、くくく。よろしい。実に見事な、そして完璧な『無』だ」
私は今、物理法則が根底から捻じ曲がった、反転宇宙の極致に立っている。シンオウ地方の伝説に語られる影の世界――やぶれたせかい。上下の概念は消失し、重力は気まぐれにその指向性を変え、植物とも結晶ともつかぬ異形の構造物が虚空に浮遊している。
かつてギンガ団の首領・アカギが「不完全な心」を嫌悪し、理想の新世界を求めて辿り着いた終着駅。だが、科学者である私の眼に映るのは、単なる虚無ではない。
「アクロマ様……。通信が、これまでになく不安定です。画面が反転したり、砂嵐に飲み込まれたり……。本当にそこで、何かを見つけられるんですか?」
手元の端末、アクロママシーン17号のモニター越しに、助手君が不安げな声を漏らす。ノイズまみれの彼女の顔は、この空間の異質さを物語っていた。
「見つける? 助手君、足元を見てください。……いえ、この世界に足元などという定義はありませんが」
私は、空中に浮かぶ島のような岩塊の端に引っかかっていた「それ」を、ピンセットで慎重に回収した。それは、禍々しい輝きを放つ赤い結晶の破片――かつてアカギが神を縛るために作り上げた、あかい鎖の残骸だ。
「……これこそが、この世界の歪みを固定していた楔の正体ですよ。アカギ君は心という不確実なものを否定しましたが、彼が用いたこの物質こそ、最も『心』に近い、多次元的な共鳴体だったというわけだ。実に皮肉な話ではありませんか」
「赤い鎖……。そんな危険なものを持って帰るつもりですか?」
「持って帰る? 違いますよ。私はこれを、さらに高度な『観測用デバイス』へと昇華させるのです」
私は傍らに控えるゲノセクトに指示を出し、背中の砲台をあかい鎖の破片へと向けさせた。私の白衣のポケットからは、かつてイッシュで入手したダークボールの予備パーツを取り出す。
「いいですか、ダークボールというデバイスは、ポケモンの野生を強制的に抑制し、支配下に置くことに特化している。これにあかい鎖の『時空を繋ぎ止める性質』を融合させれば……」
私は手際よく、小型の円筒形デバイスを組み上げていく。鎖の破片が中心部で赤く明滅し、ダークボールの黒い外装と不気味に溶け合った。
「……完成です。アクロマ式・次元干渉捕獲器、試作1号。これがあれば、あの影の王――ギラティナが潜む、さらに深い『同一の裏側』へと直接干渉が可能になる」
その時、空間が激しく震動し、遠くの虚空から巨大な影が高速で接近してきた。6本の脚のような突起と、黄金の装甲。赤い瞳を爛々と輝かせた、この世界の主。
「……お出ましですね、虚無の王が。よろしい、実によろしい! ゲノセクト、新デバイスのテストを始めます。君のシグナルビームを、このデバイスの共鳴周波数に合わせて撃ち込みなさい!」
「ゲノオオオオオッ!!」
ゲノセクトのパルスが赤い鎖のデバイスを貫き、ギラティナに向かって不可視の波動を放った。空間がガラスのように割れ、影の王の動きが一瞬だけ静止する。
「……見ましたか。今、ギラティナの影が、カロスの路地裏で見つけたノイズと一瞬だけ同期しました。やはり、この世界は単なるシンオウの裏側ではない。カロスの地下も、アローラの深淵も、すべてはこの影の世界という『巨大な共有空間』の一部に過ぎないのだ」
「アクロマ様! ギラティナが怒っています! 逃げてください!」
「逃げる? 冗談ではありません。私は今、宇宙の裏地を縫い合わせている『あかい糸』をこの目で見ているのですよ!」
ギラティナの咆哮が、音ではなく物理的な衝撃波となって私を襲う。私は吹き飛ばされながらも、アクロママシーンの記録ボタンを死守した。
「……ワクワクしませんか、助手君。この虚無こそが、すべての地方を繋ぐ唯一の『真実の回廊』だ。……ええ、科学ですから!」
私は笑った。
あかい鎖の残骸が放つ冷たい熱量と、ギラティナの憎悪が混ざり合う、この極限の観測地点で。
次はもっと熱い場所へ行く必要がある。この虚無を動かしている「脈動」の源流――ハードマウンテンの心臓部へ。