ポケットモンスター マッドサイエンティストな俺が、禁じられた並行世界の数式を解き明かして、伝説の神を論破する話   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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送りの泉、あるいは観測者の「さよなら」

神話だの伝説だのという言葉は、思考の放棄に等しい。

人間は理解できない事象に出会うと、すぐに「神」という便利なゴミ箱にすべてを投げ込み、思考の蓋を閉じてしまう。実に嘆かわしい。科学者にとって、未知とは解き明かすべきパズルであり、神とは観測データの不備が生んだバグに過ぎないというのに。

 

私はシンオウ地方の秘境、「送りの泉」に立っていた。

ここは「やぶれたせかい」――反転した物理法則が支配する異次元へと繋がる、もっとも空間の強度が脆弱な地点のひとつだ。

周囲を覆う濃霧は、まるで観測されることを拒むカーテンのように私の視界を遮ろうとする。だが、無駄なことだ。私の手元にある「アクロママシーン」の試作3号機は、すでにこの霧の奥に潜む「非実在の座標」を正確に捉えている。

 

「さて……。シロナさんの言っていた『神話の心』とやらを、物理的な数値へと翻訳して差し上げましょうか」

 

私はコートのポケットから、ひとつのデバイスを取り出した。

その中心で妖しく拍動しているのは、かつてギンガ団のリーダー、アカギという男が神を縛るために精製した「あかい鎖」の残骸だ。

アカギ、という男。

彼は世界を消し去り、心のない新世界を創ろうとした。動機自体は理解できなくもないが、その手法はあまりに短絡的で、情緒的すぎた。神を力で御そうなど、OSのバグをハンマーで叩いて直そうとするようなものだ。

 

「……あな、おそろしや。送りの泉に、これほどまでの『悪意』が持ち込まれるとは」

 

背後から声がした。

振り向かなくてもわかる。この霧の中で、足音も立てずに忍び寄ることができるのは、この地の管理者だけだ。

 

「おや、送り犬の役目をご苦労様です、霊界の案内人殿」

 

私は振り返り、冷徹な笑みを浮かべた。

そこに立っていたのは、ゴーストポケモンの使い手として知られる四天王の一人、キクノ……いや、その血を引く老女か。あるいは、ただの被害妄想に取り憑かれた観測対象か。

 

「ここから先は、死者の領域だ。生きた人間が、ましてやそのような禍々しい鎖を携えて足を踏み入れる場所ではない」

 

「死者の領域、ですか。実に興味深い表現だ。ですが、私にはここが単なる『物理法則の特異点』にしか見えません。エネルギーが反転し、物質が不安定化しているだけのこと。幽霊だの死者だのという言葉で、事象をデコレーションするのはやめていただけませんか? データのノイズになります」

 

私はアクロママシーンのスイッチを入れた。

デバイスが「キィィィン」という高周波を放ち、周囲の霧が激しく渦巻き始める。

あかい鎖の残骸が、私の調整(チューニング)に応えて、空間そのものを物理的に「噛み切る」ような音を立て始めた。

 

「貴様、何をするつもりだ! ギラティナ様の眠りを妨げる気か!」

 

「妨げる? いえいえ、とんでもない。私はただ、彼の棲家を『定規』として拝借したいだけですよ。宇宙の裏側を貫く配線が、どこまで伸びているのか。それを知るためには、一度システムをオーバーロードさせる必要がある」

 

私は鎖の残骸を、空間の歪みがもっとも激しい水面へと突き出した。

瞬間、世界が悲鳴を上げた。

水面が爆発したわけではない。音が消え、色彩が反転し、重力のベクトルがバラバラに引き裂かれる。

私の目の前で、空間が「不細工な裂け目」を露呈させた。

 

「(……ああ、素晴らしい。見なさい、この完璧なまでの不毛さを)」

 

裂け目の向こう側には、草木も生えぬ、ただ岩が浮遊するだけの虚無が広がっていた。

そこから漏れ出してきた冷気は、絶対零度よりもなお冷たく、私の肺の奥を凍りつかせようとする。

だが、私の心臓は逆に、歓喜で熱く脈動していた。

 

「この周波数……なるほど。ホウエン地方の『空の柱』で観測された宇宙線と、完全に同期しています。さらに言えば、アローラのウルトラスペースから漏れる重力波とも一致する。世界は、神話によって分断されているのではない。ひとつの巨大な、そして不完全な『回路』として繋がっているのだ!」

 

「やめろ……。その鎖を引け! 世界の均衡が崩れる!」

 

老女が叫び、モンスターボールを構える。

だが、遅い。

私はすでにあかい鎖のエネルギーを、用意していたダークボールの技術へと流し込んでいた。

私の目的は、神を捕らえることではない。

神の棲家を「窓」として利用し、その先にある「宇宙の最果て」を観測することにある。

 

「均衡、ですか。そんなものは、弱者が変化を恐れて口にする呪文に過ぎません。科学に均衡など必要ない。必要なのは、常に限界を超えていく加速だけだ」

 

私は鎖の残骸を、裂け目の向こう側へと「廃棄」した。

もはや、このゴミに用はない。

鎖が虚無に飲み込まれた瞬間、空間の裂け目は急速に閉じ、周囲に再び濃霧が戻ってきた。

私の手元には、1テラバイトを超える、かつて誰も手にしたことのない「異次元の航跡図」が残された。

 

「……狂っておるな。貴様は、アカギよりも、クセロシキよりも、ずっとタチが悪い」

 

老女は、震える手でボールを収めた。

戦う気力すら失せているようだ。当然だ。彼女たちが守ってきた神域など、私にとってはただの実験場に過ぎないのだから。

 

「最高の褒め言葉として受け取っておきましょう。さて、シンオウの調査はこれで完了です。シロナさんには、神話の裏側にあるのは温かな心ではなく、冷徹な数式だったと報告しておいてください」

 

私は踵を返し、霧の中を歩き出した。

手元のデバイスが、新たな座標を指し示している。

ホウエン地方。

そこには、星の海から降り注ぐ巨大な隕石の欠片と、1000年に1度だけ目覚めるという「願い」のシステムが眠っているはずだ。

 

「神話は終わりました。ここからは、宇宙という名の絶望的なまでの物理法則を数えに行く番だ」

 

霧を抜けた先、私の目の前には、不完全で、そして美しく解体されるのを待っている世界が広がっていた。

私は一人、満足げにほくそ笑む。

 

「……さあ、観測を続けましょう。世界がその正体を、私に白状するまで」

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