ミリアにカルエゴを呼んで欲しいと頼まれるバラム。
勘違いは解消されるのか?
準備室の中を、バラムは落ち着きなくうろうろと歩き回っていた。
その大きな手にはス魔ホが握られている。
画面にはミリアとのチャット画面が表示されたままだ。
『カルエゴ君と仲いいの?』
入力して、止まる。
「……いや、変だな」
すぐに消去。
『カルエゴ君の事どう思う?』
「いや、もっと変だ……」
また消す。
親指が送信ボタンの上で止まり、数秒後、勢いよく全削除した。
「……はぁ。」
バラムは深いため息を吐いた。
そもそも、どうしてこんなことが気になるのか自分でもよく分からない。ただ、女子生徒たちの噂話が頭から離れないのだ。
『お似合いだよね』
『絶対仲いいって』
キャイキャイとはしゃぐ声が妙に耳に残っている。
バラムはその場でぴたりと立ち止まり、改めて画面を見下ろした。
そこに表示されているのは、連絡先を交換した時にミリアから送られてきたスタンプ一つだけ。
それ以来、一度もやり取りはしていない。
「……今さら送りづらいな」
ぼそりと呟き、バラムは再びス魔ホを握りしめた。
入力してはは消し、入力しては消しを繰り返したせいで、入力欄だけがやけに白く空っぽに見えた。
――ポンッ♪
ふいに通知音が鳴った。
「うわああ!!?」
驚いてス魔ホを落としそうになった。見るとミリア先生からだ。
「ミ、ミリア先生!?」
『バラム先生、今年の収穫祭についてなんですが――』
バラムは背中を丸めてチャット欄を見つめた。
文字を読みながらも、(あぁ、送信した瞬間に既読付いたら気持ち悪かったかな)などと考えてしまい内容が頭に入らない。
『バラム先生、今年の収穫祭についてなんですが――』
もう一度頭から読み直す、(もしかして、ずっとチャット欄見てたみたいに思われるかな。…なんだっけ?)
『バラム先生、今年の――』
(そういえば僕、なにしてたんだっけ?)
バラムは頭を左右に振って、深呼吸をしてからソファに腰かけた。
『バラム先生、今年の収穫祭についてなんですが、ご相談いいですか?』
「僕に相談?な、なんだろう……」
すぐさま文字を打ち込む。
『もちろんです!』
送信。
直後に既読が付く。
そしてすぐに返信が返ってきた。
『実は、収穫祭の救護体制について少し相談したくて…。毎年かなり怪我人が出ますから、どこまで救護班が介入するべきか、事前に確認しておきたいんです。』
「なるほど……」
バラムは少し落ち着きを取り戻し、真面目な顔で読み進めた。
『魔獣による怪我も多いので、バラム先生の意見も聞きたいです。』
「僕の……」
胸の奥がふわりと軽くなる。
思わず口元が緩みかけた、その時。
『それと、カルエゴ先生にもお話を聞きたいんですが、私あまり他の先生方とは関りが薄いので、お手数ですがバラム先生からお声がけいただけると大変助かります。』
「…カルエゴ君」
その名前を見た瞬間、バラムは固まった。カルエゴは収穫祭の経験が長い。判断も厳格だ。教師として信頼されるのも当然だろう。
当然、なのだが。
「……なんでこんなに引っかかるんだろう」
胸の奥が妙にざわつく。その理由が、自分でもよく分からなかった。
『もしお二人が空いていれば、今日の放課後にでも会議室を借りてちょっと相談したいと思ってます。』
「会議室……」
わざわざ会議室。
なんだか妙に仕事っぽい響きに、バラムは無意識に姿勢を正した。
『もちろん大丈夫です!』
送信。
数秒後。
『ありがとうございます。あと、カルエゴ先生にもよろしくお伝えください。』
――ポンッ♪
お辞儀姿の可愛らしいスタンプが送られてきた。
バラムはフッと少し笑って、初期スタンプの中から一番可愛らしいスタンプを選んで送信した。
◇
バラムは準備室を出て職員室に移動した。
書類を片付けていたカルエゴにのっそりと近づき声をかける。
「カルエゴ君、ちょっといいかな?」
「……なんだ」
カルエゴは顔も上げずに答える。
「今日の放課後、ミリア先生が収穫祭の件で相談したいみたいで」
カルエゴの手がぴたりと止まった。
「……収穫祭?」
「うん。救護班の介入ラインとか、その辺りを事前に確認したいんだって」
カルエゴは腕を組み、少しだけ考え込む。
「……なるほどな」
どうやら話は通じたらしい。
「来れそう?」
「構わん」
あっさりした返答だった。
その様子を、少し離れた席からダリが眺めていた。
「へぇ〜?」
頬杖をつきながら、にやにやと口角を上げる。
「珍しい組み合わせじゃん、そこ二人ってミリア先生と仲良かったの?」
「聞こえているぞ、ダリ」
「はいはい怖〜」
ダリは軽く肩をすくめた。
するとカルエゴがそのままダリへ視線を向ける。
「今日の放課後、空いている会議室はあるか」
「あー、第三会議室なら空いてるよ」
「借りる」
「どーぞどーぞ」
ダリは笑いながら指で輪っかを作り666サインをした。
カルエゴは短く礼を言い、再び書類へ視線を戻す。
「ミリア先生にも伝えとくね」
バラムは少しそわそわしながらミリアに連絡を入れた。
◇
放課後。
第三会議室には、まだ夕日が差し込んでいた。
窓際に立つカルエゴは腕を組み、椅子に座ったバラムは大きな身体を縮めるようにして資料を眺めている。
「今年は魔獣の配置区域も少し変わるらしいね」
「あぁ。教師側の巡回ルートも再調整が必要だろうな」
淡々と会話を交わしながら、二人は収穫祭の資料へ目を通していた。
ふとカルエゴが資料から目を離しバラムを見た。
「アスモデウスとサブノックはどうだ?」
「ん?」
「修行の調子はどうだ?」
バラムは少し考え込み、それから目を細めた。
「うん、伸びしろがあっていい生徒だね」
「……甘いな」
「そうかな?」
バラムは楽しそうに笑った。
「サブノック君は真っ直ぐだし、アスモデウス君は視野が広い。二人とも、ちゃんと周りを見られる子だよ」
カルエゴは鼻を鳴らす。
「だからこそ無茶をする」
「はは、それはそうかも」
その時。
――コンコン。
会議室の扉が軽くノックされた。
「失礼します」
扉が開き、ミリアが姿を見せる。
薄橙色の夕日が背後から差し込み、ふわりと揺れた髪を淡く照らしていた。
「お待たせしました」
ミリアは資料を机の上へ広げると、小さく一礼した。
「今日はありがとうございます。収穫祭の救護体制について、少し事前に認識を合わせておきたくて」
カルエゴは腕を組んだまま椅子へ腰を下ろす。
「認識合わせ、か」
「はい。今年も重傷者が出る可能性は高いでしょう?」
ミリアは資料の一枚をめくった。
「去年の収穫祭では骨折が七件。魔獣による裂傷が十二件。搬送遅れも三件ありました」
「例年通りだな」
カルエゴは即答した。
ミリアの眉がわずかに寄る。
「“例年通り”で済ませるには少し多すぎます」
「収穫祭は実地試験だ。危険込みで学ばせる必要がある」
「ですが、判断が遅れれば取り返しがつかなくなることもあります」
二人の視線が正面からぶつかった。
会議室の空気がぴんと張る。
バラムは二人を交互に見た。
「そうなんですが、問題は先生によって介入ラインが違う事なんです!」
ミリアは身を乗り出して声を張った。
「ふむ」
カルエゴは腕を組んで続きを待った。
「現場判断がバラバラだと救護班の動きも遅れます。収穫祭の本会議までに、基準だけでも統一したいんです」
「それで私とバラムを呼んで根回しというワケか」
バラムは事態が読めず黙って聞いている。
「ええ。…私もカルエゴ先生の『危険混みで学ばせる必要がある』という意見には賛成です。自分の限界を知ることは大切ですから。ただ・・・」
「意見の違う先生がいる…という訳だな」
ミリアはこくりと頷いた。
「私は他の先生方と接点があまりないものですから…、昨年は本会議でほとんど意見を言えませんでした。ですが、その、最近はバラム先生とお話しする機会が多かったので、今年は変えられるんじゃないかと…」
ミリアは眉を上げてバラムの方を向いた。
「えっ、僕?」
「はい!バラム先生がカルエゴ先生とお友達なのは聞いていたので、まずはお二人に相談しようと思って今日お呼びしたんです」
(それってカルエゴ君が主目的なのかな)
「それで、介入ラインとやらはどうやって決める?」
カルエゴが背もたれに寄りかかって資料を眺めた。
「そこなんです。ここに去年のリタイア生徒の資料があります。この赤線で引いた生徒は明らかに救出が遅かった生徒です。対してこちらの青線は救出が必須ではなかった生徒です。」
「なるほど、分かりやすいな。」
カルエゴが資料を覗き込んで頷く。
二人は熱心に議論を進めている。まるで以前から何度も議論してきたかのように、会話のテンポが噛み合っていた。
バラムは静かに口を閉じて二人の話をただ聞いていた。
「……」
なんだろう。妙に胸がざわつく。そう思いながらも、会話に入ることが出来ない。
「たとえばこの生徒とこの生徒、それぞれ赤線と青線ですが、同じポイントで救助されています。赤線の生徒は約30分間底なし沼にハマっていましたが、青線の生徒は5分ほどで救助されています――」
「では、こういうのはどうか。拘束に関しては時間で救助ラインを決める――」
打てば響くように、お互いの意見に見解を示している。
(僕…いらないのでは?)
「あ、あの…」
「で、その拘束時間の基準だが、資料をざっと見たところ赤線の生徒は30分以上放置されている。もう少し早い段階でいいだろう――」
「私もそう思います!どれだけ強い生徒でも15分も抵抗したらほとんどが体力を失います。」
(話に入れなかった…)
「――それでは一旦これで、あとは私がまとめておきます。お二人ともありがとうございます!」
ミリアは資料を片付けながら二人にお礼を言った。
「今日は本当に助かりましたカルエゴ先生!私一人では絶対に無理でした」
「あぁ。収穫祭の本会議は明後日だな。うまくいくだろう」
カルエゴが立ち上がる。
「バラム先生も、ありがとうございます」
「あ、はは、僕は何も喋ってないけどね…」
(バラム先生“も”…か)
バラムはいつもの猫背を更に丸めて立ち上がった。
「じゃあ、僕は準備室に戻るよ」
「あ、バラム先――」
―バタンッ―
小さく音を立てて会議室のドアが閉まる。
「シチロウ…」
カルエゴは閉じたドアを静かに見つめた。
(どうしたんだろう?バラム先生…)
ミリアは資料をカバンにしまい、カルエゴに会釈をしてバラムの後を追おうと会議室を出た。しかしすでにバラムの姿はなかった。
(ミリア先生とカルエゴ先生ってお似合いだよね)
(付き合ってるって噂だよ)
女子生徒たちの噂話が頭のなかでグルグルと回る。
バラムは準備室のソファに寝そべって天井を見つめた。
「ミリア先生、カルエゴ君のこと好きなのかな?」
ぽつり、と声が漏れた。
同時に、顔が熱くなる。
(あれ…なんで僕が緊張するんだ?)
ふと、いつも冷静なミリア先生の熱い視線を思い出す。
(あんなに喋ってるの、初めて見たな)
―ポンッ♪
ス魔ホの通知音が鳴った。
『すみませんバラム先生、先生にも聞きたいことがあったんですが、お忙しいのにお時間取り過ぎちゃいましたね。アブノーマルクラスの生徒の修行をなさってるとか…さっきカルエゴ先生に聞きました。知らなかったとはいえごめんなさい。』
「別に忙しいから帰ったわけではないんだけどな…」
バラムは頭をかきながら読み返す。
(先生にも聞きたいことがあったんですが)
カルエゴを呼び出すために使われた訳ではないという安心が、バラムの心をふっと軽くした。
胸の中に詰められた砂利石がゴロゴロと出ていくような気持だった。
―ポンッ♪
『もしお時間があればで大丈夫なので、明日また二人でお話できませんか?』
「二人で…?」
バラムは返事に困った。
いつもなら「いいですよ」と二つ返事で返すところだが、どうにも確認しなくては気が済まなかった。
『大丈夫ですが、カルエゴ君は呼ばなくていいんですか?』
―送信。
少しためらいもあった。だがそれ以上に、胸の中にあるこの砂利のような違和感を少しでも減らさないことには、息が詰まって苦しかった。
―ポンッ♪
『カルエゴ先生とは認識合わせが出来たと思うので次は本会議で大丈夫だと思います。魔獣や魔植物について内容を詰めたいので、次はバラム先生にお話を伺いたいです。』
『分かりました!任せてください!』
―送信。
――ポンッ♪
『生徒の修行、頑張ってくださいね!』
ガッツポーズをした可愛らしいスタンプが送られている。
バラムはス魔ホを握りしめて、少し口元をゆるませた。
もっとも、口枷をしている彼のその顔を見る者はいなかったし、本人も気づいてはいなかったが。
バラムは背筋を伸ばして、生徒の修行に向かった。