【バラム×オリキャラ】先生お触りは禁止です   作:夜鳴蝦蟇

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会議室で二人きりのミリアとバラム。
変身魔法で魔獣になるミリアに対しバラムの撫で癖が発動!
なでなでヒートアップ!


第七話 換気は十分に行いましょう

『第三会議室、押さえておきますね。』

バラムから連絡があったのは午前のうちだった。

『ありがとうございます、助かります。』

ミリアは無難な返事をして仕事に集中した。

収穫祭で生徒がリタイアするポイントはある程度絞られている。ほとんどはトラップ系の魔植物、強い魔獣の生息地である。どこで強制リタイアさせるかは、その魔植物や魔獣の性質によっても変えなければならない。ミリアは昨年の資料を基に、特にリタイアの多い魔植物及び魔獣を表にまとめ一覧化した。

「うーん、すごい数だけど、これ本会議までにまとめられるかしら…」

リストにはびっしりと文字が詰まっている。

「ある程度やったら生徒会の子たちに手伝ってもらおうかしら。」

ミリアはぶつくさと独り言を言いながら背もたれに寄りかかり大きく背伸びした。

バビルス生徒にケガはつきものだ。ほとんどの生徒は多少の傷なら自然治癒力に任せて自力で治したり、回復魔法を使って治す者も多い。だからこそ、ここ保健室にやってくる生徒はただならぬ状態で来ることが多い。

やれ自作の薬を飲んで両足が2メートル伸びただの、

やれ生徒同士の喧嘩でお互いに魔法をかけて馬と鹿になってしまっただの、

子供というのはなぜこうも無鉄砲なのだろうか。

ミリアはクスッと笑って、仕事に集中した。

「放課後までになんとか形にしとかなくちゃね。」

 

 

――放課後、

バラムは一足先に会議室で待っていた。

(アスモデウス君もサブノック君もかなり動けるようになってきたし、そろそろ次の段階に入ってもいい頃かなぁ。僕の薬で二人はもっと強くなれるはず…)

自身の受け持つ弟子二人の修行中ということもあり、寝不足のバラムは大きな欠伸をした。

(ミリア先生が来るまで少し休んでてもいいかな)

自分の腕を枕に机に突っ伏して目を閉じた瞬間、意識がプツンと途切れた。

 

「失礼します――」

バラムが寝てしまってすぐ、ミリアが会議室に入ってきた。

「え?バラム先生?」

「…スー…スー…」

机に伏したバラムが目に入ってすぐに駆け寄ったが、彼が寝ていることを確認してミリアは小さくため息を吐いた。

「お疲れなんですね…。」

ミリアは腕時計を確認した。会議はもともと30分を予定していたが、少し寝かせてあげてもいいだろう。

鞄の中から一枚のブランケットを取り出し、バラムの背中にふわりと掛けた。ノースリーブで出ている腕にかけるつもりだったが背中が大きくて肘までもかかからない。

「私のひざ掛けじゃ小さいわね…。」

「…スー…スー…」

(意外とまつ毛が長いんだ。)

ミリアはふいに手を伸ばした。短く切った髪の毛は思ったよりも細く柔らかい。無警戒に寝ている姿は少し雛鳥みたいだと思った。大の大人、それも男性の寝ている所を見る機会はそうない。

息を吸うと体が少し膨らんで、息を吐くと同時に小さくなる。その度に、首元の羽がふわふわと揺れる。見ている間に、こちらも呼吸のリズムが不思議と揃ってしまう。

(バラム先生の目尻の模様って、どうなってるんだろう?)

顔を近づけて目元を凝視した。

瞬間――、

「ん?」

「ひゃあ!!!!!」

目覚めたバラムと目が合った。

みるみる顔が紅潮していく。

「あ、僕寝てましたか?すみません!ちょっと休むつもりが!」

「いえ、全然!、あの、私もさっき来た所で…!」

ミリアは両手で顔を隠して後ずさりする。

「これは…ミリア先生のですか?どうりでなんだか暖かいなと。」

バラムは肩にかかっていたブランケットを取り、机の上で丁寧に畳んだ。

「ありがとうございます。僕どのくらい寝てました?」

「あっ、えっと、あの…、5分…くらい?」

バラムは頭を掻きながら軽く頭を下げてブランケットをミリアに返した。

「僕の顔、なんか付いてます?あ、涎でてましたか?」

ミリアが顔を覗いていたことを気にして、バラムは顔全体を雑に手で拭いた。

「あっ、いや大丈夫です!その…バラム先生の目尻の…模様が…気になって…。」

語尾がどんどんと小さな声になってどもってしまう。ミリアは恥ずかしくて穴に入りたい気分だった。

「僕の目尻?…はは。見てもいいですよ。」

バラムは笑いながら、ミリアの目線の位置に身を屈ませた。わずか15センチの距離で真っすぐに目を見つめる。

「えっと…可愛いですね。」

一瞬の間ののち、バラムは目を見開いて三白眼をさらに白目で覆った。

「あ、すみません。なんだか小鳥さんみたいで。お気に障ったらごめんなさい。」

ミリアは後ずさりしながら謝罪した。

「はは。いいですよ。ちょっと嬉しいです。」

バラムは笑って背中を伸ばした。

「えっと、じゃあ会議始めましょうか?」

ミリアは紅潮した顔を隠すように俯いたまま資料を手渡した。

「……今日は、去年リタイアが多かった危険生物について確認したくて。」

「なるほど。」

バラムは資料を受け取り、ぱらりとページをめくる。

そこには魔植物や魔獣の名前、出現区域、被害内容などが細かくまとめられていた。几帳面な字で色分けまでされている。

「わぁ……すごい!これミリア先生が作ったんですか?」

「救護班の記録をまとめ直しただけです」

ミリアはまだ少し視線を逸らしたまま答えた。

「えっと、この赤印が重傷率の高かった生物です」

「なるほど……」

バラムは真剣な顔で資料を読み進めていく。

「……あぁ、やっぱり今年もブラッディバインは危険区域扱いか」

「この魔植物、そんなに危ないんですか?」

ミリアが身を乗り出した。

「ん? あぁ」

バラムは資料の一角を指差す。

「ブラッディバインは締め付け自体も危険なんだけど、本当に怖いのは“疲労を待つ”ところなんだ」

「疲労……?」

「すぐには殺さないんだよ。ゆっくり体力を奪って、抵抗できなくなってから養分にする」

「かなり悪質ですね……」

「しかも見た目が普通の蔦とほとんど変わらない。生徒が気付かず踏み込むケースが多いんだ」

「なるほど……」

「じっとしていれば植物が生き物じゃないと勘違いして解放されるんだけどね。それを知らないで必死に抵抗する生徒が多いね。」

ミリアは急いでメモを書き込んだ。

バラムはその様子を見ながら、少しだけ頬を緩める。

前回と違って、今日はちゃんと話せている。その事実に、胸の奥がほんの少し熱くなった。

「あと危険なのは、このロック鳥系統かな」

「えっ、これ去年三人しか遭遇してないですよね?」

「うん。でも遭遇数が少ないだけで、危険度はかなり高いよ」

バラムはページをめくりながら続けた。

「特に幼体が危ない」

「幼体?」

「親が近くにいるから」

「あ……」

ミリアが小さく声を漏らす。

「生徒って、“小さいから捕まえやすそう”って思って不用意に近づいちゃうんですよね。」

「なるほど……確かに」

ミリアは感心したように頷いた。

「バラム先生って、やっぱり魔獣に詳しいんですね」

「専門ですから。」

「こういう話、すごく分かりやすいです」

まっすぐ言われて、バラムは照れくさそうに頭を掻いた。

「そ、そうかな。」

「はい。……助かってます!」

ふわり、とミリアが小さく笑う。

前回会議で置いてけぼりを食らったバラムの自尊心が立ち直っていく。

思えば、昨日途中で会議室を出てしまったのは酷く子供じみた行動だったなとバラムは反省した。しかし今日の会議が無ければきっと今も拗ねたままだっただろう。

(拗ねる?)

ふと脳内の自分に問いかける。

自分は拗ねていたのだろうか?ミリア先生とカルエゴ君の話に混ざれなかったことが?

バラムは小さく眉を寄せた。

カルエゴ君は信頼できる同僚だし、ミリア先生が頼りにするのも当然だ。

昨日、二人の会話を聞いている間、胸の奥が妙に落ち着かなかった。まるで、自分だけ置いていかれたような感覚。

そもそも、自分は何を期待していたのだろう。ミリア先生と二人で話したかった?もっと頼られたかった?

考えれば考えるほど、答えはぼやけていく。

ただ一つ分かるのは。

今こうしてミリア先生と向かい合って話していると、胸のつかえが少しずつ消えていくということだった。

ふと、バラムの視線が、机の上へちょこんと乗ったミリアの手に止まった。

白く細い指先。ペンを握るたび、袖口が少し揺れる。

「……」

なんだろう。なぜか目が離せない。

その時、ミリアが別の資料を取り出した。

「あと、この魔獣なんですが」

机へ身を乗り出す。自然と距離が近づいた。

ふわり、と甘い香りがする。

バラムは無意識に息を止めて顔を背けた。そのままでいるのが、なぜか悪い気がして。気恥ずかしくなってしまったのだ。

「……バラム先生?」

「あ、いや!」

慌てて顔を上げる。

「こ、この魔獣だったね!」

妙に大きな声が会議室へ響いた。

「?」

ミリアは不思議そうに小首を傾げたが、すぐに資料へ視線を戻した。

「……それで、この魔獣なんですが」

彼女が指差したのは、収穫祭後半区域で確認された小型魔獣の欄だった。

「去年、接触した生徒の証言がかなり曖昧で……。幻惑系だとは思うんですが、詳しい生態がよく分からないんです。私も実物は見ましたが、本当に見ただけでどういう攻撃をしてくるのかも知らないんですよ。」

「んー……あぁ、この種か。」

バラムは資料を覗き込みながら頷いた。

ひとたび魔獣の話になるとバラムは余計なことは全て忘れて話に集中できる。それで人から変だとかおかしいとか言われることは多かったが、この時ばかりは生き物好きで良かったと思うのだった。

「説明できなくはないんだけど……」

バラムは少し困ったように顎へ手を当てた。

「実際にやってみたほうが早いかも。」

「実際に?」

「うん。できれば、前みたいに変身してもらってもいいかな?」

ミリアがぱちりと瞬きをした。

「えっ、私ですか?」

「その方が特徴も説明しやすいし……」

そこまで言ってから、バラムはハッとしたように肩を揺らした。

「あっ、もちろん嫌なら無理にとは言わないよ!」

「……いえ」

ミリアは少しだけ視線を逸らした。

前回のことが脳裏をよぎる。抱き上げられた感覚。撫でられた時の妙な安心感。

そして。

 

“可愛いですね”

 

「…………」

耳が少し熱くなる。

「ミリア先生?」

「あ、えっと……だ、大丈夫です」

こほん、と小さく咳払い。

「仕事ですし。」

そう言うと、ミリアは静かに魔力を練り始めた。

淡い光が身体を包み込む。

次の瞬間。

ぽんっ、と軽い音と共に、魔獣姿のミリアが机の上へ現れた。

中型犬ほどの大きさ。

ふわふわした毛並み。

丸い耳に長い尻尾。

ちょこんと揃った前足。

「……なるほど」

バラムの目がきらりと輝く。

その声音に、ミリアは少しだけ嫌な予感を覚えた。

「一角トビネズミは角から出す幻惑の煙を出せるんだ。」

バラムは机へ肘をつきながら説明を始める。

「だから皆角をまず警戒するんだけど、一角トビネズミの凄い所はその後ろの耳にある。」

そう言いながら、彼の大きな指先がミリアの頭へ伸びた。

ふわっ。

「……あ」

優しく毛並みを撫でられる。

「耳の反応も似てるな……」

さら、さら。

指先が耳の付け根を丁寧に撫でていく。

「ネズミって名前だけど本当はウサギの仲間で、耳がすごく敏感なんですよ。」

バラムは説明に熱が入っている。小さな黒目がいつもよりも更に黒い。

「リラックスすると毛が少し寝るんだよ。ほら、今みたいに――」

そこまで言って、ぴたりと動きが止まった。

「…………」

「…………」

会議室に沈黙が落ちる。

バラムの手は、まだミリアの頭の上に乗っていた。

「……また撫でてましたね」

小さな声。

バラムは弾かれたように手を引っ込めた。

「す、すまない!!」

椅子ごと後ろへ下がる。

「せ、説明に集中していてつい……!」

耳まで真っ赤になっている。

ミリアはそんな彼を見つめ、それから小さく息を吐いた。

「……もう」

呆れたような声。

けれど。

逃げるように距離を取ったりはしなかった。

「それで、耳が敏感でなんなんですか?」

「あ、そうでした。」

「もう。…撫でても良いですから説明を続けてください。」

ミリアはピョンと跳ねて、バラムの前に移動しようとした。

しかし、一角トビネズミの脚力はミリアの想像をはるかに超えており、その着地点は机の上ではなく、その向こうにいるバラムの太ももの上に着地した。

「おっと?あ…れ?」

バランスを崩し膝から落ちそうになったミリアをバラムが救い上げる。

「えっ、いいんですか?」

分かりやすく嬉しそうな顔をしたバラムを前にして、今更どくことは出来なかった。

「早く…説明を。」

「そうでした。」

バラムはこほん、と咳払いすると、そっとミリアを膝の上へ乗せ直した。

大きな腕で落ちないように優しく包み込む。

「一角トビネズミは聴覚が非常に発達してる魔獣なんです。」

そう言いながら、長い指先がミリアの耳を優しく撫でる。

ぴくっ。

耳が勝手に跳ねた。

「特に耳の付け根の感覚器官が敏感で、周囲の音や空気振動を拾っています。」

くるくる、と耳の根元を撫でられる。

「ん……」

思わず小さな声が漏れた。

「どこまで聞こえますか?」

「え……?」

「集中すればかなり遠くまで聞こえるはずです。」

バラムは完全に研究者の顔をしていた。

ミリアは落ち着こうと深呼吸する。

……落ち着けない。

耳を撫でられるたび、妙に意識がそちらへ引っ張られる。

「と、とりあえず……廊下の音は聞こえます」

「うんうん。」

さらさら。

撫でる手は止まらない。

「えっと……今、誰か走って……あ」

耳がぴくりと揺れる。

「職員室の声も聞こえます」

「職員室?」

「ダリ先生が……カルエゴ先生に、“最近会議多くない?”って……」

「はは!」

バラムは楽しそうに笑った。

その振動が膝越しに伝わってくる。

「あと……」

ミリアは目を閉じて集中する。

「スージー先生が、お菓子食べてます」

「そこまで分かるの!?」

「包み紙の音が……」

「すごいなぁ……」

感心したような声。

その瞬間。

わしゃ。

「ひゃっ」

今度は耳全体を包むように撫でられた。

「この反応、やっぱり感覚かなり鋭いね」

「せ、先生……」

「ん?」

「……説明に集中してください」

「してるよ?」

全然してない。

ミリアはじとっとした目を向けたが、あまり迫力が出なかった。むしろ黒目がくりくりとして可愛げしかない。

バラムは満足そうに頷きながら、今度は額の小さな角へ視線を向ける。

「次は幻惑煙かな」

「煙……?」

「はい。一角トビネズミは角から微量の幻惑性フェロモンを出すんだ」

バラムは興味深そうに身を乗り出した。

「じゃあ、少し出してみてもらえますか?」

「そんな簡単に言われても……」

「大丈夫。深呼吸して、力を抜いて角に集中して。」

力を抜く。

そう言われても。

膝の上に乗せられ、耳を撫でられ続けている状況で落ち着ける訳がない。

バラムが背中全体を手のひらですっと撫でた

「……ひゃ!」

角の先から、淡い白煙が勢いよく噴出した。

「お…おぉおお!?これはすごい!!!」

バラムの目が輝く。

煙は甘く柔らかな香りを含みながら、静かに会議室へ広がっていく。

その直後。

バラムの撫でる手つきが、さらにふにゃりと優しくなった。

「……かわいい」

「っ!?」

ミリアの耳がぶわっと逆立った。

(なんかマズい雰囲気かも)

「ミリア先生、すごいですね!」

バラムが両手でミリアを抱き上げて、顔に近づけた。そしてそのまま頬ずりを始めた。

口枷の金属がカチカチとたまにぶつかる。

「ちょ、ちょっと、バラム先生!?」

「うわぁ、やわらかい、フワフワですね。」

ミリアの声はほぼ聞こえていない。明らかに様子がおかしい。

「せ、先生?」

「この甘い匂い、かなり高濃度だな……。通常はもっと刺激臭が強いんだけど、一角トビネズミの煙は数パターンあるんです。敵を惑わせて逃げるためのもの、仲間に自分の位置を知らせるもの、それから繁殖期の求愛行動…、場面によって使い分けているみたいなんです。これは群れ生活時代の名残じゃないかって説が有力です。」

バラムは饒舌に語り始めた。まるで子供が学校から帰ってきてその日起きたことを一から全て説明するみたいだとミリアは思った。バラムは三白眼を細めてじっとこちらを見つめて喋り続ける。

「耳もすごく良い。さっき職員室の会話まで拾えてたよね? 一角トビネズミは聴覚で外敵の位置だけじゃなく感情の揺れまで読むと言われてるんだ。だから大きな捕食者が近付くと、普通の魔獣より先に逃げることもできる!」

「へ、へぇ……」

「そして次に面白いのが脚力!」

バラムの目がきらきら輝く。しだいに話す速度もどんどん早くなる。

「本気で走った場合の最高速度は時速666kmと言われてる! 岩場に生息する種は垂直跳躍だけで五メートル以上飛ぶ個体も確認されてて、捕まえようとすると本当に大変で……!実は僕こうやって触るのは初めてなんです。」

「まさか、それで変身させたんですか?」

「うん!!」

即答だった。

「さっきも予想以上に跳んだからびっくりしたよ! あの跳躍角度だと脚部筋肉の比率もかなり高いはずで……あっ、もしかしてこの長い尻尾は空中姿勢を制御するためなのかな?」

ぺたぺた。

今度は尻尾まで触り始める。

「きゃっ!?」

「おぉ……! やっぱり尻尾の付け根の筋肉が発達してるね! この長い尻尾のおかげでスピードを出しても方向転換が出来るようになっているのか……!」

バラムはミリアの尻尾を優しく撫でながら、付け根の筋肉をほぐすようにマッサージした。

「ぁ…先生ぇ……」

ミリアの体がビクッと身震いする。触れられた尻尾の付け根から脳天までゾクゾクと痺れるような感覚が走る。

角から更に白い煙が噴き出した。

「付け根の筋肉もそうだけど、尻尾自体もほぼ筋肉で出来てるから意外と見た目よりも重たいな。」

バラムはクイッと長い尻尾を持ち上げた。

「ちょっ!!!先生!!!!!あんまりその辺は見ないでください!!!!!」

「…あ。」

今更説明するのもおかしいが、当然ながら変身したミリアは全裸である。厳密には魔法によって「服が不可視化されている」のだが、実際問題着てないのと同じ状態である。

尻尾を持ったまま、バラムはその場でフリーズした。顔が一瞬にして紅潮していく。

「…。」

落ち着こうとして、その場で深呼吸をするのと同時に、ミリアの煙が更に噴き出した。

煙を大きく吸い込んだバラムは、すっとミリアの脇を両手で掴み抱き上げると顔を近づけた。

「…バラム先生?」

釣り目がトロンと垂れ下がり、眉毛が八の字になって困ったような辛そうな顔をしている。口枷から荒い呼吸の音が響いて聞こえた。「ミリア先生。」と、吐息のような小さな声が聞こえたかと思うと、そのまま机に押し倒された。

バラムの大きな体が陰になって表情が見えない。三白眼の黒い瞳がじっとこちらを見つめているのだけが分かる。

(やばい!!!)

「ミリア先生って、カルエゴ君のことどう思って…ー」

次の瞬間、ミリアは勢いよくバラムの顔を後ろ脚で蹴り上げた。

「…うぐっ!!!」

そこでようやく手を離し、バラムは後ろによろめきながら顎を押さえた。

 

「あ、あれ?僕は何を?」

 

「しっかりしてください!」

バラムは頭を抱えてミリアの方を向いた。

そこには、悪魔の姿に戻ったミリアが机の上に横になって、2発目のキックの用意をしてその踵をバラムに向けていた。スカートの裾がめくりあがっている…―

「わわっ!!!」

バラムは両手で顔を押さえて後ずさりした。

その様子を見たミリアはため息をついて机から降りた。

「窓開けますよ!!煙のせいです!!!」

カツカツとヒールを鳴らせて歩いてゆき、窓を全開に開けた。今度は反対側の壁にカツカツと歩いてゆき、大きな鳥に変身すると、大きく羽ばたかせて部屋の空気を外へ押し出した。

「だいぶ煙が薄くなりましたね。大丈夫ですか?」

振り返ると、バラムが頭を抱えて椅子に座っていた。

「申し訳ありません。僕としたことが…。幻惑煙には多少耐性があるからと油断していました。」

「ゴホンッ…。まぁ、今回でなんとなく一角トビウサギがどのように煙を出しているかはなんとなく理解しました。感情が高ぶると勝手に出るみたいです。」

バラムは申し訳なさそうに体を小さくかがめて俯いている。

ミリアはしばし思案し、口を開いた。

「バラム先生、随分楽しそうでしたね。」

意地悪そうな声でミリアがバラムに尋ねる。

「えっっ…いや…それは…」

気まずそうに口ごもる。

「正直に言っていいんですよ。珍しい魔獣を近くで触れて良かったですね。」

ミリアはバラムの背後から近づき肩を掴んだ。

「救護マニュアルの作成を手伝ってもらってる恩がありますから今日の事は大目に見ます。だけど、ちょっとバラム先生に利点が多いんじゃありませんか?」

バラムは青ざめた顔で振り返った。

何を言われるかは分からないが、ミリアの出す条件を飲むほかない。

「…どうすればいいですか?」

恐る恐る尋ねると、ミリアはクスッと笑った。

「そうですね…、今度、バラム先生のこと撫でさせてください。」

「えっ。」

「それで、おあいこにします。」

バラムは意外な要求に目を丸くした。煙で惑わされていたにしても、同僚相手にかなり失礼なことをした自覚はあったし、もう二度と口をきいてもらえなくなってもおかしくはない。

「……それだけでいいの?」

思わず聞き返してしまう。

ミリアはむっと眉を寄せた。

「“それだけ”って何ですか」

「あっ、いや、違うんだ!」

バラムは慌てて両手を振る。

「もっと、その……怒られるかと……!」

「怒ってはいます。」

「はい……」

しゅん、と肩を落とす。

ミリアはそんな彼を見て、小さく息を吐いた。

「私も、さっさと悪魔の姿に戻って空気の入れ替えとか出来たはずです。それが出来なかったのは私の能力不足。そもそも二人きりでこんな実験をするのが間違ってたんです。……安全管理が甘かったですね、私たち。」

「その通りです…。」

バラムは低い声で同意した。

「ミリア先生、怖がらせてしまって本当に申し訳ありません。」

「……いえ。」

ミリアは小さく首を横に振った。

会議室の中には、まだほんのり甘い香りが残っている。

窓は開けたし換気もしたが、それでも、さっきまでの空気を完全には消し切れていない気がした。

ミリアは小さく咳払いをする。

「と、とにかく……今日の会議はこれで終わりにしましょう。」

机の上の資料を慌ただしくまとめ始めた。

「危険生物の情報はかなり参考になりました。ありがとうございます。」

「いや、そんな……」

「それと」

ミリアは資料を抱えたまま、ちらりとバラムを見る。

「次はちゃんと準備した状態でお願いします。」

「準備……?」

彼女は少し言葉を区切った。

「……撫でる時は事前申告してください。」

「えっ」

バラムが固まる。

ミリアは耳まで赤くしながら続けた。

「そ、その……今回みたいなのは困るので!」

「は、はい!!」

勢いよく背筋を伸ばす。

その反応を見て、ミリアは少しだけ吹き出した。

「……まあ、罰として」

彼女は視線を逸らす。

「次は“贖罪ナデナデ”で許してあげます。」

ぷい、とそっぽを向く。

だが、口元は少しだけ緩んでいた。

「……では、お疲れさまでした。バラム先生。」

「う、うん。お疲れさま。」

ミリアは足早に会議室を出ていく。

扉が閉まる音。

窓の開いた会議室に下校中の生徒の声が入ってくる。騒がしい外の笑い声が、会議室の静けさをより際立たせる。

「…………」

バラムはその場に立ち尽くした。

胸がうるさい。反省している。本当にしているのだ。

距離感を間違えた。教師として軽率だった。

二人きりで実験など、確かに危機管理不足だった。

なのに。

「……次も、撫でていいんだ。」

ぽつりと漏れた声に、自分でハッとする。

違う。そういう話ではない。

バラムはぶんぶんと頭を振った。

それより問題なのは――。

「なんで発情期の幻惑煙が出たんだ……?」

真剣な顔で腕を組む。

一角トビネズミの生態はまだ未解明部分が多い。

環境要因か。精神状態か。接触による安心感か。

あるいは、もっと別の理由なのか。

「……分からない。」

バラムは深く悩み始めた。

 

 

その頃。

会議室を出たミリアは、人気のない廊下を早歩きで進んでいた。

「っ、〜〜〜〜〜〜!!」

角を曲がった瞬間、壁に額を押し付ける。

熱い。顔が熱い。耳まで熱い。

「なに言ってるんですか私は……!!」

“贖罪ナデナデ”。

なんだその単語は。

意味が分からない。

しかも。

(次も撫でられる前提みたいになってるじゃないですか……!!)

思い出した瞬間、さらに顔が熱くなる。

ミリアはその場でしゃがみ込み、頭を抱えた。

「うぅ……もう……」

会議室の中では真面目に振る舞えていたはずなのに。

別れた瞬間、一気に羞恥が押し寄せてくる。

そして脳裏に蘇る。

大きな手。優しく撫でる指先。耳へ触れられた感覚。

吐息のような声で囁かれた「ミリア先生」

 

(あれ?そういえばバラム先生、カルエゴ先生がどうとかって言ってた?)

 

ミリアは真っ赤な顔のまま少し考えたが、恥ずかしさでそれどころではなかった。




ようやく本当に書きたい内容が書けてる気がします。
次回は攻守逆転、バラム撫でられ回です。
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