空白の観測者と、真紅の共犯者   作:りー037

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【第七章】真紅の夜と、交差する星の光

[Time: 2004年 2月2日 午前7:45]

 

[Location: 冬木市 深山町 ── 穂群原学園への通学路]

 

 

肺を刺すような冬の冷気が、遠坂凛の意識を鋭く研ぎ澄ませていた。

 

昨日と同じ通学路、昨日と同じ冬の空。だが、彼女の右手の甲に刻まれた三画の令呪が、この世界がすでに血塗られた『聖杯戦争』の盤面へと変貌していることを絶えず主張し続けている。

 

 

(……『ゆめゆめ、背後に気をつけろ。背景に溶け込んだ闇が、いつ君を食い破るか分からんぞ』)

 

 

歩みを進める凛の脳裏に、昨夜、冬木教会で言峰綺礼が放った言葉がねっとりと蘇る。

 

魔術協会の武闘派執行者、バゼット・フラガマクレミッツの左腕を切断し、瀕死に追いやった謎の襲撃者。そして、現場に残されていたという特異な事象の歪み。

 

 

 

言峰は、それが凛の周囲をうろつく「空白の少年」──竜胆茜の仕業ではないかと仄めかした。

 

 

 

「……あり得ないわ」

 

 

凛は、吐く息の白さに紛らせるように小さく呟いた。

 

確かに彼は、結果を歪ませる奇妙な護身術を持っている。昨日、屋上で見た彼の姿は、強烈な血の匂いを纏い、ひどく顔色が悪かった。階段から落ちたというのも十中八九嘘だろう。

 

だが、だからといって、彼が時計塔の封印指定執行者を単独で打破するなど、常識的に考えて絶対に不可能だ。

 

 

(あいつは馬鹿だけど、怪物じゃない。……ただ、私の知らないところで、とんでもない厄介事に首を突っ込んでいることだけは確かね)

 

 

学園の正門が見えてきたその時、凛の魔術師としての知覚が、ピリリと微かな警鐘を鳴らした。

 

 

「……何、これ」

 

 

足を止め、学園の校舎を見上げる。

 

視覚的には何も変わらない。だが、空間に漂うオドの波形が、微かに濁っている。校舎の壁、廊下、そして敷地の境界線に沿って、蜘蛛の巣のように張り巡らされた魔力のリレー。

 

(……結界。それも、人間の魔力を吸い上げる陰惨な陣地構築(テリトリー)。まだ起動はしていないけど、準備段階に入っている)

 

 

 

他のマスターだ。

 

すでにこの学園の中に、聖杯戦争の参加者が潜み、無関係な生徒たちを生贄にしようと罠を張っている。

 

凛の瞳に、冷ややかな怒りの火が灯った。当主としての管理地を荒らされることへの怒りと、他者を巻き込む外道への嫌悪。

 

 

(放課後まで待つわ。生徒がいなくなったら、結界の基点(ノード)を一つ残らず解除してやる)

 

 

決意を胸に、凛は校舎へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

[Time: 同日 午前8:30]

 

[Location: 穂群原学園 2年A組 教室]

 

 

教室は暖房が効き、生徒たちの他愛のない談笑で満ちていた。

 

凛は自分の席に座り、教科書を開いていたが、その視線は数分おきに、教室の後方──窓際から一つ廊下側の席へと向かってしまっていた。

 

 

 

空席だった。

 

いくら気配を消していようとも、そこに座り、呆れるほど無気力に虚空を眺めている彼。

 

 

だが、鞄すらない。完全に欠席している。

 

それとも昨日の様に屋上にいるのだろうか。

 

 

 

(……やっぱり、昨日の怪我が響いてるんじゃないの。それとも、言峰の言う通り、何か裏で……いや、考えすぎよ)

 

 

 

シャーペンを握る凛の指先に、無意識に力が入る。

 

彼が自分の目の届かない場所で、一人で倒れているのではないか。死にかけているのではないか。そんな焦燥感が、彼女の冷静な思考を少しずつ乱していく。

 

 

 

二時間目の授業が終わり、休み時間を告げるチャイムが鳴った。

 

 

 

教室の息苦しさと、空席から目を逸らすため、凛は冷たい空気を求めて廊下へと出た。

 

窓の外の曇り空をぼんやりと眺めていた、その時だった。

 

 

 

「……遠坂。ちょっといいか」

 

 

 

不意に、横から声が降ってきた。

 

顔を上げると、赤みがかった茶髪の少年──弓道部を引退したばかりの別のクラスの同級生、衛宮士郎が立っていた。

 

 

彼は、誰に対しても分け隔てのない、真っ直ぐすぎるほどのお人好しな瞳で、凛を心配そうに見下ろしていた。

 

 

「衛宮くん? どうしたの」

 

 

凛は、即座に「優等生の遠坂凛」の仮面を被り直し、微笑みを浮かべた。

 

 

「いや……その、朝から廊下で見かけた時から、なんだかずっと怖い顔をしてたからさ」

 

 

士郎は頭を掻きながら、少し言いにくそうに言葉を続ける。

 

 

「それに、さっき用事でA組を覗いた時、竜胆のやつが休みだったし、……遠坂、もしかしてあいつのこと、心配してるのか?」

 

 

士郎のあまりにもストレートな問いかけに、凛は一瞬言葉に詰まった。

 

 

「……別に、心配なんてしてないわよ。ただ、あいつが休むなんて珍しいから、ちょっと不思議に思っただけ」

 

「そっか。……竜胆って、なんというか、生きてるか死んでるか分からないような奴だけど、遠坂の前だと少しだけ『そこにいる』って感じがするからな。何かあったのかと思ったんだ」

 

 

士郎のその言葉は、魔術とは無縁の直感でありながら、凛と茜の歪な関係性を的確に言い当てていた。

 

 

 

 

 

凛は、目を丸くして士郎を見つめ直す。

 

 

(……時々、恐ろしいほど真っ直ぐに事象の核心を突いてくる)

 

 

「……ありがとう、衛宮くん。でも大丈夫よ、少し考え事をしてただけだから。……貴方も、今日は寄り道しないで早く帰りなさいよ。最近、物騒だから」

 

 

凛は、学園に張られた結界のことを思い浮かべながら、一般人である彼に忠告した。

 

 

「ああ、分かってる。遠坂も気をつけてな」

 

士郎は人の良い笑顔を向け、自分の教室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

[Time: 同日 午後5:30]

 

[Location: 穂群原学園 ── 誰もいない廊下]

 

 

夕日が落ち、校舎は薄暗い闇に包まれていた。

 

生徒たちが完全に下校したのを見計らい、凛は人気のない廊下を歩いていた。手には、魔力を帯びた数個の宝石が握られている。

 

 

「……ここね」

 

 

凛は、廊下の隅の壁面に刻まれた、血のような呪の刻印を見つけた。張り巡らせた結界の起点の一つ。

 

宝石の魔力を流し込み、その呪式を物理的に焼き切って解除する。

 

 

『──随分と手間をかけるのだな、凛』

 

 

霊体化していたアーチャーが、背後の虚空から実体化し、呆れたような声を出した。

 

赤い外套を纏った、長身の英霊。その手には、警戒のためにいつでも双剣を投影できる準備が整っている。

 

 

「当然でしょ。私の管理地で、一般人を巻き込むような真似は許さないわ」

 

 

凛は振り返らずに次のノードへと歩き出す。

 

『その気高さは君の美徳だが、無駄な魔力消費は命取りだ。……それに、君の思考の三割は、未だにあの「欠席した同級生」に割かれていると見える』

 

 

 

アーチャーは、鋭い視線で凛の背中を射抜いた。

 

 

『昨夜、神父から聞いた。時計塔の執行者を沈めた未知の襲撃者。……君は、それをあの少年だと疑っているのではないか?』

 

 

「……綺礼の戯言よ。あいつにそんな力はないわ」

 

 

 

凛は、足早に廊下を進みながら冷たく言い放つ。

 

 

『そうか? 私の目から見ても、あの少年の存在は極めて歪だった。君の言う通り魔術回路は機能していないように見えたが、その内側には、底知れぬ空洞がある。……凛。もし彼が盤面を乱す未知の脅威であるなら、私情は捨てろ。マスターとして、冷徹に切り捨てるべきだ』

 

 

アーチャーの言葉は、サーヴァントとしての極めて合理的で、正しい忠告だった。

 

 

 

だが、凛はピタリと足を止め、ゆっくりとアーチャーを振り返った。

 

その瞳には、強烈な怒りと、絶対に譲れない意志が燃えていた。

 

 

「いいこと、アーチャー。……あいつは、切り捨てる駒じゃないわ」

 

 

凛の声は低く、だが鋼のような硬さを持っていた。

 

 

「もし本当に、あいつが裏で馬鹿な真似をして、血を流して泥を被ろうとしているなら……。あいつの暴走を止めて、力ずくで安全な場所に引きずり戻すのが、私の責任よ」

 

 

 

 

アーチャーは、マスターのその気高いほどの強情さに、小さく肩をすくめた。

 

『……やれやれ。君というマスターは、一度決めたら梃子でも動かないらしい。了解した、その方針に従おう』

 

 

 

 

 

 

 

 

[Time: 同日 午後6:00]

 

[Location: 穂群原学園 ── 校庭]

 

 

最後の結界ノードを解除するため、凛とアーチャーはすっかり夜の闇に沈んだ校庭へと出た。

 

だが、そこには、すでに「待ち伏せ」をしていた何者かの気配が、濃密な死の香りを漂わせていた。

 

 

 

「──随分と遅かったじゃねえか。待ちくたびれたぜ、お嬢ちゃん」

 

 

 

 

闇の中から、青い装束の男が姿を現した。

身の丈を越える深紅の魔槍。獣のような赤い瞳。昨夜、マスターの脱落と共に姿を消したはずのサーヴァント──ランサー。

 

 

 

「ランサーのサーヴァントね。マスターを失って、はぐれ英霊にでもなったっていうの!?」

 

 

 

凛は即座に後退し、両手に宝石を構えた。

 

アーチャーが、一瞬で凛の前に立ち塞がる。彼の手には、陰陽の夫婦剣『干将・莫耶』が投影されていた。

 

 

「ハッ、誰が野良犬だ。俺には新しく雇い主がついてるんでな。……この学園をうろつくマスターを偵察しに来たんだが、上玉に出会えるとは、ツイてるぜ」

 

 

 

ランサーは、槍を肩に担いだまま獰猛に笑った。

 

 

「アーチャー、来るわよ!」

 

 

「ああ、任せておけ!」

 

 

 

 

次の瞬間。

 

空気が爆発する音が、夜の校庭に響き渡った。

 

人間の動体視力では、二人のサーヴァントの動きを捉えることなど不可能だった。

 

ランサーの槍が、神速の刺突となってアーチャーの心臓へと殺到する。アーチャーは双剣を交差させてそれを弾き、金属が激突する火花が、暗闇をストロボのように照らし出す。

 

 

「ハッ! 弓兵のくせに、随分と近接がこなせるじゃねえか!」

 

 

「そちらこそ、獣の分際で中々の軽業を見せてくれるな!」

 

 

 

一撃が交差するたびに、校庭の地面が抉れ、巻き起こる衝撃波で周囲の窓ガラスがビリビリと震える。

 

凛は、サーヴァント同士の絶対的な死闘を前に、息を呑むことしかできなかった。

 

 

 

これが、聖杯戦争。人間が絶対に立ち入ってはならない、神話の暴力の顕現。

 

十数合の激しい打ち合いの後、二人は距離を取った。

 

アーチャーの双剣には欠けが生じ、ランサーは余裕の笑みを浮かべている。

 

 

 

「……なかなかの腕だ。だが、昨日の夜の『アレ』に比べりゃ、驚きが足りねえな」

 

 

 

ランサーが、不意に退屈そうに首を鳴らしながら、とんでもないことを口走った。

 

 

「昨日の、夜……?」

 

 

 

凛の眉がピクリと動く。

 

ランサーは、凛の方へ赤い瞳を向け、嘲るように牙を見せた。

 

 

「お嬢ちゃん、冬木の管理者だろ? なら知らねえか。……全身から血を流した、死人みたいなツラした陰気なガキをよ。俺の必殺の『槍』を、因果ごとバグらせて止めやがった、最高にイカれた人間の小僧をな」

 

 

 

 

ドクンッ、と。

 

 

 

 

凛の心臓が、恐怖で跳ね上がった。

 

 

(……死人みたいな顔色で。全身から血の匂いをさせて……サーヴァントの宝具を、因果ごと止めた……?)

 

 

脳裏に、昼休みの屋上で見た、茜のボロボロの姿がフラッシュバックする。

 

言峰の言葉は真実だった。竜胆茜は、昨夜、この規格外のサーヴァントと正面から衝突し、そして生き延びたのだ。

 

 

 

凛は、彼という存在に恐怖を抱いたのではない。彼が、遠坂凛の預かり知らぬところで、どれほど死の淵に立たされるような常軌を逸した「自己犠牲」を強行していたのかという事実に対する、圧倒的な絶望感だった。

 

 

「……あいつ、馬鹿じゃないの……ッ!」

 

 

凛が唇から血が出るほど強く噛み締めた、その時。

 

 

 

カチャン、と。

 

 

 

校舎の入り口付近で、微かな物音がした。

 

 

「……誰だ!?」

 

 

ランサーの獣の如き直感が、そのわずかな気配を逃さなかった。

 

 

 

 

闇の中で、逃げ遅れた生徒──衛宮士郎の姿があった。

 

 

「一般人か。……見たからには、死んでもらうぜ」

 

 

ランサーの姿が掻き消える。

 

 

「待ちなさい、ランサー!!」

 

 

凛の制止も虚しく、ランサーは校舎の中へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[Time: 同日 午後7:10]

 

[Location: 穂群原学園 ── 校舎内 廊下]

 

 

凛とアーチャーが校舎に駆け込んだ時、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 

廊下の壁に血しぶきが飛び散り、床には、心臓を魔槍で正確に貫かれた衛宮士郎が倒れていた。

 

すでにランサーの気配はない。口封じを済ませ、立ち去った後だった。

 

 

「……衛宮、くん」

 

 

 

凛は、血だまりの中に崩れ落ちた。

 

朝、「気をつけて帰りなさい」と言葉を交わしたばかりのクラスメイトが、胸から大量の血を流し、急速に体温を失っている。

 

 

 

『……即死だ。心臓を完全に破壊されている。諦めろ、凛』

 

 

アーチャーが冷酷に、しかし静かに事実を告げる。

 

 

「……諦める? ふざけないで」

 

 

 

自分が管理する土地で、自分の顔見知りが、自分の関わる魔術の戦いに巻き込まれて死んだ。

 

 

 

 

その責任の重さと、無力感。

 

 

だが、凛はただ泣き崩れるような弱い女ではなかった。

 

 

「……まだ、魔術回路は完全に死滅してない」

 

 

凛は、震える手で首元から一つのペンダントを引きちぎった。

 

遠坂の家系に伝わる、膨大な魔力が蓄積された最高クラスの魔術礼装。父親の形見。

 

それを士郎の貫かれた胸の上に置き、自身の全魔力を注ぎ込む。

 

 

 

「衛宮くん……戻ってきなさい。私のミスで、貴方を死なせたりしない……!」

 

 

強烈な魔力の光が、薄暗い廊下を照らし出す。

 

ペンダントに込められた数十年来の魔力が、士郎の破壊された心臓の細胞を強制的に置換し、鼓動を無理やり再起動させていく。

 

失われた命を現世に繋ぎ止める、奇跡に近い治癒魔術の行使。

 

 

 

 

数分後。

 

 

ゴホッ、と士郎の口から微かな空気が漏れ、その胸が再び上下に動き始めた。

 

 

「……はぁ、はぁっ……」

 

 

凛はペンダントをその場に残し、極度の魔力消費による目眩に耐えながら立ち上がった。

 

 

「行くわよ、アーチャー……」

 

 

凛は、顔の涙を袖で乱暴に拭い、血に染まった廊下から駆け出していった。

 

 

運命の歯車が、音を立てて回り始めた夜。

 

 

 

 

 

彼女はまだ知らない。この後、生き返った衛宮士郎がランサーに追われ、蔵へ駆け込み、そこで『最優の剣兵(セイバー)』を召喚することになるということを。

 

 

 

 

 

 

 

[Time: 同日 午後8:45]

 

[Location: 冬木市 新都外れ ── 竜胆茜の自室(安アパート)]

 

 

視点は変わり、冬木の暗闇に潜む「観測者」の部屋へ。

 

 

「……システム、修復状況の確認」

 

 

竜胆茜は、ベッドの上に胡座をかき、胸の奥にある『黄金球体』のステータスを内観していた。

 

 

「はい、マスター。私の魔力供給により、球体の微小な亀裂の九割を修復完了しました。切断されていた魔術回路の疑似神経網も、正常な稼働率を取り戻しています」

 

 

茜の背後に立つメディア・リリィが、杖の先端から柔らかな光を放ちながら、献身的に茜の治癒を続けていた。

 

 

「ご苦労だった。……これなら、L2の因果干渉も問題なく引き出せる」

 

 

茜は、昨日のバゼットとランサーとの死闘で負った物理的なダメージが、神代の魔女の桁外れの治癒能力によって、たった一日でほぼ完全に塞がっていることを確認した。

 

 

 

 

メディア・リリィの存在は、茜のシステムにとって最高のバッテリーであり、メンテナンス要員だった。

 

 

「マスター。今日は一日、学校を休まれて正解でしたね。……でも、遠坂凛さんの監視はしなくてよかったのですか?」

 

 

 

メディア・リリィが、小首を傾げて尋ねる。

 

 

「……今日は、彼女は学園の結界の解除に動くはずだ。そこに僕が下手に介入すれば、彼女のマスターとしての自立を阻害する。……それに、彼女にはあのアーチャーがついている。並の敵なら遅れは取らない」

 

 

茜は、冷たいウーロン茶を喉に流し込みながら淡々と答えた。

 

 

 

だが、その実、今日一日、遠坂のことが気にならなかった瞬間は一秒たりともなかった。

 

 

外は完全に夜の闇に沈んでいる。

 

茜は、窓の外の星空を見上げながら、L4《環境並列演算網》をゆっくりと冬木の霊脈へと接続し始めた。

 

今日の盤面の変動を確認し、明日以降に潰すべきマスターの優先順位を計算するためだ。

 

 

 

 

 

──その、瞬間だった。

 

 

 

ドゴォォォォォォォンッ!!

 

 

 

 

茜の脳内に直接響くような、物理的な轟音とは異なる、世界の法則そのものを揺るがすような絶大な「震動」が走った。

 

 

「……ッ!」

 

 

茜は思わず眉間を押さえ、ベッドから立ち上がった。

 

メディア・リリィもまた、顔色を変えて窓の外、深山町の方角を見つめている。

 

 

「マスター! 今の魔力反応……! 冬木の霊脈を震わせる、異常な質量です!」

 

「ああ、観測した」

 

 

茜の《構造解析(ストラクチャー・アナライズ)》が、深山町の住宅街──衛宮士郎の家のある座標から立ち昇る、黄金の光の柱を幻視していた。

 

 

(……なんだ、この圧倒的な神秘の塊は。ランサーの時とは比べ物にならない。星の瞬きそのものを、無理やり人の形に押し込めたような、究極のハードウェア)

 

 

 

茜の脳内の演算システムが、その正体を弾き出す。

 

(……セイバー。最優のクラス。……それを喚び出したのが、あの空っぽの男、衛宮士郎だというのか)

 

 

「……計算が狂った。盤面に、僕のシステムでも制御しきれないほどの巨大な『バグ』が顕現した」

 

 

茜は、窓ガラスに映る無機質な自分の顔を見つめた。

 

 

 

 

だが、ただ傍観しているわけにはいかない。

 

 

あの特大のノイズの発生源──衛宮邸の現状と、そこで何が起きているのかを正確に把握する必要がある。遠坂凛がそこに絡んでいる可能性もゼロではないからだ。

 

 

「メディア。偵察用の使い魔を放て」

 

 

茜は視線を窓の外の暗闇に固定したまま、背後の少女に冷徹な指示を下した。

 

 

「対象の座標は、今から僕がパス越しに直接送る。映像と音声のログを僕のシステムと同期させろ。……絶対に、見つかるなよ。相手は最高峰のサーヴァントだ」

 

「はい、マスター。お任せください」

 

 

メディア・リリィが静かに杖を振るうと、淡い紫色の魔力で編み上げられた小鳥のような使い魔が数羽生み出され、窓の隙間から冬の夜空へと溶け込んでいった。

 

 

L4《環境並列演算網(レイライン・ボットネット)》を介して、茜の脳内に衛宮邸の正確な空間座標がマッピングされ、使い魔の視覚情報が次々とリンクしていく。

 

 

 

遠坂凛の生存ルートを確保するための、事前解体作業。

 

 

だが、運命の夜は、茜の計算を嘲笑うかのように、最強の英霊を主人公たちの元へともたらしたのだ。

 

 

 

聖杯戦争は、ここからが本番。

 

竜胆茜という背景の観測者は、自らの限界を超えた因果の海へと、さらに深く身を投じることを余儀なくされるのだった。

 

 

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