空白の観測者と、真紅の共犯者   作:りー037

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【第二十一章】剣の骨と、穿つ閃光、そして背景の解体者

[Time: 2004年 2月5日 午前0:00]

 

[Location: 冬木市 深山町 ── 間桐邸・地下(蟲蔵)]

 

 

(……痛い。熱い。息が、できない)

 

 

衛宮士郎の意識は、真っ白なノイズなどではなく、ドロドロに濁ったどす黒い泥濘に塗り潰されていた。

 

臓硯と対峙してから、約三十分。

 

たかが三十分。だが、それは魔術回路もまともに開けない半人前の少年が、何百年も生きる魔性の怪物と密室で殺し合うには、あまりにも長すぎる、永遠にも等しい時間だった。

 

 

 

「──投影開始(トレース・オン)……!!」

 

 

 

喉の奥から空気が漏れる。

 

視界を埋め尽くすほどの蟲の津波。カサカサ、カサカサという羽音と這いずる音が、鼓膜を直接削り取ってくる。

 

士郎は両手に投影した双剣を振り回し、迫り来る蟲を斬り飛ばすが、その端から彼の皮膚を新たな蟲が食い破ろうと牙を立てる。

 

 

魔力がない。ならば、神経を回す。

 

神経が焼き切れる。ならば、自身の骨を、肉を、魂そのものを『剣』という概念へと書き換え、燃料として焚べる。

 

 

(……悪を、断たなければ。影を、殺さなければ。……でも、桜を、助けなくちゃ……!)

 

 

 

脳髄が沸騰する。

 

『多数を救うために少数を切り捨てる正義の味方』と、『たった一人の少女を地獄から救い出したい一人の人間』。

 

相反する二つの命令が、士郎の体内で凄絶な軋みを上げ、彼自身の精神を八つ裂きにしていく。

 

確固たる信念などない。今の士郎を辛うじて立たせているのは、眼前の間桐臓硯という純粋な悪に対する、吐き気を催すほどの『殺意』だけだった。

 

迷いと矛盾を抱えたまま無理やり出力された双剣は、ひどく歪で、無惨にひび割れていた。

 

 

 

 

ガキィィィンッ!

 

 

 

 

体内で、自身の人間としての何かが決定的に壊れる音がした。

 

だが、痛みに意識を手放すことすら、彼の中で暴走する『矛盾(バグ)』が許さなかった。

 

物理的な限界はとうに訪れている。膝が震え、視界が二重、三重にブレる。握りしめた投影の剣が、限界を迎えて砂のように崩れ落ちていく。

 

 

「クカカカ! 脆い、脆いのう衛宮の小僧。お前のその薄っぺらい剣は、いったい何のために振るわれておる? 街を喰らう怪物を殺すための『正義』か? それとも、蟲に犯された娘を救うための『情』か?」

 

 

蟲の海の中央で、間桐臓硯の哄笑が響く。

 

「どちらを選んでも地獄じゃ! 己の理想と愛情に引き裂かれ、答えを出せぬまま、せいぜいワシの可愛い蟲たちの餌となるがいい!」

 

 

士郎は、声すら出せなかった。

 

ただ、血走った目で臓硯を睨みつけることしかできない。

 

「さあ、四肢を喰らえ。矛盾に壊れたその脳髄に潜り込み、その魔術回路を苗床として──」

 

 

臓硯が杖を振り下ろし、蟲の群れが士郎に最後の一撃を加えようと波打った、まさにその刹那だった。

 

 

 

 

 

 

ドゴォォォォォォォォォォンッッ!!!

 

 

 

 

 

間桐邸の強固な地下天井が、文字通り「消滅」した。

 

天から降り注いだのは、目を焼くような青白い閃光。

 

それは、空間の法則すらねじ曲げる圧倒的な魔力の奔流──アーチャーが遥か上空から放った、空間を穿つ宝具の一撃だった。

 

 

「……な、んじゃと!?」

 

 

閃光は、臓硯の本体と士郎の間に正確に突き刺さった。

 

爆発的な衝撃波が地下室を吹き飛ばし、士郎に迫っていた蟲の群れを一瞬にしてチリ一つ残さず蒸発させる。

 

完璧な計算のもとに放たれたその狙撃は、士郎と臓硯の空間を『完全に分断』したのだ。

 

 

「……どうやら、最悪の結末には間に合ったようだ」

 

 

粉塵が舞う中、崩れ落ちた天井の穴から、赤い外套の英霊が静かに舞い降りた。

 

アーチャーの双手に、陰陽の双剣『干将・莫耶』が握られる。

 

 

「ア……ーチャー、お前……」

 

 

「貴様は下がっていろ。その腐れ外道の相手は、私が引き受ける」

 

 

アーチャーは士郎を背中で庇うように立ち塞がり、臓硯に向かって双剣を構えた。

 

英霊の絶対的な殺気が、蟲蔵の空気を一瞬にして凍らせる。

 

 

「……チィッ。遠坂の小娘のサーヴァントか! 何故ワシの結界を抜けた!?」

 

 

臓硯が狼狽した声を上げた、次の瞬間。

 

 

 

「──『Set(展開)』。九番、十一番、十五番。全工程終了(クリア)──!」

 

 

 

凛とした、しかし烈火のような怒気を孕んだ少女の声が、粉塵を切り裂いた。

 

アーチャーが空けた天井の穴から、遠坂凛が軽やかに着地する。その両手の指の間には、極限まで魔力を充填された宝石が煌めいていた。

 

 

「『Gerechte Zorn(燃え盛れ)』!!」

 

 

 

凛が宝石を解放する。

 

放たれたのは、属性【火】の極大魔術。

 

紅蓮の炎が爆風を伴って渦を巻き、蟲蔵に蔓延る不浄な蟲の海を容赦なく焼き払っていく。ジジジジッという蟲が焼ける不快な音と腐臭が、炎の浄化によって上書きされていく。

 

 

 

だが、臓硯の蟲もただ黙って焼かれるわけではない。

 

生き残った無数の蟲たちが、炎の死角を縫うようにして一斉に凛へと襲いかかろうと跳躍した。

 

 

「──させない」

 

 

凛の背後の影から、音もなく黒いコートの少年が滑り出た。

 

 

竜胆茜。

 

彼は一切の魔力光も、詠唱の音すらも立てずに、ただ虚空に向かって右手で線を引くように指先を滑らせた。

 

 

 

起源特化術式──◆《術式分解(スペル・ディスアセンブル)》。

 

 

 

 

凛に群がろうとした蟲たちが、彼女に届く数メートル手前で、まるで目に見えない壁に衝突したかのようにボロボロと崩れ落ちていく。

 

(対象の魔力構造を読み取る。……間桐の蟲は、臓硯の魔力パスと命令式によって統制されている。ならば、その『命令の論理構造』そのものを分解し、無効化する)

 

 

 

茜の瞳の奥で、黄金球体が静かに回転する。

 

《術式分解》は、飛来する蟲を物理的に叩き落とすのではない。蟲という使い魔を構成している「前へ進め」という術式(プログラム)のハッキングだ。

 

茜が指先を動かすたびに、凛の周囲の空間のルールが「間桐の魔術が成立しない領域」へと書き換えられていく。

 

 

(……僕は背景だ。遠坂凛という完璧な絵画に、泥の一滴すら跳ねさせるわけにはいかない。彼女の出力(火力)の邪魔になるノイズは、僕がすべて水際で解体する)

 

 

凛が前衛として圧倒的な炎で蹂躙し、その後方で茜が完璧な《術式分解》によって彼女の絶対的な安全圏を担保する。

 

互いの長所を極限まで高め合う、あまりにも美しく、無駄のない連携だった。

 

 

「……助かったわ、竜胆!」

 

「遠坂はそのまま前方を制圧してくれ。僕は彼(衛宮)の処置をする」

 

 

茜は言葉少なに指示を出し、意識が途切れ、その場に崩れ落ちそうになっていた士郎の脇をしっかりと支え止めた。

 

 

「……りん、どう……?」

 

 

士郎の虚ろな目が、茜を捉える。

 

焦点は合っていない。彼の網膜には現実の風景ではなく、脳髄を焼き尽くさんとする無数の剣の幻影だけが映り込んでいるようだった。

 

 

「……お、まえ……竜胆、か……?」

 

 

掠れた、血を吐くような声。

 

士郎は自分が倒れかけていることすら理解していない様子だったが、茜の冷たい手の感触に、ほんのわずかに安堵の色を浮かべた。

 

「……喋るな。君の魔術回路は、すでに全損の一歩手前だ。神経を代償とした魔術行使とはね。寿命を縮める行為だ。」

 

 

 

茜は◆《構造解析(ストラクチャー・アナライズ)》で士郎の体内をスキャンし、その惨状にわずかに眉をひそめた。

 

 

まさに狂気。体内の血管という血管に内側から刃が突き刺さっているような、常人ならとうにショック死している状態。

 

 

茜は士郎の胸にそっと手を当てた。

 

「──◆《因果遅延起動(ディレイ・カウザリティ)》。事象の保留。君の回路が焼き切れるという『結果』を、システムの裏側に先送りする」

 

 

茜の掌から放たれた極小の魔力が、士郎の暴走する魔術回路の時間を強制的に「一時停止」させた。

 

体内を駆け巡っていた灼熱の激痛が、嘘のように遠ざかっていく。

 

 

(……だが、これはあくまで『遅延』でしかない。損傷という事実が消えたわけじゃない。安全圏に退避した後、迅速に極低温での冷却と、メディアによる神代の治癒魔術で結果を上書きしなければ、結局は数時間後に焼き切れる)

 

 

あくまで応急処置。それでも、これ以上の自己破壊を防ぐには、強制的にシャットダウンさせるしかなかった。

 

 

「……ここは君の出る幕じゃない。今は休んでいろ」

 

その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた士郎の糸が完全に切れ、彼は茜の腕の中で深く、重い昏睡へと落ちていった。

 

茜は士郎を壁際に寝かせ、◆《簡易結界(シンプル・バウンダリー)》を展開して周囲の蟲の侵入を遮断する。

 

彼を安全圏に確保したその背後では、すでに極限の魔術戦が文字通り「バチバチと」火花を散らして荒れ狂っていた。

 

 

 

「シャアアアアアッ!!」

 

「チィッ、忌々しい羽音だ。塵一つ残さず切り刻んでやる!」

 

 

アーチャーが双剣『干将・莫耶』を旋風のように振るう。

 

英霊の腕力が生み出す真空の刃が、波のように押し寄せる蟲の群れを数十、数百という単位でミンチに変えていく。血肉と体液が飛び散り、蟲蔵の腐臭がさらに強烈に鼻を突く。

 

だが、斬っても斬っても、地底の泥土から湧き出すように新たな蟲が這い出してくる。

 

 

「キリがないわね……なら、灰ごと焼き尽くすまでよ!」

 

 

凛の瞳が、怒りと魔術師の冷徹な闘志で赤く輝いた。

 

彼女の指先から、惜しげもなく高純度の宝石が弾き出される。

 

 

 

「『Schießen(撃て)』!!」

 

 

 

圧縮された莫大な魔力が解放され、紅蓮の炎、そして白亜の雷撃となって蟲の海を蹂躙する。

 

爆風が地下室を揺らし、焦げた蟲の死骸が雨のように降り注ぐ。凛の圧倒的な火力とアーチャーの鉄壁の剣舞が、圧倒的な物量を持つ臓硯の蟲たちを完全に押し留めていた。

 

 

(……完璧な布陣だ。前衛と火力の二人は、十全に機能している。なら、僕は僕の仕事を果たすだけだ)

 

嵐のような殺し合いのど真ん中で。

 

茜は、歩くことすらせず、その場に静かに立ち尽くしていた。

 

四方八方から飛び掛かってくる蟲の牙も、凛が放つ炎の余波も、茜には一切届かない。

 

 

彼は◆《自己因果の最適化(セルフ・バイパス)》を常時稼働させ、脳が「危険を察知する」よりも前に、身体を自動的にコンマ数ミリずらしてすべての攻撃を「回避し終わっている」状態を作り出していた。

 

視線は一切動かさない。手足も振るわない。

 

ただ、その空虚な瞳の深度だけが、底なしの暗淵へと沈み込んでいく。

 

 

 

◆《構造解析(ストラクチャー・アナライズ)》──深度、最大(MAX)。

 

◆《因果ログ解析(カウザル・ログ)》──空間履歴の遡行を開始。

 

 

 

(……対象:間桐臓硯。構成物質:魔術蟲、約二十四万匹。魔力パスの接続:屋敷全体の地脈と完全同期。……情報を解体しろ。魂の所在(アンカー)を特定する)

 

 

茜の脳内で、凄まじい速度で臓硯の肉体が「数字と線の立体モデル」へと解剖されていく。

 

外殻の蟲。筋肉を代用する蟲。臓器の形を保つ蟲。

 

《構造解析》の無慈悲なメスは、それらの偽装を次々と剥ぎ取り、中心にあるはずの「たった一匹の真の本体」を探し求めた。

 

 

 

(いない。ここには、ない)

 

 

数十万の蟲すべてをスキャンした結果、茜のシステムは『本体不在』の結論を弾き出した。

 

 

 

ならば、どこだ。

 

この無数の蟲たちを遠隔で操っている、真の魔力供給源はどこにある。

 

茜は《因果ログ解析》のベクトルを切り替え、臓硯の端末(ダミー)を操る極細の『魔力パス』を掴み取った。

 

それは、間桐邸の地下深くから伸び、地脈を伝って冬木市の外部へと繋がっていた。

 

 

(……パスを辿る。街の反対側か? いや、もっと深い。肉体ではなく、何らかの巨大な『器』の心臓部に寄生して──)

 

 

茜の意識が、情報通信のケーブルを逆走するハッカーのように、臓硯の魔力パスを高速で遡っていく。

 

 

そのパスの終端。

 

何処かにいるはずの、見知らぬ少女の心臓へと辿り着こうとした、まさにその瞬間だった。

 

ドス黒い、絶対的な「泥」が、パスの向こう側から溢れ出してきた。

 

 

(────なっ、!?)

 

 

茜の思考が、一瞬で真っ白に染まった。

 

それは、人間の魔術師が解析していい代物ではなかった。

 

六十億の呪い。人類の抱くすべての悪意の煮こごり。

 

 

 

『この世の全ての悪(アンリマユ)』。

 

 

 

聖杯の内部に巣食う絶対的な虚無と泥濘が、臓硯のパスを通じて、それを「観測」しようとした茜の脳髄に向かって、凄絶な勢いで逆流してきたのだ。

 

 

『──Error!! Error!! 致命的バグの流入を検知!』

 

『──論理崩壊率、80%を突破。脳神経網への汚染進行──!』

 

 

胸の奥の黄金球体が、かつてないほどのけたたましい悲鳴を上げる。

 

このまま泥の呪いをコンマ一秒でも長く解析し続ければ、茜の脳髄は狂気に染まり、肉体は内側から黒く弾け飛ぶ。

 

 

 

だが、彼が自らに組み込んでいたシステムは、攻撃用OSだけではない。

 

 

 

バチッッッ!!!

 

 

 

茜の脳内で、強烈なショート音が鳴り響いた。

 

L1:常時維持層(パッシブ・バックグラウンド) ── ◆《自動修復機構(セーフティ・リセット)》。

 

 

意識せず常時稼働しているL5の安全装置群の最深部が、茜の意思を介さずに強制発動したのだ。

 

それは、侵入してきたウイルスごと、パソコンの電源ケーブルを物理的にぶち抜くような荒療治。

 

泥の悪意が脳に到達する直前、L1は臓硯へと繋いでいた《因果ログ解析》のパスを強引に切断し、茜の脳内状態(ステータス)を、数秒前の「正常な状態」へと強制的に初期化(リセット)した。

 

 

 

「……ッ、チィ……」

 

 

茜は右手で片目を覆い、短く舌打ちをした。

 

初期化の代償として、脳をハンマーで殴られたような鋭い頭痛と、視界を走る激しい砂嵐のようなノイズが彼を襲う。

 

 

だが、それだけだ。

 

泥の狂気に飲まれることもなく、大量に血を吐くこともなく、茜はわずか一秒で己の呼吸をコントロールし、冷徹な観測者としての視座を取り戻した。

 

 

(……未知の防壁(ブラックボックス)。いや、あれは情報の特異点だ。あれ以上先へ踏み込めば、僕のシステムそのものが汚染される)

 

 

結局、臓硯の本体が「何処の誰」に寄生しているのか、その正確な位置と正体を特定する前に、パスは切断されてしまった。

 

 

 

 

だが、一つの確固たる事実だけは手に入れた。

 

「──遠坂! アーチャー!」

 

 

茜は、蟲の爆ぜる轟音に負けないよう、鋭い声を張り上げた。

 

 

「奴の本体はここにはない! 目の前にいるそいつは、数十万の蟲で組み上げられたただの精巧な端末(ダミー)に過ぎない!」

 

 

「なんだと!?」

 

 

アーチャーが双剣を交差させ、背後に飛び退きながら驚愕の声を上げる。

 

凛もまた、炎を放つ手を止め、信じられないというように目の前で蠢く臓硯の蟲の塊を睨みつけた。

 

 

 

「……ク、カカカ。クカカカカカ!!」

 

 

 

その時。

 

臓硯の哄笑が、先ほどまでの「余裕ぶった嘲笑」から、底冷えのする「純粋な殺意」へと明確に温度を変えた。

 

 

「ほう……? たかが人間の小僧が、ワシの魔術の構造を分解し、あまつさえ魂の不在まで見抜くとはな」

 

 

数十万の蟲たちが、一斉に羽音のピッチを上げた。

 

ヴヴヴヴヴヴッ、という地下室全体を震わせるような重低音が、4人の鼓膜を圧迫する。

 

 

「ただの時計塔の猟犬かと思うておったが……どうやら、ここで確実にすり潰しておかねばならん『脅威』のようじゃな。小賢しい小僧……ワシの餌袋(スペア)として、脳髄の奥まで貪ってくれるわ!!」

 

 

 

臓硯が杖を高く掲げる。

 

壁から、床から、天井の隙間から、残存していたすべての蟲たちが滝のように合流し、一つの巨大な「津波」のような悍ましい質量塊へと変貌を遂げ始めた。

 

 

 

遊びは終わりだ。

 

間桐臓硯という怪物が、目の前の若き魔術師たちを「本気で排除する」と決断した瞬間だった。

 

 

「……チィッ。本体ではないとはいえ、この数の蟲の塊が本気で殺しに来るとなれば、厄介極まりないな」

 

 

アーチャーが双剣を握り直し、凛の前に立ち塞がる。

 

 

「凛。どうする? 目標が不在となれば、長居は無用だが」

 

 

凛は、背後で眠る士郎を一瞥し、そして目の前の巨大な蟲の化け物を睨み据えた。

 

 

「……逃げたところで、背中から食い殺されるだけよ。それに、衛宮くんを安全に連れて帰るには、こいつらを完全に更地にする必要があるわ」

 

 

 

凛の両手で、新たな宝石が危険な光を放ち始める。

 

「竜胆! ……私たちの全力で、この地下室ごと、あの老害の端末を消し飛ばすわよ!」

 

 

「ああ」

 

 

茜は静かにコートの裾を翻し、二人の背後──完璧な『背景』の位置へと陣取った。

 

痛覚は完全に遮断されている。L1の初期化によって生じた脳のノイズも、すでにL4《環境並列演算網》への分散処理によってクリアされていた。

 

 

「……遠坂、アーチャー。出力制限を完全に解除してくれ。君たちがどれだけ無茶な火力を出そうと、味方への誤爆も、敵の術式も、僕がすべて水際で解体・最適化する」

 

 

茜の胸の奥で、黄金球体が静かに、しかし絶大な出力を伴って回転を再開する。

 

 

「脅威を排除する。あの端末の蟲、一匹残さず更地にしよう」

 

 

鬼となった少年の絶望を退け。

 

今、管理者たる遠坂凛と、観測者たる竜胆茜、そして二本の剣を携えた英霊による、間桐の泥濘を焼き尽くすための本格的な総力戦が幕を開けた。

 

 

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