放課後。校門まで出たところで、ふと立ち止まる。ユイナちゃんは、陸上部の助っ人で今日はいない。
「……やば」
宿題の教材、机の中に入れっぱなしだ。
来た道を引き返す。もうほとんどの人は帰った時間。
教室の前まで来て、ドアに手をかけたそのとき。
「——ユイナさんってさ、ほんとすごくない?」
中から声が聞こえてきて、手が止まった。
……あれ、まだ誰かいるんだ。
「分かる。今回も一位でしょ?」
「しかもさ、教え方めっちゃ分かりやすいし」
何気ない会話。別に、珍しいことじゃないのに……なんとなく、入るタイミング逃した。
「あと、普通にめっちゃ可愛くない?」
「それなー、しかも性格もいいし」
クスっと笑い声が混ざる。
「歌も上手かったよね、あのとき」
「カラオケのやつ? あれはヤバかった」
胸の奥が、少しだけざわつく。 ……あのとき、私は。
「てかさ、完璧すぎん?」
「欠点なくない?」
「ほんとそれ。ああいう子ってさ、近くにいるとちょっと緊張するレベル」
「分かる。 ……でもさ、ああいう子が隣にいると安心するよね」
「絶対する。ミヤちゃんとかさ、ユイナさんと仲いいよね」
「いいよねー。ああいう子と仲いいの」
「うん、普通に羨ましい」
……そうなんだ。私、そういう風に見えているんだ。
ユイナちゃんと仲いい子。
「でも正直さ——」
少しだけ、声のトーンが変わる。
「ちょっと、釣り合ってなくない?」
その言葉だけ、くっきりと聞こえた。
「いや、ミヤちゃんもいい子だと思うけどさ」
「うん。明るいし、話しやすいし」
「でもさ、なんていうか……タイプが違いすぎるっていうか」
「まぁ、誰が隣にいても一緒だけどねー」
「たしかにー」
「ああいう人ってさ、周りのレベル上げちゃうよね。隣いるとしんどそう」
「だねー、ミヤちゃんが可哀想」
「ユイナさんが凄すぎるだけで、ミヤちゃんはなんも——」
そこから先は聞きたくなかった。
釣り合ってない。タイプが違う。隣にいると霞む。
「……」
うん、知ってる。そんなの、言われなくても分かってた。
ユイナちゃんは、綺麗で、頭良くて、優しくて。どこにいても中心になれる人で。
私は——
その隣に、たまたま座ってただけで。
「……あれ」
じゃぁ、私がここにいる意味って——なに?
「——まぁでもさ、本人たちが仲いいならいいんじゃない?」
「それはそう」
軽く流される会話。もう、その話題は終わりみたいに。
ドアノブにかけた手に力が入る。開ける気にはなれなかった。
静かにその場を離れる。足音を立てないように、ゆっくり。
今、ここにることを知られたくなかった。聞いていたことも。こんな風に思ってたことも。
開けなかったドアだけが、そこに残った。