影が一つ多い   作:怪盗エンペラー

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6月12日 ユイナちゃん

 

 

 

 朝。目は覚めているのに、身体が動かない。

 天井をぼんやり見つめたまま、どれくらい経ったのか。

 

「っ、今……何時」

 

 起きなきゃ。学校、行かなきゃ。

 頭では何度もそう思ってるのに、指一本動かせない。

 行ったら、全部向き合わなきゃいけない。

 

 ……無理。

 

「行けない……!」

 

 カチ、カチ、と。時計の音だけが、やけに大きく聞こえる。

 時間が進んでいるのは分かるのに、自分だけがそこから外れているみたいで。

 

「……」

 

 スマホが何度か震えた気がした。でも、確認する気にはなれない。

 誰からかなんて、考えなくてもわかるのに。画面を伏せたまま、触れられなかった。

 

 分かってる。分かってるのに……。

 

 布団の中で、身体を少し丸める。寒くもないのに、震えが止まらない。

 

 誰か……誰か。

 

 

 

 

 気づいた時には、部屋の明かりが少し変わっていた。カーテンの隙間から差し込む光が、朝よりも白くて強い。

 

「……あ」

 

 ゆっくりと視線を横にずらす。

 

 時計。針は……昼を過ぎていた。

 

「……はは」

 

 乾いた笑いが勝手に漏れる。

 

 学校も行かず、連絡も返さず、布団にくるまったまま。

 

「……なにやってるんだろ」

 

 呟いた言葉がやけに遠く感じる。本当に最悪のは、きっとそこじゃない。

 このまま、一日終わるのかな。

 そんなことをぼんやり考えた、そのとき。

 

 ピンポーン。

 

「……え」

 

 間の抜けた声が出る。そしてすぐにもう一度。

 

 ピンポーン。

 

「……誰」

 

 頭が回らないまま、ゆっくり起き上がった。足に力が入らなくて、少しふらつく。

 

 こんな時間に、誰が——

 

「ミヤ」

 

 ユイナちゃんだった。いつもと変わらない制服姿で。

 

「……な、なんで」

「前、遊ぶ約束したから」

「っ……で、でも、学校……」

「……サボった」

 

 そう言ったユイナちゃんの声には、罪悪感がまったくなかった。

 

「え……?」

 

 サボった? ユイナちゃんが?

 あんなにちゃんとしてて、誰よりも真面目で、みんなに頼られてるユイナちゃんが。

 

「……どうして……」

 

 なんで、そんなこと。私、ユイナちゃんに……。

 

「……入っていい?」

「え、あ……」

 

 ダメって言えばいいのに。私、ユイナちゃんに……!

 

「お邪魔します」

 

 なのにユイナちゃんは、いつも通りで。

 

 本当に『約束を果たしに来ただけ』みたいで。

 

 

 

 

「ミヤ、お昼食べた?」

「……ま、まだ」

「そう……なにか作ろうか?」

「……」

 

 なんで……なんで、そんな当たり前のようにいられるの。

 

 私、昨日あんなに……。

 

「……なんで、そんな優しくするの」

 

 声が、自分でも分かるくらい震えていた。

 

「私、昨日……っ」

 

 喉の奥がつまる。言葉にすると、ぐちゃぐちゃで。

 

「いっぱい……酷いことしたのに」

 

 苦しい。ユイナちゃんの顔なんて見てられない。

 

「無視して逃げて、話も聞かないで……」

 

 言葉にするたびに、胸がきゅっと締まる。

 

「……最低じゃん、私」

 

 ユイナちゃんがいつも通りに接するのが怖い。その優しさが怖い。

 

「ミヤ……こっち見て」

「……やだ」

 

 顔なんて見れない。ぐしゃぐしゃなの、バレるから。

 

「……じゃぁ、そのままでいい」

 

 少しだけ近づく気配。

 

「ミヤがどう思ってても、私はミヤのこと嫌いにならない」

「……っ、なんでそんなこと……」

 

 涙で滲んだまま、絞り出すみたいに言う。

 

「簡単だよ」

 

 すると、ユイナちゃんは少しだけ息を吸って。

 

「ミヤのこと、好きだから」

「……え」

「ミヤは、私の初めての友達。嫌いになんかならない」

「っ……!」

 

「それにミヤは、私にないもの持ってる」

 

「そ、そんなこと……」

「……だから、隣にいてほしい」

「で、でも!」

「ミヤがいてくれたから、平気だった」

「……」

 

 言葉が出ない。

 

「ミヤが隣にいると、平気だった。だから……」

 

 そっと、ユイナちゃんが私を抱きよせる。

 

「私が、隣にいてほしいのはミヤ」

 

 きっぱりと。迷いなく。

 

「……いなくならないで」

 

その一言で——限界だった。

 

「……っ、やだ……」

 

 声が崩れる。

「私も……離れたくない……!」

 

 ぎゅっと、しがみつく。

 

「私も……ユイナちゃんのこと、好き……!」

「……うん」

 

 優しくて、でも確かな声。

 

「知ってる」

 

 抱きしめる腕が、少しだけ強くなった。それだけで、涙が止まらない。

 

 

 そのまま、しばらく動けなかった。

 

 

 

 

 

 

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