影が一つ多い   作:怪盗エンペラー

13 / 13
恋は盲目


6月15日 非日常

 

 

 朝の光が、カーテンの隙間から静かに差し込んでいた。

 柔らかい白が、机の端や床をゆっくりとなぞっていく。

 

 教室に入ると、いつもと同じ景色。

 ざわざわした声。椅子の音。誰かの笑い声。

 

 ……なのに。

 

 昨日まであんなに怖かったはずのそれが、不思議なくらい静かに感じた。

 視線、噂、比べられること。全部消えてはいない。

 

 でも……大丈夫。もう怖くない。

 

 だって。

 

「おはよう、ミヤ」

「っ……お、おはよう。ユイナちゃん!」

 

 隣に、大好きなユイナちゃんがいるから。

 

「……顔赤い?」

「えっ⁉ そ、そんなことないよ!」

「嘘。だって……」

「……っ、ちょ、近い近い!」

 

 息がかかる距離。ほんの少しだけ動いたら、触れそうなくらい。

 

「む、無理……!」

 

 思わず目をぎゅっと閉じる。見れない。ちゃんと、見たいのに。

 でも……目が合ったら、全部バレそうで。

 

「……ミヤ」

 

 すぐ近くで、クスっと小さく笑う気配。

 

「かわいい」

 

「⁉ は、え、ちょ……」

「私に緊張してる?」

「えっ⁉ い、いや……そうじゃなくて!」

「してないの?」

「し、してないとかじゃなくて……」

 

「……ふふ」

 

 か、完全にからかわれてる! 私の気持ちも、表情も全部わかったうえで!

 

「……もう知らない!」

「ごめん、ミヤ」

「謝っても、もうおそいから!」

「……酷い」

「酷いのはユイナちゃんだからね!」

「そうなの?」

「当たり前でしょ!」

 

 ほんと……朝からどっと疲れた。

 

 

 

 

 

 

 そして放課後。ユイナちゃんと久しぶりの帰り道。

 

「今日の授業、全然分かんなかったよー」

「……ミヤが寝てるからでしょ」

「だってさ——」

 

 少し前まで。こんな時間が、当たり前になるなんて思わなかった。

 

 入学式の日、初めて見たとき。

 綺麗で、落ち着いてて。どこか近寄りがたい雰囲気で。

 正直、同じ世界にいる人じゃないと思った。

 それなのに。気づけば隣にいて、一緒にご飯を食べて、笑って。

 少しずつ、距離が近づくなって。知らなかった顔も、たくさん知って。

 

 気づけば——

 

「……」

「ミヤ、どうしたの?」

「え、あ……なんでもない」

 

 完璧で。何考えてるか分からない時もあって、時々それが怖くて。

 

「そ、そういえば……まだ六月なのに暑いよね!」

「そうだね。まだ夏じゃないのに」

 

 

 ……気のせい、だよね。

 

 

「……夏ってほんとに嫌! 汗で服はビショビショになるし、セミもうるさいし」

 

 なんとなく、そう言ってみた。違和感なく。私が私として。

 

 ユイナちゃんは黙る。少しだけ。

 

 

 ——ー考えているというより、何かを待っているみたいに。

 

 

「……確かに」

 

 少しだけ間があって、

 

「ミヤ、夏嫌いそうだよね」

 

 その一言で、私は全てを悟った。

 

「……ねぇ、ユイナちゃん」

「どうしたの?」

 

 

 

「なんで、そんなに優しいの?」

 

 

 

 なんで、毎回そんな『ちょうどいい答え』を返せるの?

 

 

 

 私が聞くと、彼女は黙った。

 

「……だって、それが一番」

 

 少しだけ言葉が途切れる。

 

 

 

 

 

「—————好かれる選択だから」

 

 

 

 

 

 迷いのない綺麗な声。

 

「ミヤにとって、それが一番『正しい』でしょ?」

 

 正しい。

 

 その言葉が、頭の中でゆっくり反響する。

 何かが引っかかった。でも……それが何なのか、うまく思い出せない。

 

 さっきまで何を考えていたんだっけ。

 

 夏の話? 違う。もっと——

 

「……あれ?」

 

 その瞬間、思考が途切れた。

 

 日常の音が、聞こえない。さっきまであったはずの音が、急に切り取られたみたいに。

 

 私、今——

 

 

 

 

 

 何を言おうとしたんだっけ。

 

 

 

 

 

 言葉が、思い浮かばない。

 

 

 

 

 

 

 ふと見ると、ユイナちゃんは動いていなかった。

 

 

 

 

 瞬きもせず、ただこちらを見ていて……何事もなかったみたいに歩き出す。

 

 

 

 

 その後ろに、影が———少しだけ重なって見えた。

 

 

 

 

 光の向きと合っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 もう1つの影。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 End2 影が一つ多い

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。