朝の光が、カーテンの隙間から静かに差し込んでいた。
柔らかい白が、机の端や床をゆっくりとなぞっていく。
教室に入ると、いつもと同じ景色。
ざわざわした声。椅子の音。誰かの笑い声。
……なのに。
昨日まであんなに怖かったはずのそれが、不思議なくらい静かに感じた。
視線、噂、比べられること。全部消えてはいない。
でも……大丈夫。もう怖くない。
だって。
「おはよう、ミヤ」
「っ……お、おはよう。ユイナちゃん!」
隣に、大好きなユイナちゃんがいるから。
「……顔赤い?」
「えっ⁉ そ、そんなことないよ!」
「嘘。だって……」
「……っ、ちょ、近い近い!」
息がかかる距離。ほんの少しだけ動いたら、触れそうなくらい。
「む、無理……!」
思わず目をぎゅっと閉じる。見れない。ちゃんと、見たいのに。
でも……目が合ったら、全部バレそうで。
「……ミヤ」
すぐ近くで、クスっと小さく笑う気配。
「かわいい」
「⁉ は、え、ちょ……」
「私に緊張してる?」
「えっ⁉ い、いや……そうじゃなくて!」
「してないの?」
「し、してないとかじゃなくて……」
「……ふふ」
か、完全にからかわれてる! 私の気持ちも、表情も全部わかったうえで!
「……もう知らない!」
「ごめん、ミヤ」
「謝っても、もうおそいから!」
「……酷い」
「酷いのはユイナちゃんだからね!」
「そうなの?」
「当たり前でしょ!」
ほんと……朝からどっと疲れた。
そして放課後。ユイナちゃんと久しぶりの帰り道。
「今日の授業、全然分かんなかったよー」
「……ミヤが寝てるからでしょ」
「だってさ——」
少し前まで。こんな時間が、当たり前になるなんて思わなかった。
入学式の日、初めて見たとき。
綺麗で、落ち着いてて。どこか近寄りがたい雰囲気で。
正直、同じ世界にいる人じゃないと思った。
それなのに。気づけば隣にいて、一緒にご飯を食べて、笑って。
少しずつ、距離が近づくなって。知らなかった顔も、たくさん知って。
気づけば——
「……」
「ミヤ、どうしたの?」
「え、あ……なんでもない」
完璧で。何考えてるか分からない時もあって、時々それが怖くて。
「そ、そういえば……まだ六月なのに暑いよね!」
「そうだね。まだ夏じゃないのに」
……気のせい、だよね。
「……夏ってほんとに嫌! 汗で服はビショビショになるし、セミもうるさいし」
なんとなく、そう言ってみた。違和感なく。私が私として。
ユイナちゃんは黙る。少しだけ。
——ー考えているというより、何かを待っているみたいに。
「……確かに」
少しだけ間があって、
「ミヤ、夏嫌いそうだよね」
その一言で、私は全てを悟った。
「……ねぇ、ユイナちゃん」
「どうしたの?」
「なんで、そんなに優しいの?」
なんで、毎回そんな『ちょうどいい答え』を返せるの?
私が聞くと、彼女は黙った。
「……だって、それが一番」
少しだけ言葉が途切れる。
「—————好かれる選択だから」
迷いのない綺麗な声。
「ミヤにとって、それが一番『正しい』でしょ?」
正しい。
その言葉が、頭の中でゆっくり反響する。
何かが引っかかった。でも……それが何なのか、うまく思い出せない。
さっきまで何を考えていたんだっけ。
夏の話? 違う。もっと——
「……あれ?」
その瞬間、思考が途切れた。
日常の音が、聞こえない。さっきまであったはずの音が、急に切り取られたみたいに。
私、今——
何を言おうとしたんだっけ。
言葉が、思い浮かばない。
ふと見ると、ユイナちゃんは動いていなかった。
瞬きもせず、ただこちらを見ていて……何事もなかったみたいに歩き出す。
その後ろに、影が———少しだけ重なって見えた。
光の向きと合っていない。
もう1つの影。
End2 影が一つ多い