影が一つ多い   作:怪盗エンペラー

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誰もいない教室って良いですよね。


4月26日 勉強

 

 

 

 ノートの端に書いた日付が、もう四月の終わりになっていた。

 放課後の教室。チャイムが鳴って、クラスの人たちが少しずつ帰っていく中。

 

「……無理かも」

 

 私は机に突っ伏した。

 目の前には、開きっぱなしの問題集。さっきから同じところをぐるぐるしてる気がする。

 

「……はぁ」

 

 小さくため息をついた、そのとき。

 

「ミヤ」

 

 不意に名前を呼ばれる。

 

「……一緒、帰ろ?」

 

 いつもと同じはずなのに、ほんの少しだけ間がある気がした。

 

「え、あ……」

 

 口を開いたまま、言葉が続かない。

 

「どうしたの?」

「え、いや……」

 

 一瞬迷ってから、息を吐く。 ……ごまかすのも変だよね。

 

「その、さ……この問題全然分かんなくて」

「どこ?」

 

 ユイナちゃんが椅子を少しだけ引いて、こっちに寄せてくる。

 

「えっと、この辺……」

 

 机を軽くくっつけて、ノートを広げる。

 距離が、さっきより近い。

 同じページを一緒に覗き込む形になって、なんとなく落ち着かない。

 

「……ん、これは……」

 

 ペンを持って、ノートに書き始める。

 さらさらと迷いなく動く手元。その字が、やけに綺麗で。読みやすくて。

 

「ここは、この形に変えられるから……」

 

 説明しながら、式を書き足していく。流れが綺麗で、どこを見ればいいか分かる感じ。

 

 この一ヶ月、一緒に過ごしてきてなんとなく思ってたけど。

 

 やっぱりユイナちゃん……すごい。

 

 ペンが一度も止まらない。しかもそれを、当たり前みたいにやるから余計にすごい。

 

「……こう考えると、分かりやすいと思う」

「あ」

 

 思わず声が漏れる。

 

「なるほど……」

 

 さっきまで意味のなかった式が、ちゃんと意味を持ち始める。

 

「分かった?」

「うん、めっちゃ分かる!」

 

 さっきまで止まっていたのが嘘みたいに、ちゃんと理解できる。

 そのまま顔を上げると。

 

「そう……よかった」

 

 ユイナちゃんが、ほんの少しだけ微笑んだ。

 ほんとに少しだけ。口元が柔らかくなるくらいの小さな変化。

 でも、それがちゃんと分かるくらいには。この一ヶ月で、見慣れてきた。

 

「……あ」

 

 なんとなく、言葉が出る前に思う。

 

 前よりちょっとだけ表情、柔らかくなったかも。

 

 最初は、もっとこう……ずっと同じ調子で、あんまり変わらない感じだったのに。

 今はこうして、少しだけ笑ったり。温かくなったり。

 

「えへへ……」

「……どうしたの?」

「え、いや、なんでもない!」

「そう?」

 

 静かな時間が戻る。

 

 教室にはもう私たちしかいなくて、外の光が少しずつオレンジ色に変わっていく。

 ノートの上に伸びた影も、少しだけ長くなっていた。

 

「……あれ?」

 

 今一瞬だけ、影が重なっていたような。

 

「帰ろ? ミヤ」

「……う、うん! ごめんね、またせて」

 

 教室を出る前に、ふと振り返る。

 

 夕方の光に染まった机と椅子。さっきまでの時間が、そこに残っているみたいで。

 

 そのまま、ほんの少しだけ立ち止まった。

 

 

 

 

 

 

 

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