ノートの端に書いた日付が、もう四月の終わりになっていた。
放課後の教室。チャイムが鳴って、クラスの人たちが少しずつ帰っていく中。
「……無理かも」
私は机に突っ伏した。
目の前には、開きっぱなしの問題集。さっきから同じところをぐるぐるしてる気がする。
「……はぁ」
小さくため息をついた、そのとき。
「ミヤ」
不意に名前を呼ばれる。
「……一緒、帰ろ?」
いつもと同じはずなのに、ほんの少しだけ間がある気がした。
「え、あ……」
口を開いたまま、言葉が続かない。
「どうしたの?」
「え、いや……」
一瞬迷ってから、息を吐く。 ……ごまかすのも変だよね。
「その、さ……この問題全然分かんなくて」
「どこ?」
ユイナちゃんが椅子を少しだけ引いて、こっちに寄せてくる。
「えっと、この辺……」
机を軽くくっつけて、ノートを広げる。
距離が、さっきより近い。
同じページを一緒に覗き込む形になって、なんとなく落ち着かない。
「……ん、これは……」
ペンを持って、ノートに書き始める。
さらさらと迷いなく動く手元。その字が、やけに綺麗で。読みやすくて。
「ここは、この形に変えられるから……」
説明しながら、式を書き足していく。流れが綺麗で、どこを見ればいいか分かる感じ。
この一ヶ月、一緒に過ごしてきてなんとなく思ってたけど。
やっぱりユイナちゃん……すごい。
ペンが一度も止まらない。しかもそれを、当たり前みたいにやるから余計にすごい。
「……こう考えると、分かりやすいと思う」
「あ」
思わず声が漏れる。
「なるほど……」
さっきまで意味のなかった式が、ちゃんと意味を持ち始める。
「分かった?」
「うん、めっちゃ分かる!」
さっきまで止まっていたのが嘘みたいに、ちゃんと理解できる。
そのまま顔を上げると。
「そう……よかった」
ユイナちゃんが、ほんの少しだけ微笑んだ。
ほんとに少しだけ。口元が柔らかくなるくらいの小さな変化。
でも、それがちゃんと分かるくらいには。この一ヶ月で、見慣れてきた。
「……あ」
なんとなく、言葉が出る前に思う。
前よりちょっとだけ表情、柔らかくなったかも。
最初は、もっとこう……ずっと同じ調子で、あんまり変わらない感じだったのに。
今はこうして、少しだけ笑ったり。温かくなったり。
「えへへ……」
「……どうしたの?」
「え、いや、なんでもない!」
「そう?」
静かな時間が戻る。
教室にはもう私たちしかいなくて、外の光が少しずつオレンジ色に変わっていく。
ノートの上に伸びた影も、少しだけ長くなっていた。
「……あれ?」
今一瞬だけ、影が重なっていたような。
「帰ろ? ミヤ」
「……う、うん! ごめんね、またせて」
教室を出る前に、ふと振り返る。
夕方の光に染まった机と椅子。さっきまでの時間が、そこに残っているみたいで。
そのまま、ほんの少しだけ立ち止まった。