その日は、朝からなんとなく体が重かった。起きたときから頭がぼんやりしていて、熱っぽい感じが抜けない。
「……まじか」
部屋には、私一人。静かすぎて、時間の感覚がよく分からなくなる。
うとうとして、目を閉じて。気づいたらまた眠っていて。
それを何度か繰り返して……夕方。不意に、チャイムが鳴った。
「……ん」
ぼんやりした頭で、ゆっくり起き上がる。
こんな時間に誰だろ。お母さんはまだ帰ってきてないはずだし。
少しふらつきながら、玄関を開けると……。
「ミヤ」
「え」
そこにいたのは、ユイナちゃんだった。
「……大丈夫?」
「え、あ……ユイナちゃん?」
「うん。連絡、なかったから」
「うそ……ごめん、気づかなかった」
学校からそのまま来たのだろう。ユイナちゃんはいつもの制服姿だった。
「ミヤ、一人?」
「う、うん。お母さんは仕事」
「そっか…………入っていい?」
「え⁉」
思わず声が裏返る。
「だ、大丈夫だよ! うつしちゃ悪いし!」
慌てて手を振る。ただでさえ風邪ひいてるのに、来てもらうなんて申し訳ないし。
それに……こんな状態、あんまり見られたくない。
「平気。ミヤの方が心配」
「う……」
そんなこと言われたら、断れないじゃん。
「……じゃ、じゃぁ……どうぞ」
観念して、少しだけ横に避ける。
「お邪魔します」
外の空気と一緒に、ユイナちゃんが一歩入ってくる。
靴をそろえて静かに上がるその動きが、やけに自然で。
まるで最初からここに来る予定だったみたいで、ちょっとだけ変な感じがした。
「ミヤ、なんか食べた?」
キッチンの方をちらっと見ながら、ユイナちゃんが聞く。
「ゼリーなら食べたよ」
「……それ、食べたって言わないから」
「うっ……」
軽く言い返されるけど、ユイナちゃんはそのまま視線を外して。
「……おかゆ、作る」
「え、いいって! そこまでしなくて」
「うぅん。すぐできるから……まってて」
抗議するも虚しく、ユイナちゃんはコンロに火をつける。
「……」
ソファに座りながら、そっと視線を向ける。
キッチンに立つ後ろ姿。床に落ちる影が、少しだけ濃く見えた。
髪を耳にかける仕草とか、手元の動きとか。
無駄が無く、落ち着いてて。
「……」
コンロの小さな音が、一定のリズムで続いている。
ぐつ、ぐつ、と。
さっきまで寒かったはずなのに、指先だけ変に熱い。
ただ学校を休んだだけなのに。わざわざここまで……しかもおかゆまで。
嬉しい。こうやって、当たり前みたいに隣にいてくれるの。
私のこと、ちゃんと気にしてくれてるってわかるから。
「……ミヤ」
「っ、なに⁉」
「おかゆ、できたよ」
湯気の立つ器を差し出される。
「あ、ありがと……」
「熱いから、気をつけてね」
「う、うん……」
受け取って、一口。卵がほどよく溶けて、ゴマと生姜の風味が絶妙に。
「……おいしい」
「よかった」
スプーンを持つ手が、少しだけ軽くなる。
「ミヤ、いつも一人なの?」
「え? ……まぁ、そうかな?」
お母さんはいつも遅くまで仕事をしている。お父さんの分まで、私に不自由な思いをさせないために。
だから、家事全般は私。
もう慣れたはずなのに、久しぶりに自分の家で誰かと食べるこの状況が、宝物のように思えて。
「……じゃぁさ」
「ん?」
「元気になったら、ミヤの家で遊ぼ?」
「……え?」
思わず顔を上げる。
「ここ、落ち着くから」
一瞬、言葉が出ない。なんて返せばいいか分からなくて。
でも、その言葉がゆっくり胸に落ちてくる。
ここに来ること。一緒にいること。それを、当たり前みたいに言ってくれること。
家族じゃないのに。でも、完全に一人でもないみたいな。そんな、感覚。
「……うん」
小さく頷く。なんか、ちゃんと言葉にできなくて。
「楽しみにしてる」
さっきまで感じていた寂しさが、少しだけ薄くなって。その分、心がポカポカして。
きっと、おかゆだけのせいじゃない。
「明日は、ちゃんと来てね?」
「うっ……頑張ります」
「……ふふ」
ユイナちゃんは、少しだけ微笑んで私の方を眺めていた。