影が一つ多い   作:怪盗エンペラー

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百合って言葉はどこから来たんでしょう


5月15日 お見舞い

 

 

 

 その日は、朝からなんとなく体が重かった。起きたときから頭がぼんやりしていて、熱っぽい感じが抜けない。

 

「……まじか」

 

 部屋には、私一人。静かすぎて、時間の感覚がよく分からなくなる。

 うとうとして、目を閉じて。気づいたらまた眠っていて。

 

 それを何度か繰り返して……夕方。不意に、チャイムが鳴った。

 

「……ん」

 

 ぼんやりした頭で、ゆっくり起き上がる。

 こんな時間に誰だろ。お母さんはまだ帰ってきてないはずだし。

 少しふらつきながら、玄関を開けると……。

 

「ミヤ」

「え」

 

 そこにいたのは、ユイナちゃんだった。

 

「……大丈夫?」

「え、あ……ユイナちゃん?」

「うん。連絡、なかったから」

「うそ……ごめん、気づかなかった」

 

 学校からそのまま来たのだろう。ユイナちゃんはいつもの制服姿だった。

 

「ミヤ、一人?」

「う、うん。お母さんは仕事」

「そっか…………入っていい?」

「え⁉」

 

 思わず声が裏返る。

 

「だ、大丈夫だよ! うつしちゃ悪いし!」

 

 慌てて手を振る。ただでさえ風邪ひいてるのに、来てもらうなんて申し訳ないし。

 それに……こんな状態、あんまり見られたくない。

 

「平気。ミヤの方が心配」

「う……」

 

 そんなこと言われたら、断れないじゃん。

 

「……じゃ、じゃぁ……どうぞ」

 

 観念して、少しだけ横に避ける。

 

「お邪魔します」

 

 外の空気と一緒に、ユイナちゃんが一歩入ってくる。

 靴をそろえて静かに上がるその動きが、やけに自然で。

 

 まるで最初からここに来る予定だったみたいで、ちょっとだけ変な感じがした。

 

 

 

 

 

「ミヤ、なんか食べた?」

 

 キッチンの方をちらっと見ながら、ユイナちゃんが聞く。

 

「ゼリーなら食べたよ」

「……それ、食べたって言わないから」

「うっ……」

 

 軽く言い返されるけど、ユイナちゃんはそのまま視線を外して。

 

「……おかゆ、作る」

「え、いいって! そこまでしなくて」

「うぅん。すぐできるから……まってて」

 

 抗議するも虚しく、ユイナちゃんはコンロに火をつける。

 

 

「……」

 

 ソファに座りながら、そっと視線を向ける。

 キッチンに立つ後ろ姿。床に落ちる影が、少しだけ濃く見えた。

 髪を耳にかける仕草とか、手元の動きとか。

 

 無駄が無く、落ち着いてて。

 

「……」

 

 コンロの小さな音が、一定のリズムで続いている。

 

 ぐつ、ぐつ、と。

 

 さっきまで寒かったはずなのに、指先だけ変に熱い。

 ただ学校を休んだだけなのに。わざわざここまで……しかもおかゆまで。

 

 嬉しい。こうやって、当たり前みたいに隣にいてくれるの。

 

 私のこと、ちゃんと気にしてくれてるってわかるから。

 

「……ミヤ」

「っ、なに⁉」

「おかゆ、できたよ」

 

 湯気の立つ器を差し出される。

 

「あ、ありがと……」

「熱いから、気をつけてね」

「う、うん……」

 

 受け取って、一口。卵がほどよく溶けて、ゴマと生姜の風味が絶妙に。

 

「……おいしい」

「よかった」

 

 スプーンを持つ手が、少しだけ軽くなる。

 

「ミヤ、いつも一人なの?」

「え? ……まぁ、そうかな?」

 

 お母さんはいつも遅くまで仕事をしている。お父さんの分まで、私に不自由な思いをさせないために。

 だから、家事全般は私。

 もう慣れたはずなのに、久しぶりに自分の家で誰かと食べるこの状況が、宝物のように思えて。

 

「……じゃぁさ」

「ん?」

「元気になったら、ミヤの家で遊ぼ?」

「……え?」

 

 思わず顔を上げる。

 

「ここ、落ち着くから」

 

 一瞬、言葉が出ない。なんて返せばいいか分からなくて。

 でも、その言葉がゆっくり胸に落ちてくる。

 

 ここに来ること。一緒にいること。それを、当たり前みたいに言ってくれること。

 

 家族じゃないのに。でも、完全に一人でもないみたいな。そんな、感覚。

 

「……うん」

 

 小さく頷く。なんか、ちゃんと言葉にできなくて。

 

「楽しみにしてる」

 

 さっきまで感じていた寂しさが、少しだけ薄くなって。その分、心がポカポカして。

 

 きっと、おかゆだけのせいじゃない。

 

「明日は、ちゃんと来てね?」

「うっ……頑張ります」

「……ふふ」

 

 ユイナちゃんは、少しだけ微笑んで私の方を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

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