影が一つ多い   作:怪盗エンペラー

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もし一度だけ過去に戻れるとしたら、小学生からやり直したい。


6月3日 カラオケ

 六月三日 カラオケ

 

 

「それでは、テストお疲れ様ー!」

「「かんぱーい!」」

 

 紙コップが軽くぶつかって、明るい声が部屋に広がる。カラオケ特有の、少し暗くて賑やかな雰囲気。

 

「いやー、終わった終わった!」

「マジで今回ヤバかったんだけど!」

 

 そんな会話が飛び交う中で、私も笑いながらストローをくわえた。

 

「ほんとねー、開放感すごい」

 

 うん、ちゃんと楽しい。

 

 テストは正直自信ないけど、みんなとこうしてワイワイするのも良いな。

 

「次、どうする? 誰から歌う?」

「えー、どうしよ」

「……ユイナさんってさ、歌うまそうだよね」

 

 その一言で、空気が少しだけ動く。

 

「わかる! どっかのアーティストにいそう」

「雰囲気がもう最高よね」

「え、どうかな……」

 

 ユイナちゃんが、少しだけ困ったように視線を落とす。

 

 ……あ、ちょっと言ったほうが良いかな。

 

 なんとなく、そう思った。こういうの、あんまり前に出るタイプじゃないし。

 

 だから、次の言葉に——

 

「……じゃぁ、歌おうかな」

「…え?」

 

 思わず声が出た。ユイナちゃんが、リモコンを受け取っている。

 ほんの少しだけ躊躇いながらも、ちゃんと自分で選んで。

 

 え、歌うの? あのユイナちゃんが?

 

「……」

 

 どこかで、勝手に決めつけていた。

 

 静かで、落ち着いてて。こういう場では一歩引くタイプだって。

 

 なのに、前に出てる。自分から。

 

「……ユイナちゃん」

 

 イントロが流れる。部屋の明かりが少しだけ落ちて、ざわついていた空気が静まった。

 マイクを持つユイナちゃん。その横顔が、やけに整って見えて。

 

 次の瞬間。

 

 声が、落ちてきた。

 

「……っ」

 

 最初の一音で、空気が変わった。

 まっすぐで、揺れなくて。音が、そのまま空気に溶けていくみたいに響く。

 さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、部屋が静かになった。みんな、ちゃんと聴いてる。

 

 ……なにこれ。

 

 頭の中が、一瞬空っぽになる。

 知ってたはずなのに。綺麗で、頭よくて、落ち着いてて。

 

 でも……ここでも、なんだ。

 

「え、やば……」

「上手すぎでしょ!」

「普通に鳥肌立ったんだけど!」

 

 歌い終わると、一気に空気が弾ける。

 

 さっきよりずっと大きな声。さっきよりずっと楽しそうな笑い。

 

 ユイナちゃんが、少しだけ照れたように笑う。

 

「そんなことないよ……」

 

 ほんの少しだけ、いつもより柔らかい表情。

 

 その顔に、胸がちくっとした。

 

「……なんで」

 

 いいことじゃん。褒められてるし、楽しそうだし。

 

 ——なのに、面白くない。

 

 その輪の中心にいるユイナちゃんが。

 自然と人が集まって、自然と空気ができて。そこに、ちゃんと『中心』があって。

 私がいなくても、ちゃんと回ってるこの場。この雰囲気。

 

「ミヤちゃんも歌おうよ!」

「え、あー……うん、あとでいいかな!」

 

 視線の先で、またユイナちゃんが笑ってる。誰かに囲まれて、楽しそうに。

 

 その輪の中に、私はいる……いるはずなのに。

 

 なんだか、違う場所にいるみたいだった。

 

 

 

 

 

 

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