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1話 レベルアップ
この日から、俺には“変なもの”が見えるようになった。
最初に気づいたのは、自分の歯だ。
鏡の前で口を開けたとき、奥歯のあたりに透明な塊がべったり張りついているのが見えた。
スライムみたいなやつ。
「……は?」
歯を磨いても消えない。
指で触っても、感触はない。
なのに、見える。
「……やるか」
試しに触ろうとした、その瞬間。
世界が止まった。
音も、風も、全部消える。
動いているのは、俺と――そいつだけ。
スライムはぬるりと歯から剥がれ、地面に落ちた。
“戦える形になった”って感じだ。
「なるほどな」
俺はそれを踏み潰した。
ぐにゃ、と潰れる感触。
逃げようとするのを、靴で押しつける。
完全に動かなくなるまで、すり潰す。
――パァン。
軽い音とともに、光の粒になって弾けた。
それが、体に吸い込まれる。
あのときと同じだ。
じんわりと、体の奥が熱くなる。
「……で?」
鏡を見る。
さっきまで黒ずんでいた歯が、綺麗さっぱり元通りになっていた。
「……は?」
舌でなぞる。
痛みも、違和感もない。
完全に治ってる。
「……最高かよ」
つまり。
殴れば、治る。
それから、意識して周りを見てみる。
すると見える。
人にまとわりつく“あいつら”。
肩に乗る、小さな塊。
背中にへばりつく、ぶよぶよしたもの。
そして――腹のあたり。
ぺしぺしと叩いてくる、二足歩行の豚。
「……オークか、これ?」
その横では、髪の毛をぎりぎりと引っ張る醜悪な小人。
他にもいる。
気づけば、ロクでもない連中が好き放題まとわりついていた。
「……は?」
びきり、と頭の奥で何かが弾けた。
「やってやろうじゃねえか!」
自宅は手狭だ。
さすがにここで暴れるわけにもいかない。
俺はさっさとジャージに着替えると、近くの公園へ向かった。
夜なら人もいない。
多少暴れても問題ない。
歩きながら拳を握る。
ゴブリン。スライム。
あいつらを倒したときの感覚が、まだ体に残っている。
軽い。
力が、内側から湧いてくる。
――もっとやれる。
公園に着くなり、片っ端から始めた。
スライムを踏み潰す。
小人を叩き潰す。
オークを殴り飛ばす。
抵抗なんて、ほとんどない。
一方的だった。
潰すたびに、体が軽くなる。
力が増す。
止まらない。
楽しい。
――そして。
結論。
やり過ぎた。
鏡の前で、しばらく固まる。
歯並びが完璧だ。
余計な肉がない。
腹が軽い。
髪に手をやる。
スカスカだった前の方も、普通にある。
肌も、やけに整っている。
「……誰だよこれ」
鏡の中の男が、俺じゃない。
いや、俺なんだけど。
明らかに盛りすぎだ。
完全にやり過ぎた。
「やべえ、会社でなんて説明しよう」
とりあえず、マスクでごまかすことにした。
風邪気味ってことにしておく。
まだ寒いし、ダボッとした服を着れば体型も隠せる。
暖かくなった頃にダイエット成功で押し通せばいい。
「……いけるな」
たぶん。
まあいいか。
外見が良くなっただけだ。
悪いことじゃない。
――たぶん。
しかし。
これ、ただ体調が良くなったで済む話じゃない。
メガネを外す。
見える。
くっきりと。
今までより、はっきり。
「……は?」
試しに拳を握る。
反応が速い。
軽く振るだけで、空気を切る感覚がある。
腕立て伏せをしてみる。
十回。
二十回。
まだ余裕だ。
「……マジかよ」
明らかに、性能が上がっている。
「……やっぱ」
あの光の粒。
「倒したあとのあれで、レベルアップしてんのか……」
ゲームみたいな話だが、妙に納得できる。
「……いいじゃねえか」
悪くない。
むしろ、かなりいい。
「……まあ、とりあえず風呂だな」
考えても仕方ない。
明日も早い。
今後のことは、明日の仕事が終わってから考えればいい。
「頑張れ、明日の俺」
問題を丸ごと棚上げして、風呂に入って寝た。
――凄い熟睡できた。
◇
朝。
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
天井を見上げたまま、しばらく動かない。
「……軽っ」
体がやけに軽い。
だるさが一切ない。
昨日あれだけ動いたはずなのに、疲労感がまるで残っていない。
布団から起き上がる。
動きがスムーズすぎる。
「……なんだこれ」
軽く腕を回す。
関節が鳴らない。
筋肉の動きも、妙に素直だ。
その場で屈伸する。
沈む。
伸びる。
速い。
「マジでレベル上がってんのか?」
苦笑しながら立ち上がる。
顔を洗う。
水の冷たさが、やけに鮮明だ。
タオルで顔を拭き、鏡を見る。
「……やっぱ別人だな」
何度見ても慣れない。
キッチンで水を飲む。
腹は減っていない。
むしろ満ちている感じがする。
「飯いらんかもな……」
ぼやきながらスーツに袖を通す。
肩が余る。
ウエストが緩い。
ベルトの穴が足りない。
「……ダルいなこれ」
ネクタイを締める。
マスクを手に取り、顔にかける。
玄関へ向かう。
靴べらを使って革靴に足を入れる。
違和感。
足まで締まっている気がする。
「……全身いじられてんじゃねえのか」
鍵を手に取る。
ドアノブに手をかける。
――そのとき。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
時計を見る。
六時過ぎ。
「……なんだよ」
ドアを開ける。
男が二人、立っていた。
スーツにジャンパー。
無表情。
「内海 恵さんですね」
「あ、はい――」
男が手帳を取り出した。
ぱちん、と開く。
「警察です」
――ああ、本物だ。
そう思った。
そのあと、何か言われた気がする。
よく覚えていない。
気がつくと、手首に冷たいものが触れていた。
ガチャリ。
――次に意識がはっきりしたときには、
俺はもう、どこかへ連れて行かれていた。
時間できたら続きます