短い、短くない???
目を開けた瞬間、違和感があった。
見慣れない白い天井。
白すぎる。生活感がない。
病院かと思ったが――違う。
妙に静かだ。
機械音も、人の気配もない。
そして。
「……は?」
体が動かない。
反射的に起き上がろうとして、完全に止まる。
腕が持ち上がらない。
足もだ。
胴も。
視線を落とす。
何本ものベルト。
肩、腕、腹、太腿、足首。
ベッドに固定されている。
拘束服。
「……なんだよ、これ」
喉が乾いている。
声が掠れる。
記憶を辿る。
帰宅した。
風呂に入った。
寝た。
――そこから先がない。
「おい!」
思わず声を張る。
「誰かいねえのか!」
反応はない。
壁に声が吸われる。
返ってくるのは、自分の声の残響だけだ。
数秒。
いや、もっとか。
時間の感覚が曖昧になる。
そのとき。
正面の壁が、淡く光った。
黒かった面が、ゆっくりと明るくなる。
ディスプレイだと気づくのに、一瞬かかった。
映像が立ち上がる。
ガラス越しのような部屋。
机。
椅子。
そこに、二人。
スーツ姿の壮年の男。
その横に、私服の若い男。
「……あ?」
間抜けな声が漏れる。
スピーカーから音が出る。
「内海恵さん。聞こえますか」
壮年の男の声だ。
落ち着いた、抑揚の少ない声。
「……聞こえてるよ」
視線を逸らさずに返す。
「何だこれ。どういう状況だ」
男は一拍置いて答えた。
「あなたは現在、拘束されています」
「それは見りゃ分かる」
苛立ちが滲む。
「理由は?」
間。
「婦女暴行の容疑です」
「……は?」
頭が真っ白になる。
「は?」
もう一度、確認するように言う。
「今、なんつった?」
「昨夜、あなたは女性に接触し、危害を加えた疑いがあります」
「ふざけんな」
即答だった。
「俺は何もしてねえ」
怒りが先に出る。
「意味わかんねえこと言ってんじゃねえよ」
壮年の男は表情を変えない。
「その主張は理解する」
「だが説明が必要だ」
隣の若い男が、静かに端末を操作する。
画面の一部が切り替わる。
グラフのようなものが表示される。
「前提から説明します」
若い男の声は淡々としている。
「この世界には“超能力”が存在します」
「……は?」
思わず眉をひそめる。
「例えば」
若い男が続ける。
「何もない空間に火や電気を発生させる」
「体を動かさずに物体を移動させる」
「そういった現象が確認されています」
「……」
冗談にしては、空気が固すぎる。
「人為的に発生する、説明不能なエネルギー変動として観測されています」
「我々はこれを超能力と定義しています」
沈黙。
「……で?」
俺は睨みつけたまま言う。
「それが何だって話だ」
壮年の男が、わずかに頷く。
「いい質問だ」
そして、言葉を区切る。
「まず一つ、訂正しておく」
「……何をだよ」
「我々は警察ではない」
「……は?」
理解が追いつかない。
若い男が補足する。
「アガルタ」
「超能力者を専門に扱う組織です」
壮年の男が続ける。
「日本の治安当局の要請で動いている」
「通常の法では扱えない事案を処理する組織だ」
「……」
頭が混乱してくる。
「そして」
壮年の男が言う。
「我々も能力者だ」
一拍。
「私は、相手に暗示をかけることができる」
「……」
嫌な予感がする。
「強制ではない」
「だが、行動の選択を鈍らせることは可能だ」
「……」
「君が玄関で私の手帳を見たあと」
一拍。
「抵抗しなかった理由だ」
「……」
心臓がドクンと鳴る。
記憶を辿る。
ドアを開けた。
手帳を見せられた。
そのあと――
「……あ?」
違和感が、急に輪郭を持つ。
「……おかしい」
呟く。
「俺、あのとき……」
思い出そうとすると、妙にぼやける。
逃げる。
怒鳴る。
殴る。
普通なら浮かぶはずの選択肢が――
最初から無かったみたいに、思い出せない。
「……なんで俺」
言葉が漏れる。
「何もせず捕まってんだよ」
壮年の男は、小さく頷いた。
「そう感じるのは当然だ」
「不快だろう」
「……」
「だが我々は治安を維持する立場にある」
声は変わらず静かだ。
「通常の手段で対処できない相手には」
一拍。
「相応の手段で対抗する」
「能力者に対して、能力で対処する」
「それは職務として当然の判断だ」
「……ふざけんな」
低く吐き捨てる。
「そう思うのは自然だ」
「その嫌悪感も理解できる」
一拍。
「だが我々は結果で判断する」
若い男が画面を拡大する。
「昨夜、二十一時三分」
「この地点で強いエネルギー変動が発生しています」
「発生源は、倒れていた女性とあなたの接触点です」
「同時に、対象のエネルギーが減少しています」
「……」
壮年の男が言う。
「これが容疑の根拠だ」
歯を食いしばる。
「……助けただけだ」
絞り出すように言う。
「倒れてたから」
「助けただけだ」
壮年の男は、否定しない。
ほんの一拍、間を置く。
「君の主観ではそうなのかもしれない」
そして、はっきりと言う。
「だが観測された結果からは、そうは思えない」