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「だから拘束した」
壮年の男の一言で、会話が切れる。
それ以上、責めてこない。
だが、もう十分だった。
言い返せない。
否定もできない。
「……」
息が浅い。
胸の奥がざわつく。
自分が何をしたのか。
何をしてしまったのか。
整理が追いつかないまま、ただ突きつけられる。
その沈黙を、今度は向こうが崩した。
壮年の男が、わずかに息を吐く。
さっきまでの詰問の硬さが、ほんの少しだけ緩む。
「アガルタ、というのが対超能力者組織だというのは話の流れでわかるだろうが……」
声の調子が変わる。
説明ではなく、諭すような響き。
「何も、君をいきなり処分したいというわけではない」
「……」
思わず顔を上げる。
処分、という言葉が引っかかる。
軽く言ったようでいて、軽くない。
そのまま、若い男が続ける。
「むしろ」
一拍。
「我々は勧誘に来たと言えるでしょう」
「……は?」
間の抜けた声が出る。
さっきまでの流れと、まったく噛み合わない。
「勧誘?」
思わず聞き返す。
「……何の」
壮年の男が答える。
「アガルタへの所属だ」
「……」
理解が、ワンテンポ遅れる。
さっきまで「危険だ」「強奪だ」と言っていた相手が、
今は「入れ」と言っている。
頭がついていかない。
若い男が、補足するように続ける。
「誤解があるかもしれませんが」
「我々はすべての能力者を排除しているわけではありません」
「むしろ」
「管理可能な能力者については、積極的に取り込む方針です」
「……」
壮年の男が頷く。
「君の場合は、後者だ」
「現時点で制御不能とは判断していない」
「だからこうして話している」
一拍。
「処分対象であれば、説明はしていない」
「……」
背筋に、遅れて寒気が走る。
つまり。
今のこの会話自体が、“猶予”だ。
「……」
若い男が続ける。
「アガルタに所属することで」
「能力の管理と、社会との共存が可能になります」
「……共存?」
「はい」
淡々と頷く。
「能力を持ちながら、社会の中で生きる」
「それが前提です」
壮年の男が言葉を重ねる。
「君は今、容疑者だ」
「このまま外に出れば、監視対象になる」
「能力の存在は公にできない以上」
「表向きは何もないまま、裏で処理される」
「……」
「だがアガルタに所属すれば違う」
「管理下に入る代わりに」
「存在が認められる」
一拍。
「能力者としてな」
沈黙。
選択肢が、ようやく形になる。
「……」
頭の中で整理する。
入るか。
処分されるか。
あるいは――
もっと曖昧な形で消されるか。
「……ずいぶん都合いい話だな」
ぽつりと漏れる。
疑いは消えない。
むしろ増している。
壮年の男は、否定しない。
「そう見えるのは理解している」
「だが現実だ」
若い男が続ける。
「こちらとしても、無用な損失は避けたい」
「能力者は貴重です」
「……」
「だから勧誘している」
一拍。
「選択権は、あなたにあります」
沈黙。
慰めるような口調。
だが。
逃げ道は、どこにもない。
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「……アガルタに所属、ね」
俺は低く呟く。
「入らなかったらどうなる?」
あえて聞く。
答えは、なんとなく分かっている。
壮年の男は、ほんの一拍だけ間を置いた。
「現時点では」
静かに言う。
「危険個体として扱われる」
「……」
「継続的な監視」
「能力の再行使が確認された場合、強制的な拘束」
一拍。
「場合によっては排除」
「……」
分かっていた答えだ。
だが、言葉にされると重さが違う。
「……で?」
顔を上げる。
「入ったらどうなる」
若い男が頷く。
「説明します」
端末を操作する。
画面に、複雑なネットワーク図のようなものが表示される。
点と点が、線で繋がれている。
「アガルタに所属する能力者は例外なく」
「“レッドライン”と呼ばれる能力の影響下に入ります」
「……レッドライン?」
「個体名です」
淡々とした説明。
「レッドラインは、感染型の超能力者です」
「感染?」
眉をひそめる。
若い男は続ける。
「通常、超能力は他者に伝播しません」
「例えば、火を出す能力の炎を浴びても」
「その対象が火を出せるようになることはありません」
「能力は個人に閉じたものです」
一拍。
「ですがレッドラインは例外です」
画面の図が拡大される。
一点が赤く強調される。
そこから、複数の線が伸びている。
「レッドラインの能力に“暴露”した能力者は」
「同じ影響下に入ります」
壮年の男が引き取る。
「ただし条件がある」
「対象が能力者であること」
「そして同意があることだ」
「……同意?」
「強制ではない」
若い男が続ける。
「自ら受け入れる必要があります」
「そして一度接続された能力者は」
「他の能力者を同様に接続させることが可能になります」
「ネットワークが形成されます」
画面の線が広がっていく。
無数の点が、繋がっていく。
「このネットワークによって」
「複数の機能が共有されます」
壮年の男が言う。
「恩恵と制約だ」
若い男が頷く。
「まずメリットです」
一拍。
「一つ目は、言語能力の共有」
「レッドラインに接続された能力者は」
「他の接続者が持つ言語能力を、そのまま使用できます」
「……は?」
思わず声が漏れる。
「英語、中国語、その他あらゆる言語です」
「学習なしで使用可能になります」
「発音、文法、ニュアンスすべて含めてです」
「……」
現実感がない。
だが、さっきまでの流れを考えれば否定もできない。
「二つ目は、治安当局からの監視の解除」
若い男の声がわずかに硬くなる。
「あなたは現在、超能力犯罪容疑者です」
「仮に解放されたとしても、監視対象になります」
「能力は公式には存在しないため」
「表には出ませんが、裏では常時監視される」
「能力を再度行使すれば」
一拍。
「処分対象になる可能性が高い」
「……」
壮年の男が言う。
「だがアガルタ所属者は別だ」
若い男が続ける。
「レッドラインの影響により」
「接続者同士には強い仲間意識が発生します」
「仲間に迷惑をかける行動は抑制される」
「これは各国共通の認識です」
「したがって」
「アガルタ所属者は“管理済みの能力者”として扱われます」
「監視は解除されます」
沈黙。
「三つ目は、能力の活用」
「能力に応じて、適切な役割が与えられます」
「関連企業、専門部門などです」
「通常では得られない環境で能力を使うことができます」
「……」
俺は黙ったまま聞いている。
頭の中で、現実と照らし合わせる。
今の自分。
この状況。
逃げ場。
――ない。
若い男が続ける。
「次にデメリットです」
空気が少しだけ変わる。
「一つ目は、能力の報告義務」
「あなたの能力の詳細を申告する必要があります」
「できること、影響範囲、条件」
「すべてです」
「隠匿は許されません」
「……」
「二つ目は、義務の発生」
「アガルタは互助組織です」
「所属する限り、能力を用いて社会維持に協力する義務が生じます」
「……強制か?」
壮年の男が答える。
「そうだ」
「レッドラインの制約による、な」
若い男が続ける。
「三つ目は、配置の制限」
「能力次第では、職業や所属が変更される可能性があります」
「自由な選択は難しくなります」
そして。
一拍置いてから言う。
「ただし」
「搾取は発生しません」
壮年の男が補足する。
「構造上な」
「接続者同士は強い仲間意識を共有する」
「仲間を搾取する行動は成立しない」
沈黙。
「……どう聞いてもカルトだな」
思わず口から出る。
壮年の男は否定しない。
「そう見えるのは理解している」
「だが現実だ」
若い男が静かに言う。
「あなたには選択肢があります」
一拍。
「管理されずに監視され続けるか」
「管理下に入り、能力者として生きるか」
沈黙。
「……」
選択肢なんて、あってないようなものだ。
「……」
頭の中で、ゆっくりと結論が固まっていく。
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沈黙が落ちる。
俺は天井を見上げたまま、今聞いた話を頭の中で並べていた。
アガルタ。
レッドライン。
能力者。
監視。
処分。
所属。
義務。
どれもこれも、昨日までの俺の人生には存在しなかった単語だ。
存在しなかったはずなのに、今は拘束服を着せられてベッドに縛られている。
笑えない。
笑えないが――
ふと。
別のことが、頭の隅に引っかかった。
「……あ」
小さく声が出る。
モニター越しの二人が、こちらを見る。
壮年の男が問う。
「どうした」
「……今」
嫌な汗が出る。
「今、何時だ」
若い男が端末に視線を落とす。
「午前九時三十二分です」
「……は?」
頭の中で、何かが止まった。
九時三十二分。
平日。
出勤日。
朝の積み込み。
配送ルート。
先輩ドライバーの舌打ち。
上司の嫌味。
スマホの着信履歴。
全部が一気に脳裏をよぎる。
「……やべえ」
「何がだ」
壮年の男が聞く。
「無断欠勤だろうが!!」
思わず叫んだ。
拘束具がぎしりと軋む。
「今日、朝から仕事なんだよ! 配送だぞ配送! 俺がいねえと荷物積めねえんだよ!」
モニターの向こうで、二人が一瞬だけ顔を見合わせた。
本当に一瞬だった。
だが、その間で何か察した。
「……おい」
嫌な予感がする。
「何だその顔」
壮年の男が、少しだけ言いにくそうに口を開く。
「あなたの職場には、すでに連絡が入っているはずだ」
「……連絡?」
「婦女暴行容疑で拘束され、取り調べを受けていると」
「……は?」
呼吸が止まった。
数秒。
いや、一秒もなかったかもしれない。
だが、俺の中では十分すぎるほど長かった。
「……はあああああ!?」
叫んだ。
「何してくれてんだテメェら!!」
「現状の容疑を伝えただけだ」
「伝えるなそんなもん!!」
「無断欠勤よりは説明がつく」
「説明がつきすぎて人生終わるだろうが!!」
職場の空気が想像できる。
朝礼。
誰かが言う。
内海、婦女暴行で捕まったらしいぞ。
配送センターのあの薄汚い休憩室。
ニヤつく同僚。
眉をひそめる事務員。
上司のクソみたいなため息。
終わった。
完全に終わった。
「……終わったな」
天井を見上げる。
「俺の社会的信用」
沈黙。
さっきまでアガルタだのレッドラインだの言っていた話が、急にどうでもよくなる。
いや、どうでもよくはない。
ないが。
現実の殴り方がえげつない。
「……もう」
俺はゆっくり顔をモニターへ戻す。
「もうアガルタ入るしかないだろうが!!」
半分怒鳴り声だった。
壮年の男は、わずかに肩をすくめる。
「合理的な判断だ」
「合理的じゃねえよ!! お前らが退路燃やしたんだろうが!!」
「だが現実だ」
「開き直るな!!」
若い男が、ほんの少しだけ視線を逸らした。
笑いを堪えているようにも見えた。
「……チクショウ」
力が抜ける。
拘束具に体を預ける。
「分かったよ」
吐き捨てるように言う。
「入る」
壮年の男の目が、わずかに細くなる。
「同意と受け取っていいか」
「ただし」
俺は遮った。
「一つだけ条件がある」
「聞こう」
俺は、心の底からうんざりした顔で言った。
「残業ありありの配送業は勘弁してくれ」
沈黙。
一拍。
壮年の男が、初めて少しだけ笑った。
「歓迎する、内海恵」
そして、どこか冗談めかして続ける。
「その条件については、我々も全面的に同意する」
若い男も、わずかに口元を緩めた。
配送業は生えてきました。
たぶん別作品の主人公の設定がそのまま流用されているようです。
主人公、というカテゴリーの情報に配送業という設定がされた前列で未設定の部分を埋めたんでしょうね。
修整前と修整後、やはり修整後のほうが文体はいいですね。