神様とかムカつくんで斬っていいですか?   作:一般通過小説好キー

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10話:仄暗い瞳、未来の灯

 遅れちまった。

 

 リンドウは、ボルグ・カムランの崩れ落ちる巨体を横目に、胸の内で舌打ちした。

 

 凛を先に行かせた判断自体は間違っていなかったはずだ。狭い路地に居座るボルグ・カムランを無視して進むには、あの巨体はあまりにも邪魔だった。凛の速さなら、隙間を抜けて先へ進める。自分が足止めを引き受ければ、その分だけ救助対象へ早く辿り着ける。

 

 実際、そこまでは予定通りだった。

 

 問題は、その後だ。

 

 ボルグ・カムランを仕留める寸前、戦闘音に釣られたのか、あるいは遠くから響いた異様な咆哮に反応したのか、近くにいたクアドリガまでこちらへ合流してきやがった。

 

 ただでさえ時間が惜しい状況で、硬い蠍と動く戦車を同時に相手取る羽目になるとは、笑えないにもほどがある。

 

「ったく……こっちは子守り中だってのによ」

 

 吐き捨てるようにぼやきながら、リンドウは神機を肩に担ぎ直した。

 冗談めかした言葉とは裏腹に、その足は自然と速くなる。

 

 嫌な予感がしていた。

 

 凛の様子は、旧ロシアへ向かうと決まってから明らかにおかしかった。寝不足、顔色の悪さ、時折どこか遠くを見るような目。本人はいつもの調子で誤魔化していたが、あれで隠せているつもりなら、まだまだ子供だ。

 

 いや、そもそも子供なのだ。

 

 どれだけ強くても。

 どれだけ戦えても。

 どれだけ大人びた顔をしていても。

 

 凛は、まだ十二歳の子供だ。

 

 その子供が、何かを一人で抱え込んでいる。

 

 それが分かるのに、踏み込めない。

 聞いても、きっと笑って誤魔化される。

 強引に問い詰めれば、余計に遠ざかる。

 

 だから今は、せめて近くにいるしかないと思っていた。

 

 そう思っていたのに、結局こうして遅れている。

 

「……笑えねぇな、ほんと」

 

 リンドウは路地を抜け、凛が向かった住宅街の奥へ走った。

 凛のいるであろう場所に近付く程、小型種の影が多くなっていく。

 

(これはいよいよまずいか?)

 

 先の作戦時とは違い、市街地ではとにかく死角が多い。中型、いや、大型程度になればその大きさもさることながら動きも派手で音もデカい。故に、仮に死角にいようと対処はしやすい。それでも不意の接触は事故に繋がる危険性が非常に高いが。

 

 しかし、小型種の場合は別だ。

 オウガテイルなんかは頭もそんなよくないが、コクーンメイデンやザイゴートなんかは特に危険だ。やつらは音もなく奇襲を仕掛けてくる。しかもコクーンメイデンに関してはたけのこのように生えた後は基本動かない。知らず知らずのうちに圏内に入ってしまい意識外からのレーザーや、近付きすぎていて刺突攻撃を受けるなど……。

 つまり視界が悪い場所ほど、小型種は危険な存在に成り得るということ。このまま数が増えていけば必然と()()の可能性もあがる。

 

 先ほどの強烈な振動。

 異様な咆哮。

 それに反して静かな住宅街。

 

 嫌な予感がしてならないリンドウの足は急かされるように早くなる。

 

 やがて、少し視界の開けた広場に出た。

 その先に広がっていた光景を見て、彼は思わず足を止めた。

 

 白い雪に覆われていたであろう広場は、まるで局地的な災害にでも見舞われたように変わり果てていた。

 

 地面は深く抉れ、雪は黒く焦げ、半壊した家々の壁には巨大な爪痕が刻まれている。溶けた遊具が奇妙な形で固まり、傾いた街灯は根元からへし折れ、周囲には赤黒い血とオラクル細胞の残滓が飛び散っていた。

 

 ただの小型種や中型種との戦闘痕ではない。

 

 凛が普段見せるような、一瞬で相手を仕留める戦いの跡でもない。

 

 ここでは、何かとんでもないものが暴れた。

 そしておそらくは、凛はそれと正面から斬り合ったのだ。

 

 ただ、相手の姿はもうない。

 

 分かるのは、凛が何かと戦い、そして取り逃がしたらしいということだけだった。

 

「……凛」

 

 広場の中央に、少女が立っていた。

 

 俯いていて、表情は見えない。

 神機を構えることもなく、右腕はだらりと下がっている。肩は小さく上下していたが、それが呼吸なのか、震えなのか、遠目には判別できなかった。

 

 いつもの凛なら、敵を倒した後は何かしら軽口を叩く。

 えへへと笑って、少し得意げに胸を張って、けれど本当に心配されると困ったように目を逸らす。

 

 そんな姿が、今は欠片もない。

 

 そこにいるのは、雪の中にぽつりと置き去りにされた、ひどく小さな子供だった。

 

「おい、凛。無事か?」

 

 リンドウは慎重に声をかけた。

 

 凛は、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞳を見た瞬間、リンドウは胸の奥が冷えるのを感じた。

 

 暗い。

 

 怒りの色ではない。

 悲しみだけでもない。

 

 もっと深い、何かが沈んだ目だった。

 海の底に落ちていくような、光の届かない場所を覗き込んでしまったような目。

 

「……リンドウさん」

 

 声は掠れていた。

 けれど、奇妙なほど平坦だった。

 

「対象は、家の中です」

 

 それだけ言うと、凛はゆっくりと半壊した家の方へ歩き出した。

 

「あー、おい。対象が中にいるなら、俺が確認する。お前は少し休め」

「……大丈夫です」

 

 凛は、こちらを見ないまま答えた。

 

「場所は分かっています。ボクが開けます」

 

 その一人称に、リンドウは眉を動かした。

 

 ボク。

 

 普段の凛も自分を僕と呼ぶ。女の子にしては珍しい一人称だから良く印象に残っている。だが、今のそれはどこか違う響きをしていた。

 子供らしい一人称ではなく、もっと危うい、奥底に沈んでいた何かが表面へ滲み出しているような声だった。

 

 リンドウは何か言いかけたが、凛の足取りを見て口を噤んだ。

 

 幽鬼のような歩き方だった。

 

 ふらついているのに、迷いはない。

 崩れた床板を踏み越え、血の臭いが充満する家の中へ入っていく。その背中を追いながら、リンドウは室内の惨状に奥歯を噛んだ。

 

 床に残された大量の血痕。

 壊れた家具。

 散らばった家族写真。

 

 そして、そこにあったはずの命の痕跡。

 

 何が起きたのかを想像するのは簡単だった。

 簡単だったからこそ、胸糞が悪かった。

 

 凛はリビングの奥へ進み、半ば潰れかけたクローゼットの前で立ち止まった。

 

 小さな手が、扉に触れる――。

 一瞬だけ、その指先が震えたように見えた。

 

 けれど凛は何も言わず、ゆっくりと扉を開けた。

 

 中には、幼い少女がいた。

 

 淡い銀髪を持つ、小さな子供。

 恐怖のあまり気を失っているのだろう。膝を抱えるようにして倒れ込み、涙の跡が頬に残っている。

 

「……見つかったか」

 

 リンドウは少女の前へ膝をつき、慎重に脈と呼吸を確認する。弱いが、確かにある。その事実に、リンドウはようやく息を吐いた。

 

「よし、生きてる。凛、両親は?」

 

 問いかけた瞬間、凛の肩がわずかに揺れた。

 

 彼女は、何も言わなかった。

 ただ、俯いたまま、ふるふると首を横に振った。

 

 それだけで、十分だった。

 

「……そうか」

 

 リンドウは短く答え、少女を抱き上げた。

 あまりにも軽い身体だった。かつて贖罪の街の教会で拾い上げた凛の身体を、ふと思い出す。

 

 あの時も、こんなふうに軽かった。

 

 小さな子供が抱えるには重すぎるものを背負い、それでも生き延びようとしていた。

 

 目の前の少女も、これからきっと背負うことになる。

 

 今日この場所で失ったものを。

 見てしまったものを。

 理解できないまま心に刻み込まれた恐怖を。

 

 リンドウは、胸の奥に苦いものが広がるのを感じた。

 

「ツバキ、聞こえるか」

 

 通信機を起動する。

 

『――リンドウか。状況は』

「対象を保護した。意識はないが、生きてる。場所は居住区奥の住宅街だ。だが、妙だ。小型がどんどん集まってきてる」

『こちらも確認している。外周側の個体数も不自然に増えている。長居は危険だ。合流地点を指定する。そこまで後退しろ』

「了解。俺は子供を抱えてるから、凛に先導してもらう」

『……凛の状態は?』

 

 通信越しでも、ツバキの声がわずかに硬くなったのが分かった。

 

 リンドウは凛を見る。

 

 彼女は、クローゼットの前に立ったまま、静かにこちらを見ていた。

 

 笑ってはいない。

 泣いてもいない。

 ただ、何も映していないような暗い瞳で、じっと待っている。

 

「……後で話す。今は離脱が先だ」

『ふぅ……そうか……ひとまず、こちらも合流地点へ向かう――ソーマ、行くぞ』

 

 通信が切れる。

 

 リンドウは少女を抱え直し、凛へ向き直った。

 

「凛」

「はい」

「外は小型が増えてる。俺はこの子を抱えてるから、動きが鈍る。合流地点まで、お前に前を頼むことになる」

「分かりました」

 

 返事は早かった。

 

 早いに越したことはないが、いつもの凛と比べるのであればそこには違和感があった。

 

 いつもの凛なら、ここで何かしら得意げに言う。

 任せてくださいとか、僕にかかれば余裕ですよとか、そんな調子のいい言葉で空気を和らげようとする。

 

 だが、今の凛にはそれがない。

 

 静かすぎる。

 

 先ほどから見せる様子と言い、会話一つとっても、ひどく不穏だった。

 

「……大丈夫か」

 

 我慢できずに、リンドウは尋ねた。

 

 すると凛は、笑った。

 

 いつものように見える笑顔だった。

 口元だけなら、確かにいつもの凛だった。

 

 けれど、やはりその瞳は違う。

 深海の底のように暗く、淀み、光を飲み込んでいる。

 

「えぇ……勿論、大丈夫ですよ」

 

 抑揚のない、平坦な声だった。

 その笑顔が、リンドウにはひどく痛々しく見えた。

 

 凛は神機を肩に担ぎ、半壊した玄関の向こうへ歩き出す。

 

「ボクが血路を開くので、リンドウさんはその子をしっかりと守ってあげてください」

「凛、お前──」

 

 言い切るより早く、外から飛び込んできたオウガテイルが凛へ襲いかかった。

 

 凛は振り返りもしなかった。

 

 神機が、ただ横へ流れた。

 

 それだけで、オウガテイルの身体が上下に分かれ、雪の上へ崩れ落ちる。

 

 あまりにも静かな一刀だった。

 

 力任せのような荒々しさもない。

 ただ、そこにある邪魔なものを取り除いただけの、合理的で機械的な動き。

 

 だからこそ、リンドウの背筋に冷たいものが走った。

 

「行きましょう」

 

 凛は言った。

 

「この子を、ちゃんと生かして帰さないと」

 

 その言葉だけは、確かな熱を持っていた。

 凛については思うところがあるが、言っていることは正しい。折角救い上げた命があるのであれば、それは何としてでも守り通さなければいけない。

 

 家の外へ出た瞬間、状況がさらに悪化していることが分かった。

 

 何かに呼び寄せられたのだろう。住宅街の路地には、オウガテイルやザイゴートといった小型種がじわじわと集まり始めていた。まだ包囲と呼ぶほどではないが、放っておけばすぐに増えるだろう。

 このまま増え続けるアラガミを相手に少女を守りながら戦闘し続けるのは難しい。

 

 リンドウは腕の中の少女を抱え直した。

 片腕が塞がる以上、普段通りには戦えない。シールドを展開することはできるが、攻撃と防御の切り替えはどうしても鈍る。

 

 その前を、凛が歩く。

 

 雪を踏む足取りは静かだった。

 だが、一歩進むたびに、近づいてきたアラガミが斬り伏せられていく。

 

 オウガテイルの牙が迫れば、首を落とす。

 ザイゴートが上空から弾を吐こうとすれば、跳躍して核ごと斬り裂く。

 物陰から奇襲を狙う個体がいれば、振り向くよりも早く神機の切っ先がそこへ届く。

 

 速い。

 

 相変わらず、凛の動きは人間離れしている。

 

 けれど、リンドウは素直に感心できなかった。

 

 いつもの凛の戦いには、危うさの中にも子供らしい昂揚があった。強敵を前にした時の高揚、上手く立ち回れた時の得意げな空気、リンドウやツバキに褒められたいという隠しきれない幼さ。

 

 今は、それがない。

 

 敵を斬る。

 進む。

 また斬る。

 

 ただ、それだけ。

 

 まるで感情だけをどこかへ置き去りにして、身体だけが任務を遂行しているようだった。

 

「右だ、凛!」

 

 リンドウが叫ぶ。

 

 右手の路地から飛び出したオウガテイルへ、凛の神機が斜めに走る。刃は迷いなく首を断ち、返す動作で背後から迫ったもう一体の顎を砕いた。

 

「分かってます」

 

 静かな返事。

 

 リンドウは歯噛みした。

 

 分かっているのはいい。

 だが、分かりすぎている。

 

 凛は時々、戦場の流れを先読みするような動きを見せる。アラガミの気配を読む能力があるとは聞いていたし、実際そのおかげで何度も助けられてきた。

 

 だが、今の凛はそれとは違う。

 

 目の前の敵だけを見ていない。

 もっと遠く、もっと暗い何かを見ている。

 

 そんな気がしてならなかった。

 

『リンドウ、聞こえるか。合流地点まであと少しだ。こちらも複数体と交戦中。急げるか』

 

 通信機からツバキの声が響く。

 

「ああ、こっちは対象を抱えてる。凛が前を開けてるが、数が多い。そっちの援護があると助かる」

『了解した。ソーマ、左翼を抑えろ』

『……分かってる』

 

 遠くで爆音が響いた。

 ツバキの銃撃と、ソーマの神機が叩きつけられる重い音が混ざる。

 

 合流地点が見えてきた。

 

 雪に覆われた小さな交差路。

 その向こうに、ツバキとソーマの姿がある。

 

 ツバキは銃形態の神機で上空のザイゴートを撃ち落とし、同時にこちらへ迫る小型種の群れを牽制していた。ソーマはその前方で、巨大な神機を振るい、寄ってくるアラガミを力任せに叩き潰している。

 

 そのソーマが、凛を見た瞬間、わずかに眉を顰めた。

 

「……お前」

「ソーマ、道を開けてください」

 

 凛はそれだけ言って、横を抜けた。

 

 ソーマの表情がさらに険しくなる。

 けれど、今は問い詰める余裕などない。

 

「リンドウ、こっちだ!」

 

 ツバキが叫ぶ。

 

 リンドウは少女を抱えたまま、指定されたルートへ走った。凛が前で小型種を斬り伏せ、ソーマが側面から迫る敵を叩き潰し、ツバキが後方と上空を抑える。

 

 四人の連携は、即席とは思えないほど噛み合っていた。

 

 だが、それは余裕があるという意味ではない。

 

 アラガミの数は増え続けている。

 何かに呼ばれた個体が、街のあちこちから集まってきているのだ。

 

 視界の端に、サリエルの影が見えた。

 さらに奥には、グボロ・グボロ。

 

 長居すれば詰む。

 

「凛、正面突破だ! シェルターまで最短で行く!」

 

 リンドウが叫ぶと、凛は一度だけ頷いた。

 

「了解です」

 

 その直後、凛の速度が一段上がった。

 

 白い雪原に、黒い神機の軌跡が走る。

 迫るオウガテイルの群れを、まるで草を刈るように切り払う。返り血が雪を赤く染め、その赤を踏み越えて凛は進む。

 

 リンドウはその背中を追いながら、腕の中の少女を守るように抱きしめた。

 

 この子だけは落とせない。

 この子だけは、絶対に生かして帰す。

 

 それはきっと、凛が今、自分を壊しながら選んだものだ。

 

 ならば、リンドウがそれを無駄にするわけにはいかなかった。

 

「ツバキ!」

「分かっている!」

 

 ツバキの援護射撃が、シェルター前に群がる小型種を吹き飛ばす。

 ソーマがその隙間へ滑り込み、神機を大きく振り下ろして道を広げる。

 

「今だ、走れ!」

 

 リンドウは最後の数メートルを駆け抜けた。

 

 シェルターの扉が開く。

 中から兵士たちが顔を覗かせ、リンドウの腕の中の少女を見て息を呑んだ。

 

「保護対象だ! 意識はないが生きてる! すぐに医療班へ!」

「彼女の両親たちは?」

「すまねぇ……間に合わなかった」

「……そう、ですか。それでも、この子だけでも助かったなら……」

 

 リンドウが少女を兵士へ預ける。

 

 兵士は何度も頷き、少女を抱えて奥へ走っていった。

 

 アリサ・アミエーラ。

 

 あの子がこれから何を背負うのか、リンドウには分からない。

 けれど、少なくとも今は生きている。

 

 その事実だけが、救いだった。

 

「……リンドウ」

 

 ツバキが近づいてくる。

 その視線は、リンドウではなく凛へ向いていた。

 

 凛は、シェルターの入口に背を向け、外のアラガミたちを見ていた。

 血に濡れた神機を肩に担ぎ、白い雪の中で、静かに立っている。

 

 その背中は、あまりにも小さい。

 

 けれど、近づきがたいほど冷たい何かを纏っていた。

 

「凛」

 

 ツバキが声をかける。

 凛は振り返り、いつものように見える笑顔を作った。

 

「対象は保護できました。じゃあ、残りを片付けましょう」

 

 軽い言葉だった。

 だが、その声には温度がなかった。

 

「凛、お前は一度下がれ」

 

 ツバキの命令に、凛は首を傾げた。

 

「どうしてですか?」

「状態が悪い。戦闘継続は許可できない」

「大丈夫ですよ。動けます」

「動けるかどうかの話ではないっ」

 

 ツバキの声が鋭くなる。

 

 凛は少しだけ沈黙した。

 

 その間にも、外ではアラガミの咆哮が増えていく。シェルター周辺に集まり始めた群れを放置すれば、避難民ごと危険に晒される。

 

 凛はそれを聞いている。

 分かっている。

 

 そして、分かっているからこそ、笑った。

 

「ツバキさん」

 

 ひどく静かな声だった。

 

「今、ボクが下がったら、ここにいる人たちが危ないです」

「……」

「だから、戦います。大丈夫です。ちゃんと命令は聞きますし、勝手に突っ走ったりもしません」

 

 リンドウは、思わず苦笑しそうになった。

 それを今の凛が言うのか、と。

 

 だが笑えなかった。

 

 凛の瞳が、やはり暗いままだったからだ。

 

 ツバキもそれを見て、きつく唇を結んだ。

 下がらせたい。けれど、戦力として必要なのも事実だ。この状況で凛を欠けば、シェルター防衛は一気に厳しくなる。

 

 隊長としての判断と、凛を案じる気持ちがぶつかっているのが分かった。

 

 やがて、ツバキは短く息を吐いた。

 

「……リンドウ、凛から目を離すな」

「了解」

「ソーマ、無茶をするな。凛に釣られるなよ」

「……誰が」

 

 ソーマは不機嫌そうに答えたが、その視線は凛へ向いたままだった。

 

 凛は、そんな三人の視線を受けながら、神機を構えた。

 その構えは綺麗だった。

 彼女の中にある、受け継いだ剣の形が、そこには確かにある。

 

 けれど、その奥にある心が今どこにあるのか、リンドウには分からなかった。

 

「では、行きましょう」

 

 凛が言う。

 白い雪の向こうから、アラガミの群れが迫ってくる。

 

 旧時代の置土産が崩壊した地で。

 救えた命と、救えなかった命の狭間で。

 

 白い少女は、暗い瞳のまま刃を握った。

 

 そして再び、戦場へ踏み出した。

 

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