神様とかムカつくんで斬っていいですか?   作:一般通過小説好キー

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 なんか斜体の処理? タグ付けが上手くいかなぇぞ……。
 おいチチィ! どうなってんだ!
 チキショウ……こうなったら多用しまくってるにじみで誤魔化すしかねぇ!
※投稿分も修正しました




1話:死と灰色の街を越えて

 ──走れ、凛。

 ──東へ向かえ。

 

 その言葉だけが、僕の凍りついた思考を動かす唯一の原動力だった。

 

 背後では、空気を引き裂くような咆哮が何度も響いていた。コンクリートが砕け、金属がひしゃげ、何か大きなものが崩れ落ちる音がする。怖くて振り返りたかった。自分の眼で見て、何が起きたのか確認したかった。

 けれど、一心の『行け』という言葉が呪いのように僕の足を前へ押し出していた。

 僕の背中には、この体にはあまりにも不釣り合いなほど大きく重いリュックと、一心の魂そのものである一振りの刀が括り付けられている。

 

 一歩、また一歩。

 僕は荒廃した都市の残骸の中を、ただひたすらに走り続けた。

 

 サテライト拠点を出てから、どれほどの時間が経っただろう。

 かつて人々が『街』と呼んでいた場所は、今やアラガミという名の絶望が闊歩する捕食場へと成り果てていた。

 

 空はどんよりとした鉛色。

 空気は埃と、何かが焦げたような嫌な臭いに満ちている。よく目を凝らせば人の腕に見えるようなものが瓦礫の隙間からはみ出ていたりと、一体何が焦げたのか……あんまり考えたくない。

 いずれにせよ、10歳という本来なら親の手を引いて歩くような子供の足にとって、この外の世界はあまりにも巨大で、あまりにも冷酷だった。

 

「……はぁ、はぁ……っ……」

 

 喉が焼けるように熱い。

 足の裏の皮が剥け、一歩踏み出すたびに鋭い痛みが走る。普通なら、もうとっくに動けなくなっていてもおかしくない。

 けれど、僕の体は不思議と()()()()()()

 

 心臓の奥で、ドクドクと不気味なほど力強い鼓動が脈打っている。

 血管を流れる熱すぎる何かが、悲鳴を上げる筋肉を無理やり繋ぎ止め、僕を前へと運んでいく。

なぜ動けるのか分からなかった。ただ、動かなくなるはずの足が動く。それだけが、この地獄を生き抜くための、たった一つの現実だった。

 

 神機もない。

 背負っている刀は、僕の身体で扱うには大きすぎてまともに抜くことすらままならない。もしアラガミに見つかれば、それが小型であっても僕の命は簡単に摘み取られるだろう。

 

 だから、僕は『影』になった。

 

 瓦礫の隙間に身を潜め、風の音を聞き、アラガミの気配を伺う。

 オウガテイルの群れが近くを通り過ぎる時、僕は呼吸さえも止めて、泥の中に顔を伏せた。心臓の音がうるさすぎて、アラガミに気づかれるんじゃないかと恐怖で体が震える。

 一度だけ、鼻先が触れそうな距離まで近づいた一体が、不意に興味を失ったように首を逸らして去っていったことがあった。理由なんて分からない。ただ、その瞬間だけは、息をすることさえ怖かった。

 

(怖い……怖いよ、義父さん……)

 

 涙が溢れそうになるたび、僕はリュックのベルトを握りしめた。

 

 ここには、一心の温もりはない。

 

 あるのは、僕を喰らおうと目を光らせる捕食者たちの世界だけ。

 

 夜になると、気温は急激に下がる。

 崩れかけたビルの地下、冷たいコンクリートの上で丸くなりながら、僕は一心から貰った刀を抱きしめた。

 鞘越しに伝わる硬い感触だけが、僕が一心と繋がっている唯一の証だった。

 

 少しでも体を温めようとリュックを引き寄せると、中から雑に畳まれた布と、保存食の包みがいくつか転がり出た。

 その奥に、折り目だらけの小さな紙片が挟まっている。

 

 震える指で開くと、そこには一心の不器用な字が並んでいた。

 

『東。迷ったら太陽を見る。夜は動くな。水は少しずつ飲め』

 

 たったそれだけ。

 優しい言葉も、励ましの言葉もない。

 けれど、読んだ瞬間、喉の奥がひどく熱くなった。

 

「……義父さん」

 

 一心の声がすぐ側で聞こえた気がした。不愛想だけれど、どこか温かみのある声。全然優しくないのに安心できる声だった。

 

 目元が熱い。今すぐにでも大声を上げて胸の内の熱を取り出したかった。

 でも、泣いたら水分が減る、そんな馬鹿みたいな理屈で唇を噛みしめながら、僕はその紙片を胸元にしまった。

 

「凛として……立て……」

 

 暗闇の中で、一心の言葉を反芻する。

 

 泣いてもいい。震えてもいい。でも、自分を物みたいに扱うな。

 

 その言葉が、空腹と孤独で擦り切れそうな僕の心に、少しだけ活力を与えてくれた。

 

 あれから、殆ど使い物にならない地図と少し狂ったコンパスを使い、時には太陽を見て、

東へ、東へとひたすらに歩き続けた。今は……三日目……いや、四日目か? 一日一日を命がけで進み生き延びることに精一杯でどの程度の日数が経ったのかもわからない。それでも日は残酷に昇り、そして沈む。

 

 できるだけ節約しながら食べていたリュックの中の食料は底を突き、水も残り少なくなっていた。

 当然、育ち盛りの体には栄養もエネルギーも足りない。身体の奥に残っていた最後の燃料まで使い切ったのか、意識は少しずつ朦朧としていく。

 

 視界の端で、時折、一心と過ごした穏やかな日々がフラッシュバックする。

 

 大きな手で作ってくれた不器用な飯の味。

 ──お世辞にも良い出来とは言えなかったけど、不思議と美味しかったなぁ。

 

 庭で刀を振るう彼の、静かな背中。

 ──いつかあの大きな背中に追いつけるかなぁ。

 

 それらを思い出そうとすると、頭の奥で不快なノイズが響く。

 

──オナカスイタ。

──モットタベタイ。

 

 僕の中の怪物が、栄養を求めて悲鳴を上げていた。

 肉体が無理やり引き出している出力の代償として、僕の体は常に飢餓状態に近いエネルギーを消費している。

 その渇きは、水を飲んでも、硬い乾パンを噛み砕いても癒えることはなかった。

 

「……黙ってろよ、化け物……」

 

 自分の声は、自分でも誰のものか分からなくなるほど掠れていた。

 

 足は鉛のように重く、意識は断続的に途切れる。

 

 それでも、僕は歩みを止めなかった。

 

 東へ。

 

 東へ。

 

 一心がそう言ったから。

 僕を拾い、僕に名前をくれた人が、そこへ行けと願ったから。一心が僕に託したその願いだけが、死神の鎌を間一髪で避け続けている僕の生命線だった。

 

 

 

 どれだけの距離を歩いただろうか。

 僕のボロボロになった靴はとうに限界を迎え、裸足に近い状態になっていた。足跡は血で赤く染まり、服は泥と煤で本来の色を失っている。

 ご飯はまともな物を食べたのはいつだったか……今はその辺の雑草や、小さな虫を食むことで誤魔化し、水もないから雨水を溜め、それすらもない時は絶対に体に悪いであろう泥水を啜った。幸いお腹を壊すことは無かった。

 リュックの中にはボロボロの布といつぞや食べつくして空になったゴミ。意外とこのゴミもアラガミの注意をひいたり、雨水をためる時に便利だから、多少重くとも捨てようにも捨てられなかった。

 

 どれだけ進んでも一向に終わりが見えない道程に、正直歩いているのかもちょっと怪しいくらいに朦朧としていた。

 しかし、目の前に崩壊した街並みとは少し雰囲気の違う、古い教会の尖塔が見えたことで、少しだけ体が軽くなったような気がする。

 

 ようやく、ようやく見慣れた風景が見えた。

 

『贖罪の街』。

 

 ゲームで、何度も見た場所だった。幾度となく画面越しに眺めた、あの景色がそこにあった。

 勿論ゲームと現実では細部の違いはあるものの、建物の配置や、教会から見える巨大なビルに穿たれた大穴。これが贖罪の街でないのなら、遂に僕の精神が都合のいい幻を見せ始めたということだろう。

 

──ゴハン?

 

 ……いや、幻聴がする時点で十分おかしくなっているか。

 

 ふいに頬に何かが触れる。

 

 一体何だろうと緩慢に空を見上げれば、どんよりと重い鈍色の雲からぽつりぽつりと雨が降ってくるのが見えた。

 

 再度、冷たい雨粒が熱を持った僕の頬を叩く。

 一度安心してしまったからだろうか、機械のように動き続けていた足は全く動かず、一歩も前に進むことができなくなっていた。

 視界が白く霞み、膝がガクガクと崩れ落ちる。

 

「……あと……少しだけ……」

 

 最後の力を振り絞り、僕は開け放たれたままの教会の扉の中へと全身を使い這い入った。

 

 ステンドグラスから差し込む、微かな、けれど優しい光。

 僕はまだ形を保っている祭壇の近くまで這い寄り、震える手で一心の刀を胸に抱き寄せたところで、今度こそ電池が切れたように動けなくなってしまった。

 

 これでもう本当の本当にガス欠だ。

 これ以上は指の一本だって動かせやしない。

 

 体が重い。

 

 でも、ここまで来れれば、誰かが、きっと見つけてくれる。

 

「義父さん……僕……約束、守った……よ……」

 

 抱きしめた刀の重みが、一心の腕の重さに重なる。

 その温もりを夢に見ながら、僕の意識は深い、深い闇の底へと沈んでいった。

 

 ──どのくらいの時間が過ぎたのか。

 

「……おい、生きてるか?」

 

 雨音の中に、低い、けれどどこか安心させるような男の声が混じった。

 

「……子供? こんなところに、たった一人でだと……?」

 

 次に聞こえたのは、凛とした、けれど驚きを隠せない女性の声。

 

 重い瞼を動かすことはできない。

 けれど、鼻先を、微かなタバコの煙の匂いと、どこか懐かしい『誰か』の気配が掠めたような気がした。

 

 僕を抱きかかえる、不器用で温かい腕。

 それは、一心の腕にとてもよく似ていた──。

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