神様とかムカつくんで斬っていいですか?   作:一般通過小説好キー

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3話:新たな神喰の産声

 温かかった。

 パチパチとはぜる火の粉の音。鼻をくすぐる、少し焦げた甘い匂い。

 

 何度も何度も火打石を打ち鳴らした。なかなかコツが掴めず、手がじんじんと熱を持っていたけれど、一心の「そうだ、それでいい」という短い言葉が嬉しくて、僕は必死だった。

 ようやく火が点いた焚き火。その中でじっくりと焼いた芋は、驚くほど甘くて。半分に割って差し出された熱々のそれを口にした時、この世界で初めて「美味しい」という感情を知った気がした。

 

 夜、大きなドラム缶風呂。

 一心の背中は岩のようにゴツゴツしていて、そこには数え切れないほどの傷跡が刻まれていた。

 お世辞にも上手いとは言えない、一心の不器用な昔話。途切れ途切れで、主語も怪しくて、内容は半分も理解できなかったけれど。でも、隣で感じるその体温が、この人が確かにこの地獄のような現実を生き抜いてきた証なんだと、幼い僕の心に深く刻まれた。

 

 剣を教えてくれた。

 「綺麗」だと感じた剣の軌跡は、まるで、この世界で迷子になってしまった僕を導く、一筋の光のように感じた。

 一心の大きな背中と美しい太刀筋。僕はそれに憧れ一生懸命真似た。

 あまり言葉にはしてくれなかったけれど、もし僕の振りがおかしければ、できるまで同じ型を振り続けてくれた。

 

 一心の接し方は、世間一般の『良い親』とは程遠いものだったかもしれない。言葉は足りないし、やることは無骨だ。

 けれど、その奥にある愛情だけは、嘘偽りなく僕に向けられていた。

 あぁ、僕はここにいてもいいんだ。

 『被検体零号』なんて名前じゃなく、ただ一人のこの世界の異物としてではなく、『凛』として、この人の隣で生きていてもいいのかもしれない──。

 

 そんな穏やかな日常の風景に、突如として黒い罅が入る。

 様子がおかしい。

 僕は、嫌な予感がして一心の姿を探す。すると遠ざかっていく一心の後ろ姿。咄嗟に「待って」と声を上げ、伸ばした指先が彼に触れる直前。

 視界のすべてが、鏡が割れるような音と共に粉々に砕け散った。

 

 ──場面は一転し、白濁した光が僕の目を焼く。

 鼻を突く消毒液の臭い。無機質な機械音。

 鈍く光るメスと、太い注射針。

 

 痛い。痛い痛い痛い痛い。

 

 肉体を裂かれ、得体の知れない因子を流し込まれる絶え間ない苦痛。

 何より恐ろしいのは、自分を構成していたはずの記憶が、飢えた怪物に喰い荒らされるように消えていくことだ。

 僕が誰だったのか。何を愛していたのか。

 ノイズに塗り潰され、自分が自分でなくなっていく恐怖に、僕は音のない悲鳴を上げる。

 

(お願い、もうやめて……()()をこれ以上、壊さないで……)

(誰か……神様、助けて……!)

(助けて、義父さん──!!!)

 

 

 

「ずいぶんと威勢が良いねぇ」

 

 叫びと共に跳ね起きた僕の手が、誰かの顔を直撃した。

 ……いや、正確には、僕の顔を至近距離で覗き込んでいた人物に当たった、というべきか。

 

「……あ、え?」

 

 パチパチと瞬きを繰り返す。

 視界が少しずつ鮮明になっていく。

 そこにいたのは、和装とトレンチコートを合わせた、どこかちぐはぐな格好、丸眼鏡を指で直しながら、おどけたように肩をすくめる男だった。

 

(……この顔、知ってる……。ペイラー・榊だ)

 

 ゲームの画面越しに何度も見た、あの風変わりで、けれど誰よりも賢明な研究者。

 混乱と、実在するキャラクターに出会ってしまったという妙な感動。それらが入り混じって、僕は呆然と口を開けたまま固まってしまう。

 

「やぁ、御目覚めかな? なかなかに元気の良い挨拶だったよ」

「あ……あの、ここは……」

「さて、起き掛けで悪いが、君についてはお話をしなければならないことが山積みなのさ。そうだね、まずはここがどこか説明するとしよう……あぁ、その前に。失礼、自己紹介が先だったかな?」

 

 彼は優雅に一礼してみせる。

 

「私はペイラー・榊。しがない研究者さ。気軽にペイラーとでも呼んでくれたまえ。……さて、君の名前も教えてもらえるかな?」

「……僕は……凛。凛です」

「そうか! 凛君! 強く、清らかな、いい名前だ」

 

 榊博士は優しく微笑んだ。

 

 そこからの説明で、僕は自分が一心の遺言通り、極東支部……『アナグラ』に辿り着き、丸一日眠っていたことを知った。

 そして、僕の体内の異常性についても。

 

「君の細胞を蝕み、調和しているこの特異な因子……私はこれを『P73-S』と名付けたよ。通常のゴッドイーターが持つ因子とは一線を画す、非常に強力で、そして……危険なものだ」

 

 P73-S。

 そしてその説明。

 それを聞いた瞬間、僕は妙に納得してしまった。

 

(あぁ……やっぱりそうだったんだ。僕はもう、人間じゃないんだ)

 

 自分が普通じゃないということへの恐怖は、不思議となかった。

 だって、研究所ではあれだけ色々なものを入れられ、弄繰り回されていた。アナグラに到着する前は、ズタボロになった足が一歩ごとに痛みを訴えていた。なのに今は、サラサラとしたシーツの感触を足の裏で感じられるほどに回復している。

 そもそも、冷静に考えて僕のいたサテライト拠点からアナグラまでの距離はかなりのものだったはず。到底10歳程度の子どもが踏破することができる距離とは思えないのに……今は大した後遺症らしいものもなく快調だ。

 これだけの証拠があるんだ、自分が普通じゃないことに気付くには十分すぎた。だから、榊博士から告げられたことを聞いた時、あぁ、そうだよねと納得できてしまった。

 

 ただ、『P73』の亜種のような因子を持っているということは、あのソーマ・シックザールと同じような境遇にあるということだ。

 精神的には大人でかつ物語を知っている外様の僕でさえ思うところが多分にあるんだ。物心つく頃から、自分の存在が母の死と結びつけられていた彼が、どれほどの孤独と苦悩を背負って生きてきたか想像に難くない。それを思うと、胸の奥がチリチリと痛む。

 

(僕のことは、もういい。たぶん、もう()()()()()()()。でも、原作のキャラたちは違う。まだ、間に合うかもしれない)

 

 僕がまだ見ぬソーマについて考えている間にも、榊博士の話は、残酷な現実へと続いていく。

 この異常な体質を持ち、非正規の実験体であった僕は、フェンリルの規定では『処分』の対象になってもおかしくないということ。

 生き残るための唯一の道は、その力を証明し、ゴッドイーターとして有用性を示すこと。

 

 一心は、僕をアナグラへ向かわせた。

 ここで生きろと言った。

 なら、僕が選ぶ道は最初から──一つしかない。

 

「つまり、凛君には酷なことだが今後ゴッドイーターとして前線に立って──」「──なります」

 

 榊博士がすべてを言い切る前に、僕は彼の瞳を真っ直ぐに見据えて口を開いた。

 

「ゴッドイーターに。ならせてください」

 

 僕の決意の早さに、榊博士は一瞬だけ意外そうに目を丸くした。けれど、すぐに理解したように頷く。

 

「それならこちらも渡りに船だ」

 

 榊博士が僕に右手を差し出してきた。僕はそれを手に取り握る。一心のごつごつとしてずっしりとした手とは真逆、節くれだっていてひ弱な手だ。

 

「それと、起き抜けに"父さん"と呼ばれてしまったが、ここでは私が凛君の保護者となるよ。本物の父にはなれないが今後とも私を頼ってくれたまえ凛君」

 

 『父さん』という言葉に、一心の面影が重なって、心臓がビクッと跳ねた。

 

 幸せだった光景と、終わりの瞬間。

 僕を生かすために死んでしまった、最愛の父。

 その奥にあるもっと暗い何かには、まだ名前を付けられなかった。

 

 一瞬、凄まじい吐き気に襲われる。

 けれど、気合で飲み込んだ。

 

 この人は、ゴッドイーターの物語の主要人物だ。

 そしてここは、物語の中心点。

 本来ここにいてはいけない異物が、混じり込んでしまっている。

 

 深く踏み込んではいけない。

 けれど、完全に拒絶するわけにもいかない。

 

 義父さんを奪ったあいつを殺すためには、ここで生き残る必要がある。

 ソーマやアリサたちの未来を少しでもマシにしたいなら、主要人物たちと接点を持つ必要もある。

 

 だから、距離を間違えるな。

 扱いやすく、明るく、悩みなんてなさそうな子供でいろ。

 本当の僕を、誰にも見せるな。

 

「はい、よろしくお願いします! これからはパパって呼んでもいいですか?」

 

 僕は、顔に『仮面』を張り付けた。

 明るくて、扱いやすくて、少し調子のいい子供の顔を。

 

「やれやれ、私には子育ての経験はないんだけれどなぁ」

 

 困ったように頬を掻く榊博士。

 その様子を見ながら、僕は『榊パパ』という新しい居場所を、心の中で強く、けれど脆く握りしめた。

 

 

 

 数日後。

 点滴や十分な食事によって栄養を得た僕の肉体は、P73-S因子の驚異的な回復力も相まって、すっかり万全の状態になっていた。

 そして今日、僕は演習場に立っている。

 

『本来、神機使いは腕輪を介して神機を制御する。だが凛君、君の場合は特別だ。正直に言えば、君に腕輪は必要ない。……が、余計な詮索を受けないためにも、普段は身につけてもらうことになるよ』

 

 榊パパの言葉には、研究者としての観察欲が見え隠れしていたけれど、僕は気にしなかった。

 台座の上に置かれた僕の神機。

 それは、刀型の刀身パーツを備えた、旧型の近接専用神機。

 デザインは、かつてのゲームで見た『呪刀』に酷似している。

 

『さあ、まずは神機を持ってみようか』

「了解です」

 

 榊パパの言葉に従い、僕は神機の元へ向かった。

 

「……」

 

 神機を肉眼で、しかも至近距離で見て感じた。ゲームで見る荒いポリゴンとは違って、そこには生々しさと無骨さがあった。正しく生体兵器と言った風貌だ。

 

 これを今から僕が持つ。

 ゲームでは本来、主人公が椅子に座り、手首に制御腕輪をバチンと嵌めるところから始まるわけだけど、僕の場合は既に腕輪が付いているし、何よりこの腕輪自体も不必要らしい。

 だから、僕の場合の適性試験は単純に神機を持ってその力を発揮できるかということなんだけれど……。

 ないとは思うけれど……万が一適性なしで神機に拒絶されたらどうしよう……ちょっとだけ不安になってきた。

 

 とは言え、僕はゴッドイーターにならなければいけない。

 ここまで来てやっぱやーめたなんてできないし、この力が無ければあいつを殺すことだってできやしない。

 

 ゴクリと生唾を飲み込む。

 

 覚悟を決め、僕は神機に手を伸ばし、しっかりと握り持ち上げる。見た目通り重量のあるそれは持ち上げるのもやっとだったが、何とか持ち上げられた。

 すると、神機から伸びたオラクル細胞が、律儀にも僕の腕輪を介して接続してきた。

 

「……っ!」

 

 不思議な感覚だった。

 不快感は全くない。

 けれど、どこか現実味がないというかふわふわとするというか。

 

──ゴハン? 

──ボクトイッショ? 

 

 例の声が聞こえる。

 ご飯じゃないし、僕と一緒ってどういう意味だ?

 

 真面目に考えても仕方ない。僕はフルフルと首を振り声のことは気にしないことにした。

 

 ひとまず、上手くいったのかな?

 さっきまで手に食い込むほど重かったはずの神機が、急に重さを失った。いや、失ったというよりは、まるで自分自身の身体の一部のような、そんな自然さがあった。

 試しに軽く振ってみると思い通りの軌道を描いてくれる。

 

 凄い、これが神機。

 これがゴッドイーターになるということか。

 

『ふむふむ、適合率は……リンドウ君よりも高い。状態も安定しているね。凛君、調子はどうだい?』

「はい! ばっちりです!!」

 

 神機一つ持つだけでこうまで世界が変わるのか。

 僕はちょっとだけ、ゴッドイーターになれたことに感動を覚える。

 

『調子も良さそうだし、早速ダミー相手に演習とでもいってみようか』

『これより演習を開始します。ターゲット、ダミーオウガテイル出現』

 

 榊パパが言うと同時にオペレーターの声が流れ、演習場の中央にアラガミの影が形成される。

 

 オウガテイル。

 

 何度も見た、ありふれた小型種。

 けれど、それを見た瞬間、視界が白く明滅した。

 

 ──研究所を壊したもの。

 

 ──サテライト拠点を踏み潰したもの。

 

 ──一心を奪った、あの黒い影。

 

 姿は違う。

 けれど、僕の中では全部が同じ『アラガミ』という名前で繋がっていた。

 

 視界が霞む。

 思考が霞む。

 理性が、霞む。

 

 全身の血液が──沸騰したように熱くなる。

 

『おや……バイタル情報が……凛君……?』

 

 スピーカーから聞こえる榊パパの不安げな声。

 視界が、黄金色のノイズに染まる。

 

──イッシン、コロシタ。

 

 内なる声がやけにハッキリと聞こえ、脳髄を直接揺らした。

 

 ドォォォォン!!!

 

 床が陥没するほどの猛烈な踏み込み。

 僕は一直線にダミーへと突き進んだ。

 

「あぁぁあああああ!!!!」

 

 喉が裂けるような裂帛の気合い。

 神速の抜刀。

 一心の太刀筋を、オラクル細胞がもたらす超人的な身体能力で再現する。

 

 一閃、二閃。

 目にも留まらぬ速さで神機が閃き、僕はダミーの背後へと通り過ぎる。

 

 ……静寂。

 

 僕が着地し、神機を鞘に収めるような動作をした瞬間。

 背後のダミーオウガテイルが、まるでスライスされた果実のようにバラバラに崩れ落ち、塵へと還った。

 

『だ、ダミー……完全に沈黙。……計測不能です!』

『な、なんということだ……』

 

 スピーカーから、オペレーターと榊博士の呆然とした声が漏れる。

 

 僕は肩で息をしながら、神機のコアを見つめた。

 ドクン、と。

 神機から、僕の心臓に呼応するような力強い鼓動が伝わってくる。

 

 ふぅ、と熱い息を吐き出す。

 落ち着け、落ち着け。これはダミーだ。一心を殺したやつじゃない。

 

 僕は目を閉じて大きく深呼吸をしてから、すぐにクルリと振り返り、いつもの『おどけた子供』に戻った。

 

「あ、あはは。どうでしたか? パパ?」

「あ、あぁ……いや、あまりの動きに呆気に取られてしまったよ……今は、バイタルも正常。尋常ならざる様子だったけれど大丈夫かい?」

「あはは……ちょっと張り切り過ぎちゃって……今は全然大丈夫ですよ!」

「そうかい……ならば、今はその言葉を信じよう」

 

 僕はこの世界で二つ目の居場所を手に入れた。

 今度は守られるだけじゃない。

 

 狩るための土台だ。

 

 

 

 

 

 

 

 演習場を上部から見下ろす観察デッキ。

 薄暗いその場所で、一人の男がモニターを静かに見つめていた。

 

 ヨハネス・フォン・シックザール。

 

 彼の瞳には、先ほどの少女の人間離れした動き、そして一瞬だけ黄金に輝いた瞳が焼き付いている。

 それは彼が追い求める『特異点』の完成形とは異なるが、しかし無視できない可能性を秘めた輝きだった。

 

「人から神へ……あるいは、神を喰らう神か」

 

 ヨハネスは、酷く冷淡な、それでいてどこか慈しむような笑みを浮かべた。

 

「凛君。君はこの箱庭に、どのような可能性をもたらすのか……」

 

 彼の呟きは、誰に届くこともなく、アナグラの深部へと消えていった。

 

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