神様とかムカつくんで斬っていいですか?   作:一般通過小説好キー

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4話:極東の剣、復讐の牙

 2063年。

 カレンダーの数字は、僕がかつてゲームの画面越しに見ていたあの『物語』の始まりよりも、少しだけ前の時間を刻んでいる。

 

 メディカルチェックや諸々の登録手続きを終えた僕の左手首には、ずっしりと重い『腕輪』が嵌められていた。ゴッドイーターである証であり、僕たちを縛る鉄の枷。

 榊パパ曰く、僕の体質なら本来は必要ないらしいけれど、余計な詮索を避けるためにはこれが一番だという。着替えの時に引っかかって少し不便だけど、自分を『人間』だと思い込むための小道具だと思えば、そう悪い気もしなかった。

 

「……よし。これで、僕も今日からちゃんとしたゴッドイーターだ」

 

 鏡の中に映るのは、整えられた制服を着た一人の少女。

 でも、その内側で脈打つのは、人ならざる因子『P73-S』と、前世の記憶を抱えた『僕』の魂だ。

 

 

 

 配属先は、フェンリル極東支部『第一部隊』。

 後にソーマやアリサ、コウタ、そしてあの『主人公』が加わり、世界の運命を変えていくことになる、物語の最前線。

 けれど今の2063年には、まだ彼らの姿はない。ソーマだって配属されるのはまだ先のはずだ。

 

 ブリーフィングルームの重い扉を開けると、そこには僕にとって『伝説』のような二人の姿があった。

 

「初めまして! 本日より第一部隊に配属になりました、凛と言います! 僕を保護してくれたのがお二人だと聞きました。本当に、ありがとうございました!」

 

 僕は元気いっぱいの新人を演じることにした。

 明るく、少し調子のいい、年相応の子供のフリ。そうすればきっと余計な詮索はされない。つまり深入りされるようなことはないはず。付かず離れずの距離感を保って、物語の主要人物にはならないけれど、陰ながらにサポートする、そんな立ち位置を獲得できれば御の字だ。そうすればきっと物語の流れを壊してしまうこともない、と思う。

 腹芸は得意じゃないけれど、必死に「仮面」を張り付ける。

 

「ん? あ、ああ! あの時のガキか!」

 

 ソファに深く腰掛けていた男──リンドウさんが、驚いたように声を上げた。僕の知っている姿よりも随分と若いが、それでも、「あ、この人がリンドウさんだ」とわかる程度にはその面影があった。

 

 泥まみれで死にかけていた時とは別人のような僕を見て、彼はニカッと人懐っこい笑みを浮かべる。

 

「顔色も服装も全然違うから分かんなかったぜ。見た感じ大丈夫そうだが、もう現場に行けんのか?」

「ええ! ばっちりです! いつでもどんとこいって感じですよ。憧れのお二人と一緒に戦えるなんて、元気もやる気も溢れちゃいます!」

「憧れぇ?」

 

 リンドウが怪訝そうに眉を寄せる。

 しまった、つい憧れが強く出過ぎて言葉にしてしまった。僕は外から来た人間だし、今の段階でリンドウさんやツバキさんの事を知っているのは少し違和感がある。

 全く、早速ボロを出してどうする、取り敢えず何か言い訳……。

 

「あ、あはは! いや、榊パパから、極東支部と言えばこのお二人だって聞いてたので! 会ってみたいなってずっと思ってたんです」

「マジかよ、あのおっさん何言ってんだよ……ま、よろしく頼むぜ、凛」

 

 な、何とか誤魔化せたみたいだ……。今後はもっと気を引き締めていかないと。

 

「凛、いくら元気だからと言えど、あれからそんなに日は経っていない。無理はするな」

 

 隣に立つツバキさんが、厳しいけれどどこか温かい眼差しで僕を見つめてくれる。

 彼女は物語でも重要な役割を担う教官であり、現第一部隊の隊長だ。そんな彼女に心配してもらえるなんて、緊張で心臓が飛び出しそうになる。

 

「はい! ありがとうございます、ツバキさん!」

「てか……榊パパって、もしかしなくても榊のおっさんのことか?」

「そうですよ?」

 

 僕が当たり前のように答えると、リンドウは信じられないものを見るような目で天を仰いだ。

 

 初任務の場所は、奇しくも僕が保護された『贖罪の街』エリアだった。

 かつては絶望の中で引きずった足取り。今は、頼れる相棒である神機を背負い、自分の足で大地を踏みしめている。

 

 演習では最高成績を出した。でも、実戦は別だ。

 本物のアラガミを前にして、自分の中の『怪物』を制御できるか。あるいは、あまりの恐怖に足がすくんでしまわないか。

 そんな僕の緊張を察したのか、リンドウさんがふっと足を止めた。

 

「まあまあ、肩の力を抜けって。そうだなぁ……あそこの雲、何に見える?」

「えっ?」

「ほら、あそこ。ちょっと崩れたドーナツみたいだろ。姉上もほら見てくれよ」

「リンドウ、仕事中だ。隊長と呼べと言っているだろう」

 

 ツバキさんが呆れたように溜息をつくけれど、その表情はどこか優しさに満ちていた。

 その様子に僕は思わず、心の底から少しだけ笑ってしまった。

 誰よりも厳しくて誰よりも実直だけれど、その奥底には慈愛に満ち溢れる……そうだ、この人は、こういう人だった。

 

「……よし、緊張は解けたな? 行くぜ」

 

 リンドウさんの合図で、僕たちは目標ポイントへ向かう。

 ターゲットはオウガテイル5体。

 僕が近接型ということもあり、まずはリンドウさんがお手本を見せてくれることになった。

 

「今回は、あー、そうだな。見つかった状態での戦い方でもやっとくか」

 

 リンドウさんはそう言うと、神機を肩に担いだまま、まるで散歩でもするような足取りで前へ出た。

 構えらしい構えはないけれど、不思議と隙もない。

 

 身を隠すような隠密をするわけでもないのだから、当然近付いて来るリンドウさんに気付いたオウガテイルが唸り声を上げる。

 

「ゴッドイーターにおける大事なことってわかるか?」

「え? えっと……死なないこと?」

 

 今まさに目の前にアラガミがいるというのに、緊張感のない場違いな質問。

 僕は突然の質問に困惑するも、反射的に回答する。

 

「そうだな、正解だ。優秀な後輩殿で助かるねぇ」

 

 我慢できなくなったのか、オウガテイルが地面を蹴り、その体に見合わない大きな口を広げリンドウさんに向かっていく。

 

「よっと、俺の持論になるが……守るべきは3つだ」

 

 軽い声と一緒に、リンドウさんの姿が半歩ずれた。

 たったそれだけで、オウガテイルの牙は虚空を噛む。

 

「死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運が良ければ……」

 

 次の瞬間、神機が横薙ぎに閃いた。

 

 ブラッドサージの鋭くも物々しい刃が、まるで体の一部みたいに滑らかに走り、オウガテイルの外皮を食い破るように引き裂く。

 続けざまに踏み込み、返す刃でコア付近を正確に断つ。

 

 オウガテイルは悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちた。

 

「不意を突いてぶっ殺せ……って、あぁこれじゃ4つだな」

 

 リンドウさんは軽く神機を振りアラガミの血を払い肩に担ぐと、顎に手を当て首を傾げた。その姿でさえも様になっている。

 

(……うわ)

 

 思わず、息を呑む。

 

 ゲームで何度も見た人で、たくさんミッションに連れていき、お世話になった人でもある。だからリンドウさんが強いことなんて、知っていたつもりだった。

 でも、画面越しに見るのと、目の前で見るのとではまるで違う。

 

 無駄がない。

 力任せじゃない。

 軽い調子で動いているように見えるのに、その一つ一つが全部、アラガミを殺すための最短距離を通っている。

 

(それにリンドウさんの生名言……かっこいい……)

 

 この瞬間だけは、今までのことを忘れ、子供みたいな感想と感動が胸の中を満たした。

 

「つっても、今回のは良くない例だな。基本は見つかるな。見つかる前にやれ。見つかったら死なないようにチャンスを伺え。ダメだったらすぐ逃げろ……ま、これを徹底するに限る。生きてりゃ必ずチャンスがある。死んじまえばそこまでだからな」

 

 リンドウさんは周囲を一瞥し、残りの反応が近くにないことを確認してから、器用に片手で煙草を取り出した。その様子にツバキさんが一瞬眉をしかめるもすぐにいつも通りの表情に戻り、手元の端末を確認する。

 

「ふむ、2体か……よし、次は凛が出ろ。右の1体は私が引き受ける。左の1体を好きにやってみろ」

 

 ツバキさんが神機を構えるけれど、僕は首を振った。

 だってワクワクするんだ。リンドウさんの戦いを見て、名言を聞けて。そして何より、初めて本物のアラガミを斬れるんだって思ったら、胸の奥がうずいて仕方がない。1体と言わず、()()()()()()のモノだ。

 

「──いえ。どちらも、僕に任せてください」

「凛!」

 

 言うが早いか、ツバキさんの僕を呼ぶ声も聞かずに地面を蹴る。

 オラクル細胞がもたらす圧倒的な瞬発力。

 視界がスローモーションになり、オウガテイルの動きが止まって見える。

 

 あは。

 無防備な弱点が丸出しじゃないか。

 

 すれ違いざまの一閃。

 一体の首が、音もなく宙を舞う。

 その勢いを殺さず、独楽のように回転しながらもう一体の喉元を掻き切った。

 

 流れるような動作で神機を変形させ、コアを摘出──捕食。

 うん、演習と変わらない。アラガミへの燻るような憎悪の熱は感じるけれど、思った通りの完璧な対応だった。

 

 さて、見えていたの2体。

 けど──。

 

「凛!!」

 

 ツバキさんの悲鳴のような叫び。

 頭上の建物から、さらに2体のオウガテイルが奇襲を仕掛けてきた。

 

 そうだよなァ。

 

 食べたい、食べたいって、ずっとこっちを伺ってたもんな。

 

 その浅ましい欲が、こっちには煩いほど届いてんだよ。

 

 口角が上がってしまうのを感じる。

 

 最小限の動きで噛みつきを躱すと、着地するよりも早く、空中を蹴るような勢いで二体を両断する。

 

「……おわりでーす!」

 

 着地した僕の周りには、バラバラになったアラガミの残骸。

 リンドウさんとツバキさんは、呆然として立ち尽くしていた。

 

「……バカもの! 勝手に出ていくな! 部隊行動を乱すことは死に直結するんだぞ!」

 

 いち早く我に返ったツバキから、烈火の如き叱責が飛ぶ。僕は「ごめんなさい」と頭を下げながら、別に誰も死んでいないし、危ない目にも遭ってないんだからいいじゃん、むしろさっさと終わらせてタイム短縮できたんだしと内心では思った、が、すぐにそれは間違いだと気付いた。

 ツバキさんの声が、表情が本気のそれだったから。

 良くない、やっぱりどこか浮かれて舞い上がっていたみたいだ。ツバキさんの言っていることはもっともだ。

 人として、守るべき一線は守らなければそれは自ら人間であることをやめるのと同義だ。ここは素直に受け入れ過ちを正さないと。

 

「……いやぁ、とんでもねぇ新人が入ってきたもんだな」

 

 リンドウさんがタバコに火をつけ、苦笑混じりに呟いた。

 

 

 

 ツバキさんからたっぷりお説教をもらった以外は特に問題も起きず初の任務は終わった。帰投後、お決まりのメディカルルームへ向かう。

 待ち構えていたのは、眼鏡を光らせた榊パパだ。

 

「凛、ただいま戻りました!」

「おや、予想よりも320秒早かったね。データによれば、戦闘時間はわずか数秒か。新人とは思えない戦果だね」

 

 バイタルチェックを受けながら、今日あったことを話す。偏食因子も安定。身体への負荷も今のところは見られない。

 

「ありがとうございます、榊パパ」

「……ちなみに、凛君。その呼び方はやはりどうにかならないかな。例えば『博士』とかどうかな」

「うーん、じゃあ……榊ぱっぱ?」

「……それは今の呼び方とほぼ変わらないんじゃないかな?」

「えぇー、でも博士はなしでーす」

 

 榊ぱっぱは困ったように肩をすくめた。

 

「やれやれ、早速子育ての壁にぶつかってしまったよ。ヨハンも苦労しているんだなぁ……」

 

 チェックの後、ツバキさんは報告書作成でパスということで、リンドウさんと二人で食堂へ向かった。

 今回はリンドウさんの奢り。出てきたのは、この時代の定番『ジャイアントとうもろこし』だ。

 

「……あんまり美味しくないですね、これ」

「ははっ、同感だ。だが腹には溜まるぜ?」

 

 リンドウさんは適当な世間話をしながら、僕を気遣ってくれているのが分かった。

 その少しだけガサツで、でも温かい空気感。

 それが、一心のそれとどこか似ていて──。

 

「……どうした、凛? どっか痛むか?」

「あ、いえ。なんでもないです! 美味しくないけど、お腹いっぱいになるのはポイント高いですね!」

 

 僕は慌ててとうもろこしを口に詰め込んだ。

 一心がいない寂しさを、リンドウさんの優しさで埋めてはいけない気がした。

 適度な距離感は大事だ。入れ込みすぎると辛くなる。()()()が来た時、きっと我慢できなくなる。

 僕は僕の目的を達成できればいい。それ以外は物語を変えない程度に干渉できれば十分。だから調子良く、程々に、あくまで僕は外側の人間としていないと。

 

 でも……でも、その温もりが、今の僕にはどうしようもなく心地よかった。

 

 楽しくて、居心地の良い夕食も程々に解散。

 居住区にある自室に戻ると、そこには一心の形見である刀が立てかけられていた。

 

 神機ではない、ただの鉄の塊。

 でも、僕にとってはどんな最新鋭の兵器よりも重いものだ。

 

 僕はその刀を手に取り、ぎゅっと抱きしめた。

 窓の外には、アナグラを包む鉛色の夜。

 

「僕、頑張るからね」

 

 今この瞬間だけは、僕は僕でいられる。仮面も何もいらない。僕の根底で燃え上がる炎が身を焦がしていく。

 

「たくさん、たくさんアラガミを倒して……力をつけて。そして、絶対に、あいつを──」

 

 脳裏に焼き付いた、あの黒いアラガミの姿。

 ディアウス・ピター。

 

 一心を奪ったその怪物の首を跳ねるまで、僕の物語は終わらない。

 終わらせてなんか、やらない。

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