神様とかムカつくんで斬っていいですか? 作:一般通過小説好キー
極東支部『アナグラ』に辿り着いてから、早いもので二年という月日が流れた。
僕自身正確な歳はわからないけれど、アナグラに登録された時が推定10歳だったから、今は12歳になるのかな?
鏡の前に立つと、少しだけ伸びた髪が肩を叩く。特に意識して伸ばしていたり、髪を切ったりしているわけではないのだけれど、自然とこの長さに落ち着いてしまった。これより短いと一心とのことを頻繁に思い出して辛くなるし、かといってこれ以上長いと戦闘の邪魔になるし、髪を結ぶのは面倒くさいし。
発育の方は良いとは言えない身体だけれど、それでも子供から少女へと、少しずつ形を変えているのが分かった。薄手のキャミソール一枚では心許ないくらいには、胸のあたりにも確かな違和感が芽生え始めている。
この前なんか次の休みにはサイズの確認と下着の新調をするぞとツバキさんにかなりきつめに言われてしまったし……はぁ憂鬱だ。
これらの変化は、かつて大人の男性として生きた『僕』の記憶を、ゆっくりと遠ざけていくようで怖かった。
この二年、僕は第一部隊の一員として、リンドウさんやツバキさんから『神機使い』としてのいろはを叩き込まれ、経験を積んできた。
特に、チームワークと自分を大切にすることについては、耳にタコができるほど聞かされた。
「凛、お前は少しばかり無茶が過ぎる。神機使いは死なないことが一番の仕事だ。いつも言ってんだろ? 基本は見つからずに倒す。だってのに、お前の場合は、隙があろうがなかろうがぶっ殺しに向かって、しかもできちまうからたちが悪いんだよなぁ」
「チームの立ち位置を考えろ。お前一人が突出しても、戦線は維持できんぞ」
リンドウさんとツバキさんの言葉は、いつも正論で、そして温かかった。
ゲームで見ていた頃の記憶が、戦場における『最適な位置取り』を感覚的に理解していたし、アラガミの弱点や行動パターンも、学者顔負けの知識として持っていた。
その下駄があったから、二人の言っていることはスッと僕の中に浸透していった。おかげで、訓練では常に模範生だったし、別部隊との合同討伐作戦時には的確な指示を出し、周囲を驚かせるにいたった。
しかも最近気付いたというか発覚したんだけれど、僕にはアラガミの位置や行動の気配であったり、結合の綻び……みたいなのが感覚的にわかってしまう能力があった。
僕にとっては当たり前の感覚だったから気にしてなかったんだけれど、いつぞや榊ぱっぱにポロッと話した時に「実に興味深い!」と鼻息荒く詰め寄られて根掘り葉掘り聞かれ、実験を繰り返した。
結果的に僕のこの力は『ユーバーセンス』と名付けられた。
ゲームではアラガミの体力とかが視覚的にわかる能力だったと思うけれど、現実では察知する能力に当たるみたいだ。
だからこそ僕からすれば、『できる』し『わかる』からやっていることで、できないと思う事はやっていない。
ただ、それこそがリンドウさんが言う自身を顧みない行動らしく、今でもグチグチと言われてしまう。
最近リンドウさんが胃の辺りをさすっているのをよく見かける気がするけれど……気のせいだよね?
榊ぱっぱとも、アラガミについて対等に議論するようになり、一部分野の人たちからは『小さなアラガミ博士』なんて呼ばれる始末だ。
僕がNornへ積極的に新種の情報や戦術案を登録したことで、支部の生存率が目に見えて向上したというデータもある、らしい。
自分で自分のことを優秀とは、とても思っていないけれど、何か突出した存在は、時に『異物』として疎まれるということを、僕は理解していなかった。
現在の僕は、すでにソロでの討伐任務も任されるようになっていた。
この2065年において、神機使いの天敵とも言えるヴァジュラや、厄介な装甲を持つボルグカムラン、動く要塞のようなクアドリガなど。それらを単騎で、しかも掠り傷一つ負わずに仕留めて帰還する僕の姿は、いつしか極東支部のエースとして語られるようになっていた。
僕の戦闘スタイルは、徹底したヒットアンドアウェイだ。なんでそうなったのかって言われたら、多分一心が教えてくれた剣の影響、だと思う。
一心の剣は、常人がアラガミを倒すためではなく、力ない人をアラガミから逃がすために生まれた執念の剣。そしてその教えを受けた僕は対アラガミ用に改良……いや、改悪しているため『受けたら終わり』として当たらない戦いをしている。
ゲームでも無傷討伐なら『ぱふぇる』わけだしね。
だから、常人には怖くて到底真似できないような、死線スレスレに見える回避、重力に逆らうようなアクロバティックな機動。そして、アラガミの『結合の綻び』だけを一寸の狂いもなく断ち斬る、神機の一閃。
合理性を極めたその動きは、見方を変えれば『人間味』に欠けていた。だからだろう。どれだけの功績を打ち立てようと僕は同じゴッドイーターとしてすら見てもらえない。
「おい、見たかよ。あのガキ……今日も一人でヴァジュラを片付けてきやがった」
「あんな小さな身体でだと? ありえねぇよ。……やっぱり、噂通り『アレ』なんじゃないか?」
廊下ですれ違う隊員たちの、ひそひそとした囁き。
嫉妬、畏怖、そして──『化け物』を見る目。
僕はそれを、張り付いたような笑顔と「えへへ、運が良かっただけですよ!」という空元気で受け流す。だってまともに相手しても返ってくるのは更なる追い打ちだけだ。
でも、そうはしていてもダメージないわけじゃない。
当たり前じゃん。
仮に、体が12歳そこらの子供でその情緒も同じみたいなものだとしても、自分の陰口を毎日のように聞いて、悪感情をぶつけられて、それでいて楽しく、気にせず生きられると思う?
普通に無理でしょ。
もし前世でも同じような立場だったら僕の心は簡単に折れていたと思う。
極東支部に来て、戦う力を手に入れて……神機使いとして成長していくたびに、少しずつ『僕』が傷付いて、壊れていくような感覚だった。
ちょっぴり、辛い。
いや、本当は凄く辛くて涙が出そうになる。
こんなところ逃げ出して一心の刀を抱いて眠っていたい。
でも、再び僕にチャンスをくれた榊ぱっぱやリンドウさん、ツバキさんのことを裏切りたくはないし、心配もさせたくもない。
榊ぱっぱは人の機微にはにぶちんだからいいとして、リンドウさんやツバキさんは面倒見もよくて人をしっかりと見ているから注意しないといけない。
仮面を被って、元気で明るくて調子の良い後輩キャラとして、主役にはならない程度に関わっていくと決めたんだから、頑張って理想の僕を続けないといけない。
どのみち、それ以外にボクの未来はないのだから。
その日の午後、訓練を終えた僕はいつものように一心の刀を手入れしていた。
神機ではない、ただの刀。
一心から託され、唯一僕と一心を繋ぐ宝。
柔らかい布で鞘を拭い、刃に薄く油を引く。何度も繰り返した作業は、今では呼吸と同じくらい自然なものになっていた。
一心が愛用していた刀とは違い、この刀には全くと言っていいほど傷がない。まるで新しく打ってもらった新品のようだった。
過去に真剣を持たせて欲しいとねだったことがあったから、もしかしたらプレゼントとして用意していたものなのかも……なんて思うのは都合がよすぎるかな。
でも、一心から真意を聞くこともできないし、僕は都合の良い解釈を信じ、唯一の繋がりである刀を少しでも錆びさせないよう、色あせないようにするだけだ。
これをしている間だけは、少しだけ落ち着く。
うるさい声も、胸の奥で暴れる空腹も、他人の視線も、全部少しだけ遠くなる。
──東。迷ったら太陽を見る。夜は動くな。水は少しずつ飲め。
一心が残してくれた紙片の文面を、もう何度思い返したかわからない。
たったそれだけの言葉だった。優しくもないし、励ましてもくれない。でも、あの時の僕には何よりも強い命綱だった。
「……義父さん」
小さく呟いた声は、まるで最初から無かったかのように部屋の静けさに溶けて消えた。
その時、端末が短く鳴った。
表示されたのは、ツバキさんからの呼び出しだった。
『凛。至急、作戦会議室へ来い』
「……はい?」
思わず首を傾げる。
いつもの任務連絡なら、Norn経由で内容が送られてくる。それがわざわざ作戦会議室への呼び出しということは、少なくとも通常の任務ではない。
嫌な予感がした。
こういう時の嫌な予感というのは、大体当たる。
「……よし」
刀を丁寧に鞘へ納め、いつもの場所へ立てかける。
「行ってきます、義父さん」
返事はない。
けれど、もしかしたら、いつか「いってらっしゃい」って義父さんの声が返ってくるんじゃないかなって……そんなあり得ない期待をしながら声を掛ける。
作戦会議室に入ると、すでにリンドウさんとツバキさんがいた。
リンドウさんは壁際に寄りかかりながら腕を組んでいる。
ツバキさんは端末を操作し、机の上に広げられた作戦資料に目を落としていた。
「来たか、凛」
「はい! お待たせしました!」
いつもの調子で元気よく返事をする。
するとリンドウさんが、こちらを見て少しだけ眉を上げた。
「……お前、また寝てねぇんじゃないだろうな」
「えへへ、寝ましたよ? ちゃんとベッドで目を閉じました!」
「それは寝たとは言わねぇんだよ」
うっ。
ここ一年程は夢見が悪いというかまともに熟睡した記憶が無い。任務中のパフォーマンスは落ちていないはずなんだけれど……こういうところ、本当に鋭いよなぁ……。
僕は誤魔化すように笑って、指定された席へ座る。
ツバキさんは一度だけ僕の顔を見て、それ以上は追及せずに資料をこちらへ回した。
「今回、我々第一部隊に長期派遣任務が下りた」
「長期派遣、ですか?」
「ああ。場所はユーラシア大陸、旧ロシア地区。連合軍作戦司令基地だ」
旧ロシア地区。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が小さく跳ねた。
旧ロシア。
連合軍作戦司令基地。
大規模なアラガミ掃討作戦。
どこかで聞いたことがある。いや、見たことがある。
ゲーム本編じゃない。たしか、もっと別の媒体だ。小説……いや、短い映像。プロモーション用の……。
(……まさか)
頭の奥で、埃をかぶった記憶が軋むように動き出す。
荒れ果てた旧ロシア地区。
大規模な掃討作戦。
そして、重大な何か。
断片的な映像だけが浮かぶ。
細部は思い出せない。誰がどこで何をしたのか、何がどの順番で起きたのか、その辺りはひどく曖昧だ。
僕はゲーム本編ならかなりやり込んでいる。
リザレクションも、2も、レイジバーストも、3も、何度も遊んだ。
けれど、メディアミックス作品やプロモーションアニメは、一度見たきり、読んだきりのものも多い。好きだったから覚えているつもりでいたけれど、所詮はずいぶん昔の記憶だ。
だから、完全には思い出せない。
思い出せないからこそ、それがとてつもなく怖かった。
「凛?」
ツバキさんの声で、意識が引き戻される。
「あ、はい! すみません、聞いてます!」
「顔色が悪いぞ」
「はは、いや、ちょっと旧ロシアって遠いなぁって思って。初めての海外出張ですね!」
軽口を叩く。
するとリンドウさんが、はぁ、とわざとらしく息を吐いた。
「旅行じゃねぇぞー」
「わかってますよぉ。ちゃんとお仕事しますって」
笑う。
笑えているはずだ。
けれど、胸の奥では嫌な音が鳴り響いていた。
原作の出来事。
本来の流れ。
僕が関わっていいのか、関わってはいけないのか。
この世界に来てから、僕は何度もその線引きを考えてきた。
僕はこの世界における異物で、本来いてはいけない存在。だから直接関わらない方がいい。関わりすぎれば物語は壊れる。けれど、不幸になる人たちを僕は知ってしまっている。
それが自分の良く知る人物で、未来を知っているのであればどうにかしたいと考えてしまうのは、僕だけじゃないだろう。
その答えは、今も出ていない。
ツバキさんは資料を操作し、作戦概要を表示した。
「旧ロシア地区において、周辺一帯のアラガミを核融合炉の臨界自爆に巻き込み、一掃する大規模作戦が計画されている。そこで作戦援護の支援要請が、極東支部へ送られてきた」
「なーるほど……それで、俺たち第一部隊が駆り出されたってか?」
リンドウさんが言う。
「派遣メンバーは?」
僕が尋ねると、ツバキさんが淡々と答えた。
「雨宮ツバキ、雨宮リンドウ、凛。そして、もう一名」
もう一名。
その言葉だけで、嫌な予感が確信に変わっていく。
「ソーマ・シックザール」
ツバキさんの声が、静かにその名を告げた。
ドクンッと心臓が、強く跳ねた。
ソーマ・シックザール。
P73偏食因子を持つ少年。
死神と呼ばれ、周囲から距離を置かれ、母の死と自分の存在を結びつけられた孤独な子供。そして、この世界の運命を大きく動かしていく少年。
ゲームで何度も見た。何度も一緒に戦った。何度も、その背中を見てきた。
でも、ここでは画面の向こうのキャラクターじゃない。
この世界のどこかで、僕と同じように息をして、傷ついて、戦っている。
「ソーマ……」
思わず、声が漏れた。
リンドウさんの視線がこちらに向く。
「なんだ凛、知ってんのか?」
「え? あ、いえ、その……榊ぱっぱから少しだけ。歳の近いゴッドイーターがいるって」
嘘ではない。
嘘ではないけれど、本当のことでもない。
僕はソーマを
ツバキさんやリンドウさん、榊ぱっぱを
けれど、その知識を口にすることはできない。
できるはずもない。
僕は、前世であなたたちがゲームの中の存在で一緒に戦ってたんですよ。あなたたちの過去も未来も物語の中で知ったんですよって、そんなこと口にした瞬間、僕はただの異物では済まなくなる。
それこそ気味の悪い、頭のおかしいやつにしか見えないだろうし、この世界の流れを大きく変えてしまうことになる……それは許されることではない。
「ソーマはまだ実戦経験が少ない」
ツバキさんが資料に目を落としたまま続ける。
「今回が、実質的な初陣になるそうだ」
初陣。
その言葉で、記憶の断片がまた一つ繋がる。
そうだった。
たしか、あのプロモーションアニメでは、ソーマはこの作戦で初めて実戦に出ることになっていたはずだ。
そこではリンドウさんがいて、ツバキさんがいて、ソーマがいて。
それから──。
(何が起きたっけ?)
歯抜けになった記憶の中で、そこだけが真っ暗に抜け落ちている。
いやいや、これは物語上かなり重要な内容だったはず。そう簡単に忘れてしまうような内容なんかじゃないはずだ。
どんな展開だった。
誰が傷ついた。
誰が死んだ。
そうやって必死で脳内の引き出しを開けていくも、出てくるのは闇だけ。
映像の雰囲気だけが残っていて、肝心な部分が掴めない。
最悪だ。
ゲーム本編だったら思い出せる。どんなことが起きて、どんな敵と戦って、どんな結末になるのか。
けれど、この作戦が何に繋がるのか、うっすらとしか思い出せない。
思い出せるのは、ただ一つ。
この作戦は、この物語における重要な分岐点の一つであるということ。
「凛」
ふいにツバキさんから声が掛けられる。
はい、と声を上げツバキさんの顔を見ると、普段よりも真剣な表情を浮かべていた。
「今回の任務は、通常の討伐任務とは規模が違う。お前の単独判断での突出は許可しない。現地部隊との連携を最優先にしろ」
「はい。理解しています」
「特に、お前は戦場での判断が速すぎる。正しいことも多いが、周囲が追いつけないことがある。今回の作戦では、それが致命傷になる可能性がある」
「……はい」
胸に刺さる。
ツバキさんの言うことはきっと正しい。
僕は知っている。
どんなアラガミがいて、何が有効でどんな攻撃をしてくるのか。そして
この行動の後には隙が出来て、この行動の範囲はどの程度なのか。しかも、僕には『目』がある。アラガミの弱点ともいうべきコアの場所、それから結合の僅かな綻び、それが見えるからこそ、探り探りなんていう非効率なことはいらない。ただ決まった動作をすればアラガミを倒せるという結果に繋がる。
それは周囲から見れば未来予知にも等しい行動に見えるだろうし、逆に意図が理解できなければただの勝手な突出に見える。
今まではある意味『凛だから』という身内での免罪符があった。
けれど、今回の作戦では完全に異郷の地であり、何より、極東支部の身内だけで完結する任務でもない。
ツバキさんが念押しするのも頷ける話だ。
ただ、僕にとっての問題は少し違う。
僕がこの作戦における未来の情報を把握できていないということ。つまりそれは、重大な何かが起き、物語の流れが歪もうとしても、その時まで認知できない可能性があるということ。
既に僕という異物がいることで影響は出ているとは思うのだけれど……流れがわからなければそれに沿うことさえできない。
もし、もし僕が知らず知らずのうちに余計なことをしてしまったら、物語が崩壊してしまう。
リンドウさんが軽く頭を掻いた。
「まあ、そう固くなるなよ。姉上の言う通り、今回は規模がでかい。けど、こっちには俺もいるし、姉上もいる。お前もいる。新人のお守りまでついてくるが……まあ、なんとかなるだろ」
僕が俯いて考え込んでしまっていたからだろうか、励ますように声を掛けてくれる。
いけない、今はみんなが目の前にいる。ここで普段の僕から外れるような行動や仕草は見せるべきじゃない。
僕は必死で不安と焦燥を押し込める。
「新人のお守りって、ソーマ君のことですか?」
「他に誰がいるんだよ」
「……まぁ、確かに」
「因みに、別ベクトルでお前も十分手ぇかかるから、安心していいぞ」
「えへへ、褒められちゃった」
「褒めてねぇ」
軽口を返しながら、僕は小さく息を吐く。
いつも通り。
いつも通りにしろ。
僕は明るくて、少し調子のいい、扱いやすい子供だ。
原作がどう動いているかわからなくても、決まった以上はやるしかないんだ。
「それで、出発はいつですか?」
「三日後だ」
「三日後……」
思ったより早い……。
「移動には輸送機を使う。現地入り後、連合軍作戦司令基地で作戦概要の最終確認を行う。向こうの指揮系統に組み込まれる形になるが、極東支部所属としての判断権は私が持つ」
ツバキさんの声は冷静だった。
だからこそ、事態の大きさが伝わってくる。
「凛」
「はい」
「この任務では、絶対に一人で抱え込むな」
心臓が、ひどく嫌な音を立てた。
「……え?」
ツバキさんのアイビーグリーンの瞳が、真っ直ぐに僕を射抜く。
「何かに気づいたなら報告しろ。違和感でもいい。勘でもいい。黙って一人で動くな」
まるで、心の奥を覗かれたようで息が詰まった。
もしかして、バレている?
僕が何かを知っていること。
この作戦に怯えていること。
原作の流れに触れるのを恐れていること。
いやいや、そんなはず、ない、分かるわけがない。
だって彼女たちはちゃんとこの世界に生きる人間で、自分たちの世界が物語として存在していたなんて、普通は考えるわけがない。前世でもそうだ。前世がゲームの中で上位存在から操作されているなんて考えるのは一部のオカルト好きな層だけだ。
だから心配するな、大丈夫。ツバキさんはただ、僕の普段の行動から釘を刺しているだけだ。
そうだ。そうに決まっている。
「……はい。もちろんちゃんと報告します」
僕は笑った。
「僕、こう見えて報連相は得意なので!」
いつもの、少しおどけた笑顔で。
「その言葉、信じていいんだな?」
「もちろんです!」
嘘だ。
全部を話せるわけがない。
前世のことも、ゲームのことも、これから起きるかもしれない何かも。
これは僕だけが知っているべきもので、墓場まで持っていかないといけない負の遺産なんだから。
でも、完全に黙っているわけにもいかない。
うまくやらないといけない。
僕が異物であることを隠したまま。
物語を壊しすぎないように。
でも、救えるものは救えるように。
「凛」
リンドウさんが、不意に僕の頭を軽く小突いた。
「あいたっ」
「難しい顔してんぞ」
「してませんよぉ」
「してた。眉間にシワ寄ってたぞ」
「えぇ、僕そんな顔してました?」
「してた」
リンドウさんは少しだけ笑って、僕の頭に手を置いた。
大きくて、少し雑で、温かい手。
一瞬だけ、一心の手を思い出す。
胸が痛くなった。
「ま、何が起きても一人で突っ走んな。お前は強いけど、まだガキなんだからな」
「……子供扱いですか?」
「子供だろ」
「むぅ」
頬を膨らませる。
そんな仕草を自然にできてしまう自分が、少し怖い。
でも、リンドウさんの手は温かかった。
ツバキさんの視線も、厳しいけれど冷たくはなかった。
だから、余計に怖かった。
この人たちと深く関わりすぎてはいけない、そう決めているのに。
僕はもう、たぶん手遅れなくらい、この場所を大切に思い始めている。
こんな調子で、
僕は本当に、我慢していられるのだろうか。
ほどなくして、作戦会議が終わった後、僕は一人で格納庫へ向かった。
ツバキさんとリンドウさんはまだミーティングルームにいるようだったけれど、これ以上あの場にいたらそろそろ僕を隠せない気がしたから、普段来ることのない場所で少し自分を落ち着けたかった。
輸送準備が進む格納庫には、整備員たちの怒号と機械音が響いている。大型のコンテナには物資が積み込まれ、輸送機のエンジンチェックが行われていた。
旧ロシア地区。
大規模掃討作戦。
ソーマの初陣。
あぁ、いけない。頭の中で、その言葉が何度も回ってしまう。
思い出せない。
何か大切なことがあったはずだ。
この作戦は、ただの派遣任務じゃない。
原作の流れに繋がる、重要な出来事だったはずだ。
けれど、霧は一向に晴れない。
「……最悪」
小さく呟く。
ここに来たのは頭を冷やすためだって言うのに、こうしてまた色々考えてしまう。むしろ一人になるのが失敗だったのかもしれない。
僕は頭をがりがりと強めに掻く。
こうなったら整備の人たちに声かけて搬入の手伝いでもした方が幾分か気分が晴れるかもしれない。そう思い顔を上げた時だった。
格納庫の奥に人影が見えた。
白に近い銀の髪。
僕よりは頭二つ分くらいはありそうな身長。
周囲の喧騒から切り離されたように、一人で立っている少年。
ソーマ・シックザール。
まだ幼いけれど、彼だと見てすぐにわかった。
特徴的なネイビーのフード。その影から見える横顔には、人を寄せつけない冷たい孤独が張り付いている。
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
あぁ……。
本当にいる。
画面の向こうではなく、ここに。
僕と同じ場所で、同じ空気を吸っている。
どうしよう、声をかけるべきか、かけないべきか……。
いや、まぁ、声はかけない方が良いのかな? だってリンドウさんたちともまだ会っていないのであれば、僕が先に顔見知りになるのも変というか。
あぁでも、ソーマは僕にとっての主人公でもあるんだ。このくそったれな世界で生きる、世界をけん引するうちの一人。何より、ゴッドイーターの物語前半は彼の物語とも言っていいほど。そんな渦中の人物がこうして目の前にいるということに感動が抑えられない。
推しが目の前にいる。ちょっと声を掛けたら会話できるような距離にいる。
一ファンとしてお近づきになりたいという卑しい想いが多分にあることは認める。けれど、それ以上に、こんなにも幼い時から世界に絶望したような暗く冷たい瞳を持っている少年を前にして放っておけるかという想いも強く感じた。
迷った。
深く踏み込んではいけない。
でも、完全に拒絶するわけにもいかない。
物語を壊すわけにはいかないから。
つい先ほど、自分に言い聞かせたばかりの言葉が、また胸の奥で軋む。
そんな葛藤をしながら、無意識的に近付いてしまっていたらしい。気付けばソーマの隣で彼の横顔を凝視してしまっていた。
ソーマはそんな僕の不躾な視線と奇妙な行動に、冷たい視線を向けて来た。
「……何だよ」
低い声。
警戒と拒絶が混じった、短い言葉。
声を掛けるかどうか悩んでいたのに……声を掛けられてしまったのならば仕方ないと、いつもの仮面を顔に貼り付けた。
「いやぁ、思ったより目つき悪いなぁって」
「……喧嘩売ってんのか」
「違う違う。初対面の感想を正直に言っただけだよ」
「それを喧嘩売ってるって言うんだよ」
ソーマは不機嫌そうに顔を背ける。
「僕は凛。極東支部第一部隊所属。よろしくね、
「……? ……フン、馴れ合うつもりはない」
「うん。
言ってしまってから、しまった、と思った。
ソーマの目が、細くなる。
「知ってる?」
「あ、いや。そういうタイプかなーって思っただけ。雰囲気的に」
「……」
うぅ、危ない。
いきなりやらかすところだった。
本当に……今日は、こんなんばっかりだ……。
僕は内心で冷や汗をかきながら、へらりと笑う。
「でもさ、同じ作戦に出るなら名前くらい覚えておいてよ。僕は覚えたから」
「勝手にしろ」
「じゃあ勝手にするね」
ソーマの視線が、一瞬だけ僕の腕輪に落ちた。
気のせいか、その眉がわずかに動いた。
何かを言いかけるように口を開くが、結局何も言わずに閉じて、そっぽを向いてしまった。
けれど、完全に背を向けることもしなかった。
何を言いたかったのかほんの少しだけ興味はあるけど、聞いたところで今の彼じゃ教えてくれないだろう。
会話のラリーは数回、しかも大して交流を深められたわけでもないけれど、胸の奥が変にざわついた。
推しに会えた感動なのか。
それとも原作キャラを前にした緊張なのか。
これから起きるかもしれない出来事への恐怖なのか。
そして、目の前の少年をどうにかして救いたいという、身勝手な願いなのか。
全部が混ざって、うまく名前を付けられない感情になる。
わからないから、僕は笑った。
笑うしかなかった。
「遠征、一緒に頑張ろうね」
「……足引っ張んなよ」
「あはは、それはこっちの台詞かな?」
「……うざい」
「よく言われますー」
ソーマは小さく舌打ちした。
けれど、その場から立ち去ることはなかった。
僕はその横顔を見ながら、胸の奥でそっと呟く。
(大丈夫。距離を間違えなければ大丈夫。だから、せめて少しでもこの少年の心が前向きになってくれて……少しでも生きててよかったと思えるように、僕が手伝うから)
僕の基本的なスタンスは変わらない。物語を壊さないこと。でも、それでも苦しんでいる人がいるのであれば、ちょっとだけ後ろから背中を押してあげる。きっとそれくらいであれば許される、そんな気がしたから。
だから、僕は君の友達になれたらいいな。君の心が少し軽くなって、それで未来の第一部隊のメンバーともっと仲良くなって、笑顔でいてくれたら……。
僕の思いは身勝手で独りよがりなのかもしれない。けれど、少しでも幸せになって欲しいと願うことは一ファンとして当然のことじゃないかな。
だから、やりすぎないように。
ちょうど良く。
僕は不思議と心地の良い彼の隣にいながら改めて強く誓った。
その誓いが、僕自身の心をどれほど深く抉ることになるのかも知らないまま。