神様とかムカつくんで斬っていいですか?   作:一般通過小説好キー

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6話:極東の羊飼いたち、旧人類の終焉①

 最悪の体調だ。

 

 輸送ヘリの振動が、絶え間なく身体を揺らす。

 薄い金属板を何度も叩き続けるようなローター音が耳の奥に響いて、じわじわと頭痛を悪化させていく。

 冷え切った機内には、機械油と火薬が混ざったような独特の匂いが満ちていて、気持ち悪さを加速させてくる。

 

 じゃあ気分転換にと窓の外を見れば、灰色の吹雪が世界そのものを塗り潰し、良い景色とは言い難い。むしろ僕の心をそのまま反映しているようで嫌気が差す。

 

 誰にも気づかれないように小さくため息を吐く。

 

 ユーラシア大陸旧ロシア地区。

 

 僕たちが向かっている場所は、かつては3大国と呼ばれたうちの1国。数多の国が顔色を窺っていた強大な列強も、今やアラガミによって食い散らかされた極寒の死地でしかない。

 僕が生きていたであろう時代では、国境や領土を巡ってあれこれ言い争っていたはずなのに、今の状況なら誰も欲しがらないだろう。

 

 ぼんやりと窓を眺めながら、白くなった息を小さく吐き出した。

 

 現在は北海道上空ぐらいだろうか。冬のこの時期、いくらヘリの中を暖めていようと寒いものは寒い。

 

 それなのに、掌にはじっとりと汗が滲んでいた。

 

 どうにも落ち着かない。

 胸の奥が、ざわついている。

 

 作戦の概要を聞いて記憶が呼び起こされてから、ずっとだ。

 

 何かを忘れている気がしてならなかった。それもこの未来を決定づけるような重大な何かを。

 思い出さなければならない、そんな強迫観念染みた思考で、何度も何度も記憶を探っても、歯抜けのようにその部分だけ綺麗に抜け落ち思い出すことができない。

 そんなじれったさが、わからないことによる未来への恐怖が、焦燥感を掻き立て、僕をじわじわと削り取っているようだった。 

 

「そういや少年、今回が初任務なんだって? 気楽に行こうぜ」

 

 向かい側の席から、リンドウさんが軽い調子でソーマへ声を掛ける。

 

 その言葉に、フードを深く被った少年──ソーマは僅かに顔を上げた。

 

「少年じゃねぇ。ソーマだ」

「おーっと、こいつは失礼。もう一丁前らしい」

 

 ニヤニヤと笑うリンドウさん。

 ツバキさんは呆れたように小さくため息を吐いた。

 

「揶揄うのはよせ、リンドウ」

「いやいや、コミュニケーションって大事だろ?」

「そのやり方を問題視している」

 

 そんな二人のやり取りを眺めながら、僕は小さく笑う。

 不思議と少しだけ気分も良くなる。

 

「僕はもう顔合わせ済みだもんねー。ね、ソーマ?」

「……」

「え、無視?!」

「ははっ、どうやら向こうはそうじゃないみてぇだぞ」

「いやいやいや! そんなわけ!? この前会話したよね?!」

 

 慌てて身を乗り出すと、ソーマは露骨に顔を逸らした。

 

「……近い」

 

 むむ、ソーマったらシャイボーイなんだから。まぁ、この時期は友達なんていないだろうしあんまりコミュニケーションも得意じゃないのかも。

 そこはこれからたくさん構ってあげるから、ちょっとずつ改善だね、ソーマ君。

 

 これから異郷の地で大規模な作戦に携わるっていうのに、ヘリの中には、いつも通りの空気が流れていた。

 

 軽口を叩くリンドウさん。

 

 真面目に窘めるツバキさん。

 

 新たに加わった、不機嫌そうに黙り込むソーマ。

 

 そして、その輪の中に、存在してはいけない自分もいる。

 

 酷く現実味がない。確かに僕はここにいるのに、僕だけがこの空間から見えないガラスで隔離されているような、そんな曖昧で気持ちの悪い違和感。

 

 あぁ、どうしてだろう。

 

 どうして、ボクはここにいるんだろう。

 

 みんなの声が、どこか遠く聞こえる。

 

 機体の振動が妙に気持ち悪い。

 

 視界がふわふわと揺れる。

 

 寝不足だからだろうか。

 

 それとも、このずっと消えない不安のせいか。

 

 瞼が重い。

 

 意識が沈む。

 

 ローター音が遠ざかっていく。

 

 そして僕は、そのまま抗えず眠りへ落ちていった。

 

 

 

 

 

「おーい。起きろ、凛」

 

 誰かが僕を呼ぶ声がする。

 暫くふわふわとした気持ちでいると、肩を軽く叩かれたのでゆっくりと目を開ける。

 すると、ぼやけた視界の向こうで、リンドウさんが苦笑していた。

 

「あれ……僕、寝てました?」

「そりゃもう、ぐっすりとな。もう少し寝かせたかったが……ほれ、着いたぞ」

 

 どうやら、かなり深く眠っていたらしい。リンドウさんが指差す先を見れば、曇天の空ではなく、古ぼけた大きな屋敷が窓の外に見えた。

 

 やっちゃった! と急ぎ立ち上がろうとするも、頭が重い。

 

 意識したとたん、鈍い痛みがこめかみの辺りをじくじくと刺激している。

 

「いや、なんかにうなされ──」

「あー、ソーマくん。姉上と先に降りてなさい」

「作戦中だ、姉上と呼ぶな……行くぞ」

 

 ツバキさんがヘリのドアを開けると肌を刺すような冷気が一気に舞い込む。その冷気もあって僕の眠気は一気に吹き飛んだ。

 先導するようにツバキさんが降りると、その背を追うようにソーマも機外へ出た。

 

 僕も慌てて立ち上がり、ふらつく頭を押さえながらヘリを降りる。

 

「うへぇ……寒っ……」

 

 ヘリの外は吹雪もありより寒く感じ、思わず身体を縮こませると、リンドウさんが笑う。

 

「極東育ちは軟弱だなぁ」

「いやいや、これは寒いとかそういうレベルじゃないですよ……てか、リンドウさんだって極東育ちでしょうが」

「俺はあれだ、鍛え方が違うんだよ」

 

 吐いた息が一瞬で白へ変わる。

 鼻や口、眼など粘膜には突き刺すような冷気だ。目元の水分なんかすぐに凍っていき、まつ毛が重くなり不快感さえある。

 流石は北国、寒さも一味違う。

 

「フェンリル極東支部の皆さんですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 

 外で待機していた兵士が鼻を赤くしながら声を掛けてくる。そりゃこんな寒さの中で外にいたらそうもなる。

 僕は冷える腕をさすりながら、兵士の案内のもと基地内へ入る。

 

 基地内の中も随分寒いけれど、風がない分温かく感じられた。

 ツバキさん、リンドウさん、ソーマ、僕の順で兵士の後ろをついて歩く。

 

 長い廊下を進む最中、時折他の兵士とすれ違うのだけれど、そのたびに妙な視線を感じた。

 

 兵士たちがこちらを見ている。

 その視線には歓迎なんてものは欠片もない。

 

 警戒。

 嫌悪。

 侮蔑。

 

 そんな感情が、まるで濁った泥みたいに空気へ溶け込んでいた。

 

「おーおー、随分歓迎されてんな」

「口を慎め、リンドウ」

 

 ツバキさんが低く釘を刺す。

 しかしその空気感はツバキさんも感じ取っているんだろう、いつもより眉間に皺がよっているようだった。

 心なしかソーマもいつも以上にフードを深く被っているように見える。

 

 まさに、最悪の空気だった。

 

「あいつらが例の……?」

「あぁ、化け物どもと変わらねぇよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、これ、アレだと気づいた。

 

 僕たちを見るあの目──。

 

 人を見る目じゃない。

 得体の知れない何かを見る目。

 

 それは僕が極東支部で感じるものと同じもの。

 いや、それだけじゃない。あのくそったれな研究所の連中にも通ずるものがあった。

 

 自分たちとは違う、異物を見る目、だ。

 

 不快な視線を感じながらしばらく進み、ブリーフィングルームへ入った瞬間、空気がさらに重くなった気がした。

 

 今回の作戦に携わるたくさんの兵士。

 中央に設置された大型モニターには、今回の作戦区域が映し出されている。

 

 白く染まった大地とその中心部には、赤い円で大きく囲われた戦略地点──核融合炉。

 

 壇上へ立った大尉は、こちらを一瞥すると淡々と口を開いた。

 

「皆揃ったようなので、始めさせてもらう──本掃討作戦は、ユーラシア地区のアラガミを戦略地点である核融合炉へ誘導し、爆破によって一気に殲滅するという、かつてない大規模作戦である」

 

 部屋の照明がやけに白く感じる。

 

 モニターの赤い光が、じわりと視界へ焼き付いて離れない。

 

 核融合炉の臨界爆破、つまりは超高熱エネルギーによる一斉殲滅。

 理屈は分かる。原爆をぶち当てるようなものだし、僕の生きていたであろう時代においてはまず間違いなく世界からの批難が飛ぶ非人道的で絶対的な破壊。

 純粋な人類に残された最後の矛であるとも言えるものだ。

 

(分かる、けれど……)

 

 アラガミって、何でも食べるんじゃなかったっけ。

 核融合だろうと捕食されそうな気がするんだけど、本当に大丈夫なのだろうか。

 

「……っ」

 

 脳裏をちらつく記憶の断片。

 様々な光景がフラッシュバックのように浮かんでは消えていく。だと言うのに、決定的な何かは足りないまま。

 

 胸の奥がざわつく。

 

 嫌な予感が拭えないまま視線を大尉に向ける。

 その表情は僕とは違って、この作戦の()()を信じ切った大尉は、ふっと口元を歪めた。

 

 冷笑。

 

 そんな言葉がよく似合う笑みだった。

 

「そこでフェンリル支部派遣の神機使い諸君には、アラガミを戦略地点まで誘導する──いわば『羊飼い』の役割を担ってもらう」

 

 部屋のあちこちから、くすくすと押し殺した笑い声が漏れた。

 この部屋の重苦しさの理由。

 それは、作戦本部側の人間が、僕らを使い捨てのコマ程度にしか考えていないからだ。

 

 この時代のゴッドイーターはまだまだ少ない。認知も広がり始めたばかり。そんな中で自分たちが誇り、絶対の勝利を信じるものがある中、人の枠組みから外れかけている僕らのことは、この極限環境下では丁度良いストレスのはけ口になるのだろう。

 

(あぁ、本当に、気持ち悪い)

 

 リンドウさんが小さく舌打ちすると、懐から煙草を取り出して火を点けた。

 

「ふぅー……ま、あれだ。リラックスしていこうや、お二人さん」

 

 こんなところで煙草を吸いだすなんて、とんでもない人だよ……。

 でも、まぁ、うん。リンドウさんらしい。

 

「はは……そうですね。リラックス、リラックスですよね……」

 

 完全にはこのモヤモヤは晴れなかったけれど、幾分か余裕が出てきたので無理やり笑ってみせる。

 けれど、自分でも分かるくらい顔が引き攣っていた。

 

 にしても、心配になってくる。

 

 向こうはこちらに敵愾心マックス。

 仮にこれが効果的な作戦なんだとしても、こんなんでは連携も何もあったもんではない。最悪、羊飼いの役割を全うしたところで、アラガミもろとも爆破に巻き込まれる……なんてこともありそうなくらいだ。

 

 そうした最悪の気分の中、ソレは唐突に来た。

 

 ゾワッ──。

 

「「──っ」」

 

 僕とソーマが、ほぼ同時に顔を上げる。

 

 全身が粟立つ、悍ましい飢え。

 胃の奥を掻き回されるような不快感。

 ここ数年で慣れ親しんだやつらの気配。

 

 羊飼い?

 

 そんなもの必要ない。

 

 だって、やつらは──。

 

「「来る」」

 

 次の瞬間、作戦本部全体を揺らす轟音。

 そして、悲鳴のような警報音が館内へ響き渡る。

 

『アラガミ急襲! アラガミ急襲!!』

 

 モニターが激しく乱れ、兵士たちの怒号が飛び交う。

 ブリーフィングルームは一瞬で戦場へ変わった。

 

 副官の怒鳴り声が響く。

 

「アラガミの襲撃です! 予定よりも早いですが……フェンリル支部の方々は核融合炉の爆破準備完了まで時間を稼ぎなさい!!」

 

 館内が慌ただしい中、僕たちは再び輸送ヘリへ乗り込み、現場へ急行する。

 程なくして到着し、上空から見下ろした景色は、まさに地獄だった。

 

 吹雪の中を埋め尽くすアラガミの群れ。

 

 蟻のように群れた小型種が多数。

 既に骨が折れそうなのに……それだけじゃない。

 

 コンゴウ。

 サリエル。

 クアドリガ。

 ボルグ・カムラン。

 中型、大型までも複数。

 

 それら全てひっくるめて、視界に映るだけでも数え切れない。

 

「……随分たくさんいますねぇ」

「あぁ、気持ち悪ぃくらいうようよいやがる」

 

 流石のリンドウさんもこの光景に眉を顰める。

 

 これから。

 これから、この大群を相手に戦わなければならないんだ。

 

 ヘリの床が振動する。

 

 その奥で、ツバキさんが静かに神機を構えた。

 

「核融合炉の準備が整うまでの時間稼ぎだ。覚悟はいいな!」

「ちっ、羊にしちゃあ凶暴そうだ」

「いくぞ! 一匹も通すな!」

「勿論です! 全部ぶった斬ってやります!」

 

 気合十分。

 

 ツバキさんが飛び降りる。

 多勢に無勢? いや、これだけの数ならボクたちだってきっと──。

 

──ゴハン? 

 

 あぁ、そうさ。

 とびっきりの、御馳走だよ。

 

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