その夜、次元は考えていた。
この世界は一体何なのか。どうしてここに来たのか。
疲れた後は冷静になると言うが、まさに次元はその状況下であった。
小さな女の子を撃ち殺し、謎の少女に助けられ、奇妙な病気に掛かる。
その明けには次元は、この世界の事を真剣に考えざるを得なくなっていた。
「まだ起きてたの?」
「ああ。どうも規則正しい生活には慣れないもんでね」
「・・・嘘ね」
アリスの目は、全てを見通した、という感じの目だった。
一通りの沈黙の後、アリスはこう言った。
「あまりこの世界の事を詮索しない方がいいわよ」
「何でだ」
「不都合なの、私達にとっても、貴方にとっても。」
「ほう、そりゃどういう事かい」
「・・・どうせ貴方は明日にはここには居ない。全て忘れて寝なさい」
「・・・わかったよ」
翌日、早朝。
「忘れ物は無い?そろそろ行くわよ」
忘れ物と言っても、この身一つで来たのだ。
銃だって帽子だって忘れようが無いだろう。
「それじゃあ、行くわよ」
アリスの隣には、やはりあの魔法の人形が浮いている。
彼女はいつまであの不思議人形といるつもりだろう。
ひょっとしていつでも持っているのか・・・?
そんな事を考えている内に、家から出て、しばらく経った。
いまだに森からは抜けず、木の生い茂る道を真っ直ぐ進んでいる。
それにしても、少し暗くなってきたか。
「・・・まずい」
「?」
「彼女が来るわ」
「彼女って?」
その瞬間だった。背中を、ガン、と大きな音が襲う。
振り返るとそこには・・・恐ろしい形相をした、あの時の少女が睨みつけていた。
「なっ!?」
「へぇ・・・考えた物ね。魔法壁とは、流石は人形何体も引き連れてるだけはある」
「・・・帰りなさい、ルーミア。痛い思いをしたくなければ。」
「そういう訳にもいかないのよね」
少女はこちらをまたギロリと睨みつける。
あの時と同じで、捕食せんとばかりの様子だ。
「覚えてないとは言わせないわよ?人間!」
「ああ・・・あ、あの時は世話になったな、なんて」
「・・・はっきり言う、超痛かったわ」
「は?」
「まさか人間に、ここまでやられるとは思わなかった」
「何したかは知らないけど・・・妖怪にここまで喧嘩売って、無事で帰れると思わない事ね?」
明らかに様子がおかしい。
それにしても、どういう事だ?確かに頭を撃ち抜いて、地面へ落ちた。
急所でなくともあの高さなら生きては居られないだろう。
少なくとも、それを超痛かったなどと済ませる位では無い筈。
しかし現に彼女は、目の前でピンピンしているのだ。
「アリス?大人しくソイツを渡しなさい」
「どうするつもり?」
「んー・・・まずは、生きるのが辛い位痛めつけてあげようかしら」
「じゃあお断りね」
「どうして?その人間に義理でも?」
それを聞いてアリスは、手のひらを一杯に開いた。
すると例の人形が3体、4対と飛び出してくる。
「人間一人護衛できないんじゃ、人形屋の威厳が無くなるものね?」
「ヘェ・・・やる気は十分、って感じか」
「・・・次元、だっけ」
「お、おう?」
「逃げなさい」
「・・・あいよ」
次元は走った。それこそ、これ以上無いくらいの速さで。
相手が銭型やいつもの警備警察なら、ここまで必死には成れなかっただろう。
ただ相手は意味不明の、訳の分からない化物だ。
命を賭けてでも走らねばならない、そんな時だった。
後ろではアリスが交戦している様子が聞こえる。
「邪っ魔ぁぁ!!!!」
「ッく・・・」
防戦一方なのだろうか。押されているような音だ。
けれども振り返れない。振り返る暇があれば、走らなければならない。
自分があの化物に勝てないというのは直感で分かっていた。
そういう時、すこしカッコ悪いが・・・背を向けて逃げるしか道は無い。
「ゼェ・・・ゼェ・・・」
昨日と同じような事をした。
次元の肺活量はとっくに限界。アリス達の声ももはや聞こえない。
・・・逃げ切った!
「・・・ヒュー、間一髪だったぜ」
安心して、木の幹にもたれ掛かる。
とにかく助かった。追っ手ももう来ないだろう。
顔を触ってみると、尋常でないほどの汗が出ていた。
さて、これからどうするべきか・・・
「見つけた」
「嘘だろッ」
奴の声だ。何てことだ。こんな所まで!?
という事はアリスは・・・なんて運が悪いんだ。
「今日は本気でいくぞ?人間!」
明らかにスピードが増している。
いくら走れど走れど、距離はどんどん縮んでいく。
一発、撃ち込むしかない!
「喰らえっ、この化物が!」
「ッつ・・・」
狙ったのは、頭。
昨日のように打ち落とせばだいぶ稼げるはず。
・・・そう思ったのも束の間だった。
「へぇ・・・鉛か。こいつを撃ち込んでたって訳。」
「ハァ!?」
なんとその化物は自らの頭を手で防いでいたのだ。
そして手に食い込んだ弾丸を手で抉り出す。
こんな事をする輩は当然見たことが無い。
もう一度狙いを、と後ずさる。
するとかかとに衝撃を感じた。
「しまっ・・・」
背中から倒れこむ。
起き上がろうにも、化物はすぐそこにいる。
「・・・最後は自滅ね。手間掛けさせてくれて・・・」
もうダメだ。ここまで来たら逃げれない。
ついに銃が弾かれる。こうなると、もう抵抗のしようが無い。
死ぬ覚悟を決めた。・・・その時だった。
「ガッ!?」
頭上で、鈍い音が鳴り響いた。
目の前にあったのは・・・謎の紅白の服。
「へぇ。ただの喧嘩だと思って見てたら・・・いい度胸じゃない?」
「え・・・」
「・・・悪霊退散、妖怪退治はお任せあれ。私こそが博麗の巫女・・・」
「ちょっ・・・待って」
「博麗霊夢、参上!」
そして化物は、森の奥深くへと吹っ飛ばされたのだった。