様々な奇病が流行った世界で、ワイTS病に罹かる   作:#どんぐり

2 / 2
奇病人専用学校、通称貴人学園

 編入することになった貴人学園は、今まで住んでいた家からだと少し距離がある。毎日の通学を考えると現実的とは言えず、私は両親に相談したうえで、一人暮らしを始めることにした。

 

 前々から、いつかは家を出たいと思っていた。自分の時間を持ち、自分のペースで生きてみたい、そんな願いを叶えるには、これ以上ない好機だったと思う。

 

 もっとも、そのきっかけがTS病だったという点には、さすがに苦笑するしかないのだが。

 

 人生、何が転機になるか分からない。

 

 女の子としての生活は退院してからの中で母親から完璧に叩き込まれ口調やら姿勢やらを矯正された。

 

 正直、まだ身体も気持ちも追いついていない部分は多い。無意識に出てしまう癖に、自分で自分が驚くこともある。

 

 それでも、毎日の生活の中で、少しずつ馴染んでいくのだろう。そう思うことで、なんとか気持ちの折り合いをつけていた。

 

 傍から見れば元気溌剌で少しボーイッシュに見えるくらいには改善できた。

 

 それから一人暮らしを始める中で、貴人学園に数年前から編入している幼馴染が手助けしてくれるらしい。ありがたいことだ。まだ分からないことがたくさんあるからかなり助かる。

 

 その幼馴染というのが、桐生柚葉(きりゅうゆずは)だ。

 

 物心つく頃からの付き合いで、家も近所、登下校もずっと一緒だった。中学に入ってからは柚葉が猫耳と尻尾が生えてしまう奇病に罹ったことで離れ離れになっていたのだが、連絡は続けていたので今回編入する旨を伝えたら凄く喜んでいたのが印象的だった

 

 自分が奇病に罹るなんて思っていなかったのでまさかこんな形で再び頼ることになるとは思ってもみなかった。

 

 そう考えていたらピコンと自分がスマホが鳴る。柚葉からのようだ。

 

『駅まで迎えに行くよ。迷うと大変だし』

 

 引っ越し前日に届いたメッセージを見て、思わず小さく息を吐く。

 本当に、何から何まで世話になる。

 

 引っ越し当日。

 

 沢山の荷物を持ち、改札を出る。お互いの姿は昨日写真を送り合ったので分かっているので辺りに柚葉が居ないか探す。

 

 改札を出て、すぐの噴水のところにこちらに手を振っている、猫耳と尻尾が生えた、柚葉が見えた。

 

 服装は少し大きめのパーカーに、デニムを履いている。元気そうな、近寄りやすいそんな印象を与える服装で、柚葉の性格を表しているようで実に可愛らしい。そんな印象を抱いた。

 

 人混みの中でも、柚葉の姿はすぐに分かった。

 

 猫耳はぴんと立ち、尻尾は感情を隠す気もないのか、機嫌よさそうに左右へ揺れている。柚葉が元々持っているルックスが更に中学の時よりも大人びているが、あのころからずっと変わっていない。そう思うと、胸の奥が少しだけ緩んだ。

 

「こっちこっちー!」

 

 こちらに気づいた柚葉が、さらに大きく手を振る。周囲の視線などお構いなしだ。

 正直、少し恥ずかしい。でも、その遠慮のなさが彼女らしいとも思う。

 

「……相変わらず目立つね」

「えー? 今さらでしょ。ほら、久しぶり!」

 

 距離が縮まるなり、柚葉はじっと私の顔を覗き込んできた。

 近い。思わず一歩引きそうになるのを、ぐっと堪える。

 

「……うん、写真で見たよりずっと可愛い」

「ちょ、ちょっと何言って……」

 

 不意打ちの一言に、顔が熱くなるのが分かった。

 可愛い、なんて言葉。自分に向けられることに、いまだ慣れていない。

 

「ほらほら、照れてる照れてる」

「からかわないでよ……」

 

 柚葉は楽しそうに笑い、私の手から荷物の一部をひょいと持ち上げた。

 

「重いでしょ? 一人暮らしなんだし、最初は大変だよ」

「助かるよ……ありがとう」

「いいのいいの。幼馴染なんだから」

 

 そう言って、自然と隣を歩き始める。

 その距離感が、昔と変わらないことに、少しだけ救われた気がした。

 

 駅を出ると、見知らぬ街並みが広がっていた。

 これからここで暮らし、ここから貴人学園へ通うのだと思うと、不安と期待が入り混じる。

 

「ね、理」

「ん? なに?」

「無理しすぎたら、ちゃんと頼ってね。前みたいなのはやめてね」

 

 その言葉に、思わず足を止めそうになる。

 

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 

 尻尾を軽く揺らしながら歩く柚葉の背中を見つめ、私は小さく息を吸った。

 

 

 

 柚葉と喋りながら、しばらく歩くと自分が暮らすマンションが見えた。

 

 マンションの壁は白塗り基調の落ち着いた印象を見せる。

 

 ここで数年間暮らすことを思うともうすでに愛着が湧いてくるのを感じた。

 

 オートロック式の玄関をくぐり、エレベーターに乗り自分の住む階で降りる。

 

 いざ自分の部屋の玄関の前まで着き、扉を開ける。

 

 開けた途端新築の家の匂いが鼻腔をくすぐる。この匂い私は結構好き。

 

 家の間取りは1LDKで結構広め、理由としては両親が狭いよりかは広い方が良いし、友達とかできたらそのぐらい広い方が良いとのことだった。

 

 お金に関しては家賃全部両親が負担してくれるらしい。本当にありがたい。両親共々区役所で公務員をやっているのでお金には余裕があるらしい。

 

 そんなことを考えながら、部屋に荷物を置く。引っ越し業者が先に持てない大きな荷物を置いてくれている。

 

 よし、荷解きを始めようか。

 

 

 ──────────────

 

 

「いや~疲っかれた~~!」

「結構片付いたね~。くたくただよ~」

 

 窓を見るともう夕刻はとうに過ぎているほどの時間が経っていた。柚葉が居なかったら二日はかかっていただろう。

 

「荷解き終わったらお腹空いてきたね。何か食べる?」

「ん。そうだね、外行くのも疲れたから、何か出前でも頼もうか」

 

 そう決めた二人はすぐに注文を開始した。スマホアプリのHuberで頼み届くのを待つ。

 

 ピンポーンという音を聞き、食べ物を取りに行く

 

 玄関のインターホンが鳴り、私は立ち上がってドアへ向かった。

 

「はーい」

 

 扉を開けると、配達員が保温バッグを差し出してくる。受け取りを済ませ、礼を言ってドアを閉めた瞬間、ふわりと漂ってくる香辛料の匂いに、思わず喉が鳴った。

 

「来た来た?」

「うん、熱々だよ」

 

 先ほど組み立てたローテーブルの上に袋を並べると、柚葉が尻尾をぴんと立てた。

 

「カレーと唐揚げと……あとサラダ! 完璧じゃん」

「栄養バランスは一応、ね」

 

 二人で向かい合って座り、手を合わせる。

 

「いただきます」

 

 スプーンを口に運ぶと、じんわりとした辛さが広がり、張り詰めていた身体の力が少し抜けた。

 ああ、ちゃんと生活が始まったんだな、という実感が遅れてやってくる。

 

「……理さ」

「ん?」

「こうしてると、あんまり変わった感じしないね」

 

 柚葉は唐揚げを頬張りながら、そんなことを言った。

 

「前と同じで、一緒にご飯食べて、しゃべってさ」

「……そうだね」

 

 確かに。

 身体は変わって、環境も変わって、住む場所まで変わったのにこの時間だけは、昔と何一つ変わっていないように感じる。

 

「でもさ」

 柚葉は一瞬だけ視線を逸らし、すぐにこちらを見る。

「無理して前と同じでいなくていいからね」

 

 その言葉に、胸の奥が少しだけ痛んだ。

 

「変わったところは、変わったままでいい。理は理なんだから」

 

 そんなふうに言われたら、何も言い返せなくなる。

 

「ありがとう、柚葉」

「へへ。どういたしまして」

 

 尻尾が嬉しそうに揺れるのを見て、私は小さく笑った。

 

 食事を終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。

 明日からは、いよいよ貴人学園での新しい生活が始まる。

 

 しっかり寝て明日に備えよう。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。