駆転のルーナ   作:Flowell

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ハイパー初投稿。難産すぎて怪文書。


破壊活動と国家

 西暦2571年7月19日の朝。火星入植100年、記念日を祝うため、街中がお祭りムードに包まれていた。

 ここは火星第18コロニー。入植当時に作られた30のコロニーの1つである。建造からきっかり100年が経ったということだが、老朽化という言葉はふさわしくない。コロニーにある建物や道路は歴史を積み重ね、そこに生きる人々の息吹を感じるものだった。

 全体として、火星コロニーは半透明のドームにおおわれた円状の都市となっている。中の天候は機械によって調整しているため、四季はない。

 独立祭は住民にとって季節感を味わえる貴重な行事のため、街の空気はどことなく浮ついていた。

 

「ルーナ、カードと携帯はきちんと持った?」

 

 そう呼びかけられた少女、ルーナは祭りに出かけるために家で準備をしていた。黒の肩掛け鞄に化粧道具、カジュアルな服装に抜群の前髪。イマドキを体現したファッションに、満々の自信を全身から発散している。

 

「お母さん、私だってほぼ大人なんだから独立祭だって一人でいけるよ! 心配されなくたって、準備も一人でできるよ。」

 

 つき返すように返答する。強い口調とは裏腹に、表情は期待に満ちていて、興奮を隠しきれていなかった。

 洗濯物をたたみながら、母親はそんなルーナを笑顔で見守っている。

 

「いくら好きな男の子とのデートだからってそんなにニヤニヤしてたら不気味がられるぞー?」

 

 年頃の娘の様子がおかしかったのか、更にルーナを茶化す。慌てて否定しようとする娘とそれを聞く母親。どちらも同じくニヤニヤした顔をしていた。

 

「別に好きな男の子なんかじゃないよ! ただ毎年一緒に行ってるから今年も行くだけだし……。」

 

「はいはい、わかりました。でもそろそろ出発しないと、待ち合わせの時間に間に合わなくなっちゃうよ。」

 

 わざとらしく話をそらした母親の策に引っかかったルーナは鞄を肩にかけて、玄関に向かった。そんな単純さも母にとっては可愛い我が子のチャームポイントに見える。

 

「あっ確かにヤバイ!いってきまーす!」

 

「気を付けていってらっしゃい。」

 

 置いてあった鞄を手に取ると、勢いよく家を飛び出していった。

 彼女の家はコロニー内を巡る環状線の駅まで徒歩5分、ルーナは道を一気に駆け上がっていく。

 歩道は綺麗な強化セラミック複合材で舗装され、白く輝いている。軽やかに弾む少女のステップはタンタンと澄んだ音を響かせた。

 

『~南方向回転便、ただいま出発します。』

 

 ルーナの耳に出発を告げるアナウンスが届いた。彼女は足を早めて、階段を駆け上がる。全力で改札にICカードを叩きつけると、ゲートを飛び出してダイナミックに駆け込み乗車をすることができた。

 

「ふぅ危なかった。これを逃したら、確実に遅刻するところだったよ。」

 

 一息ついたルーナは脱力しながら席に座った。年頃の少女らしく携帯のカメラで髪型を整えることも忘れない。そうして身繕いを始めた彼女に隣の老婦人が話しかけた。

 

「お嬢ちゃんも独立祭のほうに行くのかい?」

 

 どこか昔を懐かしむように聞いた老婦人の言葉に、ルーナは元気よく答える。

 

「もちろんです!毎年参加してますよ。」

 

 返事を聞いた老婦人は微笑んだ。彼女は鋭く目を細め、母親と同じようにルーナを茶化す。

 

「それだけおめかししてるってことはお嬢ちゃん、恋人とでも行くんだね。」

 

「えっいやっ、全然まだ恋人とかじゃないんですけど……」

 

 もごもごとした返事を聞いた老婦人は話を続ける。

 

「私も若い頃はそうやって着飾って、独立祭に出たわよ。クラスメイトも誰と行くかってことで盛り上がってねぇ、お嬢ちゃんもそうなんだろう?」

 

 唐突に振られた話題にルーナは曖昧に笑った。彼女にとって、胸の奥にある感情はまだ誰にも言いたくないものだが、誰もかれもがそれを簡単に指摘する。

 感情のわかりやすい自分を揶揄されるようで、複雑な気持ちを抱きながら、言葉を発した。

 

「あはは、私もそんな感じですよー。みんな誰が好きだの、恋人だのなんだのでわいわい喋ってますね。私にはあんまり関係ないですけどね……」

 

「あらまあ。なんにしても次の駅で降りるんだからね、そんなに襟が乱れてちゃもったいないよ。おばちゃんが直してあげるから、ちょっとこっちに寄ってきてくれないかい?」

 

「あっはい!お願いします。」

 

 襟元を抑えて、丁寧にルーナのシャツを整える老婦人。その優し気な態度は彼女もまた独立祭を楽しみにする一人の火星市民だということを表すようだった。

 

「おばあちゃんも後で独立祭にいくからね、また会えるかもしれないね。」

 

「その時はぜひ! さよなら!」

 

 礼儀正しく別れを告げたルーナは手を振りながら、列車から降りた。そんなルーナが電車から降りる直前、誰かが野次を飛ばした。

 

「彼氏さんと仲良くなぁー!!!」

 

「!!!」

 

 一言文句を言ってやろうと飛び出した彼女は言葉を届けることはできなかった。閉まりゆくドアを前にしてルーナは地団太を踏む。無常にもしまったドアは犯人の姿を見せることなく、動き出していった。

 

 憤慨しつつも歩き出した彼女の視線の先には、少年の姿があった。彼女がひっそりと思いを寄せるクラスメイト、ウィル・フジモトはソワソワしながら待っている。だが問題は彼の周りにいる人々だった。

 彼を囲むのは、独立祭に向かう途中の女性たち。怒涛の口説き文句でウィルを圧殺している。

 怒りが天井に達したルーナは肩で風を切りながら、女の群れに突進した。

 

「すいませ~~ん!!! その人、私と一緒に独立祭に行くんです!!! どいてくださ~~い!!!」

 

 なによ。ケチ。ちょっとぐらいいいじゃないのよ。

 大量の文句を垂れながら退散していく女性たち。不満げな彼女らを噛みつかんばかりの勢いで追い散らしたルーナはキリっとした表情で振り返った。

 

「ごめん、待った?」

 

 ルーナは釣り上がっていた目を下げて、呼吸を落ち着かす。待ち合わせの常套句を言いつつ、場を仕切りなおそうとした。

 

「……ぅうん、ぜんぜん、そう全然待ってないですよ……?」

 

 どことなくぎこちない様子で目をそらすウィル。ルーナに対して若干引き気味の態度を表すウィルを見て、彼女はがっくりと崩れ落ちた。

 

「べ……別に引いたとか、嫌いになったわけじゃないから! 助けてくれてありがとう。ほら膝汚れちゃうよ。行こ?」

 

 慌てて訂正するウィルからそっと優しく手を差し伸べられる。だがルーナに立ち上がる気力はなかった。

 

「ありがとう! ウィルくんは優しいね......」

 

 ヨヨヨとわざとらしく口に出しながら、床の上でうずくまる。彼女は穴があったら入りたいという感情を抱きながら、停止していた。

 

「ほら、元気出して?スイーツとか食べに行かない? クレープとかさ......」

 

「食べに行こう!」

 

 大好物の気配を感じ取ったルーナは、一気に立ち上がってその手を掴んだ。今までの凹み具合が嘘だったのではないかと思わせる速度で、態度を急変させた。その様子に驚くウィルを気にも止めず、ぐいぐいと引っ張って行く。

 

「私、チョコソースマシマシで食べたい! ウィルくんは?」

 

「僕はいちごが、え、え、え、うわーーーー!!!」

 

 全速力で引かれ、情けない悲鳴を上げながらウィルはムービングウォークに乗せられた。同じくムービングウォークに乗ったルーナは、即座にコントローラーをいじり、歩道の速度を最高速にする。

 平時でも自転車とほぼ同じ速度を出せるムービングウォークを最高速にすればどうなるかは言わずともわかる。不安定な体勢のまま乗せられたウィルの体は遠心力をフルに受けて、のけぞった。

 ギュンギュン動く歩道の上で必死にバランスを取ろうとする。だがしばらく進んだところで彼の平衡感覚は限界を迎えた。

 結果として、ウィルは見事に足を滑らせて、体を地面に叩きつけた。歩道は軟質の材料で作られていたが、彼の膝には大きなあざができてしまっていた。

 

「うわっ! ごめんね! 怪我とかない?」

 

 起きる気力もなくなってしまった彼を、ルーナはさらに引っ張って近くのベンチへと運ぶと、彼は虚ろな目をしながらぐったりと倒れこんだ。

 ウィルはうぅと呻きながら、水筒を鞄から取り出して水を飲み始めた。

 

「ちょっと休ませて……。」

 

「……ごめんね……。とりあえずクレープ買ってくるから、そこで待ってて。」

 

 鞄の中の財布を探しながら、ウィルに謝罪する。彼がそれを正常な意識で聞くことができたかはさておき、ルーナは名残惜しそうに立ち去り、行列しているクレープ屋の屋台に向けて歩き出した。

 クレープ屋はムービングウォークからかなり離れていたが、それでも居並ぶ人々の行列が見えていて彼女はゲンナリした気分になった。

 

 気を取り直して、列に並んだその時、轟音が後ろから響き渡った。

 

「何!?」

 

 上空を見ると、都市の天蓋が割れて、巨大な影が飛び込んできた。ルーナにはそれが何かわからなかったが、キィーンという耳障りな音を立てながら飛行するシルエットを前に、足がすくむ。そのまま崩れ落ちそうになるルーナの体を誰かが支えた。

 

「お嬢ちゃん、そんなところで立ち止まってちゃいけんよ!」

 

 先ほど電車内で会った老婦人だった。しかし二人は意外にも早い再開を喜ぶわけにはいかなかった。

 天蓋の照明による逆光で見えなかったが、地上に降りてきた後ろ姿は人型兵器のものだったからだ。少しずつ噴射を弱くしていき、ちょうどムービングウォークの近くに着地した人型兵器。それは見慣れないゴーグルのような顔を回しながら、周辺のスキャンを行っていた。

 ルーナは嫌な汗が全身から噴き出してきていた。ちょうどウィルが座っていた近くに人型兵器が着地している。慌てて駆け出していこうとするルーナはまたも転倒した。

 

「離して! あっちにはウィルくんがまだいるのに! 行かなくちゃ!」

 

 再びウィルの方にルーナは駆け出そうとするが、老婦人がそれを全力で引き留める。無茶苦茶に動いて絶叫するルーナの顔を掴み、無理やり目線を合わせた老婦人は静かに言った。

 

「バカ言っちゃいけないよ。嬢ちゃん一人が行ったところでどうなるってんだい。」

 

「でも! でも! 行かなくちゃ!」

 

「わたしゃ独立戦争世代だから知ってるけどね、嬢ちゃんみたいにバカな行動をして死んだ人を何人も見てるんだよ。悪いことは言わん。まずは逃げるよ。」

 

 彼女の叱咤が効いたのか、ルーナはよろよろと立ち上がって一緒に走り出した。通りは逃げ惑う人々でいっぱいだったが、二人は最寄りのシェルターに向かった。

 

「どいてくれー!! 子供がいるんだ!!」

 

「押さないでよ!! みんな落ち着いて!!」

 

「邪魔だ!! 俺が先に行く!!」

 

 悲鳴や怒号が渦巻き大混乱の中、ようやく機械音声のアナウンスが流れ出す。

 

『コロニーの北西部側天蓋と南東部天蓋に損傷が起きました。住民の皆さんは速やかに近くのシェルターに避難してください。』

 

 ようやく流れ出したアナウンスは住民の心を落ち着けるのに、十分な効果を発揮することはできない。自分たちの頭の上に人型兵器が飛びまわっている恐怖はアナウンス程度で抑えられるものではない。

 響くエンジン音に、空を裂くようなジェット音。目的も知れない不気味な巨人たちが都市上空を周回し続けている。

 

「どうしよう……。」

 

 そんな中、茫然自失としながらルーナは呟いた。目の前には閉まってしまったシェルターの扉。周りには入りそびれ、あぶれた人でいっぱいになっている。

 悲喜こもごもの叫びや、ドンドンとシェルターのドアを叩く音が巨大なシェルター前の広場にこだましている。

 

「嬢ちゃん、ぼさっとしてないで次のシェルターに行くよ。もうここは無理だ。」

 

 不測の事態に対しても、老婦人は肝が座っているようでルーナの背中を押しながら、走り出す。つられてルーナも動き始めたが、後ろ髪を引かれるように後ろをチラチラと見ていた。

 

「え……? おばあちゃん、まだ入れるかもしれないのになんで?」

 

「入れたとしても中にいる人が開けないんだよ。パニックになっちゃってるから、向こうも死ぬ気で閉めてしまう。こればっかりはしょうがないね。ほら、走った走った。」

 

 落ち着きはらった語り口に、ルーナは不承不承ながら納得した。

 

 だが事態は彼女らの希望を裏切った。突如、コロニー内を周遊する大量の人型兵器から広域放送が流れ始める。

 ルーナたちに音声を届けたのは南東方向を飛んでいた機体、ブブブブという不快なノイズと共に声を吐き出していく。

 

『我々は太陽系統一戦線。全地球圏統一共和国から武力によって不当に独立した火星圏の統合を行うため、第18火星都市・シルバーパレスに武装放棄と無条件降伏を要求する。』

 

 コロニー内に響き渡る放送はゾッとするほど冷たい声によって行われた。人工音声で一部変換されたと思われるキンキンとした響きと音の割れ、その場に居た人々は耳を抑えた。

 抑えた手を無視して聞こえてくる声明の内容は酷く横柄で、一方的。

 

『2時間前に送った降伏勧告に対し、火星政府からの応答が見られないため、強制的な武装解除を行う。これは民間人との区別を行うことはない。当方としては犠牲を抑えるため、速やかなる無条件降伏を望む。』

 

 近くにいた誰かが叫んだ。群衆の中の幾人かが迷いを払って、野次を飛ばした。それに呼応するかのように住民たちは態度を変え始める。中には手に持っている鞄や空き缶などを投げ、人型兵器の装甲にカツーンという金属音を響かせる豪胆な者もいた。

 

「ふざけるんじゃねぇぞ! 地球人共が! 火星は俺らのモンだぞ!」

 

 そうだそうだ!と賛同する声が上がる。先ほどまで恐怖に支配されていた群衆は手のひらを返すかのように、口々に一つの言葉を叫びだした。

 

帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ!

 

 不思議な一体感を発揮し、勇気を示す群集。それを見た人型兵器は再びスピーカーを震わせる。

 同時にその機体は右腕に備え付けられたレールガンに電力供給を行う。ゴンゴンと圧力が高まっていく姿に、住民たちの血の気が引いていった。

 

『住民からの強い反抗を確認。隊の安全確保のため、防衛行動を開始します。』

 

 バシュンッ!空気を裂く音と共に着弾した砲弾は民衆をなぎ倒し、建物を破壊した。

 

「嬢ちゃん! 危ない!」

 

 着弾する直前、老婦人がルーナをつき飛ばす。崩落する瓦礫に飲まれて、彼女の姿は見えなくなった。

 直後、砲弾が空を裂いて、住民たちの体をバラバラにしていく。衝撃で意識を失ったルーナが最後に見たのは、吹き出た自分の血だけだった。

 

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