終末世界の陰陽師/スターゲイザー 〜時代遅れの特撮オタク、ニチアサを新世界に招来す〜 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「ソコマデニシロ……!」
赤黒の光の中から招来体のハルが飛び出してくる。
強烈な勢いのままセルケトミスティークへと体当たりする。
「ジャマヲ、スルナ!」
全身を使って受け止めたセルケトミスティークだが、尻尾は独立して動く。
毒液が射出され、ハルの背中にかかり、
「オォォ!」
構わずにハルはセルケトを突き飛ばした。
「ハルくん!」
背から蒸気が上がり、溶け爛れているが気にした様子はない。
狐と蠍の怪人は対峙し合い、
「キサマモ、ヒテイスル……!」
「ホクト、サガッテロ……!」
セルケトミスティークが一対の鋏と尾を振るい、ハルへと向かう。
「オオオオオオ!!」
迎え撃つハルの雄叫びは、これまで聞いたどの時よりも太く、震えていた。
「ハル、くん―――」
その理由を北斗は考え、
「北斗さん! 逃げましょう」
「きょ、協先生」
呼びかけられた協に思考を遮られる。
汗を浮かべた彼は小さな子供を抱きかかえている。
その子供は怯え、涙を流していた。
「よくわかりませんが、バケモノが増えました! 逃げて、区役所の警備に任せましょう!」
「ま、待って先生! あっちの狐の方はバケモノなんかじゃなくて……!」
ハルはバケモノではないし、ミスティークでもない。
ここにいるみんなを守ろうともしてくれている。
そのことを伝えたかったが、隣のロアがため息を吐くのが聞こえた。
「そんなの伝わりませんよ」
彼女は、この状況において年不相応に落ち着き、ハルとセルケトミスティークの戦いを眺めている。
つい先程、彼女も自分に逃げることを促していたがそれは諦めたのか、首を横に何度か振り、
「この状況で詳しい説明などできません。簡単な話でもないですし、余裕もない」
彼女の言う通りだ。
ミスティークとサラーサ・ルーンファミリア、陰陽師である絵葉ハルとノハの憑依による変身。
全て話している時間はない。
北斗の視界の中、戦い合う怪人の周囲に散らばった多くの肉塊が目に止まる。
ついさっきまで生きていたはずの人たち。
「お姉さんにも逃げてほしいんですが……どうするんですか?」
「それ、は」
どうするのか。
その単純な問いに、北斗は答えられなかった。
頭の中、冷静なところでは逃げたほうがいいというのは分かっている。
安全なところへ対比するなり、協のように逃げ遅れた人たちを助けるなりすればいい。
だけど、北斗は迷っていた。
「オオオオオォォォ!」
痛いような慟哭に、胸が軋む。
去るべきなのに、足が動かなかった。
自分に戦う力は、ない。
だからできることもない。
「私は、いつも―――」
●
『ハル、毒液は防げよ』
「ワカッテル……!」
憑依したノハからの助言は的確だが、冷静に受け入れる余裕は、今のハルにはない。
心境的にもそうだが、
「ヒテイ、ヒテイ……!」
うわ言のように同じことを繰り返すセルケトミスティークが単純に、これまで戦った二体のミスティークと明確な違いがあった。
ジョロウグモミスティークのような炎や糸、カマソッソミスティークのような飛行能力や飛ばす斬撃はない。
毒液は変身中のハルの肉体を溶かし、鋏も容易く肉を切り裂く。
蠍の尾も自在に動き厄介だ。
だが、それよりも、
『単純に、膂力が強いの』
これまでの二体よりも、明確にその点上回っている。
「オレハ、ヒテイスル……!」
振るわれた右鋏を左爪を当てに行って逸らそうとするが、力で押し負けて腕が避ける。
突き出された左腕を避け、タックルをぶつけるが踏ん張られ、ハルの腹に膝蹴りと肘打ちが入り、力が抜けたところで投げ飛ばされる。
追撃の尾の振り払いを、地面を転がって避けようとしたが間に合わず肩を掠り、肉が溶けえぐられる。
「グッ……!」
今のハルと同等か、やや勝るほどだ。
これまでの二体とどう違うのか。
会話が成立していないし、完全に正気を失っているが、人の言葉を発しているところはあるが、理由はわからない。
ただ、徒手空拳、武器といえば五指の爪くらいの今のハルにとって、鋏と尾、毒液以上にそれは厄介だった。
「ナラ……!」
『―――ハル、分かっておるか』
手の中に符を二枚生み出したハルに、ノハが問う。
『短期間の連続招来、先程投げ飛ばされた時の損傷。特に、さっきのは禁術を刻んだお主でなかったら、あの店の壁にぶつかった時点でひしゃげて死んでおった。其の上で、多重憑依を使うとお主の寿命が―――』
「ソレモ、ワカッテイル」
ハルは有無を言わせずにノハの言葉を遮った。
「ゼンブ、ワカッタウエデ、コノカラダニナッタ」
『――――そうさな。そうであった』
ノハの声はそれきり聞こえなくなり、
「ビャッコ、ゲンブ、ショウライ!」
ハルは叫んだ。
右手の甲から白い刃が四本が飛び出す。
左手から黒い六角形がその甲を突き破りながら広がり盾となった。
カマソッソミスティーク相手に使った朱雀と同じ、白虎と玄武の限定憑依。
肉体をノハに憑依させた上で、ハルの骨を変形させて武器にする術だ。
変形した骨が肉と皮を突き破るせいで、使う度にハルの肉体に大きな負担がかかる。
それでもハルは構わなかった。
「オレ、オレハヒテイ、ヒテイ……!」
「オォ……!」
セルケトミスティークの尾から射出される毒液。
対し、ハルは黒盾で毒液を防いだ。
液体が黒盾に触れた瞬間、その表面から黒い水がにじみ出て毒を滑らせ、ハルが腕を振るとそのまま払い飛ばした。
「……!」
一瞬、セルケトミスティークが驚き、さらに連続して毒液を放つが、ハルは距離を詰めながら同じ動きを繰り返して毒液を対処。
人間の体を容易く溶かし、変身したハルの表皮さえ溶かしていた毒液だが黒盾には通用しない。
セルケトミスティークは迫ってきたハルに尾を振るうが、
「オオッ!」
カウンター気味に白爪を尾に突き刺し、それを起点としながら全身を回し、
「―――!?」
左手の黒盾の縁を叩きつけた。
刃のように鋭い、とは言えないが尾を半ば断ち切るほどの強度と威力があった。
それによりセルケトミスティークの動きが止まったところをハルは強烈な前蹴りで吹き飛ばす。
「グウ……!」
地面を転がりながらもセルケトミスティークは立ち上がり、半ば断たれた尾を立て、
「ジャマヲスルナ……!」
毒液を射出しようとし、しかしこれまでとは違う出方をした。
射出する機構が壊れたのか、尾の先と半ばから全方位へ大量にばら撒かれる。
劇毒の噴水だ。
周囲の地面や建物を溶かしながらハルへ、さらには背後にいる北斗たちへと届きかねないほど。
「ッ、ヤタ……!」
ハルは即座に八咫烏を召喚。
北斗の下へ行かせ、毒液から彼女とその隣にいたロアを守らせる。
ハルは黒盾を眼前に掲げる。
にじみ出る水量が増え、それ自体がハルの全身を覆うサイズに拡大したことにより、降り注いでくる毒液を防ぎきった。
「イイカゲンニシロ……!」
周囲、至るところから溶解による蒸気が発生している。
街の大通りの店らが見るも無惨な光景となってしまった。
水の盾を消し、前に出ようとした時、毒で溶けたせいか建物が崩れて大きな音が響き、
「うわあぁっ!?」
声を、聞いた。
●
「!?」
その声に、ハルは視線を動かす。
正面にセルケトミスティーク、それを挟みながらも毒液によって溶けたせいで形を変えたいくつかの商店。
そのうち、先程ハルが投げ飛ばされた理髪店の隣には小さな駄菓子屋があった。
入口の大部分が溶けた上に、屋根が崩れ落ちている。
その奥に、人がいた。
「ひ、ひぃい……!」
二人だ。
小さな男の子と恰幅の良い中年の女性。
駄菓子屋に来た子供と店員であり、逃げ遅れたのだろう。
セルケトミスティークが現れ、すぐに惨劇が生まれたのだ。
近くの建物で逃げ遅れ、隠れている人がいるのは何の不思議でもない。
「―――」
ハルの脳裏に、記憶がフラッシュバックする。
よくわからないうちに周囲で何かが起きて。
自分は隠れて、抱きしめられて。
ただ、震えている。
『ハル!』
「ハルくん!?」
「ッ!」
完全に動きが止まり、脳内のノハと背後の北斗に名前を呼ばれてハルは我に返る。
「スベテガジャマダ……!」
その間に、セルケトミスティークが再び毒液を乱発射させ、
「ッ……!」
ハルは瞬発する。
駄菓子屋へと飛び込み、先程と同じように黒盾を発生させ、しかし先程よりも大きな水のバリアを作り出す。
何度も毒液を防いだ玄武の水盾は、違わずに毒液からハルだけではなく男の子と女性も守りきった。
毒液の散布が止まり、ハルも盾の水を消してから倒壊していた建物を蹴り飛ばして道を開ける。
二人へと振り返り、
「……ニゲロ」
「ぁ――」
男の子と女性は驚きながら息を呑み、
「―――ば、バケモノぉ! 来ないで……!」
「お、おばちゃんに近づくなぁ……!」
女性が悲鳴を上げ、男の子を抱きしめる。
男の子もまた目尻に涙を浮かべ、抱かれながらもハルのことを睨みつけていた。
そこに込められているのは恐怖と敵意。
「―――」
それを受け、ハルは一瞬目を伏せ、
「オオオオォォォォォ!!」
二人へ向けて咆哮した。
空気が震えるほどの大音量。
「ひ、ひぃい……!?」
「うわあああ!」
それによって二人は転がるように動き出し、ハルをすり抜けて逃げていった。
ハル自身もそれをすぐに追いかけつつ駄菓子屋を出た時点で、
「―――シツコイ」
飛んできた毒液を払いのける。
何度も大量に放出したせいか、毒液の量も大したことはなかった。
「二人とも、こちらへ!」
「先生さん! た、助けてください!」
「きょ、協先生ぃぃ!」
背後から協が二人を確保した声が聞こえ、内心でハルは一安心。
「ヒテイ、ヒテイ……ヒテイ……」
そして、セルケトミスティークと改めて向かい合う。
変わらず同じ言葉繰り返す怪人。
ミスティークとなってこれほどまでの言葉になるのならば、彼の中にどうしても否定したかったものがあったのかもしれない。
だからこそ、ミスティークにまでなったのかもしれない。
「ハッ――――」
そんなことを考えて、ハルは自らの思考を笑い飛ばした。
だから、なんだというのか。
散乱する肉塊と溶解した建物。
北斗に守ると約束し、守れなかった結果。
「ビャッコ――キュウキュウニョリツリョウ!」
叫ぶと同時に、両腕を胸の前で交差。
左手の盾が消え、勢い良く振り払うと左手からも四本の白爪が生える。
左右合計八本の白爪は、さらに伸びつつ、幅も広がった。
ハルは姿勢を落とし、前へと飛び出した。
「オオオオ……!」
「オレハイテイスル! ヨヲ! コノセカイヲ!」
セルケトミスティークの尾は既に機能を失っている。
だが、それでもまだ人体を容易く断ち切る鋏は健在だ。
爪と鋏。
狐と蠍。
二体は交差し、
「……!」
狐は、鋏を避けようとしなかった。
左脇腹と右肩に鋏が食い込み、特に右肩のそれは腕を切断される寸前だった。
それでも。
「ヒ、テイヲ、オレ、ハ―――」
狐の白爪は、蠍の喉と心臓をどちらも貫いていた。
「ダマレ、キキアキタ」
ハルは言葉を吐き捨ててつつ、両の爪を上下に振り抜く。
セルケトミスティークが上下に両断された。
「コノ、セカイヲ―――
最後に、ハルには聞き覚えのない単語を口にしながら、セルケトミスティークは倒れる。
瘴気に包まれ、元々の宮藤という男の死体が顕になり、そこから半透明の蠍の頭を持つ女性が浮かんできた。
エジプト風の衣装を纏う彼女、セルケトに向け、ハルは符を掲げ、
「フウ」
蠍の女神が符に吸い込まれた。
戦いが終わり、ハルもまた怪人の姿から人間に戻り、
「ごっ―――ごふっごふっ!」
大量の血を吐き、流しながら倒れる。
「ハル! っ……北斗、すまん! 来ておくれ!」
狐の姿でハルから分離したノハが焦りながら北斗を呼ぶ。
すぐに駆けつけてきた彼女の表情は曇り、顔色は青い。
「は、ハルくん……!」
今のハルは満身創痍だった。
全身の裂傷と火傷にも似た溶解痕。
特に最後に受けた鋏の傷は大きな切創を刻み、血が流れ続けている。
「北斗、治療はできるか。今のワシでは限界がある」
「ぇ、あっ……えぇと、とにかく、血を止めないと! ラボに運んで手術すればなんとか……!」
「手を貸しましょう」
焦る北斗の隣に立ったロアは冷静だった。
指に数個の石を挟みつつ、ハルの体に手を伸ばす。
「ルーンで治癒を。運ぶくらいまでの生命維持ならばなんとかできるでしょう」
「さ、流石、お願い!」
「えぇ」
ロアは頷き、ハルに触れようとして、
「―――ま、て」
彼は、少女の手首を掴んで静止した。
「は、ハルくん?」
「ふむ」
「はぁっ……はぁっ……」
驚く北斗だったが、ロアは静かに首を傾けた。
ハルは荒い息と共にロアを睨みつけ、
「―――――流石ですね。
「
「あはっ」
ロアは笑い、
「ここまでですか」
ハルの手を振り払い―――――ロアは
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