終末世界の陰陽師/スターゲイザー 〜時代遅れの特撮オタク、ニチアサを新世界に招来す〜   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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第十三話 心傷スイッチオン

 

「オオオォ……!」

 

 ハルがロア――フェンリルミスティークへと殴りかかる。

 これまでの変身と違い、招来体の全身にも文様が浮かび上がり強い光を放っている。

 放った拳は、これまでと比べても一際強烈な勢いでフェンリルミスティークへ打ち出され、

 

「!?」

 

 ハルの拳は空を切った。

 拳を叩き込む直前までは、フェンリルミスティークは見えていたのに。

 

「遅いですね」

 

 声は、背後からだった。

 反射的に振り返りながら爪も振るうも空振り。

 次の瞬間、

 

「ガッ……!?」

 

 脇腹に狼の爪が突き刺さっていた。

 

「クッ……コノッ!」

 

 無理やり体を振るい、フェンリルミスティークがいるであろう場所に左手の爪を振るうが、

 

「こんなものだったんですか」

 

 フェンリルミスティークの右手に、左の手首を掴まれる。

 振り払おうと力を入れるが、微動だにしない。

 

「腹立たしいですねぇ、『神性科装(サイバーマイス)』というものは。今のあなたを膂力で完封しようと思えば、どれだけ魔導の研鑽が必要でしょうか。少なくとも、二百年では足りないというのに」

 

 喋っている間もハルは左腕を動かそうとしたが、敵わない。

 フェンリルミスティークは握っていたハルの手首を力任せに捻り、

 

「それが、此れですよ」

 

 無造作な前蹴りを叩き込んだ。

 

「ッッ―――!」

 

 地面と平行にハルが吹っ飛ぶ。

 そのままだったら十数メートルは飛んでいただろう。

 だが、僅か数メートルで止まった。

 吹き飛んだハルよりも速く動いたフェンリルミスティークが、彼へ先回りし、

 

「シッ!」

 

 踵落としでハルを叩き落とした。

 ハルは血を吐き、周囲の地面に放射線状に亀裂が入る。

 

「ガッ……ッ……!」

 

 一瞬動きが止まり、体から溢れる光が消え、

 

「っ、オ、オ……ッ」

 

 再びの文様が発光。

 再起したハルは飛び上がり両の爪を連続で振るうが、フェンリルミスティークは一つ一つを打ち下ろし、回し蹴りを放つ。

 ハルはよろけながら大きく後退させられた。

 

「儚いですよねぇ、魔術も陰陽術も」

 

 フェンリルミスティークがミスティークギアCSMに手を添える。

 デバイスの側面につけられたボタンが押され、

 

『ウルティメイト! フェンリル!』

 

 フェンリルミスティークの周囲から青銀の炎状のエネルギーが発生。

 青銀の炎は六本の鎖状に纏まった後、ハルへと伸びる。

 

「!?」

 

 炎鎖はハルの四肢を拘束。

 フェンリルミスティークにも同じように炎の鎖が首、胴、四肢の六本がまとわり付き、動きを止めた。

 狐と狼は同時に鎖に絡め取られ、二体は全身に力を込め、

 

「刻んだ怒りを―――解き放つ」

 

 ハルの鎖は揺らがず、しかしフェンリルミスティークは鎖を砕き、その勢いと共に加速した。

 爆発するような勢いと共に、砕けた炎鎖はフェンリルミスティークの右手に収束。

 一メートルほどの長さの爪を形成し、

 

「――――!」

 

 一瞬、六閃。

 斬撃がハルを食い散らかした。

 

 

 

 

 

 

「ぁ、くっ……」

 

 フェンリルミスティークの斬撃を食らい、ハルの変身が解除される。

 膝から崩れ落ち、彼の隣にもまた傷だらけになった狐姿のノハが倒れた。

 

「ハルくん!」

 

 北斗が駆け寄り、抱き起こした彼は息をしているのが不思議なくらいだった。

 元々セルケトミスティークとの戦いで満身創痍だった。

 そこからさらにフェンリルミスティークに蹂躙されてしまった。

 呼吸は浅く、失血は多すぎてもう手遅れにしか見えない。

 

「っ……はっ……ほく、と……っ」

 

 だが、彼は生きている。

 体の文様がまたもや輝き、息を吹き返した。

 

「なんなのこれ……?」

 

 先程から文様が輝く度にハルは息を吹き返している。

 北斗の眼鏡でもなんらかのエネルギーは探知しているが詳細が分からない。

 

「生命維持の術……いえ、そこまで行けば呪いでしょうね」

 

 北斗たちの前にフェンリルミスティークは立ち、呆れ気味に言葉を口にする。

 

「原理は知りませんが、その文様が彼を生かしているのでしょう。それだけの負傷を負っても死に損なうとは大したものですよ。そこまでの戦闘続行術はルーン魔術にもありますが、神域に近い極めて行為なもの。魔術師として、純粋に称賛しましょう」

 

 ですが、と彼女は続け、嘲笑う。

 

「そんなものでもこの力の前では無意味です。どれだけ研鑽された魔術も陰陽術も、『神性科装(サイバーマイス)』の前では無意味となる。いえ、本当に大したものを作りましたね、北斗」

 

「っ……私は……私達は、あなた達を馬鹿にするために、『神性科装(サイバーマイス)』やミスティークを作ったんじゃ……!」

 

「理由なんて、どうでもいい」

 

 冷たい声が、北斗の言葉を切り捨てた。

 

「結果が全て、なんて幼子には到底言えませんが、経緯がどうあれあなた達の血は世界を壊し、あなたもまたミスティークなんてものを生み出してしまった。才覚は認めますが、許せるはずもない」

 

 フェンリルミスティークの手がミスティークギアに伸びる。

 

「私の怒りはまだ、刻み足りない」

 

 その言葉に込められた感情は北斗には計り知れなかった。

 二百年という彼女が生きた時間。

 一世紀前に『神性科装(サイバーマイス)』が開発され、半世紀前に世界が滅んだ。

 即ち、彼女の人生の半分、百年分の怒りがある。

 ルーン魔術という技術の蓄積を考えれば二千年近い。

 

「わ、私は……」

 

 それを受け止める力は、七星北斗にはない。

 彼女は動けず、

 

「―――――ヤ、タ!」

 

 ハルは、動いた。

 片手、人差し指と中指だけの行動。

 揃えた二指を僅かに振るだけのそれに、応えたのは、

 

「カァーーーー!」

 

 八咫烏だ。

 空から飛来した八咫烏は、それまでと大きさがまるで違う。

 広げた両翼で五メートル近くあり、風を巻き起こしながらハルと北斗の下へたどり着き、

 

「クゥア――!」

 

 強烈な光が発生した。

 

 

 

 

 

 

「――――ふむ」

 

 フェンリルミスティークは、突然の発光に目を逸らしていた。

 今の彼女でも反射的にそうしてしまうほどの光量だったのだ。

 そして、光が消え、視線を戻せば、

 

「逃げられましたか」

 

 あとに残ったのはハルの血の後だけ。

 

「使役されたとはいえ神話存在。確か……太陽の使者という烏でしたか。そのあたりの権能ですかね」

 

 フェンリルミスティークが腰のミスティークギアを掴み、腰から外す。

 すると鋼の人狼は光りに包まれ、少女の姿へと戻った。

 

「まぁいいでしょう」

 

 そして、少女は頬を釣り上げた。

 

「精々恐怖に震えてもらうとしましょうか」

 

 

 

 

 

 

「――――あぁ」

 

 力なく北斗はラボの椅子に座り込んだ。

 目の前にはラボの中央の机にはハルが寝かされており、彼の周囲には血だらけの包帯やガーゼ、医療機器が散乱していた。

 彼の耳元ではノハが鼻先を優しく擦り付けていた。

 

「一先ず、問題なかろ。術の効果で死なんとはいえ、あれだけ全身裂かれたら縫うた方が治りは早いからの」

 

「そう、よかった……」

 

 八咫烏によって、ロア/フェンリルミスティークから逃亡した後も行き着く暇はなかった。

 ハルをラボに運び込み、すぐにでも治療したかったが、ロアには居場所を知られている。

 移動型の『神性科装(サイバーマイス)』である『座敷房』自体を別の場所に移動させた上で、ノハに結界を張ってもらってロアの魔術の探知を防ぐ必要があった。

 八咫烏が飛んでくれて、ほんの数分で離れた廃墟に『座敷房』の移動と設置も完了した。

 そこから傷だらけのハルを処置。

 セルケトミスティークとフェンリルミスティークに続いてのそれだった。

 全身に重い疲労がある。

 だが、それ以上に、

 

「…………」

 

 自分の生い立ちやしたことがハルとノハに知られた。

 それだけではなく、そのことを罪だとロアは突きつけた。

 疲労よりもその事実が北斗の胸の中に重く痛々しいものを残していた。

 

「北斗」

 

「ぁ……な、なに?」

 

「これから、どうしたものか」

 

 ため息を吐いた小さな狐は疲労感を滲ませながら伏せた。

 

「あの『CSMミスティークギア』とかいうの、ハルの招来体でも敵わんとなると、どうも手がない。例のアレもまだ完成しておらん。結界を貼って隠れて入るが、あの小娘も魔術師としては大したものだったし、そのうち見つかるかもしれん。猫かぶりだけではなく、魔術の腕も良いとは」

 

「…………ノハさん」

 

「なんだ?」

 

「聞かないの?」

 

「聞いてほしかったのなら聞くが」

 

 ノハは苦笑し、

 

「言ったと思うが、お主が抱えているものがあるのには気づいていた。ワシもハルもの。だが、ハルはそれでも良しとしたし、ワシもお主の力を借りている。今更どうこう言わんよ」

 

「私が神那城昴の曾孫で、『ミスティーク』の制作者だとしても?」

 

「曾孫ていまいち反応しづらいのぅ。娘ならともかく。『ミスティーク』に関しては納得の方が強かったしの。だからワシは、ハルも気にしない……というより、それよりも見ているところがあるという話だ」

 

「見ているところって……どこの話?」

 

 何故かノハが目を逸らした。

 

「え、どういう反応?」

 

「ワシの口からは……とても言えぬものでなぁ……」

 

「怖いんだけど!?」

 

 北斗は思わず声を上げてしまったが、

 

「あー……はぁ……」

 

 背を曲げて両手で顔を覆い、何度か深呼吸を繰り返した。

 それから体を起こし、椅子を回す。

 キーボードを片手で操作し、ディスプレイにあるものを表示させた。

 

「私が、十歳の頃に『ミスティーク』を開発したのはさ」

 

 世界地図だ。

 映されたそれは大陸の八割が赤く染まっている。

 各大陸、あちこちに点々と青いものがあり、日本ならば本州に五つ、北海道と沖縄に一つづつだけ。

 

「この赤い部分――――人類が生きることのできなくなった汚染領域で活動するためだったんだ」

 

 

 

 

 

 

 北斗は語る。

 神那城と名乗り、『アシハラ』で生きていた頃の話を。

 

「まぁ、私は『神性科装(サイバーマイス)』の開発者である神那城昴の曾孫で、『アシハラ』の家はまんま研究所って感じだった。物心付いた頃から回りにはずっと機材に囲まれてたりね。ほとんどずっとその研究所で生活してたんだ」

 

「学校とか行っておらんかったのか? 『アシハラ』にも……『アシハラ』にこそあるであろう?」

 

「そりゃちゃんと大学まであるけど――――八歳の時に卒業しちゃった」

 

「………………」

 

 神話存在の推定千歳以上の狐に、変なものを見るような目で見られた。

 

「特撮オタクの小娘という話ではなかったのかのぅ」

 

「いや、それは本当。めっちゃ見てたよ。それに、飛び級くらいうちじゃ当たり前って感じだったし」

 

 褒められこそすれ、あまり驚かれた記憶はない。

 流石は神那城の子、と良く言われた。

 曽祖父、祖父、父と男系だったが自分の性別が女であることも褒められたりやっかみがあったりもしたが、気にしたことはなかった。

 

「研究所じゃ、『神性科装(サイバーマイス)』に関する様々な研究がされてた。生活水準の向上だったり、武器兵器だったり。でも、一番力を入れていたのが、人類生存領域の拡大に関する研究」

 

 北斗は世界地図に目を向けた。

 地図上の八割を占める赤い大地。

 

「半世紀前の大戦で人類と神話存在が戦争して、人類は勝った……けど、世界は滅んだ」

 

 ロアやハルと出会う前、協がそんな授業をしていた。

 この話は、その続きだ。

 

「世界の滅び、具体的に言えば、総人口はかつての二割程度にまで下がった。神々の権能や兵器級の『神性科装(サイバーマイス)』のせいで大地は汚染されて、人間には生きることができない土地になった。わずかに残った土地で生きるために作られたのが『アシハラ』でその周囲に出来上がったのが『ネノクニ』」

 

 北斗はキーボードを鳴らすと、いくつかの画像が表示された。

 ひび割れた大地や蛍光色に染まった湖、さらには異様の巨大だったり、角や翼が生えた動物たちが群れを為していたり、大量の雷が落ちていたり、燃えている森だったり。

 

「その土地で散った神様の権能とかに左右されるから環境は様々だけど、とにかく人間の生存はほぼ不可能。五十年経っても汚染が軽減される様子もない」

 

「神なんぞ、元々数千、数万年を生きるものたちであるからの。そりゃ数十年じゃどうにもならん」

 

「そのどうにもならないものをどうにかするために、『アシハラ』じゃ研究を進めていた」

 

 当時の北斗もそうだ。

 大学を卒業し、子供ながらその研究をするようになった。

 人類の復興という大いなる使命。

 当時の北斗は真剣だった。

 研究所の人たちも、子供であるゆえの気遣いはあったが、その真剣さを蔑ろにすることはなかった。

 

「それで……私が考えたのが『ミスティーク』」

 

 人と神隷の融合。

 防護服の『神性科装(サイバーマイス)』は短時間は滞在できても、限界があった。

 だから、

 

「つまりは、生理的に汚染領域に適応すればいいと思ったんだ。肉体そのものを神話存在に近くすれば強靭になるし、できることが多くなる。存在としてより神に近づけば、神の権能の中でも生きていけるって。基礎理論を構築して……パパに見せた」

 

 そのことを、北斗は良く覚えている。

 

「すっごく喜んでくれたよ。あんなに驚いて喜んだパパを見たのは初めてだった。他の研究者も似たような反応で……嬉しかったなぁ」

 

 思わず頬が緩んだ。

 父は変わった人だったと思う。

 研究第一で、北斗との関係は父と娘というよりも同僚に近いものだった。

 だからこそ、純粋に褒められるのは嬉しかった。

 だけど、

 

「研究は、上手く行かなかった」

 

「解除不可能という話か」

 

「そう。理論上、神隷と人間を融合させることは難しくなかった。でも、その融合を解除することと精神的な影響を除去することがどうしてもできなかったんだ。マウスによる実験の時点で、その問題がどうしても解決できなかった。殺処分するしかなくて、そうなると当然、人間に試せるわけもない」

 

 当時、十歳だった北斗は寝る間も惜しんでその改善をしようとした。

 だが、できなかった。

 それが結果だ。

 

「結局……進展がなくて計画は凍結した」

 

 それから、四年間。

 北斗は生活水準の向上を主な目的とした研究をしていた。

 バギーや『座敷房』のようなものだ。

 

「だが、それで終わりではなかったのであろ?」

 

 ノハの問いに、北斗は頷いた。

 

「流石、察しがいいね」

 

「でなければ、お主が『アシハラ』を飛び出したことがようわからんからの」

 

「その通りだね」

 

 そう、きっかけがあった。

『アシハラ』ではいい生活をしていた。

『ネノクニ』では比べ物にならない『アシハラ』の中でも最高水準に近かっただろう。

 将来も約束されていた。

 だけど、その全てを北斗は捨てたのだ。

 

「四年前、私、知っちゃったんだよね」

 

 それは、

 

「パパは、凍結されたはずのミスティークの計画を密かに再始動していた。実際に人体実験をして……何人もの人を犠牲にした。それが許せなかったから、私は『アシハラ』を出たんだ」

 

 体に力が入り、拳をきつく握ってしまう。

 父の裏切り。

 人のための技術を作るために、人を犠牲にしてしまうという矛盾。

 科学にはそういう側面はあることは否定できない。

 犠牲から生まれた発見がある。

 だが、失敗がわかりきった実験なんて北斗は認められなかった。

 

「色々あったけど……パパのやったことは『アシハラ』でも違法だったから、警察に通報したり、『ミスティーク』関連のデータをハッキングして消したり、秘密の研究施設を爆破させたり……まぁ、うん。色々あってね?」

 

「アグレッシブだのー」

 

「それくらいしないとって思った。それで……それから」

 

 父が逮捕されたことは知っている。

 研究施設の爆破とバックアップを含めたデータも消し去った。

 それから。

 

「……私は、逃げたんだ」

 

 力のない言葉が漏れる。

 

「パパが勝手にやったことだったけど、『ミスティーク』を作ったのは私だった。私のせいでたくさんの人が死んだ。そのことに耐えられなくて、怖くて……『アシハラ』を飛び出して、名前を変えて『ネノクニ』に来た」

 

 そこからは逃亡生活だ。

 基本的に『アシハラ』は『ネノクニ』に逃げた人間を探そうとはしない。

 あの場所からすれば『ネノクニ』は未開の地に等しく、重罪でもなければ追放されない。

 多くのものを壊して。

 北斗は逃げた。

 

「どう償っていいのかわからなかった。被害者の家族に顔向けできなかった。信じていたパパが私を裏切るなんて思ってもなかった。どうしていいかわからなくて、私は向き合わずに逃げて、全部忘れることを選んだ。……だけど」

 

「ミスティークが現れた、ということか」

 

 北斗は頷く。

 

「私のせいなんだよ」

 

 ミスティークという存在が生まれたのも。

 ミスティークの実験によって殺された人たちも。

 ミスティークによって直接殺された人たちも。

 その何もかも。

 

「私が背負わなきゃいけない十字架だったんだ」

 




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