終末世界の陰陽師/スターゲイザー 〜時代遅れの特撮オタク、ニチアサを新世界に招来す〜 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
絵葉ハルが生まれたのは人間のいない里だった。
両親の記憶はほとんどない。
物心付く前に父は失踪し、母は死んでしまっていたらしく記憶はなかった。
だから、ノハが母親代わりだったし、多くの神々が親代わりになってくれた。
外の世界のことは、あまり知らされなかった。
ハルが生まれる前に、大きな戦争があり、多くの神々が人間に殺され、捕らえられ、残った神々が世界中から逃げ込んできたという。
里では人の姿もいれば、体の一部が動物であったり、そもそも人の形をしていない様々な神がいた。
ただ一人の人間であったハルはそんな彼らに囲まれていた育ってきたのだ。
幸せだったと、ハルは思う。
様々な神話、様々な権能、様々な価値観。
母親であるノハは日本の神話存在であり、陰陽術を学んでいたが、多くのものに触れることができ、寂しいとは思わなかった。
親も友達もいた。
定期的に神々でハルの恋人なり、嫁をどうするか問題で権能を用いた神々バトルが始まっていたのは困ったけれど。
野菜や果物を育て、狩りをし、術を学び、変わり映えのしないけれど満たされた日々だったのだ。
その日々は、一瞬で奪われた。
何があったのか、ハルは良く分かっていない。
ある夜、眠っていたらノハに叩き起こされて、家の地下に押し込まれた。
何が起きたのか分からないまま、困惑して一晩経てば、
『――――すまん、ハル』
燃えた建物とノハだけが残った里だった。
何もかも、無くなっていた。
平坦なれど穏やかな人生は、そんな風に何もわからないままに奪われてしまったのだ。
泣いたし、怒ったし、叫んだ。
外の人間に襲撃され、神々が捕縛され、連れ去られたという。
だったら、ハルの選択肢は一つしかなかった。
絵葉ハルという少年にとって、世界とは、人生とは、家族だけだったのだから。
『それは……無理だ。お主でも、外に出たからとて、ワシの助けがあっても取り戻すことはできん』
関係ない。
知らない。
そうせずにはいられない。
ハルを構成する世界のほとんどが無くなってしまったのだ。
取り戻さなければ。
『……………………わかった。だが、やはりそのままで外には出させられん。二つ、お主に術を施す。命の危険はあるが、それでもよいか?』
答えは、決まっていた。
●
「っ……ぁ……」
全身の痛みと共にハルの意識は覚醒した。
視界に移るのは北斗のラボ、その天井。
体を起き上がろうとし、
「ハルくん!? もう目覚めて……起きちゃダメだよ!」
「ほく、と……」
慌てた北斗に制され、再び横になる。
ハルはラボにある長机で寝かされているらしい。
「俺は……ロアから逃げて……それで……」
「北斗に助けられたぞ、ハル。ズタズタだった全身の傷も縫うてくれた」
「おぉ……流石だな北斗……」
「いや、なんで普通に起きて喋ってるの……? まだ麻酔効いてるから起きてられないはずなんだけど……?」
「あ、話しておらんなんだな。ハルの体に刻まれた術式は、憑依変身ともう一つ、生命力の活性化がある。ほれ、ずっと光っておった文様があったであろ?」
「光りすぎて怖かったやつ?」
「そうだ。ハルの精神力が耐えぬ限り、体を死なせず、再生させ、動かし続けるという禁術だの。光ってたのが発動していた証だ。そもそも憑依自体が体への負担が大きいからの」
「………………ハルくん? どんだけ禁術使ってるの?」
「その二つだけだよ」
里を出る前、ノハから刻まれた術。
ロアが使っているという意識の転写のように、肉体そのものに術式を書き込むことで常時発動している。
効果が発動し、浮かび上がった文様が光ると、文字通り死ぬほど体が痛いのだが仕方がない。
「ふぅー」
ハルは深く息を吸った。
体の調子を改めて確かめ、四肢の先がどれだけ動くのかを確認する。
脱力感が強いのは失血が酷かったせいだろうが、実際に動く時は文様が補強してくれる。
深呼吸を繰り返し、
「…………よし」
今度こそ、ハルは起き上がった。
ふらつきはあるが、歩けないこともない。
全身あちこち丁寧に包帯が巻かれているのは北斗の治療によるものだろう。
「っていや動いちゃダメだって!」
「そうも言ってる場合じゃないだろ?」
ハルの苦笑気味の言葉に、北斗は息をつまらせた。
「ノハさん、どうなってる?」
「良くないの。一先ず身は隠して時間は稼いだ」
「悪くないじゃん。あのフェンリルの力、俺でどうにかできそうか?」
「難しいの。ワシが憑依したお主より圧倒的なパワーだ。まともに戦っても勝てる見込みはないし、今のお主の体調も問題じゃ。術でほぼ不死身といえども、あれだけ神話存在の力を使ったミスティーク相手だと限界が来るかもしれん」
「良くないな」
深々とハルはため息を吐き、
「まー、しゃーない。どうにかするか。四聖の力振り絞ったらいけないか?」
「わしが
「ノハさんが刻んでくれた文様を信じるか」
可能性が零じゃないのなら、やる価値がないこともないだろう。
思い、脇に置かれていた上着を羽織る。
赤いマフラーを手に取って、
「ま、待ってよ!」
北斗が声を上げた。
「そんな体じゃ無理だよ! それ以上に、命を削るなんてことしたら本当に死んじゃうじゃん!」
「そうでなくても、北斗は命を狙われているだろ。何もしないわけにはいかない。君を守るのが契約だ」
「だからって、ハルくんに死んで欲しいわけじゃない! そんな、変身もできない状態で戦ったら……!」
「変身できないことも、死にかけていることも、戦わない理由にはならないんだよ、北斗」
「―――」
「俺はね、北斗」
ハルは何故か顔を青くした彼女へと微笑み掛ける。
「禁術を覚えたから、ノハさんに憑依してもらえるから、里を出て、家族を取り戻そうとしたわけじゃないんだ」
●
「禁呪で戦えるようになったのは後付だ。元々、それがなくったて俺は家族を追いかけるつもりだったよ」
神話存在に囲まれ、育てられた少年の言葉は優しかった。
「ミスティークのことは知らなかったけど、うちの家族捕まえられるんだからすげぇ戦力を持っているわけで……今思うと、いや、今でも無謀だけどな。俺は、それでも選択を変えないと思う」
だって、
「俺の世界は、俺の家族は彼らしかいなかったからな。俺を形作っていたものが根こそぎ奪われたんだから、できるできないじゃないんだ、そうせずにはいられないってだけだよ。もちろん、別に死にたいわけじゃないけどな」
それに、と彼は笑みを濃くした。
「こっちに来て、北斗とも出会えたんだ。悪くない、むしろ最高だろ? だから、変身できなくたって俺は戦うし、君を守るよ」
「なん、で」
北斗は今にも泣きそうだった。
ハルは死にそうなのに。
傷だらけの体で、それでも北斗に微笑みかけ、優しい言葉を掛けてくれる。
涙が出るほど彼の優しさが身にしみて、
「なんで、そんなに、私のことを?」
それ以上に、申し訳なかった。
「私に、そんな価値はないよ。私の家族のせいでこの世界は壊れちゃった。私のせいでミスティークが生まれた。ミスティークのせいで、ハルくんの家族は奪われた。全部、私のせいなんだよ? なのに、なんで……!」
「変なことを言うな、北斗。君のせいじゃないだろ」
「……!」
「君がミスティークを作った、それはいい。でも、別に悪用したわけじゃないだろ。ていうか、なんでミスティークを作ったんだ?」
「それは……人が、生きることができる場所を広げたくて……」
「素敵だ。家族が壊した世界を治そうとしてくれたんだな。だったら、誰かは知らないけど、北斗の発明を悪用したやつがいる。ロアも、この世界の被害者かもしれないけど、彼女はちょっとやりすぎって感じだな。どっちにしても北斗が悪くない」
「違う……違うんだよ……」
駄々をこねるみたいに北斗は首を振った。
彼の言う通り、誰かを傷つける武器があった時、悪いのは制作者ではなく、使用者だろう。
だけど、そうではない。
七星北斗の罪。
それは、確かに存在している。
「私は、逃げたんだ!」
父から、ミスティークから、『アシハラ』から。
全部逃げて『ネノクニ』に来て。
ハルと出会った。
「自分の責任と向き合ってこなかった! 今だって、ハルくんと逃げれば良いって思っちゃう! 私は、ハルくんみたいに思えないっ。立ち向かえないよ、自分の罪に押しつぶされそうで、怖くて……っ。私が何もしなかったから、たくさんの人が死んじゃったんだ……!」
父の実験体にされた人たち。
ミスティークによって殺された人たち。
彼らの死に様が、目に焼き付いている。
「私は、ハルくんに守ってもらえる価値なんてないし……私は……」
七星北斗はヒーローに憧れていたけれど。
「私は、ヒーローになれない。むしろ、倒されなきゃいけない悪役で……だから、私は……私だけでも……ロアちゃんのとこに……」
ロアの前に首を差し出すべきだ。
ハルと逃げることと同じくらいそう思っている。
逃げ続けてきたけれど、こうなってしまったのならもう限界だ。
ハルと逃げたって、何の解決にもならない。
彼は家族を取り戻せないし、北斗は同じことの繰り返しなのだから。
「私にできることなんて、それくらいしか……!」
涙は目尻から溢れ、頬を伝う。
無力感と罪悪感の落涙は止まらず、
「北斗」
彼の言葉は、変わらず優しかった。
「そんなことを言うな」
ハルは北斗の頬に手を添え、涙をそっと拭う。
「君が、そんなことを言わないでくれ。……俺はさ、北斗。あー、実は隠していたことがあるんだけど」
「な、なに……?」
「うん。まー、なんだ。今更って感じだけどさ――――一番最初に、ジョロウグモさんのミスティークに襲われてた時、俺、北斗のこと見てたんだよね。見てて、放置してた」
「えっ?」
●
「おい、こらハル。今言うこと……かもしれんが、言い方があるであろ。空気を読め。今いい感じだぞ」
「何が? いやまぁ、ほら。俺、自分以外の人間知らずに育ったわけだろ? それでいきなり里を襲われたんだぜ? ちょいと人間不信というか全員敵って思っても仕方無くない?」
「それは……そうかも……だけど……え? 私がロアちゃんに騙されてたとこを見てたってわけ?」
「正確に言えばそのちょっと前、バギーで走ってるあたりだな。見てたらなんか怪人出てきて、跳ね飛ばしたからびっくりしたよ」
「ごめん、ちょっとどういうこと?」
急に涙が引っ込んだ。
「ミスティークつーか、フェンリルの気配はわかんなかったけど、俺ってざっくり神話存在の気配辿れるって話しただろ?_ それでこの街に来て、とりあえず一番強く感じるところに来たら、北斗がバギー乗ってたわけ」
「…………あー、スレプニルか。あれ、オリジナルってわけじゃないけど、わりとそれに近いから……あのレベルの『
「まぁ、それで変な怪人に襲われてたけど、様子見してたんだよ。ミスティークは俺の招来体と良く似てるからな」
「………………なる、ほど」
あの逃走劇を見ていたというのは、むしろ納得だった。
ハルが登場したタイミングは今思えば完璧だったし。
確かにタイミングを見計らっていなければこれないだろう。
「でも……じゃあ、なんで私を助けてくれたの?」
彼に、そんな理由はなかっただろう。
だが、彼は北斗とロアを助けてくれた。
あの襲撃自体がロアの策略だったとしても。
彼がいなかったら、あの時ジョロウグモミスティークに殺されて終わりだった。
「北斗は、あの時ロアとは初対面だっただろ? 見ていて面識なさそうなのは俺も思った。命の危機で、怪人に襲われて、戦う術はなくて――――それでも、君はロアを守ろうとしていたんだ」
彼は眩しいものを見るかのように目を細める。
「わかるか、北斗。俺は人間を信用してこなかった。俺の大切なものを奪う敵だと思っていた。だけど、君は、自分の身を挺して誰かを守ろうとしてくれたんだ。それが、俺にとってどれだけ眩しかったかわかるか?」
「そん、なの……違う、違うよ!」
彼の言葉は嬉しかった。
だけど、受け入れることはできない。
だって、
「私じゃなくったって、そうする人はいるんだから! 私が特別なんかじゃない!」
襲われている子供を助けるということを、迷いなくできる人はいる。
こんな世界だ。
そうすることができない人もいるだろう。
けれど、こんな世界だからこそ助け合おうとする人もいるのだ。
「確かにな」
北斗の反論に、ハルは頷いた。
「協先生だっけ? あぁいう人もいるし、さっきセルケトミスティークに襲われながらも助け合う人はいた。人間ってのは案外捨てたもんじゃないって思ったよ。でもな? それでも―――俺が、初めてあったのは北斗だったんだ。誰でも良かったかもしれない。でも、その誰かっていうのは北斗、君なんだ。俺は、そのことの意味があると思う」
「――――」
「そして、俺は君と接して、その誰かが君であってよかったと思うよ」
「ハル、くん」
「ヒーローどうこうってのは俺は詳しくないんだけどさ。それでも、先の見えない暗闇を歩こうとしていた俺にとって、道標になってくれた光りだった。ほら、スターゲイザー、なんだろう、俺は」
星を見るもの。
陰陽師とは星を読む人のこと。
それが絵葉ハル。
「だったら、七星北斗。君は俺の導きの星だ――――だから、俺は家族を取り戻すことも、俺は君を守ることも諦めないよ」
●
「と、いうわけで、ロアをどうにかしないとな」
そのどうするか、というのが問題だったが、どうにかしないといけない。
気合をいれようと思い、
「待って」
北斗に肩を掴まれた。
傷を塞いでもらったとは言え、セルケトミスティークに切断されかけた右肩を。
「ぁ――――っ」
「おぉ、やるの」
「うわあああああ! ご、ごめんごめん!」
激痛で卒倒しかけた。
処置は完璧だったおかげで、文様は光らなかったのが幸いだ。
「ふっ……流石だ北斗……」
「いや、そこで肯定されても困るんだけど……?」
冷や汗をかきながら褒めたら半目を向けられた。
なんとか息を整え、ハルは彼女と向き合う。
北斗の目元には涙の跡があった。
だが、もう泣いていなかった。
「…………ハルくん」
「あぁ」
「私は……ハルくんにそんなこと言ってもらえるような人間じゃないよ」
「俺にとってはそうなんだよ」
「……もう。あー、それでも守ってくれるし、ロアちゃんと戦うんだよね?」
「そうだ」
ハルの即答に、北斗はあー、とかうー、とかもーとか唸り始める。
「ノハさん、北斗が壊れちゃった」
助けを求めたが育ての親は何故か満足げな笑みで、器用に右前足の親指を立てていた。
「………………わかったよ、ハルくん」
「お? おぉ、よかった」
「でも、今のままじゃロアちゃんには勝てない」
「それは……まぁそうなんだが」
「だからね」
北斗は真っ直ぐにハルを見つめていた。
その瞳に、ハルは息を呑む。
確かに、強い意志が込められていたから。
「―――――私が、ハルくんを勝たせてみせる」