終末世界の陰陽師/スターゲイザー 〜時代遅れの特撮オタク、ニチアサを新世界に招来す〜 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
ロア・ルーンファミリアは、二百年という時間を家族のために捧げてきた。
十九世紀半ば、北欧の片田舎で生まれたロアは、物心ついた頃から親を知らなかった。
産業革命によって世界が大きく変わっていく中、しかし僻地ゆえに変革の波から取り残されていた。
街の路地で残飯をあさり、凍え死ぬことをどうにか回避するのに必死だった。
そんな自分を拾ってくれたのが、田舎へ越してきた後の両親だった。
二人はルーンの魔術師であり、世の喧騒から離れて魔術を研究するために都会を離れてきたという。
そんな折にロアは彼らに引き取られた。
魔術の才の片鱗を感じたから、と父も母も言っていた。
子供がいない夫婦だったため、後継者が必要だったから丁度いい、と。
だが、それはただの建前だということをロアは知っている。
弟子としてではなく、娘として、ありったけの愛情を込めて育てられた。
ロア以外の孤児も、家族として引き取っていた。
その孤児の中では魔術の才能がまったくない子もいたが、同じように彼らは愛していた。
いつの間にか、魔術を研究する夫婦は魔術が使える子供もいる孤児院のようになっていた。
それが『ルーンファミリア』の始まり。
『まったく、魔術の研究が全く進まなくて困る』
父はそんなことを言いながら、赤子のおしめを変えていた。
『本来の予定の半分も進んでないんですからね。効率を上げることを考えないといけません』
母そんなことを言いながら、子供たちの着る服を選んでいた。
善良な人たちだったのだ。
拾ってくれたこと、愛してくれたことへの感謝を、ロアは永遠に忘れないだろう。
『恩返しをしよう』
ずっと、思っていた。
孤児だった自分を家族として受け入れてくれた両親のように、自分もまた行き場所のない子供を助けられるようになろうと。
同時に、自分と出会ってしまったせいでろくに進まなくなってしまった魔術の研究を進めていこうと。
それを使命として生きてきた。
やがて、時は流れ、両親は死に、多くの子供たちを育てたロアにも終わりの時は来た。
来た、はずだった。
その選択が正しかったのかは、今でも分からない。
近代化していく世界に置いていかれないように必死だった孤児院としての『ルーンファミリア』は、魔術組織としての運用が難しくなってきた。
かつての自分のような魔術師の才能を持つ子供がいないため、魔術の研究がほとんど停止してしまっていたのだ。
『このままでは―――終わってしまう』
ロアのせいで停滞してしまった魔術の探究は、ロアの死によって根絶されようとしていた。
父と母の大事な目的だったのに。
『―――本当に、良いのだろうか』
魔術師としてロアは天才だったからこそ、『ルーンファミリア』は魔術組織として成り立っていた。
だったら。
また、自分がいれば良いと、そう思った。
魔術によって延命する者は決して珍しくない。
老いたロアが思うのは、その選択を両親がどう思うのかということ。
だが、彼らはもういない。
選択は、ロアがするしかなかった。
そして。
『良いも悪いも、あってたまるか』
失わせたくなかった。
父と母の研鑽を途絶えさせたくなかった。
何よりも、両親への恩返しを形として為したかった。
それはロアのエゴにすぎないとしても。
ロア・ルーンファミリアは、そのために生きていたのだから。
彼女に、選択肢はなかったのだ。
『必ず、父さんと母さんに恩返しをしましょう。一度の人生などでは足りないくらいなんですから』
そうして、衰弱した赤子の肉体を使って生まれ変わり、魔術の天才として二度目の生を受けた。
才能を発揮し、『ルーンファミリア』を再興させた。
魔導をより高みへ、より深みへ。
そのために、数十年後、もう一度生まれ変わって。
『――――なんですか、これは』
神那城が、ロアの全てを否定した。
●
「北斗って、好きな食べ物あるのか? 何でも美味しそうに食べてくれるけどよ」
「え、うーん……なんだろ? ……あー、いや、えっと……」
「おっ、なんだ?」
「その……笑わない?」
「もちろん。好きなものを笑うなんてありえないだろう?」
「おぉう、ハルくんならそう言うよね……まー、その、ちょっと恥ずかしいんだけどね? お子様ランチ」
「お子様ランチ……?」
「……そのパターンがあったかぁ。なんというか……オムライスとハンバーグとエビフライとコロッケ?_お店とかによってバリエーション色々あるだろうけど、私の家……というか、研究所の食堂はそんな感じだったかな」
「どこがお子様なんだ……? めちゃくちゃ重いものしかないと思うんだが……?」
「……言われてみればそうなんだけど。子供が好きそうなものを、ミニサイズで少しづつお子様向けに作ったプレート? って感じだよ」
「はぁ。都会は不思議なものがあるな。食材バランスが心配になるがサラダでもつけるとしよう。これが終わったら、作ってみるか」
「いいの? 結構面倒じゃない?」
「確かに手順は多いが、北斗が喜んでくれるならいいよ」
「おぉう……ほんとにハルくんはさぁ……
「?」
「そういうことを素面で言うの勘弁してほしいんだけど……ノハさん? 笑顔で親指? 立てないで? 狐の姿でやられると違和感凄いんだけど」
「おかまいなくおかまいなく」
「相変わらずですねぇ、あなたたちは」
ため息交じりにロアが足を踏み入れたのは見覚えがある場所だった。
神那城北斗と肩にノハを乗せた絵葉ハルの背後にあるは建物の燃え跡だ。
神社だ。
数日前、三人が初めて一同に介した場所。
「ハルさん。あなたのその言動、うちの子だったら二時間説教ものです」
「はて……何か変なことを言っただろうか……? 北斗が喜んでくれるなら嬉しいという当たり前の話なんだが……」
「そういうところだからね、ハルくん」
心底不思議そうなハルと片手で顔を覆う北斗に、ロアは苦笑し、
「存外、平気そうですね。色々予想外でした」
素直に、思ったことを口にする。
二人とも、一見して無事というわけではない。
ハルは赤いマフラーや学ランから覗く首元や手には包帯が巻かれているし、北斗にしても怪我はないし、眼鏡で隠れているが良く見れば目元に隈がある。
昨日、ハルに対しては肉体的に、北斗に対しては精神的なダメージを与えたつもりだったが、
「こうして二人揃って待ち構えられるとは。どちらか、と思っていましたよ。相変わらず現実はうまくいかないですね」
「ちなみに、アンタの思う一番都合がよかったのは?」
「ハルさんが北斗さんを見捨てて、北斗さんが首を差し出しに来る、でしょうか」
「はっ、有り得ないな」
軽快に笑い飛ばすハルには、正直好感が持てる。
天然で世間知らずではあるが長所であると思うのは、多くの子供を見てきただろうか。
「でしょうね。だからこそ、驚いています。神奈城北斗」
視線は北斗へ。
ある意味において、ロアにとってハルは部外者だ。
元々の計画を狂わした障害ではあるが大したものではない。
重要なのは、彼女だけ。
「顔色は悪いですが、顔つきは悪くない。開き直ったんですか?」
●
「そう、だね」
ロアの問いに対して、ゆっくりと北斗は頷いた。
「開き直り、間違っていないかもしれない。私の家族が、世界を滅ぼした。私が、ミスティークを作った。沢山の人が、神奈城を発端として死んでしまった。それは、否定できない」
「罪を受け入れるのなら、私に殺されてくれますか?」
「それは、できないよ」
外見だけは小柄だが、二百年の時を生きる少女に対し、北斗は強い意思を込めて答えた。
「罪はある。罰は受けるべきだと思う。だけど、だからこそただで殺されるわけにはいかない」
「だったら、あなたに何ができると?」
「私が消したはずのミスティークのデータをサルベージして再利用した奴がいる」
ロアの目が細められた。
だが、それは当然のことなのだ。
自責の念によって潰されそうになる前に、そのことに注意を向けるべきだった。
確かにミスティークは北斗が作った。
だが、それを利用している者がいる。
「『DX』だか『CSM』だか知らないけど、ミスティークギアをまた作って、この街にばらまいた人がいる。私のことをあなたに教えた人物がいる、そうでしょ?」
その相手が誰なのか、北斗にはわからない。
まず思いついたのは父だが、確証はない。
「その上、そいつはハルくんから家族も奪った。フェンリルさんのマイスカードを持ってるのがその証拠―――そうでしょう?」
「…………」
北斗の指摘に、ロアは目を伏せ、
「―――――はぁ。そんなこと、ちょっと考えればわかるでしょう。今更思い当たっているあたり、天才少女というのはただの噂だったんでしょうか」
「ぐぬぅ」
かなりガチ目の呆れ声が、北斗に突き刺さった。
言われてみればその通りで、色々襲いかかってきたせいで思考が追いついてこなかったのだ。
「北斗、頑張れ!」
「ありがとう、ありがとう……よしっ! つまり、そういうことだよロアちゃん!」
「はぁ。どういうことですか?」
「その下手人を突き止めて、ハルくんの家族を取り戻して、ミスティークの悪用を今度こそ止める。私は、自分を責めるよりも、まずはそのことをやらないといけないってわけ!」
「なるほど。まぁ、ギリギリ落第点ですね」
「及第点じゃないのそこは!」
「えぇ。大事なことが抜けています」
それは、
「そんなことをする前に、私に殺されるということです」
ロアが懐から取り出したのは『CSMミスティークギア』だ。
北斗が作ったものの上位互換。
招来体のハルでさえ、手も足も出ない相手にして、ハルの家族を使った力。
「罪人が傲慢でしょう。あなた個人に対しては好感を持てますが、科学者というのはこれだから気に食わない。罪を糧に前に進もうとして、その足で踏みつけているもののことも気に止めない」
「だとしても」
彼女の言うことは間違っていない。
ロア・ルーンファミリアの復讐は正当だ
それでも、
「――――私を、星って言ってくれる人がいた」
隣に立つ少年を思う。
自分なんかを道標だと言ってくれた。
どうかしていると思う。
神奈城北斗にも七星北斗にもそんな価値はない。
だけど、彼はそう信じ、自分に命を託してくれた。
「ずっと、逃げてきた」
正直、これから先、ロアに語ったことができる自信はない。
自分には、力がないから。
ものを作ることはできるけれど、戦う力はない。
だが、彼が教えてくれたのだ。
力があるから、何かを成し遂げようとするわけじゃない。
成し遂げようとする意思に、力がついてくるのだと。
「だから、もう逃げない。罪と向き合って、償う。少しでも、世界をより良くする―――それが神奈城の子として生まれた私の責任だ! 科学者として、やると決めたんだ!」
だって、
「科学は! よりよい明日を願った人々の足跡だ! 私達は、多くの人の願いに背中を押されて、進んできたんだ! 罪を犯すこともある、何かを傷つけることもある! でも、だとしても! 未来を信じなきゃいけないんだ!」
曽祖父も、祖父も、父も科学者だった。
彼らがどんな思いだったのかはわからない。
それでも七星北斗は、そうであると信じたい。
「だから、お願い。私のスターゲイザー」
「任せろ。俺のポールスター」
●
一歩、前に出ながら口にした言葉にハルは笑みを浮かべた。
ポールスター。
北斗七星。
北斗という名前の由来であり、そのままそこから苗字を取ったらしい。
安直だが、ぴったりだと思う。
「北斗さんの綺麗事を鵜呑みにするということですか」
「あぁ、もちろん。眩しいだろ?」
理想なのだろう。
綺麗事なのだろう。
だが北斗にとってはそれでいいのだ。
一度、人間というものを敵だと思っていたからこそ。
「追い求める価値がある。ただでさえ、神様が奴隷として使われて世界が滅んでんだ。それくらいが、きっと丁度いいさ」
「ですか。……あなたなら、私の気持ちが分かってくれるのかと思ったんですけどね」
魔術師と陰陽師。
共に、科学に存在価値を奪われた旧世界の残滓。
家族を奪われ、残され、抗おうとしている者。
そういう意味では、ハルとロアは同じだ。
「わからなくもないよ。でも、俺は北斗に出会った。その輝きに焦がれた。あんたと俺の違いはそういうことだろ」
「ですか。えぇ、確かに。光るものがあるとは認めましょう。ですが、私の体に、魂に刻まれた怒りには及ばない」
『フェンリル! サイバーライズ!』
ロアは『CSMミスティークギア』にフェンリルの『マイスカード』を装填し、
「―――神征」
少女の体は、鉄の人狼へと変身する。
一度は、ハルを圧倒した相手。
文字通り、手も足もなく敗北した。
それでもハルの口元には笑みが浮かんでいた。
そして、彼は懐からあるものを取り出した。
これまでならば符を使っていた。
だが、今は違う。
「! それは―――」
フェンリルミスティークもまたそれに気付き、声を上げる。
ハルが手にしているもの。
「いいだろ? 『アーミラリギア』ってんだ』
長方形のデバイス。
『CSMミスティークギア』とも似ているが、『アーミラリギア』の方がより分厚い。
薄い長方形が二段重ねとなっている。
一段目の左右にはカードを差し込むスロットとトリガーが一つづつ、二段目の表面中央には円形のクリアパーツがはめ込まれていた。
「ふぅ――」
ハルは息を吐き、『アーミラリギア』を掲げ、
「やるぜ」
自らの腰へと押し付けた。
自動的にベルトが腰に巻き付けられ、固定。
さらに左手で、懐から符ではなくマイスカードを取り出し、
「―――
ノハではなく、その真名を口にした。
「承知」
肩に乗っていたノハが飛び跳ね、
『我が子、我が血、我が主よ―――』
小さな狐は、ハルの身の丈をも超える巨大な姿となった。
神々しい空気を纏う純白の妖狐。
その尾の数は九。
ハルにとって母であり、姉であり、師である神話存在、その真の姿。
伝説において、
『契約である。世は移ろい、神々は在り方を変えた。なればこそ、我らの契りもまた、新たな形を得よう。我が主よ、何を望むか』
「応えよう、我が母、我が師、我が眷属」
言葉には力が宿る。
故に、ハルはもう何も偽らなかった。
「我が真名、第三十代目――――
背後、北斗が息を呑んだ。
平安時代、実在したとされる史上最高の陰陽師。
十二天将と呼ばれる式神を従えた傑物。
ハルにとっては二十九代前の先祖。
『―――聞き届けた。願わくば、良き星見を』
葛の葉の姿が消え、光りとなる。
そしてそれは、ハルの右手に集い、マイスカードとなった。
ハルは葛の葉のカードを、『アーミラリギア』の右スロットへ装填。
『葛の葉!』
そして、もう一枚を、左側のスロットへ装填し、
「――――」
世界が切り替わった。
●
いつの間にか、ハルはどこか、夜の草原に立っていた。
見覚えのない場所だ。
明かりはないが、しかしハルの正面に誰かいるのが分かった。
ローブ姿の老人だ。
彼は真っ暗な夜空を見上げていた。
「少年。君は何故、星を見つめる?」
問われ、ハルもまた空を見上げた。
「……暗い夜道には明かりが必要でしょう」
「純粋だな」
「お嫌いですか」
「いいや。悪くない。そうでなければ光点を繋ぎ、像を描くことなどできんよ」
老人はゆっくりと右腕を掲げ、空を指さした。
「私には、四十八の物語が見える。お主はどうだ」
ハルもまた彼の指の先を見た。
空に光はなかった。
だが、目を凝らすと見えるものがあった。
か弱いが、確かに輝く七つ星。
「―――可能性、ですかね」
「ふっ……悪くない。いいや、良いとしよう」
老人が振り返る。
彼は静謐な瞳でハルを見つめ、微笑んだ。
「追いかけるといい、少年――――お主だけの星をな」
そして、世界が再び切り替わる。
●
『――――プトレマイオス!』
『アーミラリギア』からそれは鳴り響く。
世界の星図を形作った偉大なる星見の名前。
それは神話存在ではない。
実在した人の名だ。
それこそが、七星北斗が作り出した『アーミラリギア』。
そしてハルは左手をギアに添え、右手は人差し指と中指の二指を立てて眼前で構え、
「――――招来!」
叫び、両手で『アーミラリギア』のトリガーを引いた。
『サイバーライズ! 葛の葉! ミスティックライズ! プトレマイオス!』
ギアの二段目、円形のクリアパーツの周囲が✕の字に展開。
同時にハルの背後には機械化した科装状態の葛の葉が、正面にはホロスコープを模した方陣が生じ、
『クロスオーバー―――――!』
ハルへと重なっていく。
まず前面の方陣がハルの体を通り、全身を覆う濃紺のアンダースーツを形成。
科装化した葛の葉の全身が分解、スーツの上から白の装甲としてハルの体へと装着される。
足、腰、胸、背、腕、顔。
九つの尾のうち八つは膝、肘、肩、胸、背に突き刺さったのち、装甲を覆う鮮やかな赤のクリアパーツとして形成。
最後の一本は首に巻き付いて、マフラーとなって風に靡いた。
そして、
『スターゲイザー!!』
その名が響き渡り、赤い複眼が輝いた。
それは、葛の葉がハルに憑依した招来体とは違う。
生物的な生々しさは消え去り、狐を模していることは同じでありながら、よりシャープなシルエットを作り出していた。
「なぁ、魔術師」
紡ぐ言葉は、明確に。
彼は空に五指を伸ばし、
「――――星は見えているか?」
人と神を結んだ星見は、変身を完了した。
全てはこの瞬間のために
感想評価よろしくお願いします。