終末世界の陰陽師/スターゲイザー 〜時代遅れの特撮オタク、ニチアサを新世界に招来す〜 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
ロアが目覚めたのはどこかのベッドの上だった。
「っ――――?」
全身の鈍い痛みに思わず声を漏らし、
「おっ、起きたか」
「!」
聞こえた声に、体を跳ね起こす。
そこは広い部屋だった。
カーテンでし切れるようになっている簡素なベッドがいくつか並び、視界の隅にはデスクや薬品棚、応急処置用の道具がある。
ロアの記憶の中で、それを示す言葉は、
「保健室……? っ、く」
「あんま無理すんなよ。結構な怪我だったしな、一応処置はしているけど」
「……あなたは」
ロアのベッドの脇、座っていたのは絵葉ハルだった。
「……私は、どうして」
「あんたが再変身しようとしたら、ギアの暴走に飲み込まれて暴れまくって、俺と北斗で止めた。その後倒れたアンタをここに運んだんだよ。覚えてるか? 商店街であった協先生。あの人んとこだよ」
ロアは孤児の世話をしていたという青年を思い出した。
確か、小学校の先生もしていたという話だし、この場所もまんま保健室だということだろう。
それに、
「暴走……まったく、情けない」
最後の記憶に思わず自嘲する。
感情のままに突き動かされ、それで失敗するなんて。
「……ギアは?」
「当然回収したよ。北斗が色々調べるみたいだ」
「フェンリルは」
「そっちも回収した」
ハルが懐から取り出したマイスカード。
そこには青銀の毛並みを持つ狼が描かれている。
「なるほど。完全敗北、ということですね」
ギアを失ってしまったのなら、同等以上の力を持つハルと戦って敵うはずもない。
「……北斗さんは?」
「それがなぁ。合わせる顔がないってさ」
「はぁ……?」
思わず半目になった。
ハルの方も苦笑しながら肩を竦めている。
「どういうことですか? あの人は。有り得ないレベルのお人好しですか? 合わせる顔がない、のはこちらのセリフなんですが。あれだけ好き勝手やって、好き勝手詰って、それで負けて力を奪われて。殺されてもおかしくないのに」
「それが北斗の良さってわけだ」
ハルのドヤ顔は腹立たしいが、負けている身なので何も言えない。
「本当に、北斗さんは来ないわけですか」
「あぁ。協先生と話してる。ノハさんもそっちについてくれてるよ」
「では――――あなたが私を殺すわけですか?」
ロアは問う。
「私は、まだ私の怒りを失ってはいませんよ」
同時にやったことも理解している。
多くの人が、自分が原因で死んでいる。
力を失ったとはいえ、罪があり、二人にとっては敵だ。
北斗がやらないのなら、彼が始末をつけるというのは自然だろうとロアは思う。
北斗だってそうだが、彼にもその資格がある。
だが、
「だろうな。だけど、殺さない」
ハルの言葉は否定だった。
「何故」
「大前提に、北斗がそう選んだから。北斗の意思を尊重したいのに、勝手に殺したら北斗を否定してるってことだろ。それは嫌だ」
「彼女の傀儡ですか?」
「個人的にも、あんたを殺す気起きないからなぁ」
そう言って、ハルは手にしていたフェンリルのマイスカードに視線を落とした。
「フェンリルが言っていたよ。アンタの怒りには悲嘆と後悔があるって。……それも、まぁわかるからな。大事なものを失った自分に対する無力感と……それに、申し訳なさも」
「………………余計な、ことを」
罪悪感だ。
『
だから『
そして、守りきれなかった両親や家族に対して思うのは、自分の無力から来る申し訳なさ。
「自分で言うのもなんですけど、情けない話ですよ」
ロアは膝を引き寄せ、両腕で抱く。
「大事なものなら、守ればよかった。でも、守れなかったから、怒りをぶつけている。許せぬと吠える相手の力を使って」
「そういう意味でも俺も同じだからなー。人間社会絶対許さねぇって心意気で里を出たわけだし。言っただろ? 俺とアンタの違いは、北斗と出会ったかどうかだって」
だから、と笑う彼の笑みは優しかった。
「それくらいの違いしかないってことは、似てるってことだ。お互い時代遅れの遺物だからな。アンタの気持ちを理解するからこそ、殺す気にはならないよ。別に、アンタのことも嫌いってわけじゃないしな」
「……信用していなかったでしょうに」
「アンタだって北斗のこと嫌いってわけじゃないけど殺そうとしたんだろ?」
指摘に思わずロアは苦笑した。
「ですね。それとこれとは、別の話で……いいでしょう。どっちにしても、負けたのは私なんですから、何も言えません」
怒りは消えずとも。
復讐に終わりはなくても。
これで、一区切りだ。
「墓参りにでも行きたいところですね。……北欧まで帰れないですし」
「『ルーンファミリア』は結局アンタ一人なのか? 孤児とかいないのかよ」
「えぇ。先日、預かっていた最後の子が独り立ちしたので。別の区に養子に入るという話だけして別れました。そうでなければこんなことしませんよ」
「そういうところはちゃんとしてるんだな……」
感心しつつ、彼は立ち上がる。
「じゃあな。ロア、もう会うことがあるのかわからないが、次会った時に敵だったら張り倒すし、そうじゃなかったら仲良くしてくれ。北斗ともな」
「難しいことを言いますね」
ため息を吐いたところで、ロアは彼の言葉の意味を察した。
「あぁ……街を出るんですね」
●
「あ、ハルくん。ロアちゃんはどうだった?」
「問題無さそうだったよ。人生経験はあるし、後は上手いことやると思う」
「そっか」
学校の外でノハを肩に乗せていた北斗はハルと合流する。
ロアとは、何を話していいのかわからなかった。
彼に任せたが、問題ないようで何より。
「協先生も面倒見てくれるみたいだし、安心かな」
「うむ。ロアにしても、北斗以外相手だったら何か問題を起こすこともなかろ」
ノハは北斗の肩から降り、ハルの方へと飛び移る。
自分の肩が寂しくなったと感じつつ、北斗は空を見上げた。
良く晴れた良い天気。
眩しい太陽に思わず目を細める。
そして、
「ね、ハルくん」
「おう」
「私ね――――『アシハラ』に行こうと思う」
言った。
真っ直ぐに、正面から彼を見つめて。
「ロアちゃんにギアを渡した相手がいる。そのギアに、暴走衝動を仕込んだ相手が」
それに関してロアに聞きたかったとも思うが、教えてもくれないだろう。
だが、あの暴走衝動は明確に誰かの意図があった。
何故そんなものを仕込んだのか、想像するのは難しくない。
「多分、実験だったんだ。『ネノクニ』でギアを使わせて、どうなるのか。詳しいことはわかんないけど、それは確かだと思う」
「嫌なやつがいるなぁ」
「ほんとね」
人のものをずいぶん悪用してくれた。
だから、探し出して、止めないといけない。
「それで……さ」
そのために、言わなければいわないことがある。
けれど、言おうとして、言おうと決めていたのに、言葉が詰まった。
いつの間にか拳を強く握りしめている。
息を整えて、
「ハルくんは―――」
「一緒に行くよ」
「うぇ」
変な声が出た。
「当たり前だろ? 今更ここでお別れなんて言われた泣いちゃうぜ」
「でも、ハルくんとノハさんは――」
「家族探しって意味でも、北斗と別の道を行くって選択肢はないだろ。俺の家族を捕まえたやつと『CSMミスティークギア』作ってるやつは同じやつの可能性が高い。フェンリルが実際そうだったし、ロアもそれっぽいこと言ってたしな。そうなると、その某に関しては全く知らないから北斗を頼るしかない」
「おぉう……すっごい論理的……」
「その上で、だ」
彼は破顔した。
「俺は、北斗と一緒にいたいよ」
「―――」
「君は俺の導き星だ。だから、俺は北斗を助けたい。契約の更新はどうだ? 俺は北斗を助ける」
「だから……私はハルくんを助ければいい、みたいな?」
「いいや。君は君らしくあってくれればいい」
「…………それ、契約になってなくない? そういうのってお互いの利益がないとダメなんだよ?」
「だな。だから契約になってるだろ?」
北斗は両手で顔を覆い、しゃがみこんだ。
「あれ、どうした北斗?」
「少し待っておけ、ハル」
「うぅ……」
顔の熱さに耐えるのに北斗は必死だ。
こういうことを当たり前に言ってくるのだから性質が悪い。
神話存在に育てられるとこうなってしまうとは。
ちょっと顔を上げると、
「どやぁ……」
狐がドヤ顔していた。
天丼気味なので腹立たしい。
「……ふぅー……よし……」
息を整え、ついでに前髪もちょっと整えて。
「こほん。……ハルくん? そういうこと、あんま気軽に言っちゃだめだよ」
「あぁ、北斗にしか言わない」
「ぐああ」
「北斗!?」
「わはは!」
のけぞってしゃがみ込んでから息を整えるという工程をもう一度挟んで、
「それじゃあ……」
今度こそ、と北斗は右手を差し出した。
「約束する。私は、ハルくんが信じてくれる私でいるって」
そう言ってから、北斗ははにかんだ。
「だから、私のこれからを見届けてくれるかな」
「もちろん」
ハルもまた微笑み、その手を握り返した。
強く握った手は、自分のものとは違ってゴツゴツしていて、性別の差を感じさせるものだった。
また顔が赤くなりそうなので手を離し、
「そ、それじゃあ行こうか!」
「おう。んじゃ、これで行くか」
『サイバーライズ! 八咫烏! アクティベイト!』
「ワシはカードに戻っておくかの」
ギアを使ってハルがバイクを召喚し、ノハもまたマイスカードへと戻った。
二人ともヘルメットを被り、
「よーし、ちゃんと捕まっといてくれよ」
「う、うん」
スターゲイザーに変身した彼にも同じように背中に捕まっていたが、普通の彼相手だと少し恥ずかしい。
ハルの方は気にした様子もないあたり、男女の機微どうこうの感覚が薄いのだろう。
そう思うと、やっぱり色々勘違いしないようにしなければ。
ハルがエンジンを吹かし、バイクが走り出す。
風の音が耳を打ちつつ、ヘルメットを彼の背中に預けた。
「絶対、ハルくんの家族を助けようね」
「……………………」
「ハルくん?」
返答がなく、聞こえなかったと思ったら、
「いや……北斗も北斗で大概だぞ?」
「うん?」
顔が見えないし、風とエンジン音のせいで細かい声色や彼の表情はわからなかった。
だけど、どうせまたいつもみたいに笑っているのだろう。
「なんでもなーい!」
「うわっ」
バイクが加速する。
揺れにハルに捕まる腕の力が強まり、体を強く押し付けるようになった。
「―――」
バイクが減速した。
「大丈夫?」
「いろんな意味で大丈夫だ。すまない……」
●
そうして、星見の少年と星の少女を乗せたバイクが駆けていく。
大切なものを取り戻すために。
犯した罪を償うために。
人と神の力を交差させながら。
「これからも私を見ていてね、私のスターゲイザー」
「こちらこそ俺を導いてくれ、俺のポールスター」
これにて完結です。
ありがとうございました。