終末世界の陰陽師/スターゲイザー 〜時代遅れの特撮オタク、ニチアサを新世界に招来す〜 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
夜の燃えた神社。
いなくなった少女。
倒れた男性。
倒れた少年。
残された北斗。
どうればいいのだろうか。
北斗は頭を抱える他ない。
「うぅん……困った……スリィも吹き飛んだままで回収しないといけないし。こいつも吐血してたけど―――」
「できるのなら、落ち着いた場所でこれを寝かさせてくれると嬉しい」
「あぁ、そういう……」
聞こえてきた声に同意し、
「だれ!?」
周囲を見渡す。
落ち着いた女の声だった。
だが誰もいない。
「下だ、下」
「下……?」
視線を下ろす。
そこにいたのは変わらず倒れた少年。
その彼の胸元から這い出してきたのは、
「……………………狐ぇ?」
白い毛並みの肩に乗りそうなくらいの小さな狐だった。
「うむ。狐だ。この子の保護者での。気軽にノハさんと呼んでおくれ」
ノハ、と名乗る喋る狐は鼻先で少年の頬を突付き、言った。
「まぁ、なんだ。少女よ、命を助けてやったんだ。できればワシらも助けてくれないか?」
●
「んぁ」
少年が目覚めたのは、ものがやたら多い部屋だった。
ソファに寝かされていた彼は、毛布を退かして起き上がる。
眼の前には背の低い机、正面には大きなテレビ。
それ以外は床のあちこちにゴミや漫画、本が平積みになっている、随分と散らかった部屋だった。
「こほっこほっ……どこだ、ここ?」
何度か咳払いをし、首を傾げると、
「あ、起きたんだ」
飲み物を載せたお盆を持つ北斗がリビングに入ってくる。
その肩には白い狐が乗っている。
「ノハさん」
「うむ、調子はどうだ?」
「あー……うん、まぁ悪くない、かな? それで、ここは……」
「私の家だよ」
言われた少年は北斗を見つめ、
「――――おぉ! 君か!」
「え、うん。私です?」
「助けてくれたのかよ! ありがとう! いやぁいい奴だなぁ!」
「うわ、テンションたっか……えーと」
一気に元気を取り戻して声を張る少年に辟易とし、北斗はため息を吐きながら、彼の正面に腰を下ろした。
「私は、七星北斗。君は?」
「ハル。絵葉ハルだ。よろしくな、北斗」
少年―――ハルは、朗らかに笑いかけた。
●
「それで?」
テーブルを挟み、北斗はハルに問いかけた。
二人の前にはそれぞれ麦茶が置かれ、ローテーブルの下にはお皿に注がれた緑茶がノハの前に置かれている。
「それで、ていうと?」
「いや、君がなんなのかって話」
組んだ腕に胸を乗せ、北斗は唇を尖らせる。
聞きたいことが山程あったからだ。
「君は、君のあの姿は『ミスティーク』? その狐……ノハさんは『神隷』? その割には随分と自由にしてるし、『ミスティーク』にしても、融合するための『
「ん、ん、んー?」
矢継ぎ早の問いかけに、ハルは首を大きく傾けた。
「みす……さいばー……なんて? ノハさんが
「はぁ?」
「北斗よ。悪いがワシとハルはド田舎の生まれでのぅ。お主らの常識には疎い。できればそのあたりの言葉を、説明してくれると助かるのじゃが」
「……何も知らないってこと?」
「君の言っていること、全然わからないな」
「ド田舎って……どれくらい?」
「ここ、中国地方のすんげー田舎。東京には始めてきたんだぜ」
「中国地方って……ドームないような……そんなとこで生活できるの……?」
「色々あって、厳しくなってこっちに出てきたんだよな」
「はぁ」
色々と分からないことがあったが、
「…………わかった。とりあえず、私が聞きたいことについて一から説明する。いい?」
「もちろん。君がどんな話をしてくれるのか楽しみだ」
「……」
目を輝かせているハルに、少しのやりにくさを感じつつ、北斗はため息を吐いた。
●
北斗は一度、別の部屋から小さなホワイトボードとペンを持ってきてから話し始める。
「まず言っておくけど、『ミスティーク』ってのは『アシハラ』の技術のこと。『アシハラ』のことはわかる?」
「あのドームだろ? 入ったことないけど」
「『ネノクニ』生まれは基本的に入れないからね。君の言うド田舎生まれならそれが普通だよ」
『アシハラ』。
『ネノクニ』。
日本神話における葦原と根の国から取られた名前の、直径数十キロの人類生活領域。
「半世紀前の大戦の結果、人間の兵器や神々の権能の名残によって地上のほとんどは生存に適さなくなった。単純に荒れ果てた不毛の大地とか、ずっと燃えてたり凍ってたり、大量の怪物が出る場所とか。半世紀たった今でも開拓はろくに進まずに残っている」
「ふんふん」
「で、生存圏を狭めて、人口の管理をしたり、徹底的な教育をしたりして文明レベルを維持しているドーム型都市『アシハラ』じゃ色々な研究がされているの」
「ほう」
北斗はホワイトボードに口にした単語を記入しながら、言葉を続けた。
「ここで大事なのは『神隷』について」
「レイの字が俺の思っているのと違うな」
「神霊……『神話存在』ってこと? 本当はそうなんだろうけどね」
北斗がホワイトボードに言葉を書き込んでいく。
「一世紀前、神話や伝説と思われていた神様や妖怪魔物、『神話存在』をこの私達の世界に具現化させて、道具として扱う機構、『
「神様の奴隷、ってことか? 趣味が悪いなぁ」
「私が付けた名前じゃないから。とにかく、昔の日本は『
「あぁ、そこら辺の流れはノハさんから聞いた」
その狐に北斗が視線を送ると、ノハは我関せずに緑茶をぺろぺろと舐めていた。
子犬にしか見えない。
「『
「ふぅん……」
「雷の神様なら発電に、食物の神様だったら食糧生産に、戦いの神様なら武器に。神話に出てくるような神様から民謡に出てくるような妖怪とか、バリエーションやグレードはあるけどね。『ネノクニ』じゃほとんど見ないけど、私が普段遣いしている車もスレイプニルの『
スレイプニル、北欧神話の神馬を『神隷』とし、それによって量産されたのが北斗が乗っていたバギーだ。
六輪なあたり、大本の名残がある。
「コピーできるんだ……」
「『神隷』化って、つまりデータ化みたいなものだからね。電子機器に取り込めるし、コピーもできる。性能はオリジナルに比べるとめっちゃ落ちるけど。それでも旧時代に使われていた車よりは全然いいし、私はスマホで管理しているから凄い助かってる。……さっきので、壊れちゃったから治してあげないとだけど」
『
ワンタップでデータを具現化できるので非常に便利だ。
他にもいくつかの『
「ここまでが前提知識」
・『神話存在』:世界各地の神話や伝説、伝承の中に登場する幻想の存在。
・『神隷』:『神話存在』をデータ化して、人間が扱えるようにしたもの。
・『
「おーけー?」
「とりあえず。これで前提なのか?」
「というか、誰でも知ってる常識なんだけど……どんだけ田舎から来たわけ?」
「それくらい田舎。俺のことは、北斗の話が終わったら説明するよ」
何が楽しいのか、ニコニコとハルは笑っている。
まぁいいけど、と肩をすくめてから彼女は話を続けた。
「それじゃ、『ミスティーク』ね。これは『ネノクニ』じゃほとんどは知らないはずのもの」
「ふんふん」
「さっきも言ったけど『
「へぇ?」
「道具じゃなくて人体と直接融合させられるから、元になった『神隷』に性質が引っ張られるとはいえ、元々の人間よりはずっと強力になれる。過酷な環境でも生きていけるどころか、環境自体を改変できるような『神隷』の権能も使えるようになるかもしれない」
「なるほどね」
「だけど、これは失敗したの」
「おっと?」
「さっきも見たでしょ? あの女郎蜘蛛の『ミスティーク』。理性もほとんどなくて、人を襲ってた。正気を失って、肉体もかろうじて原型をとどめているだけの怪人になっちゃう。一度怪人化すると基本的に解除できないし、無理に解除したら死んじゃう。そのせいで失敗作になったはずの技術で、研究は中止されたはずだった。『アシハラ』の人間だって、知っている人は限られているはず」
「大変だな」
「………………ちゃんと聞いてる?」
笑みを浮かべたまま、うんうんと頷いているハルに、北斗は思わず半目を向けた。
「もちろん聞いてるとも。ボード貸してくれよ」
言われた通りに手渡すとハルはホワイトボードに文字を書き込んでいく。
意外に達筆な文字だった。
・『ミスティーク』:人間と『神隷』の融合体。一度融合すると不可逆、無理に解除の場合は死亡。ただし、すごく強い。
「こんな感じでいいか?」
「すごく強いって……まぁ合ってるけどさ」
「だろ? ちゃんと聞いてたさ」
胸を張った彼からホワイトボードをもらいつつ、北斗はなんとも釈然としない気持ちになった。
「だけど、妙だな。今の話だと、変なところが二つある」
「言ってみて」
「一つ、『ミスティーク』の技術は失敗作で中止されたっていうのに、君と女の子を実際に襲っていた」
それから、と彼は言葉を続ける。
「もう一つ、『アシハラ』と『ネノクニ』でもほとんど知られていないっていうのに、君は随分と詳しい」
「私、元々『アシハラ』の出身だったんだよ」
指摘されると思っていたから、北斗は即答した。
「色々合ってあのドームを出たけどね。元々は科学者見習いとして、色々勉強していた。『ミスティーク』のことも、その時に知ったんだ。実際に見たのは初めてだったけど」
「ほうほう。んじゃ、そこは良い。『アシハラ』で開発中止になった技術である『ミスティーク』が『ネノクニ』にいたのはどうしてなんだ?」
「………………それは、私も知りたい。ううん、私が知らないところで開発再開された、ってのは十分ありえると話だよ。それが『ネノクニ』に流れている……ってのもありえない話じゃない。でも、納得できないのは君のこと」
北斗はハルを見る。
人懐っこい、ただの優しそうな少年に見える。
だけど、そうではなかった。
「君は、『ミスティーク』みたいな怪人に変身して、『ミスティーク』を倒した。変身を解除しても、こうして普通に生きて、私と話してる。それが一番不思議。君は―――なんなの?」
「そうだなぁ」
彼は腕を組み、一瞬、ノハに視線を向けた。
だが、子狐は我関せずと言わんばかりにお茶を舐めているだけ。
ハルは肩をすくめた後、北斗に視線を合わせた。
「この答えに君が納得できるかはわからないんだが」
彼は、胸の前で右手の人差し指と中指を揃えて笑った。
「俺、陰陽師なんだよ」
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