ウマ娘キタサンブラック短編集   作:大典74

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初めてこちらに投稿するので緊張しております
pixivにも同名のタイトルで投稿しています
よろしくお願いします


あなたを見つめる太陽の花

 視界を埋め尽くす無数の小さな太陽が、風に煽られてざわざわと歓声をあげている。青々とした夏草の香りに混じって、たっぷりとお日様を吸い込んだ花びらの匂いが鼻をくすぐった。

 見上げる空はどこまでも青く、深呼吸をすると、胸の奥まで優しい安心感で満たされていく。

 

「よ、よぉし」

 

 肩から下げたポーチを、そっと撫でる。中には、昨夜ダイヤちゃんとお話をしながら準備したハサミが入っていた。

 

『キタちゃん、知ってる? ひまわりの花言葉』

 

 昨夜の消灯後、シーツの上でパタパタと尻尾を弾ませながら、彼女はひそやかに教えてくれた。

 ポーチの中の冷たい鉄の重みが、今は不思議と温かく感じられる。胸の奥に結んでもらったその言葉の秘密に触れるだけで、臆病になりそうな耳が、ピンと前を向いてくれる気がした。

 

「やっぱりキタサンはひまわりみたいだ」

 

 不意に降ってきた言葉に隣を向くと、トレーナーさんは眩しそうに花畑を見渡していた。

 きっと誰に聞かせるでもないその言葉。だけど、それが耳の奥でじんわりと溶けていき、尻尾が左右に揺れた。

 

「あたしが、ひまわり……」

 

 甘い余韻のまま、思わず口をついて出た呟きに、ハッとして口元を覆う。

 そっと隣を窺うと、視線がかち合った。耳まで赤く染めた彼が、さっと目を逸らし、口元を片手で覆う。

 

「…………っ」

「……あ、あはは」

 

 沈黙を誤魔化すように愛想笑いを浮かべると、彼もまた、気まずそうに目を伏せたまま小さく咳払いをした。

 

「……まあ、隣にいるしな。君、耳もいいんだから」

 

 何でもないように紡がれた言葉。けれど、その響きには隠しきれない揺らぎが混じっている。

 わずかに背けられた横顔は、降り注ぐ夏の日差しに少しだけ目を細めていた。

 

「あたしの、どのあたりが……ひまわりですか?」

「えっ」

 

 彼は一瞬言葉に詰まり、気まずそうに瞬きを繰り返す。

 

「そこを、詳しく聞くのか?」

「だって……気になりますから」

 

 追求された彼は、首の後ろをかきながら押し黙った。そのまま黄金に波打つ花畑をじっと見つめ、やがて、一度だけ喉を鳴らして向き直る。

 

「ほら、ひまわりって太陽の方を向くじゃないか?」

 

 さっきまで黄金の波を映していた瞳が、今は真っ直ぐにあたしへと注がれている。

 

「そのまっすぐな姿に元気を貰えるところが君と似ている」

「っ……」

 

 その熱から逃げるように、目を伏せる。視界が暗くなった分、すぐそばにいる彼の気配や、わずかに身じろぐ衣擦れの音がやけに響いた。

 

「っていうのも――あるんだけど」

「えっ?」

 

 続いた言葉に、急いで顔を上げる。

 目の前には、先ほどひまわりに向けていたのと同じ、穏やかな光を宿したトレーナーさんがいた。

 

「太陽みたいに咲いているひまわりの姿が、君の笑った顔みたいだなって。……そう、思ったんだ」

 

 一瞬、吸い寄せられるように見つめ返してしまったその奥には、影一つ落とさない熱があって。

 言うことを聞いてくれない尻尾を誤魔化すように、ギュッと目を瞑った。

 

「 ……やっぱり、言葉にするもんじゃないな」

 

  その静かな響きに、片手でそっと口元を覆う彼の姿が脳裏に浮かんだ。

 見てみたい。その仕草すべてを、この目に焼き付けてしまいたいのに。

 

「キタサン?」

 

 すぐ近くから降ってきた陽だまりのような声に、びくりと肩が跳ねた。

 ギュッと握りしめていた拳を解き、熱を持ったほっぺたを両手で一度だけ強く叩く。

 

「……っ、トレーナーさん!」

 

 弾かれたように目を開けると、ひまわりの鮮やかな色彩が痛いくらいに飛び込んでくる。その強烈な光に負けないよう、精一杯の声を張り上げた。

 

「ここ、ひまわり摘んでいいんですよね!?」

「え? あ、ああ。持ち帰り自由のエリアだけど……」

 

 唐突な問いに、彼は戸惑いながら案内板へ視線を投げて頷いた。

 あそこに書かれた文字の通りだ。大丈夫、間違いじゃない。

 そう自分に言い聞かせながら、ポーチの奥のハサミを指先でなぞる。

 鉄の冷たさに触れた瞬間、トクン、と心臓がひときわ大きく跳ねた。

 ここで立ち止まってなんていられない。

 

「ちょっと一本、選んできます!」

「あ、うん。いってらっしゃい……?」

 

 背中越しに届く彼の声を振り払うように、あたしは大輪の花が連なる迷路へと飛び込んだ。

 視界を遮る高い波をかき分け、茎の合間を縫うように突き進む。ざわざわと騒ぐ葉の音に包まれて走るうち、火照った顔を撫でる風が心地よかった。

 彼の姿がすっかり見えなくなった群れの外れで、ようやく足を止める。視線の先にあったのは、周りの子たちより少しだけ背丈の低いひまわり。

 風に揺れるその小さな花を見つめていると、耳の奥で、昨夜の優しい声がふわりと蘇る。

 

『大きくて立派なひまわりも素敵だけど……。渡すなら小さい方が良いんだって。「憧れ」っていう、キタちゃんにぴったりの、優しくて真っ直ぐな言葉が添えられているんだよ』

 

 足元のそのひまわりは小さく、だけど凛として太陽を仰いでいた。

 うん、この子がいい。あたしは迷いなくポーチの中のハサミへ手を伸ばした。

 

「ちょっとごめんね」

 

 産毛に覆われた茎の、少しざらりとした感触を手のひらに感じる。

 少しだけハサミを持つ手に力を込め、茎へと滑らせた。――チョキン。

 小気味よい音と一緒に、ひまわりはあたしの手の中に収まる。 

 切り口からふわりと香る青い匂いに、心臓がまた少し跳ねた。ハサミをポーチにしまい、折れないように、ひまわりを胸元で大切に抱え込む。

 よし、と小さく頷いて。

 

「トレーナーさぁん!」

 

 彼にこの想いを届けるため、来た道を勢いよく駆け戻った。

 青々とした大きな葉が腕を撫で、掠めていくけれど、そんなの構っていられない。ただひたすらに、土を強く蹴りつけた。

 

「き、キタサン?」

 

 あっという間にトレーナーさんの元に辿り着く。

 不思議そうに首を傾げる彼に、迷わず手を伸ばす。

 

「これ、トレーナーさんにあげます!」

「ひまわりを?」

 

 いきなり突きつけられたひまわりに、トレーナーさんは目を丸くしている。

 

「トレーナーさん、ひまわりの花言葉を知ってますか?」

「いや、申し訳ないけど全然知らないな」

「そうですか」

 

 良かった、それならあたしは渡せる。

 ううん、違う。嘘ついた。

 きっと知っていても渡してる。

 

「ひまわりには、憧れとかあなたは素晴らしいって意味があるんです!」

「そうなのか、良い意味だな」

「ですよね! それでですね、これってトレーナーさんにも当てはまると思うんですよ!」

「そうかな?」

 

 不思議そうに瞬きをする彼に、もう一歩距離を詰める。どうしてもわかってほしくて、少しだけ背伸びをするように彼を見上げた。

 

「トレーナーさんはいつも、ずっと、あたしのことを一番近くで見ててくれますから! それに今日だって、あんなに嬉しいこと言ってくれて……!」

「えっと、最後のはちょっと違うような?」  

「違わないですっ! だから、どうか受け取ってください! あたしからの、めいっぱいの『ありがとう』です!」

 

 差し出した指先が、ほんの少し震えていた。

 悟られないように、ごくりと喉を鳴らす。そして、彼に向けてとびきりの笑顔を作った。

 

「そうか、そう言ってくれると嬉しいな。ありがとうキタサン」

「えへへ♪ 貰ってくれますか?」

「もちろんだよ」

 

 トレーナーさんはそう言うと、差し出したひまわりを壊れ物のように両手で受け取った。

 花をそっと包み込む手つきに、あたしの耳と尻尾は意思を持ったように風を切り始める。

 

「せっかくだし、トレーナー室に飾ってみるよ」

「そうして下さい! きっと太陽みたいな元気を貰えますから!」

「うっ、君みたいって言ったこと、まだ覚えてるの?」

「もちろんですよ! だって嬉しかったんですから!」

 

 勢いよく言い切った体の横で、爪が食い込むほど手のひらを強く握りしめていた。

 

「……勘弁してくれ。自分でも柄じゃないことを言った自覚はあるんだ」

 

 彼は小さく肩をすくめ、わざとらしいほど落ち着いた声で息をつく。けれど、耳の先だけがほんのり赤く色づいているのを、あたしは見逃さなかった。

 

「あはは、絶対に嫌で〜す♪」

「キタサン……!」

 

  絞り出すような、それでいて少し呆れたような声が聞こえて、あたしは思わず小さく微笑んだ。

 彼の手の中で揺れる小さなひまわりに視線を落とすと、胸の奥が甘く締め付けられる。

 

『あなただけを見つめている』

 

――あの日ダイヤちゃんが教えてくれた、もう一つの花言葉。

 言葉にできないその想いを一輪のひまわりに乗せて、カアッと熱を持った顔と耳を風で冷ますように、あたしは勢いよく駆け出した。

 背中には、陽だまりのように温かい視線。 絶対に追いつけないはずなのに、彼は大きな足音を立てて真っ直ぐに追ってきてくれる。 その愛おしい姿を、今はまだ見ないようにして。

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